小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。
そして反対側は 十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……
メルド団長が呟いた〝ベヒモス〟という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」
「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
俺は瞬時に判断する
「俺たちはあっちに向かった方がいいだろうな。正直なところ俺以外の攻撃は多分通らないって言っていいだろうし。俺が普通に戦ってもかすり傷程度だろう。」
「じゃあメルドさんたちを見捨てろっていうのか?」
「そう言っているんだよ。」
俺の言葉に勇者パーティーの全員が俺の方を見る
「ここじゃソロかマルチじゃないと回避することは難しいんだよ。ここで群がっていても無駄だ。ただの役たたずでしかない。」
正論だった。
「悪いけど。ソロだったらこの中で一番強い俺でも勝てる可能性はほぼないんだぞ。限界突破使って10回に一回勝てればいい方だ。」
「っ。」
「いいから退くぞ。それくらいの見極めくらいはつけろ。」
正直ここで痛い目をみないとこれ以上は同じようなことを起こし続ける可能性があった。
其のことを理解したのであろう八重樫は少し呆れたような、怒ったような表情をしていたが
「私もここは引いた方がいいと思うわ。」
俺に賛同をくれる。状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴むが。
「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」
「龍太郎……ありがとな」
しかし、坂上の言葉に更にやる気を見せる天之河。
「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」
「雫ちゃん……」
苛立つ八重樫に心配そうな香織。
どうしようかと思ったとき
その時、一人の男子が天之河の前に飛び込んできた。
「天之河くん!」
「なっ、南雲!?」
「南雲くん!?」
驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。
「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」
「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」
「そんなこと言っている場合かっ!」
ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした言葉を遮って、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。
いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する天之河
でもいつも怒らないからこそ其の分威力は高い
「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」
天之河の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。
その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。
訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。
「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」
その言葉に俺も少しハッとする。そういえば視野が減ってベヒモスのことしか考えてなかった
「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」
「下がれぇーー!」
〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。
暴風のように荒れ狂う衝撃波が襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……
そしてそれと同時に俺は覚悟を決めた
「天之河10分間だけ稼いでやる。」
「……は?」
「限界突破で攻撃に当たらないように回避に集中する。香織はメルドさんたちの回復を早くして後方に待機。ハジメ。悪いちょっと力を貸してくれないか?」
「えっ?」
俺が作戦を伝える。早口ながらも危険がつきものだけどそれでもそれしか道がない。
「……うん。できると思うけど。」
「それなら何分くらいか?」
「もって10分くらいだと思う。」
「それなら俺がペースを守れば15分は稼げるな。」
「ちょっと待って。それって。」
「八重樫。分かるよな。」
多分分かっている。分かっているはずだけど理解したくないんだろう
涙が出ているが押し切らせてもらう
「やるしかないんだよ。お前らは先に戻れ。お前ら次第で俺たちの寿命は握られているんだから。」
「……悪い。任せた。」
意外にもいちばん早く行ったのは坂上だった。
そして俺も同時にベヒモスに向かって地を蹴る
そしてガキンと鈍い音が聞こえ手に衝撃が伝わる。
ベヒモスが完全に力押しで勝てると思ったのだろう。でももう一つの刃がベヒモスの頰を削った。
「キャン。」
となぜかベヒモスが悲鳴が可愛いことを気にせずに回避に挑む
「限界突破。」
俺は唱えるとスピードを上げちょくちょくピンで攻撃しながら回避に専念していく
元々単調な攻撃パターンなので避けるのは簡単だ。
普通の突進か赤熱化しかない。
「……あれ?」
なんか負ける要素なくね?
と思った矢先にその思考を追いやる。
限界突破を使っているだけで今は余裕で避けられているわけだ
そしてきっちり7〜8分くらいだろうか
「ハジメ。スイッチ。」
足元がふらつく。どうやら限界が近いらしいので声を上げる。
「吹き散らせ――〝風壁〟」
詠唱と共にバックステップで離脱する。
その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前まで俺がいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は〝風壁〟でどうにか逸らす。
「――〝錬成〟!」
石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。
そして俺が休息しながらハジメと一緒に離脱するためにぎりぎりまで回復に努めながら向こうの様子を見る
しばらくすると遂に全員が包囲網を突破したのがみえた。手荷物を軽くするために宝物庫に剣を入れる
「後どれくらいある?」
「後半分くらいかな。錬成。」
体力も少しは回復したので俺も走れるようにはなるだろうしな
チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。
「タイミングは任せる。俺が守りながら隙を狙って走るぞ。」
「うん。それじゃあ次のタイミングで。」
俺はそして走る準備をして
「錬成。」
の声を聞いた瞬間走りだした。
俺たちが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。 再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメを追いかけようと四肢に力を溜めた だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。
夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。
いける。
限界突破でかなりのステータスダウンがあるとしても走り抜ける自身はあった。
……とそこで俺はとっさに反応と魔力が抜かれたのを感じハジメを突き飛ばした。
「えっ?」
驚いたように俺を見るハジメだが俺はすでに吹き飛ばされた後だった。
「ゴフゥ。」
痛みで俺は顔をしかめ口からは血を吐き出してしまう。
誰だよハジメを狙って魔弾を放ったのは。
俺が感知したのは火球がハジメの方に飛んできたところだった。俺はハジメをかばった後魔弾がそのまま直撃して、限界突破の後遺症も合わさって動けそうにない
冷や汗と痛みで俺は蹲ってしまう。
多分アバラをやられたな
ベヒモスが近づいてくるのを感じる。でももう立ち上がれる気はしなかった。
ハジメ。逃げて。
ごめん。香織約束守れなかった
一つの願いともう一つ後悔を残しながら
血の熱と体の痛みから逃れられるために俺は意識を失った。