私のスケジュールは山積みです。
労働時間(含む家での学習時間)だけ見れば、
かつての記憶の中の時代並の長時間労働です。
今は自分の意思でスケジュールを決めて積み上げているだけまだマシですが、
近代以降の文明と違ってこの時代、日の出日の入りの時間外は、
灯火のコストが高すぎて仕事にならないのが救いでもありますね。
つまりコストが負担出来る今は、灯火をつけて参考書を読んだり、
ちょっとした作業をしたりするスーパー錬金タイムがどんどん伸びて行っているのですが、
そのことはちょっと置いといて。
灯火系の便利な魔法や錬金アイテムがないのが意外です。
存在したら文明度が違っちゃうから当然と言えば当然なんですけど。
ただ、私もエジソンの伝記くらいは読んでたので、
最初の電球なら作れそうって言えば作れそうなんですよね。
ガラスは作れるし、確か漫画でポンプとか出て来てましたよね?
竹はザールブルグにあったし試作なら出来そうです。
まあ、普及には「電気」の問題と手工業じゃ高価になりそうって問題があるんですけど。
それに、そんなものを作るとなったら、
私が夜通し作業を続けても需要を満たせなくて許容範囲を超えるのは明白です。
少なくとも今の規模のお店で作っていいアイテムではないですね、
需要が大きすぎるインフラ系は。
その手のものはもっと規模が大きくなって新しいアイテムのネタがなくなってからってことで。
そういう風に、やりたい事は今やれなくてもいつかやる!っていう風に保留するから、
錬金術系の仕事が規模の拡大と共に無限に湧いて出てくるんですよね。
もう3年間に渡って活動時間限界の休日なし労働を続けてしまっている私がいるのですが。
「錬金術止められないんだけど!?」
「ゾネさんは手遅れ?」
わりと手遅れかもしれない。よし、白熱電球もいつか開発するリストに入れておこう。
こんなんだから錬金術がいつまで経ってもやめられないし止まらないんだけど……。
分かってるんだけど、どうしようもない。
私の命は、2つ合わせて錬金術士になって錬金術を極めるためにあったんだと、
魂の奥底で理解してしまっているからね。何も問題はないのですよ。ハイ。
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新倉庫や2号店のあれこれ、クリエムヒルトさんとシュトーラちゃん、
ユーディウスさんとステファニさんを中心としたお店の体制作り、
レヘルンクリーム関連の準備、
その他雑務とか各街の酒場の依頼や村の将来に関わる助言もどき。
やるべき仕事をこなしているだけで時間はどんどん経過して行きます。
そのまま数ヶ月経過し、もう8月末です。私ももうすぐ16歳。
いつも通り様々な酒場依頼を一通り終わらせて、
錬金ハウスでゲヌークの壷のラフ調合を試行錯誤して、
どうにかパチパチ水を湧かせる事が出来ないかと悩んでいたその時。
また村長さんがやって来ました。何でしょうか?
「うむ、それなのだが」
どうやら、中央広場……例の大木と花畑のある場所ですね。
そこでまたオークションをやるそうです。
今年からちょっと商業化に舵を切って、色々忙しいのが重なってこの時期になったとのこと。
そしてそのうたい文句がこれです。
「カロッテマ市民祭?」
そう来ましたか。原作では最後まで村だったカロッテ村、
リアルとなれば村のままではいられません。もうただの村には戻れないのです。
名称は遺跡に記された故事にならって、カロッテマ市。
カロッテ遺跡を含む南部平原から北の獣人原、西は迷いの森から東の海岸まで、
縦に長くかなり広い範囲の行政区分になり、港を構えた自治都市となるが、
竜騎士隊が駐留しその一部経費をカロッテマ市が負担する、
名目的には騎士団領扱いの港湾都市となる。
「ああ、確かローラントさんがそんな事を……」
「うむ。王都中央への対応と周辺警備、条件次第で護衛の依頼も受けてくれるそうじゃ。
そしてそれ以外はわしらに任せると言ってくれておる」
「へー、凄いですね。廃村寸前の崖っぷち村の村長から、
小国並の自治都市の市長クラスなんて大出世じゃないですか」
私は他人事のように、村長さんの出世を喜んだ。
「何を言っておる。お前も関わってくれんと困るぞ」
……へ?
「それぞれ代表を出して話し合う寄り合い……まあ、名目上は評議会となるかのう。
商店会代表はオッフェンで良いと思うが……職工代表はお前かヴィオラートしかおらんじゃろう」
ああ……うん、そうだった。忘れていた。元々廃村寸前の村で、
鍛冶屋も存在しないっていう村ですらあるまじき崖っぷち状態だったんだっけ。
正確にはスタートちょっと前に鍛冶屋さんも引っ越しちゃったんだけど。
竜騎士隊支部の創設と同時に、
その引っ越した鍛冶屋さんも含めた大規模な鍛冶場が出来るとは聞いていたが。
そうだよね。今までこの村、鍛冶屋はいないけど錬金術士はいるって言う偏った構成で、
この村で工業やってるのが私達と量販店だけっていう状況だったんだよね。
えーと私が、いや私とヴィオラートのヴィオラーデン・ゾンネンが、
今ではこの村の工業分野の主導権を握ってて、
それが都市に昇格すると同時に評議会っていうキッチリとした統治機構が出来て、
もし私達が面倒がって誰か知らない人がそこで発言力を持ったら……。
うわ、ネット小説に良くある、よく分からん権力者のよく分からん言いがかりが発生する!?
めんどくさいことになる!
それに、私がやらないならヴィオラートがやってくれるとは思えない!
「やります!評議員!でも分かんないので色々教えてください!まだ16!16なので!」
打算ではあるけど、16歳美少女なら、
中年おじさん(前世並感)より許される範囲が広いでしょう。
それが許される間に実力をつけて、地位を不動のものとする。
目指せ、街を支配する組織の中での紅一点の美女枠!ですよ。
「それで……すぐ先の、オークションの事じゃが」
おっと、そうですね。最初はその話でしたね。
ええと……まあ、作り置きのブリッツスタッフでいいですかね?数あるし。
氷・雷・炎でいくつか出しますので。え?十分すぎる?
以前のような村の存亡を掛けたチャリティーイベントではなく、
定例化した商業イベントとして純粋な客寄せ的にやりたいので、と。なるほど!
ならブリッツスタッフ位でちょうどいいのかもしれない。
オークション用にレアリティは高くしてあるけど、その分従属効果は控えめですから。
【珍しい+2】【大人向け】【カッコイイ】【変な形】で、
見た目とレアリティ重視にしている。高く売るならこの方がいいだろう。
私がブリッツスタッフを手渡すと、村長さんは受け取り証を置いて去って行った。
そうか、これからはチャリティーじゃなくて商業イベントになるから、
出品者への支払いが発生するんだ。
これは積極的に参加した方がいいかもしれませんね。
落札価格は私達が店頭で売るより何倍も膨れ上がります。
手数料や税金を差し引いても……うん、来年から頑張る。
作るのに日数がかかって店頭販売には躊躇するような、
一品ものアイテムを高値で少数販売するのに重宝するかもしれない。
何より、自分自身で売るんじゃなくて売ってくれる人がいるってのが素晴らしい。
時間が無駄になりません。
ちょっと渡された資料を詳しく見てみましょうか。どれどれ。
オークションは商店会、市、職工組合(仮称)によって運営され、
売り上げは出品者と、手数料・税金で分配される。
栄えある初代オークショニアは……バルトロメウス・プラターネ!?
「バルテル兄さん!?」
思いもよらぬ名前を目にして、私は思わず声を上げた。だってバルテル兄さんだよ!?
オークションに活きのいいカエルとか出品しちゃう、あの!
確かに最近はクラーラさんと一緒にお店番とか真面目にしてくれてたけど。
いや、案外いけるのか?
どうも村にあった仕事が本人の希望とは違っただけで、
仕事の手際とかはいいっぽいし、
それっぽい服を着て司会進行をメインにやってもらえば結構有能になるかもしれない。
私も職工組合(仮称)としてフォローするから大丈夫だろう、うん。
………………………………
甘かった。リアル先輩舐めてました。
いつもの服で司会やるつもりだったって何ですか兄さん!
OK、OK分かった。分かりましたよ。困った時のオッフェンさんです。
オッフェンさんに相談すると、
「それならザヴィットに相談するといい。あいつはアレで……まだ持ってるといいが……」
なるほど、ファスビンダーの酒場のマスターのザヴィットさんですか。
仲間候補だけど冒険者枠は足りていたので、今まで縁が無かったんですよね。
酒場兼宿屋のマスターさんを連れ出すと言うのも気が引けるし。
若い時は魚じゃない方の釣りも嗜んだというザヴィットさんなら、
男性用の小洒落た服を持っているか、その手のファッションのお店を知っているでしょう。
この際現物があるなら買い取って仕立て直してもらってもいいですし、お店で買ってもいいです。
ちょっとバルテル兄さん連れてファスビンダーの酒場まで行って来ましょう。
結論から言うと、やりました。
派手で見るからに司会者!って服を何とタダでもらいました。
これならちょっとしたサイズ調整だけで行けそうですね。
バルテル兄さんにもしっかり似合って、その青色と言うか水色のナポレオン見たいな服、
かつてメッテルブルグいち有名な人が着ていた服の再現スタイルと言うことで……。
「パルクさんスタイルですか……」
「パルクさん?」
原作、「ヴィオラートのアトリエ」のさらに前作、「ユーディーのアトリエ」で、
メッテルブルグいち有名人?のパルクさんが着ていた服です。
「バルテル兄さん、似合いすぎてる……」
まるでバルテル兄に着られるために作られたようなデザインで、
本人もなかなか気に入ったご様子。これはこの先定番化して、
「カロッテマ市いちの有名人」になる予感がビンビンですよ!兄さん!
………………………………
その後、想定通りというか何というか、
オークション・各種告知・どこから来たんだって言うほどの大量の出店が渾然一体となった、
「カロッテマ市民祭」が2日間無事に、かつ盛大に執り行われ、
大好評のうちに幕を下ろしました。
私の店も、いつの間にかパウルとシュトーラちゃんがそれぞれ出店を出していたようです。
パウルはシャリオミルク、蜂の巣、ぷにぷに玉と完全に妖精の訪問販売っぽいお店です。
正体不明のタマゴと何かの宝石の原石は、お店の物々交換支払いで持ってくる品ですね。
あとぷにぷにの像もありますけど……高価すぎて誰も買わないと思いますよ、それ。
まあ飾りと思えばそれでいいのかもしれない。
問題は……いえ、問題という部類ではないんですけど、
色々な意味で凄かったのがシュトーラちゃんのレヘルンクリーム屋です。
まだ試作段階の4種類、ブドウ味、ミルクハニー、フィルマー、
それにブドウシャーベットを大々的に販売。
オープン前のテスト販売と銘打ったこの出店だけで、数十万コールを稼ぎ出したのです。
まあ、そうなるよね。
レヘルンクリームっていわゆるアイスだけど、単価高いからね!
現状、この国近辺で作ってるのは私達以外知らないし、
あつらえたようにキワモノ村から「驚天動地カロッテランド」方面に発展して、
この手のアイテムの需要が高まっています。
これは他の商品も売らないと、
レヘルンクリームだけで1本柱の商店になってしまうかもしれない勢いですね。
もっと頑張らないと。
「このレヘルンクリームだけで一生ものの仕事になりそうだけどねー。
ゾネちゃんってさー、仕事を作って生きてるって感じだよねー」
珍しく私と街を歩いていたミーフィスさんが、
適当に話しながらお酒にレヘルンクリームを浮かべ、
何気にフロート系のカクテルを自作しながら飲んでいます。
それはヤバイ。ただでさえ重装備可能な鍛えた体、
常飲する酒に加えて抱き合わせで大量のレへルンクリーム。
「ミーフィスさん、それは悪魔の飲み物です」
「へ?」
「今はまだがっしりとした体つきで済みますが、
そんなものを常飲したらスーパーサイズ・ユーになります。
メガネが顔についた頬の脂肪で圧迫されて油で汚れる、
メガネっ娘にあるまじき醜態を晒すことになりますよ!」
「な、何だか妙に具体的で嫌な予想するのね……」
ミーフィスさんは残ったお酒を飲み干すと席を立ちました。
良かった。ここで止めにするようです。
あ、それはそれとしてレヘルンクリームはまた買ってる。
「私は、とんでもない商品を生み出してしまったのかもしれない……」
バルテル兄さんは原作でも見えないところで頑張ってる。多分。きっと。メイビー。