カロッテ村のゾネさん   作:おかひじき

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エピローグは、名無しさんの体験記風で○○年後のカロッテマ市のご紹介です。
ゾネさんの出身学部は一時期流行った総合政策学部なので、特別扱いに。
村のグランドデザインを描けた理由でもあり、
自分しかいない現状を何とか解決しようとする試行錯誤でもある。

なお、この世界ではガチで新規の、誰も理解出来ない新設学部に対する志願者数


  いつかどこかのカロッテマ市【第3者視点】

 ザールブルグのアカデミーの卒業生の進路は様々である。

純粋に研究者として身を立てるのは少数で、

その大部分は錬金術を生かしつつ、ザールブルグ内で何らかの仕事を見つけるが、

冒険者や商人などの道を選ぶ者もいる。

 

 錬金術を諦めずにいた者の中で、ある程度は周辺の村へ、

またある程度は遠方のケントニスやカスターニェ、ドムハイトへと流れ、

錬金術士としての能力を生かした道を模索する。

 

 そのうちの1人、彼女は、

マイスターランクを出た自らの知識と経験を、

完全に生かせる形での仕事を探して……1敗目を喫した。

 

 当然のごとく受けたザールブルグのアカデミーの募集。

既に体制は完成してとんでもない倍率となっている例年募集枠は、

若干名のみで当然のごとく落ちた。

 

 マイスターランク卒業生ならまず申し込むので、

これも例年行事と言えばそれまでだが……落ちた本人にとって、

落ち込むには十分な事実である。

 

 次に受けるのは、まだ人員が足りない他の街のアカデミーの募集枠。

以前多かったのは南の国のアカデミーの募集枠だが、

今年は新設されるカロッテマ市の私立総合アカデミーの募集の多さが目を引いた。

 

 カロッテマ市に設立される私立ヴィオラーデン・ゾンネン総合アカデミー。

元々は、近年急成長を遂げたカロッテマ市の中核とも言われる商会、

「ヴィオラーデン・ゾンネン」の創業者の1人、

ゾンネンブルーメ・トロイメントが私財を投じて設立した錬金術のための私塾が、

人員と規模の拡大と共に様々な分野に手を伸ばして、

本年ついに本格的総合アカデミーとして開校に至ったという話である。

 

「私塾時代の最低限の人員は少しは居そうだけど、この募集が本当なら、

実質新しいアカデミーで初年度からの講師として働く事になりそうね」

 

 その設立者……現理事長であり、

カロッテマ市評議員、魔法・錬金術両ギルド長、港湾組合理事、

ヴィオラーデン・ゾンネン創業者にして現相談役、

ゾンネンブルーメ・トロイメント……。

 

「……多くない?」

 

 何らかの手段で手に入れた、肩書きだけ多い商人や貴族ならいくらでも居るが、

この肩書きのどれも、その手の用途に使われる実体のない名誉位では無さそうだ。

 

「学科も……かなり手広くやるつもりなのね。大丈夫なのかな」

 

 私立ヴィオラーデン・ゾンネン総合アカデミーの学科は、

まずは私塾時代から続く花形の錬金術学科・魔法専門学科。  

 

 次いでハーフェンの騎士精錬所に送る人材と、

街を守るカロッテマ市支部所属の騎士を選別し育成するための騎士予備科、

 

 冒険者の短期入学や公開講座も多い、

実戦を通した教導的な役目を果たす戦闘専門学科。

 

 あとは、政治学・社会学・法学・商学を総合的に学ぶ総合政策学部?

最後の総合政策学部というのは良く分からないけど、

カロッテマ市は自治的な内政を許されているというので、

そこのあたりの都合で作られたのかもしれない。

 

 何にしろ、私は錬金術学科一択なのでそこらへんは何でもいいんだけど。

 

「話を受けましょうか……」

 

 私立ヴィオラーデン・ゾンネン総合アカデミー、ザールブルグ出張所。

最近ザールブルグに開店したヴィオラーデン・ゾンネン8号店の店舗内にある、

総合案内所がその役目を果たしている。そこで詳しい話を聞くと、

ザールブルグからカロッテマ市に行くまで、船を利用したら何ヶ月もかかるらしい。

 

 それを聞くと若干止めようかという思いが頭に浮かぶが、

ヴィオラーデン・ゾンネンは独自の連絡・移動方法を持っていて、

即日採用担当が飛んで来て合否を決めるとか。

白い霧が噴出しただの、大きな鏡から現れただの、

街に流れている噂は、過半数程度が事実だと思って間違いないという。

 

 疑いの目で見る私をよそに、

コンテナ通信を行うので明日来てくれれば合否判断をします、

と宣言するヴィオラーデン・ゾンネンの従業員。コンテナ通信って何だろう。

 

 とにかく、半信半疑ながら私はそれを聞き入れて、

翌日、ヴィオラーデン・ゾンネン8号店を再訪した。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 応接室で私を出迎えた理事長、ゾンネンブルーメ・トロイメントさんは、

まるで晴天の嵐のような人だった。

 

「大歓迎です!」

 

 第一声、そう私を迎えて、飛び込むように用意された椅子に座る理事長。

……しかし小さい。ヴィオラーデン・ゾンネンの「ゾネさん」の方は、

子供に見えるほど小さいって噂は本当だったんだ。

 

 私はその勢いに若干押されつつ、問われた志望を答えた。

変な声になってないか心配だな……。

 

「ええと、はい、一応魔法と魔法を用いた戦闘も出来ますけど、

持っている技術は錬金術士としてのものですから、

第1志望としては錬金術学科です」

 

「採用」

「へ?」

 

「即採用」

「いいんですか?」

 

「まあ、下調べは済んでるし」

「はあ……」

 

 どういうことか訝しがる私に丁寧に教えてくれました。

既に有望な新人候補の情報は、色々な伝を使って把握済みらしい。

何それ怖い。こんな遠方の街の情報まで……。

 

 何はともあれこうして私は、

私立ヴィオラーデン・ゾンネン総合アカデミーの錬金術講師になりました。

 

 

 

………………………………

 

 

 

「ここがカロッテマ市ですか……」

 

 何日か準備に費やして、準備万端となった私は、

「ゾネさん」直々に案内されて、ここ「カロッテマ市」に降り立った。

 

 あまりに効果が凄すぎて流石に噂だけだと思っていた、

「ワームコンパス」の実物を別に隠すこともなく披露され、

その白い霧を踏み越えた私が見たものは、

ザールブルグよりも日差しが強い港街の光景でした。

 

 港から市街地の中央へと向かって、漁師の直販らしき出店が連なる道、

その出店では魚や魚介の干物らしき物を売っています。

それぞれ取り扱っている魚介の種類が違うのが、漁業の盛んさを思わせますね。

 

 ゼグラス草とその加工品専門店なんてのもあったけど、

ゼグラス草だけで商売が成り立つんだろうか……疑問は絶えません。

 

 その出店の道の、一番奥まった突き当たりにあるひときわ目立つ店。

 

 そこはしっかりとした大型店舗「レヘルン12」で、

その場所から横に広がる街道には、大規模な倉庫らしき建物が立ち並び、

その間を縫うように伸びる縦の道のさらに先から見えるのは、

音に聞こえた「カロッテランド」の世界観に則った、

実に夢溢れた店舗が立ち並ぶ光景でした。

 

 倉庫街の半分以上は市と港湾組合の持ち物で、

3割程度はヴィオラーデン・ゾンネン系列の倉庫と予備地、

その中には錬金菜園も含まれるというお話。

残りは他の商会の所有とレンタル倉庫や建設待ちの空き地。

 

 「カロッテランド」方面は、別に出店規制が有る訳でもないようですが、

今では両ギルドの助言をいただいて看板をもらう、

というのが一種のステータスになっているとの事。

これはヴィオラーデン・ゾンネン、あるいは両ギルド長であるゾネさんが、

酒場の雑貨屋と、移住者が始めた量販店を支援したのが始まりだそうで。

 

 確かに、どちらかのギルドの看板のあるお店とないお店では、

店構えから店頭の展示の質、商品に至るまでそれ以外のお店とは段違いですけど、

別に秘密にもなっていないヴィオラーデン・ゾンネン=両ギルド長の絡繰、

たった一つの事実を知っているといないとでここまで差が出るなんて。

 

 え、騎士隊とも親しいんですか?

じゃあそういう面でも備えはバッチリですね!(お茶を濁した表現) 

 

 ゾネさんの脇には、薄いピンク色の髪の子が立って、

何も見ていないような顔をしながら油断なく周囲を警戒しています。

杖を持っているし、護衛の人だろうか。騎士隊の魔法部隊見習いとか、

あるいは冒険者からスカウトしたゾネさん専属の人かも?

それにしては幼すぎる気もするけど、

ゾネさんとの見かけのバランスを考えての配置かもしれませんね。

 

 ゾネさんのお話を聞きつつ、

カロッテマ市の風景を夢中になって見渡していた私の耳に、

2人の相談事?の声が漏れ聞こえてくる。

 

「ラピスも私も、あと数十年、ひょっとして100年はかかるかも……」

「何がそんなにかかるんですか?」

 

「あなたに分かるように言ったら……予備データ無し一品モノの『世界』おーえす?が、

無理に未完成ソフトを走らせた影響で機器破損の上バグだらけになって、

2人で破損した機器交換作業に加えて、

アプデ?を作らなくちゃいけなくなったっていう……」

 

「うへぇ……」

 

 何か良く分からない話をしていますね。100年かかると言っているし、

錬金術の話じゃなさそうだから、カロッテマ市の都市計画的な話ですかね?

この後、市長と何やら話す予定があるとの事なので、その可能性が高いでしょう。 

本業は錬金術士という話だけど、流石そちらにも造詣が深いんですね。

 

「あーっ!お姉さんが、新しい錬金術の先生だね?」

 

 私がその話を聞き流しながら周囲をきょろきょろ見回しているうちに、

突き当たりの大きな店から、眉毛が太い妖精さんが飛び出して来ました。

ここにも妖精さんがいるんですね。

 

「ああ、案内役はパウルですか、じゃあ後は、このパウルが案内しますので……」

 

 「ゾネさん」はやはり忙しいのか、このマユゲ妖精さんに案内を任せると、

腰に下げたバッグから「フライングボード」を取り出して、空に消えました。

 

 ワームコンパスを見た時も思いましたが、

本当に錬金術士だったんだと実感します。あんなの錬金術士しか持ってないですからね。

いや、私もこれは作った事ないんですけど。

どうも低品質で短距離しか乗れませんが、「空飛ぶホウキ」ならあるんですけどね。

 

 しかしゾネさん、ちょっとだけ話した限りでは、かなりの時間が街の内政面、

両ギルド長・港湾管理組合・評議会に時間が取られるってぼやいてましたね。

趣味の錬金術とかお店番とかいう発想は、正直理解不能だったんですけど。

 

 こんな噂の立志伝を体現したみたいな人でも、

思うがままに生きているわけじゃないんですね。

 

 私だって、他の人から見れば夢みたいな錬金術講師の仕事についているわけですから。

誰でも一つ一つ今日を積み上げて、生きていくしかないんだろうな。

この、錬金術を象徴するようなドンケルハイトの生産施設に囲まれた、

かわいい世界を守る騎士達のいる、このカロッテマ市で。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 案内を任されたパウルさんは、

「オイラのおごりだよ!」と言いながら、「レヘルン12」の店舗内に私を誘いました。

 

 これが本店のレヘルンクリームですか……。

ザールブルグでも、お祭りの際に何度か出店として見た記憶があります。

確か種類は全部で18種あって、「18種あるけどレヘルン12」などと、

わけの分からないのぼり旗を立てていました。

 

 幸福のブドウやハニーミルクなどの定番商品に、

新しく加わったミスティカ風味、ヨーグルト風味、常若リンゴ味?等、

更に氷を直接削って作ると言われる「レヘルンアイス」が3種類、

ブドウ・ハニーミルク・ミスティカ乳糖ヨーグルトで全18種類ですね。

 

 まあ私はメローネにハニーミルク重ねしかありえないんですけど。

 

 店内のテーブルでキッチリと食べ終えた私は、

パウルさんの案内でアカデミーに向かいます。

 

 途中で建設中の量販店を見つけました。

最近ザールブルグにも進出し始めた量販店、様々なものを量産して売る、

既に錬金術士にも縁の深いお店になっています。

 

 従業員にアカデミー卒業生もいるらしいのですが、

同じものを延々作っていると、自分はこの商品のために生きているのか……等と、

無駄に哲学に走ってしまう位精神的につらくなる、

なかなかしんどい仕事らしいですね。

 

 周囲には、ぽつぽつとドンケルハイト生産施設が見受けられます。

ドンケルハイト生産の一大拠点は伊達ではないですね。

 

 ヴィオラーデン・ゾンネンの躍進は、

フラワーショップ部門から始まったと言っても過言ではないらしいですから。

案内の資料で見ました。

 

 

 

………………………………

 

 

 

「総合アカデミーにようこそ!」

 

 アカデミーの受付は、いかにも新人と言った感じの女の子でした。

いかにもな可愛いフリフリの服と帽子は、

カロッテランドを意識してますよって感じでしょうか。

それとも個人的な趣味?だとしたら、個性を伸ばす感じの方針なんですかね。

 

 妖精のパウルさんに案内されて、戦闘専門学科のカタリーナさんと、

騎士予備科のロードフリードさんと顔合わせします。

ちょっとお手合わせもしたけどお2人とも強くて相手になりませんでした。

私が純後衛だからって理由はありますけど……。

 

 意外だったのは、近接戦闘だけならゾネさんと大差ないって言われた事。

ゾネさんも純後衛なんですね。何だか親近感が湧きます。

 

 まあ、見た目あんな小さい人と大差ないって言われて、

それで喜んじゃう私ってどうなの?とも思うんですけど。

昔っから私、出来ないものは全く出来るようにならない感じなので、

仕方ないと言えば仕方ないんですけどね。

 

 その後、校長室での挨拶も済まし、

事務方の人と条件をつめて、今日のところは帰路につきます。

 

 校長先生は、

カロッテ村時代に既に行商人を引退していたという商学系の方ですが、

まれにではあるけど理事長さんと勘違いされる事があるそうです。

まあ、見た目は威厳たっぷりですからね。

 

 勘違いした人が、彼にとっては意味不明な仕事を依頼してくるので、

理事長から直々に、コンテナ通信用の小さな「秘密バッグ」を頂いているそうです。

 

 ああ、コンテナ通信って秘密バッグを利用した通信の事だったんですね。

確かにそれなら遠距離でもやり取りが可能です。

ヴィオラーデン・ゾンネン躍進の秘密の一つがここに!

 

 何だか私も秘密を知る仲間の1人になったような気分です。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 ザールブルグ錬金術アカデミーの入学式は、9月1日でした。

それに合わせて、こちらの総合アカデミーも9月1日、授業開始です。

私も準備万端、このカロッテマ市の流儀に合わせた可愛いドレスを着て、

入学式に臨みます。まずは、校長先生の挨拶からですね。

 

「入学した皆さん、本日は……」

 

 こういうのは長話が定番だけど、すぐ終わりました。

校長先生も、やっぱり忙しいみたいですね。

 

「あ、錬金術学科の……」

 

 理事長さんが私を見つけて、すすすぃーと寄って来ました。

何故かこの理事長さんは、事あるごとに私に親しげに話しかけて来ます。

私の方には何一つ悪い事はないんですが、理由が分からないので不思議です。

 

 このアカデミーは総合的な学び舎であるとはいえ、

錬金術学科にはかなり力を入れているらしく、

この学科だけであと3人は講師がいるんですけどね。

……もしかして、錬金術学科の講師全員にこの調子とか?

 

「一緒に頑張りましょう、ええ、切実に」

 

 その実感は、確信に変わりました。だってかなり力(リキ)入ってます。

これも案内の資料に書いてありました。錬金術の力で発展したカロッテマ市。

ええ、街が丸ごとです。つまりその仕事量は。

 

「私の力の及ぶ範囲でしたら……」

 

 私のやるべきことは、未来の錬金術士を教え、導き、

このカロッテマ市の求める錬金術士を必要なだけ送り出すことです。

はっきり言ってそれ以外は無理ですし、私のやるべき仕事でもありません。

 

 かなり明確にそう言い放ってしまいましたが、

ゾネさんはそれでも目を輝かせてお礼を言います。

貴女こそ自分の求めていた人材だと。

 

 言った分は頑張らないと嘘になりますよね。

受け持ち10人……いや20人だってやってやりますよ!

 

 その20人が、カロッテマ市の未来を作るのですから!

 

 

 

………………………………

 

 

 

 そうして、きっちり20人の教室を任された私が、

錬金術学科の講師全員連名で嘆願書を作成し、

臨時講師と事務員・校務員の増員を要請したのは、

わずか数ヵ月後の事でありましたとさ。

 

 そうじゃん、自分の許容量いっぱい仕事を引き受けたら、

休みゼロじゃないですか……。ヴィオラーデン・ゾンネン本店から、

ほぼ即日で人員が送られて来なければひどいことになりそうでしたね。

 

 ゾネさん曰く「人材の冗長性」だそうです。

本店でもそれを出来るようになったのは数年前あたりだったそうですが。

こちらの総合アカデミーでも、冗長性を確保して頑張りましょう。

 

 私が……ではなく、私達で、未来を作ればいいのですから。

 

 




この後、ゾネさんは生涯独身を通してカロッテマ市の発展に尽くしたと思ってもいいし、
今の自分を受け入れ、誰かと結婚してカロッテマ市の発展に尽くしたと思ってもいいし、
精霊の仕事をお手伝いしている内にカロッテマ市の守護精霊みたいになって、
カロッテマ市の発展に尽くしたと思ってもいいし、
仕事の大部分は他人に任せつつも最終的に頼れる裏の支配者になって、
カロッテマ市の発展に尽くしたと思ってもいい。

自由とはそういう事だ。

……自由?

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