「では両名共準備は良いですか?」
時刻は午前十時、場所はAクラス。
取り決め通り五組の一騎討ちという通常と比べて少々変則的な試召戦争が始まろうとしていた。
電子黒板の前の教卓に立って立ち会いを務めるの高橋教諭である。
彼女は顔には出さないものの内心不安であった。
戦争の申請がきたとき、『勝敗によって敗者に特別なペナルティ有り』という条件があり、詳しく事情を訪ねてみれば勝ったクラスは負けた方に2つだけ好きな命令を下すことができ敗者はそれに従わなければならない、というものだった。
ここまでならいつものことである。
基本的に文月学園では学園やそのスポンサーに悪影響を及ぼさないものであれば認可する傾向にある。
それは最早伝統と言うべきか。
しかし今回は『Aクラスが勝った場合は松永正久が、Fクラスが勝った場合は吉井明久が二つのうち一つを決める』というではないか。
これは下手をすると思いがけないトラブルに発展する可能性がある。
観察処分者である明久はもちろん、正久はよく職員室で話題になる生徒である。
前者は悪い意味で、後者は良くも悪くも。
簡単に言えばバカである明久もFクラスを敵視する正久も未知数ということだ。
何が起こるか皆目検討がつかないが先の試召戦争でFクラスによるBクラス代表への罰やDクラスによる室外機の破壊、その他設備の破壊を黙認してしまった手前却下するというわけにはいかない。
結果職員一同が出した結論は注意深く見守る、という何とも言えないものだった。
「ああ」
「・・・問題ない」
高橋教諭にはっきりと答える両代表。
「それでは一人目の方、どうぞ」
不安を押し殺した高橋教諭の一声が此度の開戦を告げた。
「ねぇ、松永君」
「何でしょう、工藤さん」
両クラスの生徒の人だかりから外れて一人、自分の席に座って数学の問題集をこなしていた正久に愛子が話しかけるが正久はそのまま問題を解きながら答える。
「優子と弟君が勝負するみたいだけど見ないの?」
愛子が指差す先の人だかりの中心では一番手として名乗りを上げた優子と秀吉が対峙していた。
「ああ、別に見るまでもなく優子さんが勝ちますよ。弟の秀吉が演劇で努力しているように、優子さんは勉学に励んでいますからね。秀吉は召喚獣の操作で一日の長があるでしょうがAクラスとFクラスの雲泥の差もある点数差は覆すことができないでしょう。だから」
「だから?」
「だからクラスのために負ける訳にはいかない秀吉はあの手この手で優子さんの集中力を乱すなどするしかありません」
「あ、ホントだ。何か優子に言ってるよ。・・・あれ?何か優子が笑顔で弟君の襟首を掴んで・・・・廊下に出て行っちゃったよ?」
「大方優子さんについて何かしら暴露をしようとしたんでしょうな。優子さんは学校では猫被っている節がありますので。まあ兄弟のコミュニケーションに他人が口を出すものではありませんよ」
「・・・・うん、そうだね」
愛子の視線の先ではスッキリした笑顔でハンカチで何かを拭いながら廊下から帰ってきた優子の姿があった。
そしてそのまま難なくAクラスの勝利となった。
「あ、美穂が出たからボクも準備しなきゃ」
続いて高橋教諭のアナウンスで双方二番手である美穂と明久が出たのを見て愛子が言う。
「工藤さんは三番手でしたか。ぜひとも決めていただきたいものですね」
「松永君は四番手だよね。大丈夫、ボクは負けないよ。
保健体育でいくからね。絶対に勝つよ、実技でね♪」
「そうですか。俺は知識と体育理論だけが得意で実技はてんで駄目でしてね。健闘を祈りますよ」
愛子は他の男子にするようにからかってみたのだが風に吹かれる柳のようにゆるりと交わされてしまう。
「・・・からかい甲斐がないなぁ」
「ああ、それからもう一つ。Bクラス代表をサシで倒したFクラス生の得意科目は保健体育だそうです。油断は禁物ですよ」
「はーい。じゃ、行ってくるね・・・・・・ねぇ松永君、一つ聞いて良い?」
「はい?」
正久の忠告を受け取り立ち去ろうとした愛子だがその足を止めて再び尋ねる。
頭には先程の優子とのやり取りが浮かんでいた。
「優子がよく松永君のことを変わったって言うけど、過去に何かあったの?」
「・・・・・・」
愛子の問いに正久は手を止める。
そして顔をあげて言った。
「変わったのではなく、俺は変わりたくないだけですよ」
そこには笑みも何もなくただただ無表情であった。
次回、激突