「まったく、医者なんて忙しくない方が良いってのに、こいつも懲りねぇガキだな。仕事を増やしてくれるなよ」
文月学園の近くに位置する皐月総合病院。
そのとある一室でベッドに横たわる患者を見下ろし、あきれたようにぼやく男が一人。
彼は身に纏う白衣が示すようにこの病院に務める医者なのだが、年齢の割りに白髪が多い髪や気だるさ溢れる疲れきった顔を見ればその仕事がどんなにハードなものなのかを想像するのは難しくないと言えよう。
「無理をするなと何度言ったら分かるんだか。親御さんが心配してるのを分かってるのかね?」
語りかけるように言うが、ベッドの上で静かに眠っていり患者、正久は眠ったままで、その腕からは点滴用のチューブ伸びている。
「はぁ、それじゃ戻るかね」
隣の病室の患者を診るべく部屋を出ようと戸に手を伸ばしたときだった。
戸の反対側から誰かがノックする音が聞こえてきた。
「ん?誰かね?・・・・まあ、どうぞ」
「失礼します」
「失礼しまーす」
「失礼します」
戸を開け軽くお辞儀をして入って来たのは文月学園の制服に身を包んだ三人の女生徒で、順に優子、愛子、美穂だった。
「失礼するのじゃ」
三人に少し遅れて秀吉も入って来る。
「ほう、こいつのお見舞いかね?女子三人に野郎一人、何だ、てっきり友達がいないものと思ってたんだが、そうでもないのか?」
感心するように男は言う。
「や、野郎じゃと!?それはもしかしてワシのことか!?」
「・・・服装見りゃ分かんだろ」
「初見で男扱いされたのは久しぶりじゃ・・・!!」
「そんなに喜ぶことかよ」
表情を明るくする秀吉の様子を見て首を傾げる。
「あの、すいません。正久の主治医の方ですか?」
「ああ、すまん。申し遅れたな。俺はこの病院の医者でこいつの主治医の立花道行って者だ」
優子の問に首に下げている職員証を指さして見せる立花医師。
「嬢ちゃん達は見舞いに来るのは今日が初めてかね?」
「いえ、去年、正久が倒れた時も私と弟が」
「で、今日は優子の付き添いでボクと美穂も来たんです。ね、美穂」
「は、はい。私達、松永君のクラスメイトなんです」
医師の問いにAクラスの三人が答える。
「なるほど。そん時は会わなかっただけか」
「それで・・・正久は大丈夫なんでしょうか?」
「睡眠休息不足による過労、貧血だな。まあ点滴うってしばらく寝てりゃ治るさ。だが問題は山積みでな。本当はあんまりべらべらとしゃべっちゃならんのだが、こいつに近しい奴なら良いか。知っての通り、こいつ、正久はここに来るのは初めてじゃねぇ」
「それは去年運び込まれたからじゃろう?」
「いやいや、違う。あれは初めて学校でぶっ倒れただけだ。学校が終わった後の夜中や休日、運び込まれるなり通院するなりしてんだよ。同じようなことでな」
「え?それは知りませんでした」
「まああれだけ顔色悪ければ納得かな」
「や、やっぱりかなり勉強していたんですね」
「・・・・・いや、これは明らかに異常だ。さっき嬢ちゃん達と入れ違いになって帰ってった親御さんの話によれば睡眠時間は2、3時間有れば良い方、食事風呂を除いて後は勉強に充てているそうだ。人間、極限までとはいかなくてもある程度疲労がたまれば止めようって気持ちが湧いたり
激しい眠気に襲われる。体がそういう風にできてんだ。ところが、だ。こっちに来てこいつを見ろ」
そう言うと立花医師はベッドの元へと戻り正久の左手の袖を捲る。
「こ、これは?」
優子達は絶句する。
左手の甲や指、手首などに存在する無数の傷跡。
瘡蓋がついているもの、黒ずんでいるもの、赤く腫れているもの。
生々しく痛々しいものばかりだった。
「おそらく眠気が襲ってきたら鉛筆やボールペンの先を突き刺して、その時生じる痛みで無理矢理眠気を覚ましているんだろうよ。・・・・・何でそこまでして勉強に固執するのか俺には分からん。心療内科は専門外だし、本人も親御さんも何も語らん。今のこいつは流行りのブラック企業とやらより何倍も働いているのと同じだ。若くして過労死なんざ笑えんぞ」
「「「「・・・・・」」」」」
立花医師はため息をつきながら語る。
「だから嬢ちゃん達はそうならないようにこいつのことを見といてやれ。でなきゃ取り返しのつかんことになりかねんぞ」
頼んだぞ、と言うように優子の肩に手を置き、立花医師は病室を後にした。
立花道行
皐月総合病院に務める医師で正久の主治医。多少口は悪いが腕は確かだと評判である。正久のことに関しては高橋教諭や西村教諭と情報を共有している。
名前の元ネタは立花宗茂の義父で雷神と名高い猛将立花道雪。