「おはようございます」
朝のホームルームのが始まる時間きっかりにAクラス教室のドアを開けて入って来る女性が一人。
生徒は既に皆着席しており、 全員が、否、未だに書き取りを続けている正久以外が一斉に声の主に目を向ける。
その目線の先にいる人物、すなわち入って来た彼女こそAクラス担任にして学年主任の高橋洋子である。
メガネをかけきっちりとスーツを着こなし、髪を後ろで一つにまとめている。
そして何より彼女の凛とした雰囲気が知的さを象徴しているかのように感じられる。
人は見かけによらない、とは言うものの実際は見かけによることも割りと多いし第一印象が大事という言葉もある。
結局、その人という人間の何かは大なり小なり見かけに表れるのだ。
彼女の場合はまさにそれであろう。
彼女、高橋教諭はそのまま教卓へと移動し、一年間受け持つ教え子達の顔を見渡す。
「皆さん進級おめでとうございます。私はこの二年A組の担任、高橋洋子です。よろしくお願いします」
自己紹介に合わせて高橋教諭の背後の壁一面に取り付けられている巨大なディスプレイに名前が表示される。
電子黒板、という近年の教育現場でも少しずつ導入が進んでいる物があるがこれはそれらの中でも世界最大級の物だと言っても過言ではないだろう。
「まずは設備の確認をします。ノートパソコン、個人エアコン、冷蔵庫、リクライニングシートその他の設備に不備のある人はいますか?参考書や教科書などの学習資料はもとより、冷蔵庫の中身に関しても全て学園が至急致します。他にも何か必要な物があれば遠慮などすることなく何でも申し出てください」
参考書のくだりがなければ国際線のファーストクラスやホテルのスウィートルームに客を案内する時に係が言いそうなものだ。
実際ファーストクラスやスウィートルームに匹敵し得る設備の数々なのだが。
ちなみに朝一番に教室に入った正久はまっさきにコーヒーを淹れており、クラスの中で最初に設備を利用した生徒である。
「では、初めにクラス代表を紹介します。霧島翔子さん。
前に来てください」
「・・・はい」
高橋教諭に名前を呼ばれて席を立つ翔子。
高橋教諭を知的と言うなら彼女はおしとやかと言えようか、長く伸ばした黒い髪に整った顔、そして物静かな雰囲気から自然と導き出せる。
翔子の肩書きは学年首席にAクラス代表。
どちらも振り分け試験において最高の成績を修めた物に贈られる物。
前者はテストの結果次第で変動し得るがAクラス代表の名は不動であり選りすぐりの成績優秀者達を束ねる長たる者の証。
「・・・霧島翔子です。よろしくお願いします」
通常ならプレッシャーなどから緊張しそうなものだが翔子は表情一つに変えない。
「Aクラスの皆さん。これから一年間、霧島さんを代表にして協力し合い、研鑽を重ねてください。これから始まる『戦争』で、どこにも負けないように。霧島さん、ありがとうございました。それでは廊下の席の方から順次自己紹介をお願いします」
正久が書き取りを終わらせて漸く手を止めた時に自己紹介が始まった。
自己紹介の内容は人それぞれ。
翔子のように名前だけ述べて一礼するだけの者、所属する部活動や好みを言う者、一年の抱負を言う者などがいた。
第一印象が大事、と前述したがそれを意識しているような者も見られた。
そして暫くして正久の順番になる。
前の席の生徒が自己紹介を終わらせて着席してから間を置かずに正久は席を立つ。
「俺は松永正久、戦国時代の三梟雄が一人松永久秀と名前を間違える方がおりますがどうか、どうかお間違えのないように。恥ずかしながら勉強以外何をやらせても駄目な故に部活動には所属しておりません。勉強の方は多少マシなのですがね。好きな物は努力、皆さんのように日々努力を重ねている方々を非常に尊敬しております。この一年間、皆さんと共に自己を高めていきたいです。どうぞ、どうぞよろしくお願い致します」
「やっぱり松永君って変わってるよね」
「それを言うなら愛子も人のこと言えないでしょ」
休み時間。
愛子が言うと優子が苦笑する。
「でも好きな物が努力って、やっぱり変わってると思います」
二人の会話に眼鏡をかけた少女、佐藤美穂が加わる。
「努力、ね・・・・」
美穂の言葉を受け優子は正久の方を見る。
正久はホームルーム中に終えたためか書き取りで使っていた鉛筆でなく単語カードを手にしていた。
「いつも『自分は努力が足りない』って言いながらああやってほぼ休まずに勉強しているの。前に聞いたけど睡眠時間は多くて三時間だって」
「それじゃあ体に悪いよね。今だって顔色がすごく悪いし」
「そういえば去年の11月ぐらいに松永君って担架で運ばれてましたよね」
「・・・誰が言っても駄目なの。先生や正久のお母さんが体を大事にするように言ってもやり方を変えない。もちろんアタシが言っても駄目」
優子は俯く。
「ところで、優子は松永君とはどういう間柄ですか?」
「今朝愛子にも話したけど幼なじみよ。中学はちがーー」
優子が美穂に同じ説明をしようとした時だった。
「おい、Fクラスの連中がDクラスに宣戦布告したぞ!午後は自習になるそうだ!」
走ってクラスまで来たのだろう。
息が少し乱れている男子生徒がAクラスの皆に伝える。
「よっしゃ、自習か」
「初日から騒がしいな」
「あいつらバカじゃねぇの?」
「Dクラスも大変ね」
自習になったことを喜ぶ者、Fクラスを嘲笑する者、Dクラスを哀れむ者。
人によって反応は様々である。
だがその中でも特異な者がいた。
「ふざけるな!!!」
正久は叫びながら机を拳で叩く。
いきなりのことに驚いたのかクラスが静まりかえる。
「Fクラスのクズ共が邪魔しやがって!」
自己紹介の時のような丁寧な口調はどこへ行ったのやら、荒々しい口調でFクラスを罵倒する正久。
「ど、どうした松永?」
近くにいた男子が尋ねる。
「どうして、どうして何も、なぜ皆さんは怒りの声を上げないのですか!?戦争になれば先生方は皆出払って授業は全て自習。しかも俺が聞いたことによれば今日の授業は振り分け試験の設問の解説だったのに!しかも、しかもほとんどの人間が努力もせず遊び呆けているクズの集まりのFクラスが、努力をしてきた上位クラスに弓引くなどとは。一学期初日です、連中はどうせ録に勉強をしていないでしょう。・・・・・ここにいるはずの人物が一人いません。おそらくは姫路さん、試験中に早退したそうですから彼女はFクラスにいるはず。担ぎ上げたのでしょう。堕落した人間が真面目に努めた人間を設備向上私利私欲のために利用するなどとは何と、何と烏滸がましい!!」
正久は一気に言う。
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