ダンジョンでブラフマーストラを放つのは間違っているだろうか 作:その辺のおっさん
「やれやれ、つくづく無茶苦茶だな」
衝撃を刀一本で地上から逸らし上空に打ち上げている極東の武神は嘆息する
「確かに神ならば『神の力』を使えば容易く世界なぞ滅ぼせる………とはいえ」
そう、神であれば誰であろうとも下界を消し去ることは容易く、ゼウスやアマテラスといった『大神』級ともなれば、下界や天界どころか夜天に瞬く星々すら焼き払い、消し去ることも出来ると言われており、それは絶対の真理である………が
「まさか『技』だけで下界を滅ぼせる可能性があるとは………アイツらのイカれ具合は理解していたつもりだったが………いや、だからこそ、だからこそ!アイツらとの『闘争』は悦しいのだ!!」
恐らく、否、間違いなく竈の女神が「いや、タケの所の『技』もその辺の武器で斬撃を並行世界から持ってきたり、次元跳躍したり、『無』とか諸々切り捨てるとか大概だよ?」とツッコむであろうことを漏らし、うっすらと笑みを浮かべる男神は2柱の戦いを眺める
「が、ガネーシャ………?」
ギルド本部前、【ガネーシャ・ファミリア】の団員が呆然とした様子で呟く
先程、ガネーシャが使ったのは、数日前、カルキが使った技と同種の────否、やもすればカルキのを上回る威力を持った一撃に絶句していたのだ………が
「何を驚いている?お前達。ブラフマーストラは武を修めた者であれば『恩恵』を授かっていようがいまいが誰でも使えるものだ………ましてや俺はカルキと同じようにあの御方から『武』を鍛えられ、『技』を授かったのだ………天界から下界に降り、『全知零能』の身になったところで、その『技』は決して鈍ることはない!」
ハッハッハ!!と呵々大笑する象神であるが、他の神々や、オラリオの民衆があっけに取られる中
「どうして………」
「む?」
「どうしてその『技』を!『力』を!あの時!使わなかった!?7年前のあの日や数日前!貴神がその『技』を、『力』を遣えばっ!多くの罪なき人々が死ぬことはなかった!アーディだって………!」
今はとある酒場で働いている正義の女神の眷属であったエルフが群集の中から叫び、それに呼応するように7年前を知っている群集達からガネーシャへ無言の非難の視線を送るが、ガネーシャは飛んでくる瓦礫を拳で吹き飛ばしてから向き合い
「………7年前の件はあくまでも『人』と『人』の問題………即ちお前達が乗り越えるべき『試練』であり、数日前のことはある種の『けじめ』のようなものだったからな、だが今回は神々の問題だからな、それ故に介入しただけに過ぎないのだ」
そう諭すように、だが、人間の意見など聞く耳をもたんと言わんばかりに、『都市の憲兵』の主神は嗤う
***
『うわあああっっ!?』
インドラとソーマの戦いから冒険者と住人達が避難していた建物に恐ろしく速い速度でナニカが轟音ともに壁を突き破ってきたことに悲鳴が上がる
「ソーマ………!?」
つっこんできたナニカがソーマであるといち早く正気に戻ったヘスティアが自らの近くで止まったソーマの元に近づき、その姿を見ると「ヴッ!」と口を押え、胃からこみあげてきたモノを出さないようにする
「神様……一体何が……ウッ!?」
先程の衝撃で目を覚ましたベルがノロノロと起き、ヘスティアが見ていたナニカを見るとヘスティアの様に吐き気を催さずとも顔を歪める
「こ…これは…………」
「ヒッ!」
遅れて衝撃から立ち直った冒険者が何事かと見に来るが、彼等も一様にその姿に息をのむ
そこにあったのは、顎が落ち、口から異常なほど大量の血を流し、壁をぶち破った衝撃で全身の骨があらん方向に曲がってしまったソーマだったからだ
「おいおい……まさかだたぁ思うが、この程度でくたばったのかぁ?ソーマァ……?」
『『『ッッッ!?』』』
ソーマの痛々しいを通り越して、最早生きているのかどうかさえ不明な姿に、思わずその場にいた誰もが、何か治療をと動き始めた瞬間、後ろから聞こえてきた声に、神も人間も関係なく動きを止める
「な…なんで………」
どうにかといった様子で声が聞こえた方向に体を向けたベルが、その姿を見て恐怖で声を震わせる
「ハッ……生憎だがなクソガキ、コイツの体は俺達の試練を踏破しただけあって、手前ら紛い物と違って頑丈なんだよ」
そうベルを否、その場にいる全員を嘲笑するインドラが依り代としているカルキも傍から見れば満身創痍といった体である
右手には異形の武器を、左手は肩まで矢が刺さったせいかダラリと力なく下がり、ソーマの矢を止めた口は蟀谷付近まで裂けている
が、それ以上にベル達が恐怖したのは、その裂けた口から大量の血が出ているにも拘らず、歓喜の笑みを浮かべ、紅の眼を爛々とさせているカルキの姿であった
「それと……神ってもんを舐めすぎだぜ?ガキ」
「え………?」
そう顎をしゃくったインドラの言葉の意味が分からずにいると、背後から息をのむ声が聞こえ、次にナニカが立ち上がった音が聞こえる
「随分と…‥…好き勝手言ってくれる……!」
「お?まだヤルってか?フハハハハハ!さあ第3幕といこうや!!ええ!?」
「上等だ、貴様こそ後悔するなよ」
『神の力』を使い、完全に回復し、長い前髪から見える目を怪しく光らせながら弓を捨て、拳を構えるソーマとニヤリと笑ったインドラが、避難してきた人間なぞ気にしないと言わんばかりに殺し合いを再開しようとしたその時
「やめるんだ」
『『『────ッツ!!』』』
静かに響いた女神の声と神威がオラリオを覆い、インドラやソーマでさえ動きを止めた
***
「これは………」
突然オラリオを覆った神威に、タケミカヅチは僅かに眉を顰めるが、やがて「ああ、ヘスティアか」と納得する
建物から眼前を見下ろして見ると、周囲の人間達だけでなく、神でさえ一歩も動けず、何故か自分の眷属とヘスティアの眷属、酒場のエルフにヘルメスの所の【
「こ……れ…は………何だ?」
「ヘスティアだな」
ガクリと思わず膝をつきたくなるほどの暖かくも重苦しく呼吸すら困難にさせる神威にシャクティが動揺していると、何時の間にやらガネーシャが立っており、落ち着けと背中を優しくなでられた瞬間に重苦しさはなくなり、新鮮な空気を吸おうと息を切らせる
「だが、これで終わりだな」
「それはどういう…‥…?」
意味が分からず、今も眷属だけでなく、その場にいる者達の背中をゆっくりと撫でているガネーシャに聞くと「なに簡単なことだ」と一息ついてから
「インドラやタケミカヅチをはじめとした『武神』や『軍神』では、決してヘスティアには勝てないからさ」
そうガネーシャは笑った
***
「おいおい、勘弁しろよヘスティア、これからがイイ所だろうがよ」
「……………」
肩をすくめながら、やれやれといった様子でインドラはヘスティアに向き合い、ソーマは無言であるが、何処か不満げにヘスティアに向き合っている
「君達こそ、いい加減にするべきだ、ここは天界ではなく下界、ここに多くいるのは神じゃないんだ」
ツインテールにしている髪留めは外れ、髪を下ろし、神威を纏ったヘスティアの姿に、その場にいる誰もがその神々しさに息を呑む
「それに、今、此処には竈の火が灯り、ボクが守護する孤児の子供達かいる……………即ち、此処はボクの領域であり、ボクが護らなければならない者たちがいるということになる」
「「……………」」
インドラとソーマがチラリと横目で周囲を確認すると、確かに竈に火が灯り、部屋の奥隅で、シスターらしき女性と抱き合いながら震えるみすぼらしい服を着た少年少女がいた
「それでも、此処で戦おうと、ボクの前で子供達を巻き込むようなことをすると言うのなら…………ボクが相手になるぞ!武神インドラ!月神ソーマ!!」
「「!?」」
まさかのヘスティアの啖呵にインドラとソーマが驚いたような雰囲気になり、周囲の神やベルを含めた人々も、天界でのグータラな姿や、普段の朗らかな姿とは違うヘスティアに目を見張る
やがて、数分経ち、誰もが、その場で動けなくなる中、インドラが手に持っていたヴァジュラを消すと、右手で後頭部を掻きながら
「チッ………まぁ、『武神』の俺じゃあ『竈の火』を………ひいては『国家守護』を『不滅』を司るヘスティアじゃあ、分が悪い上に、コイツの体じゃあ『神の力』は一切使えねぇ、仕方ねぇか」
そう言うと、ソーマへと体を向け
「おい、ソーマ、テメェの酒蔵やら今回俺らでぶっ壊した建物は俺とブラフマーで無かったことにしてやる………ここらで手打ちだ」
「…………わかった、ここはヘスティアの顔を立てよう」
そう、渋々といった様子でソーマは頷き、踵を返すと、自分が突っ込んできた穴から出て行った
***
「んじゃあ、俺はウラノスのクソジジイに話でもつけてくっか」
ソーマを見送り、そう言って出ていこうとするインドラに未だ厳しい目を向けるヘスティアにニヤリと笑ってから
「まぁ、久々に『オリュンポスのぐーたら女神』の本気を見れて楽しかったぜ………折角なら、アストレアやヴィーザル辺りとも殺し合ってみたかったけどなぁ!」
『!?』
「インドラ…………」
「おいおい、そんなに睨むなよ、これが『武神』ってもんだろ?…………おい、随分、生意気なガキじゃぁねぇかよ」
呵々大笑するインドラに更に不機嫌さを隠さないヘスティアにヘラヘラと笑うインドラとの間に、突然、震えながら割って入ったベルに、スンッとインドラが真顔になる
「ったく………今にもチビリそうになって足どころか体を震わせてる癖によぉ、よくもまあ俺の前に立てんなぁ………なんで立ったよ?ガキ?」
「……………」
「ダメだ!ベル君!!下がるんだ!!」
ヘスティアがベルを後ろに行かせようとするが、ベルはその瞳を恐怖で震わせながらも真っ直ぐにインドラを見ている
「おいおい、ダンマリか?」
「僕が…………」
「?」
「僕が神様の『眷属』で『家族』だからです!!」
そのベルの答えに、暫く瞠目していたインドラは、次には右手で顔を覆い、
「ク……………」
『?』
「ヒ、ヒャハハハハ!さっきまでの光景を、俺達の領域を見て!テメェの主神とやらがテメェの助けなんぞ必要ないってのに!この場にいる誰もが動けないってのに!それでも一切の偽りなく、俺の前に立つか!!…………ク、ハハハハハハ!!」
やがて、数分、たっぷりと笑い転げた後、「フゥー」と一息つき
「良いなぁ、こりゃあ、本物の『身の程知らずの大馬鹿』だ、ああ、カルキの奴が『面白い』って言ったのが分かったわ」
やっぱり類は友を呼ぶって奴なのかねぇと、もう一人の『身の程知らず』を依り代に下界に介入しているインドラは肩を揺らし
「んじゃあ、一つ、俺を笑わせた褒美だ、耳かっぽじって、よぅく聞け」
ベルの眼を真っ直ぐに見つめ、言葉を紡ぐ
「『英雄』になる資格は、性別、種族、年齢を問わない……即ち『英雄』とは誰でもなれるものだ────そして、『英雄』に『憧れる』のもいい、『なりたい』と思うことも良い、だが『なろう』とはするな、『英雄』に『なろう』とした瞬間、そいつは『英雄』の『資格』を失うぞ」
今までの不敵な笑みや相手を見下した嘲笑ではなく、諭すような微笑を浮かべ「ああ、あとこれもだな」と呟き
「見果てぬ天に手を伸ばし続けろ、いっそ強欲なまでに落ちてくる実を拾え、何かを失う代わりにナニカを得るなんて下らねえ、全て手に入れるぐらいの気概を持て、そして何度でも己の未熟と無力さに打ちひしがれ絶望しろ────それでも、伸ばし続けてみせろ…………そうすりゃあ、後の連中が勝手に『英雄』とテメェのことを称えるだろうよ」
そしてインドラはベルや今だに動けない神々や人間達を無視してギルドへと足を向け、去っていった
***
「あぁ~~~~~~っ!!疲っかれたぁ~~~~~~」
インドラが完全に立ち去ったことを確認したヘスティアは、そう叫び、インドラやソーマへの愚痴をこぼしながら、ほどけた髪を結びなおしながら、「あとはウラノスに任せよう」と文句を言ってから
「それじゃあ、帰ろうかベル君………‥ベル君?」
「え?あ、はい……神様」
普段通りに明るくベルに声を掛けたヘスティアであったが、どこか他人行儀なベルに少し、しかめっ面になっていると、ベルから後ろを指さされ、「?」を頭に浮かべながら振り返ると
「うおっ!?どうしたんだい?皆、そんな頭なんか下げて!?」
ヘスティアの目に映ったのは、全員その場で片膝をつき、頭を下げる人間達、しかも、ベルや【ヘスティア・ファミリア】に対してあまりいい感情を向けていなかった者や【ロキ・ファミリア】をはじめとした冒険者達どころか、己の主神である『美の女神』に絶対の忠誠を誓っている【フレイヤ・ファミリア】の幹部たちでさえ、頭を垂れているのだ
「ちょ………皆、顔上げて………ね!」
先程、インドラとソーマに啖呵を切った女神と同一神物とは思えない程、狼狽するヘスティアであった