比企谷八幡、古典部に赴く(仮)   作:通りすがりの魔術師

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俺ガイル完結andアンソロ、短編集刊行予定発表おめでとう


ようこそ、奉仕部へ

俺はこのときまで、楚々とか清楚とかいった語彙のイメージをどうにもつかめないでいたが、この女を形容するような言葉だと理解した。背まで伸びた黒髪に、着崩していないブレザー姿がよく似合っていた。椅子に座っていても分かる程に足は長く、女子の方でも女子の中では大きい方だろう。

俺はこの女を知っている。だが、こいつは俺を知らない。はずだ。

 

 

「ノックしても君は返事をした試しがないじゃないか」

 

 

「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ」

 

 

平塚先生の言葉に、彼女は不満げな視線を送る。そしてその視線は一気に冷め、俺の方に向けられた。

 

 

「それで、そのぬぼーっとした人は?」

 

 

雪ノ下雪乃。入学式に代表で話をしていたから覚えているというわけでもなく、そんな挨拶は聞き流していた。しかし、俺の友人、福部里志からの情報では彼女はかなり有名らしい。父親は県議会議員で、姉はここの卒業生。しかも姉は去年の文化祭で過去最高の盛り上げを見せるよう尽力したと里志が話していた。そしてその妹が俺に対して冷めた瞳を向ける雪ノ下雪乃。代表挨拶をしたということは成績優秀なのは間違いなく、更には容姿にも優れている。そんな彼女が一体ここで何をという疑問が過った。

 

 

「彼は折木。入部希望者だ」

 

 

平塚先生に促されて会釈するが待てとすぐに顔を上げた。

 

 

「ちょっと入部希望者ってなんですか」

 

 

「君にはペナルティとしてここでの部活動を命じる」

 

 

異論反論抗議質問口応えは認めないと抗弁の余地を許さず、怒涛の勢いで俺に判決を申し渡す。

 

 

「というわけで、彼はどうやら省エネ主義らしくてな。だから交友関係を広げてやって欲しい。そのためにこき使っても構わない」

 

 

反論も何もかも許されないため俺は口をつぐみ粛々とこれからの学校生活が地獄に変わるのを想像した。

 

 

「そうですか……そういうことなら」

 

 

雪ノ下は仕方ないといった様子で言うと、平塚先生は満足気に微笑んだ。

 

 

「そうか。なら、後のことは頼む」

 

 

それだけ言うと、先生はさっさと教室から出ていってしまった。ぽつんと取り残された俺は居場所に困った。このまま棒立ちしていても仕方ない。

 

 

「座ってもいいか?」

 

 

「ええ、どうぞ」

 

 

彼女の許しがいるのかは知らないが、一応聞いておくと許可が出たのでその辺にあった椅子を引く。それきり、というか平塚先生が出て以降、雪ノ下は俺に興味を示さない。いつの間に開いていた文庫本を読んでページを繰る音と時計の秒針の音のみが耳に届く。

で、俺はこの美少女様と何をすればいいのか。教室には積まれた椅子と、真横にある長机に彼女が持ってきたのであろうティーセットがある。それ以外は無機質なただの部屋だ。

 

 

「何かしら」

 

 

キョロキョロと教室を見渡していたのが視界に入ったのか、雪ノ下は不快気に眉根を寄せてこちらを睨む。

 

 

「いや、ここは何をする場所なのかと思ってな」

 

 

俺がそう言うと、雪ノ下は本をぱたんと閉じた。

 

 

「そうね、ではゲームをしましょう」

 

 

「ゲーム?」

 

 

「そう。ここが何部か当てるゲーム。さて、ここは何部でしょう」

 

 

なるほどここは部活だったのか。その事に驚きを隠せないが、そう言えば俺は入部希望者だと言われた。つまり、ここは何かしらの活動をするための部活なのだろう。

 

 

「他に部員は?」

 

 

「いないわ」

 

 

雪ノ下1人だけでこの教室を? 確かに本を読むだけなら暇を持て余しはしないだろうが、それなら家で読むだろう。本を読むことを目的とはしていない。それにあのティーセットも洋風だ。床も畳ではないから茶道部ではない。

あとはなんだ。この教室でも活動が成立する。机に対して多い椅子の量。予備にしては多すぎる。ただの物置にしては使用用途が偏っている。誰かを待っている?

 

 

「ボランティア部、またはそれに近しい部活か」

 

 

「…へぇ、その心は?」

 

 

雪ノ下はいくらか関心を持ったという目で問い返してくる。

 

 

「特殊な環境や機器を必要とせず、雪ノ下さんだけで成立する部活となるとそれくらいしか浮かばない」

 

 

ボランティアに必要なのは人で多ければ多いほどいい。さらに言えばいないよりは1人いた方がいいという理屈とも噛み合う。雪ノ下1人でも掃除や悩み相談を聞くくらいはできる。学校にはスクールカウンセラーなんてのもいるが、そういうのに相談しにくい人がここに来る。という感じだろうか。

 

 

「80点ね」

 

 

どうやら惜しかったらしい。当てる気はなかったがそう言われてると悔しく感じる。

 

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。途上国にはOADを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を」

 

 

けれど、と雪ノ下はいつの間にか立ち上がり、自然と視線は俺を見下ろしていた。

 

 

「私は魚を取るわけじゃないの。取り方を教える。それがこの部活、奉仕部の理念よ」

 

 

歓迎するわと言われたがとても歓迎されているとは思えない。

 

 

「平塚先生曰く、優れた人間は憐れな者を救う義務がある、のだそうよ。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」

 

 

貴族の務め、ノブレス・オブリージュというやつか。腕を組んだ彼女はまさに貴族。しかし、俺は憐れまれるほどヤワな人生を送っていない。

 

 

「別に俺は問題にはしていない。それに人と関わることはトラブルの元だ。俺からすればこっちの方が問題だ」

 

 

「けれど、社会に出れば否が応でも人と関わることになるわよ」

 

 

「その時はその時だ。関わらないといけないやつとだけ関わるさ」

 

 

関わらないといけないやつ、というと家族や友人が該当する。クラスメイトや教師は環境が変われば、接することも無くなるから無理に話したりする必要は無い。それは社会も同じだ。人との関わりはあった方がいいが、面倒なのとはすぐに手を切った方がいい下手するとずっと足を引っ張られることになる。

 

 

「なるほど、どうやら平塚先生が問題にしてるのは貴方の人嫌いかしら」

 

 

「人は嫌いじゃない。ただトラブルに巻き込んで欲しくないだけだ」

 

 

トラブルとは時間と労力の無駄だ。被害者でも傍観者でも時間を搾取され、気力は削られる。

 

 

「それは、分からなくもないけれど」

 

 

ここへきて初めて同意を得られた。若しかすると、俺と同じく省エネ人間の世界へと引っ張れるかもしれない。そう思って俺の持論を展開しようとした矢先、ドアを荒々しく引く無遠慮な音が響いた。

 

 

「雪ノ下。邪魔するぞ」

 

 

「ノックを.......」

 

 

「悪い悪い。まあ気にせず続けてくれ。様子を見に寄っただけなのでな」

 

 

ため息混じりの雪ノ下に鷹揚に微笑みかけると、平塚先生は教室の壁に寄りかかった。これでは俺の持論を言ったら最後、本当にこの部活に永久就職になる。それだけは避けようと黙りコケていると「そうだ」と平塚先生が口を開く。

 

 

「折木にお客さんだ」

 

 

俺に? 首を傾げ振り向けば、ドアが微妙に開いてその隙間から誰かの視線がばっちり衝突する。いつだって笑ってるような、ブラウンがかったその目には見覚えがある。

 

 

「里志......」

 

 

「あら、知り合いなの?」

 

 

なんだその知り合いいたの。みたいなニュアンスの問いかけは。ドアが開かれ、そこに居たのは予想に違わず福部里志だ。

 

 

「やあやあ、ホータロー。さっき以来だね」

 

 

「あぁ、そうだな。それでいつから居た?」

 

 

「平塚先生が1回出ていった辺りからかな」

 

 

何を言っているのか分からないな。

 

 

「お前、帰ったんじゃないのか」

 

 

「そのつもりだったんだけどさ、ホータローが呼び出されるなんてレアじゃないか。そしたら、女の子と二人きりで密会してたってわけさ」

 

 

「密会はしてないのだけれど、福部里志くん?」

 

 

里志と飄々とした物言いが不愉快だったのか、雪ノ下は目が合えば凍てつくような視線を里志に向けた。しかし、里志のメンタルは強靭で相も変わらずというか、むしろテンションが上がったように見えた。

 

 

「へぇ、嬉しいな。あの雪ノ下さんに覚えられてるなんて」

 

 

心底そう思ってるのか、あるいは嘘なのか。俺のジャッジは半分半分だ。

 

 

「.......それで用がないのなら早く帰ってはどう?」

 

 

「おやや、手厳しいな。名は体を表すとはまさにこの事だね。ねぇ、ホータロー?」

 

 

「俺に振るな」

 

 

些か失礼な物言いだが、雪ノ下には悪いが里志の意見に賛成だ。雪ノ下はどうにも人に対して冷たい。内弁慶なら慣れて内輪に入れれば本性、ズバリ今とは違う性格が表れるのだろうがどうにも彼女の素は雪のように冷たく儚いものではないかと思えてしまう。俺より彼女の方が問題なのではと思うくらいだ。

 

 

「まぁ、3人仲が良さそうでなによりだ」

 

 

壁にもたれ静観していた先生は満足そうに頷く。どうやったらそう見えるのか分からない。

 

 

「それでは雪ノ下、折木。その調子でこれからよろしく頼むぞ」

 

 

そう言い捨て再び戸を閉めた平塚先生の足音が聞こえなくなると、俺と雪ノ下はため息を吐いた。雪ノ下は眉間に皺を寄せ、俺と里志を交互に見やる。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いえ、別に......」

 

 

きょとんと返した里志に雪ノ下は諦めたようにして閉じていた文庫本を開いた。さて、俺は帰ろうかと思案していると里志が「で」と話を切り出してきた。

 

 

「それでここはどういう部活なんだい?」

 

 

「聞いていたんだろ。だったら説明しなくてもいいだろ」

 

 

「いやドア越しだとよく聞こえなくてさ」

 

 

じゃあこいつドアの前で聞き耳立てて、何も聞けてなかったのか。呆れた俺に里志は「それで?」と答えを急かしてくる。

 

 

「奉仕部。魚を取ってあげるんじゃなくて、取り方を教える部活らしい」

 

 

「それってつまり人助けの部活ってことかい?」

 

 

頷くと里志は意外そうに俺の顔を見てはくすくすと笑った。

 

 

「ホータローが人に奉仕だなんて、明日は針が降るね」

 

 

「降らねぇよ」

 

 

里志の冗談もここまで大袈裟だと付き合うのも馬鹿らしくなる。けれど、悪くないと思えるのはこいつの憎めなさだからだろうか。下校時間になるまで楽しくも、他人が聞けば笑えないであろう話をしていると、俺たちの対面上で文庫本を読んでいた彼女だけが不機嫌そうに「はぁ.......騒がしい」と呟いていた。




アンケートの結果、古典部メインで話を進めつつ、俺ガイルと古典部シリーズの話を混ぜることになりました。

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