アルスエンタープライズでは、日用品やトレーナーグッズの開発、科学技術の研究など様々な分野に取り組んでいるが、近年特に力を入れて取り組んでいる研究がある。
それは希少なポケモンの保護及び、生態の研究。
傷ついたポケモンや個体数の少ないポケモン、人間の土地開発などによって住処を追われたり、密猟者やポケモンハンターに狙われたりして数が減少しているポケモンを保護しつつ、その生態を調べ、そのポケモンにとってより住みやすい環境を元々の自然を侵さない範囲で自然界に作り、その上で保護したポケモンを野生に戻すという、先進的な取り組みだ。
人の手が掛かっていない希少な野生のポケモンに積極的に人の匂いをつけることに反対の声もあるが、現状、この研究はポケモンの保護という観点においては良い評価の声が多く、良好な成果を上げ続けている。
その研究を行なっているのは、アルスエンタープライズ本社九階。
ここはフロア一帯が『生態保護・研究室』と名付けられており、水辺、草原、乾燥地など、様々な環境の部屋に分けられて研究が行われている。
それらの部屋は中央のコントロール室から全て観察、及び管理することができるようになっている。
だが、今。
「へー、ちゃんとモンスターボールで管理してるのね。助かるわぁ」
この研究室、及び保護されているポケモンたちは、今まさにゴエティアの手中に収められんとしていた。
「お、お前……目的は、何だ……!」
「んー? それは私の目的か、組織の目的か、どっちの話?」
紫の長い髪を後ろで結び、紫のバラの模様が描かれた緑色のワンピースを着ていた女。その女たった一人に、研究員たちは叩きのめされ、生態保護室のガラスも全て叩き割られてしまった。
「私の目的なら教えてあげるけど。とは言ってもこれは単なる暇潰しよ? お願いされてた私の任務はひとまず終わったから、建物の中をうろついてたらさ、レアなポケモンがいっぱいいるじゃない? だからこの私、アスタロト様が、こいつらぜーんぶ戴きにきてやったのよん?」
魔神卿アスタロト。
たった一人で研究員たちを一蹴した彼女は、床に這いつくばる男たちに向け舌を出して嘲るように笑うと、ポケモンの入ったボールを無造作に手に取っていく。
「わぁ! こっちは生きた化石、カブトだ! こっちは……ピッピじゃん! マデルにも野生の個体がいたんだ!? あと、それからそれから……」
まるで大量のおもちゃを一度に与えられた子どものように、アスタロトははしゃぐ。
「売り捌いて儲けてもいいし、王様のために使ってもいいし……使い道に迷うわぁ、うふふ。まっとりあえず、これぜーんぶ貰っちゃうね。下っ端、大きい袋持ってきてー」
黒装束が持ってきた大きな袋へ、アスタロトはボールに入ったポケモンたちを纏めて放り込む。全て回収すると、黒装束の下っ端構成員はさっさと部屋を出て行った。
「クソっ……大事なポケモンたちを、よくも……」
「はいはい。大事なポケモンたちはこっちで大事に使ってあげるから。売っちゃうかもしれないけど」
床に転がる研究員たちを嘲笑い、アスタロトは一つだけ下っ端に運ばせなかったボールをうっとり眺める。
「このポケモン、綺麗だったわぁ……この子だけは売り渡すのもったいないし……よし、決めた」
ボールを掲げたアスタロトは目を輝かせ、
「この子は私のポケモンにしちゃおっと! 他のポケモンみんな組織に献上するわけだし、一匹くらい貰ったって構わないわよね!」
悪党に似つかわしくない無邪気な笑みを浮かべた、その時。
「そのポケモンを、放せ!」
この場にいる誰のものでもない少年の声が響き、刹那、黒い影の弾が飛来し、アスタロトが持っていたボールを弾き飛ばした。
「うぐっ!? 痛った……!」
突然の衝撃に手首を捻ったのか、アスタロトは右手を押さえ、慌てて黒い弾が飛んできた方向を振り向く。
「ゴエティア、そこまでだよ。今すぐここから立ち去るんだ」
シャドーボールを放ったエーフィを従えたハルと、さらにラルドが立ちはだかる。
「ぐぬぬぬっ……せっかくいいところだったのにぃ。仕方ないわ、あんたたちの相手をしてやるのが先みたいね! パラレル! 来なさい!」
先ほどまで愉悦に浸っていたアスタロトの表情に、みるみるうちに苛立ちが浮かんでいく。
そしてアスタロトの叫びに応じ、その後ろからもう一つの人影が姿を現す。丈の長い真っ黒なコートを身に纏った黒髪の少年。
パイモンの雇った部下、パラレルだ。
「パラレル、協力しなさい。二人でこいつらを――ちょっと、聞いてるの!?」
喚くアスタロトを完全に無視し、パラレルはハルを見据えてモンスターボールを取り出した。
「久しぶりだな、ハル。この場でもう一度、俺と戦え。メガシンカポケモンを使って、一対一で俺とバトルしろ」
何の目的で自分に固執しているのかは分からないが、パラレルの目的は今回もハルとのバトルのようだ。
「っ……ラルド、僕はこいつの相手をしないといけないみたいだ。悪いんだけど、魔神卿の相手を頼めるかな。できるだけ早く終わらせて、加勢するからさ」
「へっ、誰の心配してんだよ。俺はクリュウさんに鍛えられてるノワキの住民だぜ? 任せとけよ」
不安そうな表情は微塵も見せず、寧ろ小さく笑みすら浮かべ、ラルドは頷いた。
「ありがとう、助かるよ。……よし、待たせたね、パラレル。バトルを始めようか」
勝負を仕掛けてきたパラレルの方に向き直り、ハルもボールを手に取る。
「何なのよッ、感じ悪いわねこいつ……まぁいいわ。で? 私の相手はあんたってことでいいのかしら、お子ちゃま?」
「ああ。ハルの邪魔はさせねえ。俺が相手になってやるよ」
アスタロトとラルドも同時にボールを取り出す。対戦カードは決まった。
「我が力を示せ、ガブリアス!」
パラレルが繰り出したのは、ハダレタウンで戦ったガバイトの進化系。
腕と背中にサメのヒレのような翼を持つ、青い体躯のドラゴンポケモン。
『information
ガブリアス マッハポケモン
腕を折り畳み翼を広げてジェット機
並の速度で空を飛ぶ。尖った鱗が
空気抵抗を減らしてくれるのだ。』
「ガブリアス……ドラゴンタイプの最終進化系か」
以前戦った時はガバイトだったが、その時点でかなりの実力を持つ強敵だった。今回は、さらにその進化系が相手。
「エーフィ、ごめんよ。相手はメガルカリオをご所望みたいだ。一回戻って、休んでてね」
ハルの言葉にエーフィは嫌な顔一つせず頷き、自らボールへと触れ、その中へ戻る。
「前回は引き分けだったけど……今の僕たちなら勝てる! 出てきて、ルカリオ!」
エーフィと交代し、ルカリオが現れる。
すると、ルカリオはまるでこの場所が見知った場所であるかのように、軽く周囲を見渡す。
そして。
突如雄叫びを上げると共に両手の波導を増幅させ、目の前のパラレルを睨みつけた。
「ルカリオ!? ど、どうしたの……!」
いつもの冷静な様子と違うルカリオに驚くハルだが、そこで思い出す。
ルカリオがまだ進化前だった頃、ハルと出会う前、彼はどこで育ったか。
そう、アルスエンタープライズだ。
ルカリオの境遇を考えるなら、この生態保護・研究室がリオルとして育った場所なのかもしれない。
「なるほど……ルカリオ、大丈夫だよ。落ち着いて、いつも通り全力で戦おう。僕がついてるから、安心して」
感情が昂っていたルカリオは、ハルの言葉を聞くと少し落ち着いた様子を見せ、小さく吠えて返事を返す。
それでも、両腕を纏う青く揺らめく波導はいつもよりも増幅している。
「理由はよく分からんが、戦意は充分なようだな。さあ、メガシンカを使え。全力で俺と勝負しろ。強いメガシンカポケモンと戦えば、俺はもっと強くなれる」
「言われなくても、そのつもりさ。ルカリオ、準備はいい?」
ハルが右腕を掲げ、ルカリオが頷く。お互いのキーストーンとメガストーンが輝く。
「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」
ハルのキーストーンとルカリオのキーストーンの光が繋がり、七色の光がルカリオを包む。
波導の力とメガシンカエネルギーがルカリオの体内を駆け巡り、咆哮と共にルカリオはメガシンカを遂げる。
「準備は整ったな。では始めるぞ! ガブリアス、ドラゴンクロー!」
バトル開始と同時にガブリアスが走り出す。
元々鋭い爪をさらに輝くオーラを纏わせて強化し、ルカリオへと襲い掛かる。
「ルカリオ、受け止めて! 発勁!」
ルカリオも両掌から波導を噴出させ、ガブリアスを真っ向から迎え撃つ。
両者が正面から激突、互角に競り合うが、
「っ、さすがはドラゴンポケモンだ……! メガシンカしたルカリオを相手に、互角に渡り合えるなんて……!」
ハルとルカリオも間違いなく成長しているのだが、それはパラレルのガブリアスも同様。
ガバイトの時と比べて、攻撃力もスピードも大きく上昇している。
「ルカリオ、ボーンラッシュ!」
せめぎ合った末、二匹は一度距離を取り、体勢を立て直す。
「ルカリオ、ボーンラッシュ!」
ルカリオの右手を纏う波導が形を変え、槍を作り出す。
「対処せよ。大文字!」
その場から飛び退いてルカリオとの距離を取りつつ、ガブリアスが大の字型に展開する炎弾を発射する。
波導の槍が正面から炎弾を貫くが、既にガブリアスはそこにはおらず、
「ドラゴンクロー!」
青白く輝く光の龍爪を両腕に纏わせて駆け出し、ルカリオへ巨爪を振りかざす。
「っ! ルカリオ、受け止めて! 発勁!」
ルカリオの携える槍が一瞬のうちに揺らめく波導へと形を変え、両手を覆う。
振り下ろされるガブリアスの龍爪を、波導の力を纏った掌で何とか受け止め、
「波導弾!」
構えた掌から波導を集めた光弾を発射し、ガブリアスを逆に押し返した。
(メガルカリオの火力を持ってしても押し切れないパワーと、侮れないスピード……だけど特殊技の威力は控えめだ。遠距離攻撃も絡めて、落ち着いて立ち回れば充分勝機はある)
ガブリアスと違い、ルカリオは特殊技でも充分戦えるだけの力がある。
「ルカリオ、もう一度波導弾だ!」
ルカリオの両手を纏う波導が増幅し、青い波導の念弾を作り出すと、二発の波導弾をガブリアスへと放つ。
「断て。ドラゴンクロー!」
対するガブリアスも両腕にオーラを纏わせ、光り輝く巨爪を作り上げる。
光の竜爪を振り下ろして波導弾を両断し、さらにその奥のルカリオを狙おうと構えるが、
「ボーンラッシュ!」
既にルカリオはガブリアスの眼前に迫っている。
波導弾を囮に一気にガブリアスに近づき、携えた青白い槍で立て続けに刺突を浴びせる。
「ガブリアス、振り払え! アイアンヘッド!」
だがガブリアスは怯まない。
地に足をつけてその場で耐え切り、間髪入れずに硬化させた頭突きを放ち、ルカリオを押し返した。
「攻め立てろ! ドラゴンクロー!」
ルカリオの体勢を崩し、即座にガブリアスは攻撃に転じる。
地を駆け、両腕に青い光の竜爪を纏わせ、猛スピードでルカリオへ斬りかかる。
「ルカリオ、ボーンラッシュ! 防いで!」
形を変えた波導の槍をルカリオが構え、ガブリアスの竜爪を受け止める。
競り合った末、ガブリアスの爪が打ち勝ち、波導の槍を両断してしまうが、
「想定通りだ! 波導弾!」
断たれた波導の槍は揺めき、即座に光弾へと形を変え、左右からガブリアスに襲い掛かる。
「なにっ!?」
「今だ! 発勁!」
ルカリオが右手に波導を纏わせ、死角からの不意打ちを受けて動きを止めたガブリアスの腹部へ掌底の一撃を思い切り叩き込む。
それと同時に波導を炸裂させて、ガブリアスを吹き飛ばした。
「っ、ガブリアス! 立て直せ!」
波導の力をもろに浴びたガブリアスだが、床を力強く踏み締めて立ち上がり、まだまだやれると言わんばかりに吼える。
「うむ……やはり地面技を事実上使えないのは少々痛手か……?」
パラレルがぼやく。
ガブリアスは攻撃力が非常に高いポケモンだが、地面タイプの物理技といえば“地震”や“穴を掘る”。
どちらも強力な技であり、後者に関しては進化前のガバイトが得意としていた技であった。
しかし、今回のバトルはアルスエンタープライズの九階。穴を掘るを使えば床下に落ちてしまうし、地震なんぞ使った際には建物が崩壊してしまってもおかしくない。
「だが……地面技を使えなかったせいで負けたと言っては、言い訳にも聞こえるな」
「……なんだか考え込んでるみたいだけど、こないならこっちから行くよ。ルカリオ、サイコパンチ!」
ぶつぶつと呟くパラレルを待たずにハルは指示を出し、ルカリオが動く。
波導を纏う握りしめた拳を念力でさらに強化し、ガブリアスとの距離を詰めていく。
だが。
「それならば……使うか」
そう呟き、顔を上げる。
その目をカッと見開き、パラレルは告げる。
「ガブリアス、地震だ!」
ガブリアスが天井まで大きく跳躍し、ルカリオの拳を回避。
さらに上空からルカリオに向けて急降下、全体重を乗せた蹴りを放つ。
「なっ……!? ルカリオ、何とか受け止めて! 発勁!」
回避は絶対に出来ない。
躱してしまえば、アルスエンタープライズが瓦礫の山と化すかもしれないのだ。
両手の波導を増幅させ、ルカリオは両腕を突き出し、真っ向からガブリアスを迎え撃つ。
しかし。
「覚えておけ。地震という技には、こういう使い方もある」
ガブリアスとルカリオが正面から激突する。
結果は、明白。
「大地を揺るがし、衝撃波を発生させるほどの力を体の一点に集め、そのエネルギーを乗せた打撃を叩き込む。その威力、通常の地震攻撃の比ではないぞ!」
ルカリオの波導の掌底が、撃ち破られる。
一点に集約された巨大なエネルギーを乗せたガブリアスの強蹴がルカリオを派手にぶっ飛ばし、そのまま壁へと叩きつけた。