イザヨイ大会では、今までの大会とは違い、正式な開会式が行われる。
審判長による開会の挨拶、ハダレ大会アドバンスランクの優勝者による選手宣誓などが行われるが、正直なところなんだか退屈だったので、ハルは半ば聞き流すように開会の言葉を聞いていた。
しかし、
「それでは最後に、チャンピオンのダフナ氏から、挨拶をいただきます」
その言葉と共に、ハルの退屈が一瞬のうちに吹き飛ばされた。
会場がざわつく中、一人の男性がゆっくりと壇上に上がる。
白髪のオールバックの男性だ。老齢だがその立ち振る舞いは堂々としており、強烈な覇気を感じる。魔術師のような深緑色のローブに身を包んでいる。
「ほほほ、初めましての者がほとんどじゃの。儂はマデル地方チャンピオン、ダフナという者じゃ」
年老いていながらも威厳のある姿だが、その口振りや笑顔はどことなく気軽と言うか、好々爺とでも言ったような印象を受ける。
「この大会で生まれる手に汗握るバトル、熱いドラマ。この大会だからこそ生まれる、感動の瞬間。儂は早くそれを見たくてウズウズしとる。楽しみじゃのう……おっと、バトルが待ちきれないのは、儂よりも君たちの方じゃな。これは失敬。それでは、早速君たちの戦いを見せてもらおう。参加者の諸君、力の限り戦い抜き、熱いバトルでこのマデルを大いに盛り上げておくれ」
そこでダフナは一拍置き、
「それでは……ポケモンバトル・イザヨイ大会! ここに開幕じゃ!」
そう告げると同時、会場全体から大歓声が湧き上がった。
『それでは、あと三十分後に予選第一試合を行います。第一試合の選手は、速やかに予選会場へ移動してください』
あまりに続く響めきに、アナウンスの声が掻き消されるほどだ。
「それじゃハル! 私、第四会場の予選一試合目だから、行ってくるね!」
「うん。サヤナの実力なら、予選突破は確実だよ。頑張って!」
ハルの返事に満面の笑みを浮かべて手を振り、サヤナは予選会場へと走り去っていった。
一方、ハルは初戦までしばらく時間がある。かと言って特にやることもないので、早めに自分の予選会場近くにスタンバイしておこうと移動を始めるが、その途中。
「あっ! ミオじゃないか!」
見知った顔を見つけ、駆け寄って声を掛ける。
「あぁー、ハルくーん。久しぶりだねぇ」
いつも通りのほんわかとした様子で、ハルを見つけたミオはにへらーと笑う。
「また会えて嬉しいよ。ミオも大会に参加してたんだね」
「もちろんだよぅ。あー、そういえばさっき、えーっと、あの赤い髪の……そうだ、エリーゼさんも見たよぅ。あの人も来てるみたいだねぇ」
予想通りというか、どうやらエリーゼも参戦しているようだ。
ハルの知っている者だけで、サヤナ、ミオ、ラルド、エリーゼ、さらにアリスとイチイのジムリーダーコンビと強豪が勢揃い。スグリがいなかろうがここまで来れば関係ない、今回の大会はハルが想像していた通り、もしくはそれ以上に熾烈な戦いとなりそうだ。
「ハルくん、予選の会場はどこぉ?」
ミオに聞かれ、ハルはアルス・フォンの大会アプリを開いて画面を見せる。
「僕は第三会場だね。ミオは?」
「ハルくんとは別々だねぇ。僕は第六会場なんだぁ」
ということは、サヤナともミオとも予選で潰し合うことはないようだ。
「それじゃ、まずは予選突破だね。本戦で会おう」
「うん。ハルくんも頑張ってねぇ」
ミオと一旦別れ、ハルは予選の第三会場へと向かう。
イザヨイ大会がここまでの大規模な大会になる理由。その一つは、大会参加者の制限がないこと。
これまでに参加した大会には参加資格としてジムバッジの数を参照していたり、またはジムバッジの数に応じてリーグが分けられたりしていたが、今回はそれがない。
参加する条件は“ポケモントレーナーであること”のみ。そのため極めて敷居が低く、例えばつい最近ポケモントレーナーになったばかりの者でも挑戦できる。例えば、ラルドのように。
そしてその逆も然り。上限がないため、どれほどベテランのトレーナーでも参加できる。アリスやイチイのように、ジムリーダーの出場ですら許されるのだ。
ただしさすがに四天王クラスになるとそもそもこの大会に参加するメリットがない。この大会に優勝するとポケモンリーグ大会での予選一回戦分のシード権が貰えるが、そもそも四天王はポケモンリーグの予選に参加せず、本戦からの出場となるからだ。
ちなみに参加者が多いという性質上、予選の試合数も多い。
同じ予選会場内には約二十人おり、その中から無作為に選ばれた対戦相手とのバトルを五戦行い、勝利数や試合時間から判定して順位付けがなされ、一つの予選会場から上位四名が本戦へと進める。
予選会場は一から八まであるため、本戦に出られるのは32名。本戦はトーナメント形式なので、優勝するにはそこからさらに五連勝しなければならない。
そしてここは予選第三会場。いよいよ、ハルの予選の一試合目が始まる。
「それではこれより、ハル選手とマコ選手のポケモンバトルを始めます。使用ポケモンは一体。両者、ポケモンを選んでください」
バトルフィールドの向かい側に立つのは、茶髪のおさげ髪の少女。分厚い赤のコートを羽織っている。
二人がボールを手に取ったのを確認し、
「それでは、ポケモンを出してください」
審判の合図を受け、両者同時にポケモンを繰り出す。
「出てきて、ファイアロー!」
「ココロモリ、お願い!」
ハルが一試合目に選んだのはファイアロー。
対戦相手マコのポケモンは、青いコウモリのようなポケモン。首元のふさふさの体毛と、ハートの形をした巨大な鼻が特徴的だ。
『information
ココロモリ 求愛ポケモン
鼻から様々な周波数の音波を出す。
獲物を探したり異性へ求愛したり
岩石を破壊したりなど用途も様々だ。』
ココロモリ、飛行とエスパータイプを併せ持つポケモンのようだ。
「それでは……バトルスタートです!」
審判が旗を振り下ろし、両者が動き出す。
「ファイアロー、ニトロチャージ!」
バトル開始と同時、ファイアローが翼を広げると、羽毛の隙間から一斉に火の粉が噴き出す。
火の粉を纏い、火の玉のようにファイアローが突撃を仕掛けるが、
「ココロモリ、サイケ光線!」
対するココロモリも反応が早い。大きな鼻を震わせ、鼻の穴から念力の光線を発射する。
ニトロチャージを仕掛けるファイアローを真っ向から光線が襲う。周囲の炎が念力のダメージを抑えてくれるが、その炎は掻き消されてしまう。
「今だよココロモリ、瞑想!」
ファイアローの動きを止めたココロモリは目を瞑り、その場で精神を研ぎ澄ませていく。
「積み技か! ファイアロー、止めるよ! 鋼の翼!」
翼を硬化させ、ファイアローが飛び立つ。
特殊能力を上げていくココロモリへ鈍く輝く鋼の翼を叩きつける。ココロモリを吹き飛ばすが、しかし瞑想による能力上昇は間に合ってしまった。
「なら、続けてアクロバット!」
さらにファイアローは吹き飛ぶココロモリを追って飛び出し、その周囲を飛び回りつつ翼や爪の連続攻撃を浴びせる。
「っ、ココロモリ、逃げて!」
対するココロモリも黙ってやられているわけではない。ファイアローの連撃の僅かな隙を見つけて飛び立ち、脱出に成功する。
「よくもやってくれたね! 反撃だよココロモリ、サイケ光線!」
マコの元まで飛び退いたココロモリが、再びハート型の鼻を震わせる。
「ニトロチャージは防がれたけど、これならどうだ! ファイアロー、ブレイブバード!」
甲高い咆哮を上げ、ファイアローが燃え盛る青い炎の如き凄まじいオーラを纏う。
翼を折りたたみ、ジェット機が如く飛び立つ。
だが。
「撃てーっ!」
マコの突き出した拳と共に撃ち出されたココロモリの念動光線は、先程の一発目の比ではなかった。
轟音と共に先程の二倍はあろうかという威力の念力光線が発射され、最大火力のブレイブバードが逆に押し返された。
「なっ……!?」
「今だよココロモリ! もう一度瞑想!」
体勢を崩すファイアローには目もくれず、ココロモリは再び目を閉じて精神を研ぎ澄ます。
「さあさあ、ここからが本番! ココロモリ、シグナルビーム!」
カッと目を見開き、ココロモリは鼻を振動させて激しく点滅するレーザー光線を放つ。
「虫技ならファイアロー、ニトロチャージ!」
炎を纏い迎え撃つファイアローだが、その虫技のシグナルビームですら一発目のサイケ光線の威力を遥かに上回っている。
光線がファイアローに着弾すると同時にカラフルな爆発を巻き起こし、炎など容易く貫通してファイアローを吹き飛ばした。
「なっ……ファイアロー!?」
幸い虫技はファイアローにはかなり通りが悪いので、直撃を受けてもファイアローはまだやられていない。しかし、
(っ、なんだこの攻撃力……? たしかに瞑想で特攻が上がってるけど、上がり幅が大きすぎないか……?)
明らかに火力がおかしい。瞑想一回分の火力上昇にしては、威力が高すぎる。
「もういっちょ! ココロモリ、瞑想!」
そしてファイアローを吹き飛ばしたココロモリは三度目を閉じ、精神を極限まで研ぎ澄ませる。
「よーっし、それじゃ準備も整ったし、ネタばらししちゃうよ! 私のココロモリの特性は“単純”! この特性を持つポケモンに能力変化が起こる時、通常の二倍の効果を得るんだ。つまり、私のココロモリは一回の瞑想で特攻と特防を二段階上昇させていたんだよね!」
「能力変化が二倍……なるほど、そういうことか」
異常な火力上昇の仕掛けは分かったが、今更分かったところでもう能力上昇は止められない。
なぜなら、マコのココロモリは既に三回瞑想を積んでいるからだ。単純の特性による補正がかかったことにより、ココロモリの特攻と特防は限界まで上昇している。
「さあ、受けてみなさい! ココロモリ、サイケ光線!」
待ってましたとばかりに、ココロモリが鼻を振動させる。
次の瞬間、爆音と音にハート型の鼻の穴から通常の何倍にも膨れ上がった極太の念力光線が発射される。
だが、その直前。
「……来るッ! ファイアロー、上昇!」
間一髪。
思い切り羽ばたいて真上に急上昇し、ファイアローはココロモリの必殺の念力光線を躱す。
「続けて鋼の翼!」
さらに広げた翼を鋼のように硬化させ、滑空するようにファイアローが飛び出す。
「ココロモリ、上から来るよ! シグナルビーム!」
ファイアローを見上げたココロモリが鼻を振動させるが、
「ファイアロー、旋回! 後ろからだ!」
ココロモリが激しく点滅するレーザー光線を放った瞬間、ファイアローは急旋回して素早く光線を回避、そのまま背後に回って硬質化させた翼をココロモリに叩きつけた。
「やるじゃない……だけど、どこまで逃げられるかしら! ココロモリ、シャドーボール!」
空中で体勢を整え、ココロモリが鼻の穴を大きく開く。
その真ん中に黒い影が集まり、巨大な漆黒の弾を発射するが、
「ファイアロー、下降して、下から突っ込め! ニトロチャージ!」
空中から地面スレスレまで急降下し、ファイアローは巨大なシャドーボールを回避、さらに炎を纏って再び急上昇、真下から炎の突撃でココロモリを突き飛ばす。
「くっ……ココロモリ、ぶっ飛ばしちゃいなさい! サイケ光線!」
体勢を崩しながらもファイアローの位置を捉え、ココロモリが振り向く。
サイコパワーを溜め込み、ハート型の鼻を振動させるが、
「もう一度ニトロチャージ!」
今度はココロモリが光線を放つよりも先にファイアローが炎を纏って飛翔、炎を纏った翼を叩きつけてココロモリを叩き落とす。
「ぐぅッ……! どうして!? なんでさっきから攻撃が当たらないのよ!」
思わずマコが叫ぶが、まさにその通り。
瞑想と単純のコンボによってバトルを有利に進めていたマコとココロモリだったが、急に全く攻撃が当たらなくなったのだ。
対して、
「答えは簡単さ。僕が、そのココロモリの攻撃を見切ったからだよ」
ハルは落ち着きを取り戻し、その表情には安堵すら浮かべている。
「見切った……? どういうことよ!」
「そのまんまの意味だよ。君のココロモリの攻撃タイミングが見えるようになったってことさ」
「だから! それがどういう意味だって聞いてるのよ!」
焦りを隠せないマコに対し、余裕を取り戻したハル。
最早この時点で、流れがどっちにあるかなど一目瞭然だ。
「気付いていないかもしれないけど、君のココロモリは攻撃する時、その特徴的な鼻が必ず振動するんだ。だから僕は、それを見てからファイアローに攻撃を躱して反撃に出る最適な指示を出せばいいよね」
「えっ……そんな……!」
マコが気づいた時には、もう遅い。
既にハルとファイアローは、このココロモリの突破口を開いている。
「うぅ……! ココロモリ、サイケ光線!」
ココロモリが鼻に力を溜め込むが、やはり光線を放つ直前に鼻が振動してしまう。
「ファイアロー、上空からブレイブバードだ!」
翼を羽ばたかせて飛翔、ファイアローは上空で青い炎の如きオーラをその身に纏う。
轟音と共に発射される極太の念力光線は、しかしファイアローには当たらない。
刹那。
翼を折りたたんで超スピード、ファイアローの渾身の突撃がココロモリを捉え、貫いた。
「あぁ……ココロモリ……!」
ココロモリが派手に吹き飛ばされ、床を転がり、その末にフェンスに激突する。
そのまま目を回して倒れ、動かなくなった。
「ココロモリ戦闘不能! ファイアローの勝利です! 勝者、ハル選手!」
審判がココロモリの戦闘不能を告げる。ハルの勝ちだ。
「ファイアロー、お疲れ様! よく頑張ったね」
ハルはファイアローの嘴を撫で、ボールへと戻す。最初の試合に勝ち星をつけた。