「パイモン……魔神卿……?」
ハルにとってはよく分からない言葉ばかりだが、とりあえずこの少年が何をしに来たのかは分かった。
「まあとりあえずこれは返すね。ほいっと」
パイモンは無造作に、サヤナのモンスターボールを二人へ投げ渡す。
慌ててハルが二つのボールを受け止めると、パイモンは再び大きく欠伸をし、
「ふわぁ……んじゃ――」
「ちょっと待ちなよ」
撤収しようとしたパイモンを呼び止めたのは、スグリだった。
「性格上、悪人は放っておけないんだよね。ゴエティアを名乗ってるけど、ポケモン泥棒するような卑怯なやつの上司だ、あんただってろくなやつじゃないんだろ? オレがぶっ飛ばしてやるよ」
「……ふぅーん」
ボールを取り出したスグリを、パイモンはじっと眺め、
「あくまでやる気なんだねぇ。そういう姿勢は素晴らしいと思うけど、強気と無謀は違ってことを教えてあげる必要があるね。ま、君たちはまだ新米トレーナーみたいだから、優しく教えてあげるよ」
派手な赤服の袖から、モンスターボールを取り出した。
「やっちゃえ、スピアー!」
『information
スピアー 毒蜂ポケモン
非常に縄張り意識の強いポケモン。
体格の大きな相手は群れで襲い
無数の鋭い毒針で仕留めてしまう。』
黄色い大型の蜂のようなポケモンが現れた。特徴的なのは両腕と腹部の大きな毒針だ。
「ハル君、サポート頼むよ」
パイモンから目線を離さず、スグリはハルへ声を掛ける。
「こんなのでも一応相手のボス格だ。二人掛かりで速攻で決めよう」
「わ、分かった。出てきて、リオル」
「ジュプトル、出番だ」
ハルはリオルを出してスグリの横に並び、スグリはエースであるジュプトルを繰り出す。
「始めるよ。ジュプトル、タネマ――」
「必殺針!」
一瞬だった。
ズドン!!! という轟音と共に、スピアーを中心として周囲の地形がクレーターの如く凹んだ。
ジュプトルが動くよりも早く、スピアーが腹部の毒針を地面に思い切り突き刺した。
たったそれだけ。
たったそれだけで、林の地形の一角が削り取られたのだ。
「なっ……!?」
「ッ……!」
ハルもスグリも、完全に動きが止まっていた。
スピアーに圧倒され、動けなかった。
「今のは警告だよ」
パイモンの笑みの中に、明らかに邪悪な何かをハルは感じ取った。
「どう? これでもまだやる? これ以上やるっていうんなら、次は今の一撃をそのまま君たちのポケモンにぶつけるけど」
「っ……スグリ君」
「……分かってる。ここは退こう、オレたちじゃ勝てない」
悔しそうにそう呟き、スグリはジュプトルをボールへと戻し、引き下がった。
ハルも同感だった。今の自分では、たった一撃で地形を変化させるパワーを持つポケモンとは到底やり合えない。
「うんうん、これで分かってくれたみたいだね。物分かりのいい子は嫌いじゃないよ」
わざとらしくニコニコ笑いながら、パイモンは座ったまま黒ずくめの男二人の方に向き直る。
「あぁ……パイモン様、助けてくださりありがとうございました」
先ほどまでの威勢はどこへやら、男たちは途端に情けない声を上げて下手に出る。どうやら『ゴエティア』の下っ端構成員らしい。
だが、
「は? 誰がお前たちを助けに来たって?」
笑みを浮かべたままのパイモンの口調は、悪魔のような冷たい声へと変わる。
「お前たちヴィ姐のとこの隊員だよね? ヴィ姐にさ、規律が守れない構成員二人組が手に負えないから連れ戻してくれって言われたから、わざわざ連れ戻しに来たんだよ。どうしてぼくがお前たち下っ端なんかをいちいち気にかけなきゃいけないのさ。おまけに勝手に問題起こして追い詰められて……もういいや。お前たちみたいなバカはもうゴエティアにはいらない。ヴィ姐も愛想尽かしてたし、連れて帰って処刑ね」
そこまで言ったところで、そうだ、とパイモンはハルとスグリの方を振り返る。
「百年前の話なんだけどね。かつて王を打ち倒した七人の救世主は、ちょうど君たちくらいの歳の少年少女だったんだ。特に、後ろの君」
パイモンはハルを指差し、
「君はその時の救世主の一人になんだか似ている。だからぼくは今、君たちという存在に期待を寄せ始めてるんだ。今は弱っちくても、いずれぼくたちの好敵手になるんじゃないかって。だから君たちを始末するのはその時まで待ってあげる。パイモンさんは気に入った人間には優しいのだ」
と、その時。
「ウツボット、自然の力!」
女性の声が響き、直後、地面から植物のツルが一斉に飛び出し、パイモンのスピアーに襲い掛かった。
ツルの無数の殴打を受け、スピアーが吹き飛ばされる。
「自然の力……ハードプラントかぁ。なんだよ、出て来なよ。誰?」
面倒臭そうに頭を掻きながら、パイモンが襲撃者の方に目をやる。
「ハル君、スグリ君! 遅れて申し訳ありませんわ」
現れたのはジムリーダー・イチイ。隣には食虫植物のような黄色いポケモンを連れている。
『information
ウツボット ハエとりポケモン
普段は蜜の香りで獲物の接近を待つが
時には積極的に狩りを行う。長い
ツルで獲物を縛り大口でひと呑み。』
ウツボットという草タイプのポケモンのようだが、見た感じからしてチェリムより明らかに強い。イチイの本来のエースポケモンだろう。
「なるほど、この者がポケモン窃盗の犯人……いえ、その親玉、と言ったところでしょうか。二人とも、後は私にお任せくださいな」
ハルとスグリを下がらせ、イチイとウツボットがパイモンと対峙する。
「あーあ、ジムリーダーが来ちゃったかぁ。ま、でも」
パイモンが不敵な笑みを浮かべると共に、林の奥からスピアーが舞い戻る。
「せっかくだ。実力の違いを教えてあげよう。スピアー、シャドースピア!」
スピアーの両腕の毒針が、黒い影に覆われる。
漆黒の影は巨大な槍に形を変え、二対の影の槍を構えたスピアーが羽音を響かせ突撃を仕掛ける。
「ウツボット、パワーウィップ!」
対するウツボットは長いツルを思い切り横薙ぎに振るう。
横からツルを叩きつけられてスピアーの軌道が逸れ、巨槍を携えたスピアーは勢い余ってウツボットのすぐ横をすっ飛んで行き、
「自然の力!」
ウツボットが長いツルを地面に突き刺すと、大地が揺れると共に無数のツルが地面から飛び出す。
自然の力はそれを使うポケモンの実力によっても、行使できる技が異なる。実力の極めて高いポケモンが木々に囲まれた林の中で自然の力を使えば、それは草タイプ最強クラスの技“ハードプラント”へと変化するのだ。
だが。
「スピアー、必殺針!」
腹部の毒針を突き出し、上空からスピアーが黄色い弾丸の如く飛来する。
スピアーの毒針は無数のツルを容易く引き裂き、貫き、ウツボットへとぶち込まれ、派手に吹き飛ばした。
「そんなっ……!? ウツボット、大丈夫ですか!?」
ウツボットが木の幹に叩きつけられる。甲高い呻き声を上げて何とか起き上がるが、受けたダメージはかなり大きい様子。ハルのような素人でも見て分かるレベルの大ダメージだ。
当のパイモンはといえば、相変わらず気怠げに欠伸をし、
「なーんで揃いも揃ってそんなに躍起になるのかなぁ? ぼくは別に君たちに危害を加えようとしてるわけじゃないんだけど」
面倒くさそうにぼやくその態度は、とてもイチイの存在を脅威と認識しているようには思えなかった。
「ま、今ので実力の差は分かったでしょ? んじゃぼくもう行くね……って、あいつら逃げやがった……」
パイモンが急に忌々しそうに呟く。
今の騒動の隙を突いて、黒ずくめの二人組はいつのまにかその場からいなくなってしまっていた。
「まぁいいや。まだそんな遠くには行ってないはずだし、後で処分しとこ。行くよメタング。スピアーも」
主君の指示を受け、パイモンを乗せたメタングは赤い瞳を光らせ、腕を折りたたんで浮上する。
「名前は覚えたよ。じゃあね、ハル君、スグリ君」
それだけ言い残し、パイモンはメタングとスピアーと共に飛び去っていった。
事件の後、すぐにイチイは警察へとゴエティアなる組織について連絡。
ハルとスグリは、奪われた二匹のポケモンを無事サヤナへと届けた。
「よかった……よかったぁ! アチャモ、コフキムシ……怖い思いさせてごめんね……!」
大事なポケモンが帰ってきて、サヤナは半泣きで二匹を抱きしめる。
「ハル、それにスグリ君、ほんっとうにありがとう! イチイさんも、ありがとうございました!」
「いえいえ、当然のことをしたまでです。貴女のポケモンも無事で何よりですわ」
窃盗の犯人こそ取り逃がしてしまったが、後は警察に任せることになったようだ。
「さて、それではスグリ君、ジム戦のお約束でしたわよね」
イチイがにっこり笑い、スグリの方を向くが、
「あっ……ごめんイチイさん、今日はやっぱりパスで」
当のスグリは申し訳なさそうに両手を合わせる。
「あら、どうされたのですか?」
「実はさっきヒサギ兄からメッセージが届いてさ、大会の準備を手伝ってほしいって言われちゃったんだよね。オレってカザハナシティ生まれで小さい頃からよく隣の家のヒサギ兄に遊んでもらってたから、あの人に頼まれると断れなくてさ。大会終わったらまた挑戦しに来るから」
「まあまあ。そういうことなら、仕方ありませんわね」
そんじゃね、とスグリは手を振り、駆け足で去っていった。カザハナシティへと向かったのだろう。
「それじゃイチイさん、代わりに私がジムに挑戦してもいい? アチャモたちも戻ってきたし、特訓自体はちょうど終わったところだったから!」
さっきまで半泣きだったサヤナは、いつのまにかいつも通り元気な姿に戻っている。
「ええ、構いませんわよ。特訓の成果、見させていただきますわ」
「やったー! ハル、せっかくだし私の試合、見てってよ! 成長した姿を見せてあげる!」
これにて一件落着。ハルはサヤナに連れられ、サヤナのリベンジマッチを見届ける。
《必殺針》
タイプ:虫
威力:120
物理
ありったけの力を込めた針や棘で渾身の一撃を叩き込む。
《シャドースピア》
タイプ:ゴースト
威力:90
物理
黒い影を纏った棘で突き刺す。急所に当たりやすい。
※威力はあくまでも目安です。ゲームに実在したらこれくらい……程度のものですのでご了承ください。