第18話 白き奇術師
カザハナシティを後にし、ハルはカザカリ山道へと足を踏み入れていた。
カザカリ山道は、名前の通りカザハナシティとヒザカリタウンを繋ぐ道だ。
ここまでの道路と比べると道がしっかりと舗装されていない山道であることもあって、なかなか歩きづらい。
また、山に生息するポケモンが食糧を求めてこの山道や街まで下りてくることもあるという。
ちなみにサオヒメシティまでの道は他にもあるのだが、そちらは少し遠回りになるため、ハルはこの山道を抜けてヒザカリタウンを経由する道を選んだ。
「しかし、結構きつい道だな……中腹にはポケモンセンターもあるみたいだし、とりあえず今日はそこまで行くことにしようかな……」
アルス・フォンで地図を確認しながら、ハルは山道を進んでいく。
そんな時だった。
「ん……?」
道を少し外れた茂みの中から、一匹のポケモンが現れた。
体つきは猫のようで、長い耳が特徴的。首回りをふさふさの体毛が覆っている、小柄なポケモンだ。
『information
イーブイ 進化ポケモン
体の遺伝子が不規則で生息環境の
影響を受けやすい。環境に合わせた
進化をすることで遺伝子が安定する。』
図鑑によるとノーマルタイプのポケモンらしい。
だがそんなことはどうでもよかった。なぜなら、そのイーブイはふらついており、今にも倒れそうな状態だったからだ。
「ちょっ……ど、どうしたの!? 大丈夫!?」
慌てて駆け寄り、イーブイを抱きかかえる。近くで見れば、体に深い傷を負っているのが分かった。
「ええっと、ここからだと……カザハナシティに戻った方が近いかな」
恐らく野生のポケモンなのだろうが、ここまで弱っていれば無視はできない。急いでポケモンセンターに連れて行く必要がある。
しかし、
「坊や、ちょっと待ちな」
「そのイーブイは私たちが狙ってるの。置いていきなさい」
そのイーブイを追い、男女の二人組が現れる。
「誰だ……お、お前たちは……!」
つい最近シュンインの林で見た、黒ずくめの服に身を包んだその姿。間違いない、ゴエティアの構成員だ。
「そのイーブイは珍しい特性を持ってるから狙ってたんだ。お前には渡さない、返しな」
「そうよ。私たちは野生ポケモンをゲットして自分のポケモンにしようとしているだけ。何も悪いことなんてしてないでしょう?」
構成員たちの言葉を聞いた後、ハルはもう一度イーブイを見る。
その傷は、どう見てもただのバトルによる傷とは思えなかった。
「……これから仲間にしようとしているポケモンに、どうしたらこんな傷を負わせられるんだ!」
「うるっせえな。俺たちが捕まえるポケモンに何しようと勝手だろ。お前面倒だな、力尽くで取り返す! 行け、ヤブクロン!」
「出て来なさい、キノココ!」
ゴエティアの二人がポケモンを繰り出す。ゴミ袋のような姿のポケモンと、緑のキノコのようなポケモンの二匹だ。
『information
ヤブクロン ゴミ袋ポケモン
不衛生な場所を好んで生息する。
餌となるゴミを求めて路地裏を彷徨い
ゴミのポイ捨てをする人を付け回す。』
『information
キノココ きのこポケモン
夜に活動するため昼間は落ち葉の下で
じっとしている。腐葉土が好物で
雨が降った翌日は活発に動き出す。』
「毒タイプに、草タイプ……リオル、サイコパンチ! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」
イーブイを抱えたハルが叫ぶと同時、ベルトに付けたボールから二匹が勢いよく飛び出す。
リオルは拳に念力を纏わせてヤブクロンを殴り飛ばし、ヒノヤコマは炎を纏った突進でキノココへ襲い掛かる。
「っ……!」
二人が怯んだ隙に、
「リオル! ヒノヤコマ! 行くよ!」
イーブイを抱えて二匹を呼び、ハルは元来た道を走り出そうとする。
しかし。
「お待ちなさい」
木陰から、別の人物が姿を現した。
「……! ダ、ダン様!」
慌てて構成員二人は背筋を伸ばして敬礼した。ハルも禍々しい殺気のようなものを感じ、足を止めて思わず振り返る。
異様な姿の男だった。奇術師のような真っ白いシルクハットと燕尾服に身を包み、顔も白いメイクの上から、頰にトランプの四つの模様のスタンプを押し、黒いステッキを持った青年だ。
「邪魔です。お前らはもう帰れ」
ダンと呼ばれたその男は、ゴエティアの二人を押しのけ、ハルの前に立つ。
「リオルを連れた少年……間違いねえ。パイモンが言っていた人間ですな」
その男は、色々な人間の話し方が混ざったような奇妙な口調で話す。
「俺の名はダンタリオン。パイモンは知っているな? あいつと同じく、ゴエティアの魔神卿の一人です。名前が長いので、組織の人間からは“ダン”と呼ばれておるがな」
そう名乗り、ダンタリオンは不気味に笑う。
「私は変装が得意でしてな、昨日からカザハナシティに忍び込んでずっとお前を見張っていたのさ。シュンインシティでは我々ゴエティアの邪魔をしたそうだが、その真意が知りたかったものですから。お友達を助けたかっただけか? それとも、ゴエティアに敵意を持つ人間か?」
そこで、とダンタリオンは続け、
「さっきの二人をお前のところに向かわせて確かめたのじゃ。その結果確信しましたよ、貴方は明確に我らゴエティアに敵対しようとしている人間だってな。さらに」
ダンタリオンの口元が吊り上がり、明確な邪気を含んだ笑みを浮かべる。
「パイモンが目をつけたとなれば、間違いなく危険な存在。あいつは所詮生意気なクソガキだが人を見る目だけは一流なんでな、危険な芽は早めに摘み取るに限ります。よって、この儂が直々に貴様を始末する」
そう告げ、ダンタリオンはモンスターボールを取り出す。
「奈落に落とせ……ゴースト!」
ダンタリオンが繰り出したのは、胴体と手が独立した、文字通り幽霊のようなポケモンだ。
『information
ゴースト ガス状ポケモン
あらゆるものをすり抜けて移動し
暗闇に隠れて獲物を狙うが気配
までも完全に消すことはできない。』
「戦いは避けられないみたいだな……イーブイ、もう少しだけ頑張ってね……ヒノヤコマ、バトルを頼んだよ!」
名前通りにゴーストタイプを持つゴーストに対して、ハルはヒノヤコマで応戦する。イーブイの容態が心配だが、ダンタリオンを退けなければ進むことも引き返すこともできない。
「それでは、行きますぞ。ゴースト、シャドーボール!」
ゴーストが体から離れた両手を構え、黒い影を固めた漆黒の影の弾を発射する。
「ヒノヤコマ、躱して疾風突き!」
対するヒノヤコマは素早く影の弾を躱し、嘴を突き出して目にも留まらぬスピードで突撃する。
「ゴースト、躱せ」
だが思ったよりも身軽な動きで、まるで跳躍するかのようにゴーストはヒノヤコマの突撃を躱すと、
「気合玉!」
体の奥から闘気を生み出し、それをエネルギー弾に変えて発射する。
ヒノヤコマに直撃、効果今一つの割にダメージはかなり大きい。
「負けない……っ! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」
それでも、パイモンのスピアーに比べれば火力は控え目だ。
ヒノヤコマは力強い鳴き声を上げて全身に炎を纏わせ、再び突っ込んでいく。
「ゴースト、シャドーボールです」
対して再びゴーストは漆黒の影の弾を放つ。
突っ込んでくるヒノヤコマに正面からぶつけてその体勢を崩し、
「もう一度シャドーボールだ!」
もう一発、影の弾を放出する。
「ヒノヤコマ、こっちももう一度ニトロチャージ!」
間一髪、ヒノヤコマは影の弾を躱し、すぐさま炎で体を覆い、高速で突っ込んでいく。
炎の突撃がゴーストに直撃した。
その瞬間。
「ナイトバースト」
ゴーストを中心としてその周囲へドーム状に漆黒の衝撃波が放出され、ヒノヤコマが吹き飛ばされた。
「……!? ヒノヤコマ!」
衝撃波を叩きつけられてなす術もなくヒノヤコマは地面を転がる。
衝撃波と煙が晴れた時、そこにいたのはゴーストとは似ても似つかぬ、全く別のポケモンだった。