『information
ゾロアーク 化け狐ポケモン
人やポケモンを化かす力を持つ。
熟練のゾロアークが見せる幻影は
最先端の科学技術すら騙してしまう。』
先ほどまでゴーストがいた場所に立っていたのは、赤黒い鬣に真っ黒な体の、二足歩行の狐のようなポケモンだった。
「ゾロアーク……? 人を、化かす……?」
図鑑説明を見る限り、ボールから出てきた時点でゴーストに化けていたのだろう。
そしてパイモンのスピアー程ではないにせよ、攻撃力はやはり異常だ。たった一撃でヒノヤコマは撃墜されて戦闘不能まで追いやられてしまった。
「フフフ、あまりにも呆気ない。それでは、お覚悟を! ゾロアーク、ナイトバースト!」
ヒノヤコマに気を取られるハルの隙を見て、ゾロアークは再び両腕を地面に叩きつけ、漆黒の衝撃波を放つ。
ただし。
今度は、ハルを直接狙って。
「えっ――」
気付いた時には、既に遅い。
既に闇の衝撃波は、ハルの目の前まで迫っている。
しかし、その刹那。
衝撃波とハルの間に、何者かが割り込んだ。
その右手は、青く輝く波導を纏い、死に物狂いで衝撃波を食い止める。
「――リ、リオル!」
「……チッ、トレーナーを庇ったか。ですが」
一歩も引くことなく、ナイトバーストを抑え切ったリオルだが、膝をついて蹲ってしまう。
「リオル……リオル! 大丈夫!?」
「大丈夫なわけがありません。その程度のレベルのポケモンが俺様のゾロアークの攻撃を正面から受けて、まだ意識があるのが不思議なくらいじゃよ。それでは、もう一度です」
ヒノヤコマとリオルを何とかボールへ戻し、イーブイを抱えるハルへ、闇の力を溜め込んだゾロアークが距離を詰めてくる。
「ゾロアーク、ナイト――」
「アイアンヘッド!」
刹那。
女性の声が響き、直後赤い何かが弾丸の如く飛来し、ゾロアークに直撃、その体を吹き飛ばした。
「……!?」
その赤い何かを目で追うハル。
真紅のボディを持つそれは、ポケモンだった。
『information
ハッサム 鋏ポケモン
鋼鉄の鋏は敵を挟むより殴るのに
向く。金属の身体が熱で溶けないよう
翅を羽ばたかせて体温を調節する。』
流線型の体つきをした鋼のボディを持つ虫ポケモン。
そして、そのハッサムの持ち主と思われるトレーナーの少女。
女性にしては身長がとても高くスタイルも良い。ハッサムと同じく真紅の服に、赤と黒が主体のフレアスカートを着ている。
「あぁ? 誰だお前」
「あなたは……?」
ダンタリオンは如何にも忌々しそうに、ハルは呆然と、その少女に目線を移す。
「私の名はエリーゼ。エリーゼさんとお呼びなさい。それより」
ハルにそれだけ言った後、即座にその少女――エリーゼはダンタリオンと対峙する。
「生身の人間に直接攻撃を仕掛けようとする輩を見つけたので、邪魔させてもらったわ。一体どういうつもりなのかしら」
詰め寄られた当のダンタリオンは、はぁ、とため息をつき、
「お前も我らゴエティアの邪魔をするというのかね? ならば貴女から先に始末する! ゾロアーク、火炎放射!」
ゾロアークが再び立ち上がり、口から灼熱の業火を放つ。
「躱しなさいハッサム! バレットパンチ!」
身軽に跳躍して炎を躱すと、ハッサムは弾丸が如く飛び出し、鋼の鋏で殴りかかる。
「華奢な技よ。ゾロアーク、受け止めてねじ伏せろ」
対するゾロアークは真正面から迎え撃つ。
ダンタリオンの指示通り、鋏を掴んで受け止め、そのままハッサムを地面に叩きつけてしまう。
「火炎放射!」
「っ、ハッサム、戻ってきなさい!」
虫と鋼タイプを持つハッサムにとって、炎技は致命傷となる。
咄嗟にハッサムは飛び上がり、寸でのところで火炎放射を回避した。
「ククク、そこの少年に比べれば幾分かは強えが、それでも私の敵ではありませんね」
「それなら、こうさせていただくわ! ハッサム、剣の舞!」
ハッサムが力を溜め込み、その体が青いオーラに包まれる。
「なるほど、攻撃力の上昇。だが、それでどこまで戦えますかな? ゾロアーク、気合玉!」
「ハッサム、アイアンヘッド!」
ハッサムが真紅の弾丸の如く突撃し、ゾロアークは体の奥から生み出した気合の念弾を投げつける。
威力は互角。剣の舞一回で魔神卿のポケモンと張り合えるようになるハッサムが凄いのか、剣の舞を使ったポケモンと互角に渡り合えるゾロアークが凄いのか。
最後にはお互いに一度距離を取り、再度攻撃を仕掛けようとする両者。
しかし、
「必殺針!」
ここにいる誰のものでもない声が響くと同時、今度は黄色い何かが上空から飛来しハッサムを突き飛ばす。
続いてゾロアークをも突き飛ばし、こちらは一撃で戦闘不能にしてしまった。
「なっ……!?」
「チッ……」
驚愕を露わにするエリーゼに対し、ダンタリオンは小さく舌打ちする。
次はいったい誰かとハルが上空を見上げれば、降りてきたのはメタングに乗った魔神卿パイモンだった。
「やあハル君、また会ったね。そしていきなり失礼、お嬢さん。ぼくの名前はパイモン。今回君たち二人には用はないから安心して。用があるのはこっちだから」
ダンタリオンの助太刀に来たとしたら絶望的な状況だったが、どうやらそういうわけではないらしい。
パイモンはダンタリオンの方を向くと、
「ダン、ぼく言ったよね。ハル君はぼくのお気に入りだから手を出すなってさ」
「あぁ、そんなこと言ってたっけか。それがどうかしましたか?」
何の気なしにダンタリオンが返すが、その直後。
「なんだお前その態度はさぁ! じゃあこれは一体どういう状況なんだ、あぁ!?」
パイモンの顔が怒りに染まり、激昂する。
「うるっせえなぁ。危険な芽は早めに摘んでおくに限るでしょうが! それとも何か? このまま危険因子を放置して組織の崩壊を招くつもりか!?」
「バカかよお前はさぁ! 百年間の屈辱を果たす王様の目的すら忘れたのか!? もしそうなのならぼくがお前を処刑すっぞ! 今、ここで! お前の代わりなんてちょっと待てばいくらでも集まるんだからさぁ!」
「ぐっ……だったらこの場はお前にお任せしますよ。そこまで言うんだったら後処理はお前に頼んだ。じゃあな」
そう吐き捨ててダンタリオンはゾロアークを戻すと、おそらく本物のゴーストを繰り出し、ゴーストの能力でその場から消えてしまう。
「チッ……あー、イライラすんなぁ。同じ魔神卿のくせになんであんなにバカなんだ? 同レベルで話ができるのはアモちゃんかアスたんくらいだよ……いっそ新しく部下でも雇った方がいいんじゃないかなぁ、これ?」
残されたパイモンはぶつぶつと独り言を呟きながら、ハルとエリーゼの方に向き直る。
「いやぁ、ごめんねぇハル君。ダンはやたらとぼくに突っかかってくるバカだから扱いに困るんだよね。ちゃんと釘を刺しておくから、以後は安心してね」
だけど、とパイモンは続け、
「今回はダンの独断行動だけど、あんまりぼくたちの邪魔をし過ぎないほうがいいよ。ただ戦うだけならともかく、ぼくたちの計画の邪魔をされるのはごめんだ。ぼくは確かにハル君、君に期待してはいるけど、逆に言えば君の周りの人たちには興味を持つかは分からないってことだからね? そこのお嬢さん、君もだよ?」
じゃあね、とパイモンはスピアーを戻し、何やらぶつくさ呟きながらメタングの上に座ったまま飛び去っていった。
「エリーゼさん、助けていただいてありがとうございました」
「私は人として当然のことをしたまでよ。それより、そのイーブイを早くポケモンセンターに連れて行ってあげなさい」
「あ……そうだった! とにかく、ありがとうございました!」
命の危機に瀕しかけたので忘れていたが、腕に抱えたイーブイが重傷なのを思い出し、ハルは急いでカザハナシティへと戻る。
そして、ハルを見届けた後。
「……あぁぁぁ、焦ったぁ……」
一人残ったエリーゼは、急に顔を抑えてその場に座り込む。
「男の子を助けようとしたはいいけど、あの男あんなに強いなんて驚き……ねぇハッサム、私情けなく見えてなかったわよね? ちゃんとクールに振る舞えてたかしら?」
先ほどの威厳はどこへやら、急に弱気になるエリーゼ。
そんな主君の様子を見てハッサムはやれやれと言った様子で首を振り、鋏でエリーゼの頭を撫でる。
「ありがとう、ハッサム……大人になるためには常にクールにって教えられてきたけど、なかなか難しいねぇ……って、貴方も大丈夫? あのスピアーの攻撃、かなり痛かったでしょう? 休んでなさいな」
タイプ相性もあってか、ゾロアークと違ってハッサムは戦闘不能にはならなかった。
それでも大ダメージを受けたことに変わりはないが、ボールを向けたエリーゼに対してハッサムは首を横に振る。まだ大丈夫、ということらしい。
「……分かったわ。でもあまり無理はしないように。今日中にこの道を抜けてしまう予定だから、辛かったらボールに戻ること。分かったわね?」
再び立ち上がり、エリーゼはハッサムと共に山道を進んでいく。
ポケモンセンターに駆け込み、ハルはイーブイを預ける。
もう少し遅かったら危ないところだったらしいが、なんとか一命は取りとめた。
ロビーでしばらく待っていると、
「お待たせしました。まだ傷跡は完全には消えていませんけど、ここまで回復すれば普通に生活を送れますよ」
イーブイを抱え、ジョーイさんが出てきた。リオルとヒノヤコマも元気になったようだ。
「リオル、ヒノヤコマ! 二人とも大丈夫?」
ハルが心配そうに尋ねると、リオルはニコリと笑って頷き、ヒノヤコマも翼を広げて元気そうに鳴く。
そんな二匹の様子を見てハルは微笑み、
「よかった……イーブイ、君も無事で何よりだったよ。今度からは、悪い人に会わないように気をつけるんだぞ」
同じく元気になったイーブイの頭を撫で、外に帰そうとしたが、
「……?」
肝心のイーブイがハルの元を離れない。
「あら? そのイーブイ、君のポケモンじゃないの?」
「え? あ、はい。道中で怪我をしていたのを見つけたので、ここまで連れてきたんです」
ハルがそう返すと、ジョーイさんは、まあ、と驚いたような表情を浮かべる。
「すっかり君に懐いているようだったから、てっきり君のポケモンなのかと思ったわ」
「……はい? 懐いてる? このイーブイが、僕に?」
「そうよ。折角だから、君のポケモンにしてあげたら? そのイーブイもきっと喜ぶと思うわよ」
ハルがイーブイの方に向き直ると、イーブイもハルの顔を見上げて悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「僕はそれで構わないけど……イーブイ、僕と一緒に来る?」
座り込み、イーブイと目線を合わせて尋ねる。
ハルの言葉に、イーブイは笑顔で頷いた。
「……分かった。それじゃ、今日から君は僕の仲間だ」
そう言って微笑み、ハルは空のモンスターボールを取り出す。
イーブイの前に差し出すと、イーブイは自分からボールに触れ、ボールの中に入った。ボタンの点滅は、すぐに止まった。
「……よし。それじゃイーブイ、これからよろしくね」
その後、ジョーイさんに礼を言い、ハルは改めてカザカリ山道を進んでいく。