第1話 最初のポケモン
ハツヒタウンは、マデル地方の南に位置する小さな町だ。
片田舎といったような感じで、建物といえば数軒の民家と、どこの町でもお馴染みのポケモンセンターがあるくらいだ。
ただ唯一目立つものがあるとすれば、この町の中で最も大きな建物、ハツヒタウンの北に立つミツイ博士の研究所だ。
「これが博士の研究所か……」
ハルが白く立派な研究施設を見上げて呟くと、ミツイは満足げに笑みを浮かべる。
「そうとも。僕はここで、日々ポケモンの研究に勤しんでいるんだ」
さて、とミツイは続け、
「こんなところで立ち話もなんだ。さっそく中に入ろう。ついておいで」
ミツイがガラスの扉を開き、ハルを招く。
「……失礼します」
少し緊張した様子で、ハルもミツイに続いて研究所に足を踏み入れる。
中はそこまで広いわけでもないが、様々な研究室への扉があり、ガラス張りの壁の奥では研究所らしくハルが見たこともないような機会がいくつも作動している。
そして、
「あ、パパ! おかえりー! 待ってたよー!」
部屋の中央には一つの人影が。入ってきた二人に気づき、こちらを振り向く。
少女だ。見たところ歳はハルと同じくらいか。赤い髪をツインテールにしており、黒い服の上から赤いジャケットを着ている。
やや細身だが、活発な印象も相まって華奢さは感じられない。
「ただいま、サヤナ。待たせたね」
少女に向けてミツイは軽く手を振ると、
「ハル君にも紹介しておこう。彼女は、私の一人娘の――」
「よろしくね! 私はサヤナ。君のことはパパから聞いてるよ! ハル君っていうんだよね、ハルって呼ぶね! ハルと同じで、昨日パパから初めてのポケモンを貰ったんだ! 今日から私も旅に出るんだよ!」
一方的にまくし立てられて口を挟む隙すらないハル。
どうやら、このサヤナという少女もハルと同じく、今日からポケモントレーナーになるようだ。
「あ……うん、よろしくね……」
なんだかすっかりサヤナの勢いに押し負けてこれくらいの返事しか返せなかったハルだが、サヤナは特に気にしていないようだ。
「……まぁ、全部言われてしまったけど、そういうことさ。サヤナは私の一人娘で、今日からハル君と同じく旅に出るんだ。サヤナには昨日ポケモンをあげたんだけど、他にも旅に必要なものがあるから、一日待ってもらったんだ」
「にひひー、一日だけだけど、私の方が先輩だね!」
ミツイに紹介し直され、サヤナはにんまりと無邪気な笑みを浮かべる。
「そして、改めて自己紹介しておこう。僕はマデル地方の研究者、ミツイ。ポケモンの生態を研究しているんだ」
「ポケモンの、生態?」
ミツイの言ったことを復唱するハル。一聞すると多くの研究者が取り組んでいそうな分野だが、
「僕の場合はその中でも特に、地域によって生態の異なるポケモンの研究をしているんだ。住む場所によって進化したりしなかったり、その姿を変えたり。最近だと、アローラ地方のリージョンフォームが有名かな」
ミツイの言う通り、ポケモンの中には同じ種族でも住む地域によって違う姿をしたものがいる。研究のテーマとしてはうってつけだろう。
「さて、自己紹介も終わったし、早速ハル君にポケモンを渡したいんだけど……」
そこまで言って一つ目の箱を取り出したところで、ミツイは急に申し訳なさそうな表情になる。
「本当に申し訳ないんだけど……僕の不手際でね、用意するポケモンの数を間違えてしまったんだ。だから急遽別のポケモンを用意したんだけど、その関係で一匹しかポケモンを用意できていないんだ。もう何日か待ってくれれば用意できるんだけど、どうする? 待ってくれるのであれば、勿論泊まるところは手配するよ」
本来、初めてのポケモンを貰ってポケモントレーナーとなる時は、炎・水・草のタイプで新人でも扱いやすい三匹のポケモンの中から一匹を選ぶ。
しかしミツイが開けた箱には一つしかモンスターボールが入っていなかった。
「いいえ、僕はこのポケモンと一緒に旅をします。早く旅をしたいから、というのもありますけど、僕はどんなポケモンとでも仲良くなりたい。だから、この子を選びます。僕のために間に合わせてくれて、ありがとうございます」
笑顔でそう返し、ハルはそのモンスターボールを手に取った。
「よかったよ。それじゃあ早速、君の初めてのポケモンご対面だ。真ん中にあるスイッチを押して、ボールを開いてみてくれ」
ミツイに促され、ハルは手にしたモンスターボールを見つめる。
(この中にいるのが、僕の初めてのポケモン……)
それはハルにとって、初めての地を旅する、初めてのパートナーであることを意味する。
期待を膨らませ、ハルはゆっくりと、ボールの中央のスイッチを押す。
ボールが開き、眩い光とともに、中からポケモンが飛び出した。
ワオンッ!
そんな威勢のいい鳴き声と共に現れたのは、青い体の小さな獣人のようなポケモン。
小柄ではあるがしなやかで強靭な体つきをしており、掌からは僅かに青いオーラのようなものを出しているのが見える。
「わぁ……! この子が僕の初めてのポケモン……!」
「これはリオルというポケモンだ。ポケモンのタイプは知っているよね、リオルは格闘タイプのポケモンで、本来は初心者用ポケモンではないんだ。だけど認めてもらえれば、きっと君のいいパートナーになってくれるよ」
ミツイの説明を聞くと、ハルはしゃがみこんでリオルと目線を合わせる。
リオルは青いオーラを纏った右手をハルの顔の前に掲げ、何かを探っている様子だったが、やがて笑顔を浮かべ、その右手をハルへと差し出した。
ハルは少し戸惑うが、すぐにその意図を理解し、リオルと握手を交わす。
「うわぁ、ハルすごい! もうリオルと打ち解けてる!」
「……すごいね。こんなに早くリオルと仲良くなれるなんて、君たちはいいコンビになれそうだ。僕もリオルを用意した甲斐があったよ」
ミツイはとても驚いたような様子を見せるが、気を取り直して空になった一つ目の箱を戻すと、二つ目の箱から赤く平べったい機械を取り出す。
「次はこれ。ハル君とサヤナに、僕からプレゼントだ」
「……? 何ですかこれ?」
「なにこれ。ゲーム機?」
二人に渡されたのは、長方形の端末のような機械だ。上半分がモニター画面で、下にはボタンがいくつか付けられている。
「これは最新型のポケモン図鑑さ。出会ったポケモンの情報がその中に記録されていくんだ。裏側にセンサーがあるから、試しにリオルについて見てごらん」
ミツイに促され、ハルとサヤナはきょとんとした表情のリオルへ図鑑のセンサーを向ける。
『information
リオル 波紋ポケモン
体から波導を発している。
生物の怒りや悲しみといった感情を
波の形として見分けることができる。』
その間にミツイは二つ目の箱も戻し、三つ目の箱を取り出す。
「これも渡さなきゃね。ポケモンを捕まえるための道具、モンスターボール。元気なポケモンはなかなかボールに入ってくれないから、ポケモンバトルで体力を減らしてから投げると捕まえやすいよ」
ハルとサヤナにモンスターボールを五個ずつ渡し、
「そして、これで最後だ」
三つ目の箱をしまうと、四つ目となる、最後の箱を取り出した。
中から出てきたのは、白い端末。先程のポケモン図鑑と違い、モニターが大部分を占め、ボタンのようなものは付いていない。
「これはアルス・フォン。サヤナは知っているね、ホウエンのデボンコーポレーションやカントーのシルフカンパニーに肩を並べるマデル地方の大企業、アルスエンタープライズが作った端末機器だ。言うなれば旅するポケモントレーナー用に特化したスマートフォンだね」
例えば、とミツイは続け、
「メッセージの送信や電話は勿論、インターネットに接続して色々な情報を得たり、各地で行われているバトル大会の時には参加証代わりにもなったりする優れものだよ。使う人の好みに合わせて新しい機能をインストールすることもできるんだ」
以上で説明はおしまい。
さて、とミツイは全ての箱を片付け、
「これで僕から二人に渡すものは全部だ。最後に少し話しておきたいことがあるけど、その前に」
パンッ、とミツイは手を叩き、ハルとサヤナを交互に見据え、
「ポケモンは戦うことで強く育っていく。ポケモントレーナーというのは、ポケモンにとって自分の力を引き出してくれるパートナーだ。逆に言えば、ポケモンの力を最大限に引き出すにはトレーナーの力量も大事。つまり、トレーナーとポケモンにはポケモンバトルが不可欠なんだ」
そこで、とミツイは続け、
「今から、二人でポケモンバトルをしてみないかい? なに、初めてのバトルなんだから上手くいかなくたっていい。バトルの練習だと思って、やってみるといい」
「はいはい! やる! やる! ポケモンバトル、やってみたい!」
口を開く前に横からのサヤナの勢いに押されているハルだが、
「僕もやってみたいです。ポケモントレーナーになったんだから、自分のポケモンと一緒に戦ってみたい」
ハルもその提案には賛成だ。
「よし、じゃあ決まりだね。さすがに研究所の中では危ないから、一旦外に出ようか」
「にひひー、ハル、私負けないよ? 一日だけだけど私の方が先輩なんだからね!」
「僕だってさ。初めてのポケモンバトル、リオルと一緒に勝つよ」
新しくポケモントレーナーとして旅立つ、ハルとサヤナ。
そんな二人の、初めてのポケモンバトルが始まる。