「さて、まずは一匹。残るはジムリーダーの一人だが、この二匹で掛かれば私の勝利も時間の問題だ! シャンデラ、シャドーボール!」
ワルビルを吹き飛ばしたギルガルドは一旦後退し、代わりにシャンデラが両腕から黒い影の念弾を放つ。
「ジムリーダーを甘く見てもらっちゃ困るわよ! ライボルト、躱して火炎放射!」
素早い動きでライボルトは影の弾を躱すと、ギルガルドに向けて灼熱の業火を吹き出す。
「ギルガルド、キングシールド!」
しかし、やはり単調な攻撃はギルガルドには届かない。
納刀したギルガルドが盾を構えて霊力の結界を張り、炎を消滅させてしまう。
「っ、本当に面倒ね、そのキングシールドは……!」
やはり、二対一というこの状況はアリスにとってかなり厳しい。
個々の実力だけで言えばメガライボルトが一番高いが、ギルガルドとシャンデラはどちらも高い火力を売りとするポケモン。流石のメガライボルトでも、両者の攻撃を同時に打ち破るのは困難だ。
かといって片方を狙うと、もう片方の狙いの的となってしまう。そしてそもそもギルガルドはキングシールドを持っているため、一匹では有効打を与えることすら難しい。
「我がギルガルドとシャンデラの前では、ジムリーダーとてこんなものか。もう流石になす術もないのではないかね? 二対一となった時点で、この勝負は最早決まったようなもの。少々早いが、そろそろ決めてしまおうか」
ディントスの口元が吊り上がり、ギルガルドが剣を抜く。
「ギルガルド、聖なる剣! シャンデラ、火炎放射!」
刀身を黄金に輝かせ、ギルガルドが切っ先をライボルトに向け、突撃する。
同時に、シャンデラも頭部から紫の灼熱の炎を放出する。
しかし。
(……? なんだ、こいつらのこの余裕は……?)
そこで、ディントスは違和感を感じた。
向かいに立つアリスとハルに、表情の変化がない。焦りが全く見えないのだ。
焦りを隠している、そんな様子でもない。間違いなく追い詰められているはずなのに。
さらにもう一つ。
(……あのワルビルは、どこへ消えた?)
吹き飛ばしたワルビルの姿が、どこにも見えない。
そして。
ディントスがそれに気づいた時には、既に遅い。
「この瞬間を待ってたんだ! ワルビル、穴を掘る!」
今度こそ。
ギルガルドの真下からワルビルが勢いよく飛び出し、思い切り拳を叩きつけ、ギルガルドを殴り飛ばした。
「な……にぃ……!?」
驚愕を露わにするディントス。
この穴を掘るは、前もってアリスと共に考えていた作戦だ。
ワルビルが戦線を離れ、ディントスが意識をライボルトだけに向けた時に、密かにワルビルを地面に潜ませておく。戦況がディントスに傾き、ディントスが守りを捨てたその瞬間、地中から強襲を仕掛ける。まさに作戦通りだ。
「ディントス、あなたはさっき、自分で言っていましたよね。ギルガルドは元々耐久の低いポケモンだって! つまり今なら、攻撃が通る! ワルビル、噛み砕く!」
大顎を開き、ワルビルはギルガルドの刀身へと噛み付き、頑丈な牙を食い込ませる。
そのまま大きく首を振るってギルガルドを振り回し、思い切り床へと叩きつけた。
「なっ……ギルガルド!?」
防御力の低いブレードフォルムのギルガルドが、効果抜群の二連撃を耐えられるはずもない。
叩きつけられたギルガルドはバウンドしてさらに二度三度と床に激突する。盾は手から離れ、目を回して倒れ伏し、戦闘不能となってしまう。
「……我がギルガルドが、こうもあっさりと……! 貴様、よくも……!」
先ほどまで余裕を浮かべていたディントスの表情は、みるみるうちに怒りへと塗り替えられていく。
ハルの元へと戻ってきたワルビルだが、流石にダメージは大きいようで、少しふらつく。
「ハル君、よくやったわ! 大手柄よ。だけどワルビルも疲れてるだろうし、ボールに戻してあげて。こうなっちゃったらあとは私一人で充分だし、なにより万が一ハル君に二体倒されちゃうと私の立場がなくなっちゃうからね。私にもいいとこ持たせてよ」
「分かりました、それじゃ後はよろしくお願いします! ワルビル、よくやったね!」
ハルはワルビルを撫で、ボールへと戻す。
「随分と甘く見られたものだ! 確かにギルガルドはやられたが、しかし私のシャンデラはギルガルドを上回る火力を持っている! 見くびってもらっては困るのだよ!」
「あんたこそ、今の状況分かってるのかしら」
激昂するディントスに対し、冗談を交えられるほどに調子を取り戻したアリス。立場は完全に逆転した。
「何だと……!」
「ギルガルドが倒れたことで、あんたは盾を失った。ギルガルドと違って火力しかないシャンデラなら、ライボルトで楽に突破できるわよ。生憎だけど、私のライボルトも火力には自信があってね」
刹那。
両者が同時に技を繰り出す。
「冗談ではない! シャンデラ! 火炎放射!」
「貫く! ライボルト、パワーボルテージ!」
シャンデラが頭部から灼熱の紫炎を吹き出し、ライボルトが溜め込んだ電撃と共に衝撃波を解き放つ。
炎と電撃が激突するが、どちらが強いかなど競い合うまでもなかった。
電撃を乗せた衝撃波が紫の炎を打ち破り、そのままシャンデラを捉える。
「もう一度よ!」
電撃を浴びたシャンデラの前に、再び衝撃波が襲い掛かる。
躱すことも、迎え撃つことも、できるはずもない。直撃を受けたシャンデラが、吹き飛ばされた。
「シャンデラ……!」
ドサリ、とシャンデラが床へ落ちる。
戦闘不能となり、目を回して動かなくなった。
そして。
スグリと司教ルニルのバトルは、完全に一方的だった。
「ニダンギル、イビルスラッシュ……!」
「フローゼル、冷凍パンチ!」
立て続けにニダンギルが二対の剣を振り回すが、フローゼルは右手に冷気を纏わせつつ、斬撃を全て躱していく。
ニダンギルが遂にしびれを切らして両方の剣を振り下ろす、その瞬間。
「今だフローゼル! 後ろだ!」
瞬時にフローゼルはニダンギルの背後へと周り、ガラ空きになった柄へと冷凍パンチを叩き込んだ。
「くっ……」
「終わりだ! リキッドブレード!」
フローゼルが右手を開くと、掌から水が噴き出し、水の剣を作り上げる。
剣を握るが早いか、フローゼルの青き一閃がニダンギルを両断した。
「そんな……私のニダンギルが……!」
フローゼルに圧倒され、ルニルのニダンギルは瞬く間に戦闘不能にまで追いやられてしまった。
「そもそもあんたらさ、普段一人でバトルすることあるの? 多分だけどしないよね、タッグバトル専門だろ? そんなトレーナーがシングルバトル得意のオレと戦ったら、そりゃあ負けるっての。本当はあんたらみたいな奴のことトレーナーって呼びたくないんだけど」
司教のポケモン二匹を仕留め、主にすり寄るフローゼルの頭を撫でながら、スグリは敗北したルニルとグニルにそう言い放った。
いずれにせよ、トップの三人が敗北した時点で、ディントス教の敗北はほぼ決定的だった。
「さあ、キーストーンを返しなさい。あんたはもう逃げられないのよ。この状況を見れば、それくらい分かるでしょう」
ライボルトを引き連れたまま、アリスが詰め寄る。
負けた信者たちは取り押さえられ、頼りの司教二人組も敗北。挙句自分も負けてしまい、絶体絶命のディントスは、
「……そうはいかぬわ。貴様らには言っていなかったが、間も無く我らが主、『母なる君』が御出でになる! 我らは敗北したが、ディントス教そのものはまだ負けてはおらぬ! いくら貴様らが強くとも、『母なる君』に勝つことなどできぬわ! キーストーンを返して欲しければ、それまでに力尽くで奪ってみるんだな!」
ここまで来て、まだ抵抗する。往生際が悪いとはまさにこのことか。
しかし。
「へえ。それじゃ、遠慮なく」
スグリがモンスターボールを取り出すやいなや、ボールから黒い影が飛び出し、ディントスを突き倒した。
「ぬわっ!?」
その何者かは、間抜けな声を上げて尻餅をついたディントスの懐から何かを瞬時に掠め取り、スグリの元へ戻ってきた。
「ナイス、ニューラ。アリスさん、キーストーンってこれ?」
『information
ニューラ 鉤爪ポケモン
小柄だが知能が高く獰猛な性格。
相手を油断させ不意をつくため
鋭い鉤爪を指の中に隠しておく。』
鋭い爪を持つ細身の黒猫のようなポケモン、ニューラの爪の先には、光るキーストーンがあった。
「なっ……貴様……!」
「オレのニューラは手癖が悪くってね。そうは言っても、元はあんたが力尽くで奪ってみろって言ったんだし、文句ないよね? はいアリスさん、キーストーンは無事に取り返しましたよ」
「お手柄よ、スグリ君! よくやってくれたわ! さて――」
スグリからキーストーンを受け取り、アリスが一歩踏み出す。
「今度こそ終わりみたいね、ディントス。悪いけど、今の私はあんたを許すほどの広い心は持ち合わせていない。ここで縄に――」
アリスの言葉は、それ以上聞こえなかった。
アリスたちの頭上、大聖堂のステンドグラスが突如砕け散り、人間が姿を現したからだ。
「っ! なに!?」
「おお……『母なる君』よ……!」
アリスたちが驚く中、ディントスはすがるような声で頭上を見上げる。
現れたのは純白の修道服を纏った、銀髪碧眼の女性だった。十字架を模した杖を持ち、ゆっくりと天井から降りてくる。
サイコパワーで浮いているらしく、その背後に鳥のシルエットに派手な模様を付け足したような異質なポケモンを連れている。
『information
シンボラー 鳥もどきポケモン
古代都市の守り神だったポケモン。
常に同じルートを巡回しながら
侵入者をサイコパワーで迎撃していた。』
「何者なの! 名を名乗りなさい!」
アリスが鋭い言葉をぶつける。隣のライボルトも、鬣に電気を溜め込み、臨戦態勢に入る。
対して、
「我が名は、『母なる君』」
その女性は、ゆっくりと、滑らかな声で口を開いた。
「ディントスに進言し、ディントス教を創始させ、それを裏から支え、利用し、操っていた者。そしてもちろん、その真の名は『母なる君』などというものではない」
そこで『母なる君』は一拍置き、感情の読めない声で、続ける。
「我が名は、ヴィネー。ゴエティアの王に仕える七人の悪魔の一人、魔神卿・ヴィネーです」