サヤナとエリーゼがテントの前に着いた頃には、既に行列ができていた。
「うわぁ、まだ受付時間前なのに……」
「そういう私たちだって受付時間前に来ているのよ。考えることはみんな同じ。それだけ人気のあるサーカス団ってことですわ」
チケットを取り出し、サヤナとエリーゼも列に並ぶ。
次第に列は伸びていき、気づけば行列は二人の遥か後ろまで伸びていた。
やがて受付が始まったのか、列がゆっくりと動き出す。
「サヤナ、ちょっといいかしら。大事なことを言い忘れてたわ」
「ん? なぁに?」
振り向くサヤナに、エリーゼはチケットを見せる。
「受付が終わって、テントの中に入ると、そこからはこの列は意味をなさなくなるの」
「どういうこと?」
「テントの中に入った瞬間から、戦争が始まりますわよ。席取りの戦争が。チケットを見て、席の指定がないでしょう?」
「えっ? うわっ、本当だ」
チケットを見直す。たしかに席の指定はされていなかった。
マナーの悪い客がいると席を巡って乱闘が起きそうな気もするが、そこは名門サーカス団。心配は無用だ。
「取り締まりがしっかりしているから、希望の席に座れないからって暴れる人は即座に取り押さえられて追い出されてしまうの。つまり私たちも乗り遅れるわけには行きませんわ。急いで最前席を確保しますわよ」
「分かった。一番前まで直行すればいいんだね」
二人が話している間にも、列はどんどん進んでいく。
「ご来場、ありがとうございます! 楽しんでいってくださいね!」
女性団員のチケットのもぎりを終えパンフレットを受け取れば、いよいよテントの中、戦場だ。
周りの客の歩くスピードが、劇的に上昇する。
「さあ、行くわよ!」
「うん!」
エリーゼとサヤナも乗り遅れまいと足を速め、人混みの中を突き進む。
「会場はここですわね! サヤナ!」
「エリーゼさん! もう一番前の席はほとんど埋まってる!」
「くっ……ならば、なるべくステージ正面を確保! 急いで!」
「あっ! あそこ、空いてる!」
席取り戦争の中を駆け抜け、サヤナとエリーゼは狙いを定めた席へと突き進んでいく。
「やった! ここなら、充分いい位置で見れるんじゃないかな!」
「本当は一番前がよかったんですけれどね……とはいえ、この位置なら上々ですわ」
二人が勝ち取ったのは見事、ステージの正面に向かう席。
列も最前列からそんなに遠くはなく、公演を存分に楽しめる位置だ。
周りの席もみるみるうちに埋まっていく。客の顔も老若男女さまざまだ。
「へー、ポケモンと団員さんが一緒に芸をするんだね」
「そうよ。ハーメルン・サーカスの団員やポケモンたちは、そんじょそこらのサーカス団とは一味違う。人とポケモンが一体となって、見事なショーを見せてくれますの」
貰ったパンフレットを読みながらサヤナとエリーゼが話していると、唐突に会場の照明が消えた。
「わわっ!?」
「さあ、いよいよですわね」
騒めいていた会場が次第に静かになっていく。
静寂に包まれた、まさにその瞬間を見届けるように、スポットライトの光が一斉にステージに向けられる。
次の瞬間。
ステージを中心として風が吹き荒れ、七色の煙が吹き上がり、ステージ中央に虹色の竜巻が巻き起こる。
そして。
「Ladies and gentlemen, boys and girls! ようこそ、ハーメルン・サーカスへ!」
七色の竜巻が一瞬にして薙ぎ払われると、その真ん中には燕尾服にシルクハットの男が杖を携えて立っていた。
黒い長髪をたなびかせ、会場へ向けて一礼する。
「本日は私たちハーメルン・サーカスの公演にご来場いただき、誠にありがとうございます! 私は団長のメルヘル! 華麗かつ雄大なる我らが笛の導き、とくとご覧あれ! それでは、Are you ready?」
「「「Yeaaaaaaaaaaah!!」」」
団長メルヘルの掛け声に合わせて、観客の歓声が轟く。
それを見て満面の笑みを浮かべ、メルヘルが杖を大きく掲げる。
「それではご覧いただきましょう! まずは天翔ける三色の曲芸! 最初は刺激的ですが、すぐに楽しくなってきますよ!」
メルヘルの声を合図に、スポットライトの駆け巡る空中に浮かぶ足場を、色鮮やかな衣装に身を包んだ団員たちが自由自在に飛び回る。
空中ブランコをさらにド派手にしたようなパフォーマンスに、驚きの混じった声援が飛ぶが、
「皆様、驚くのはまだ早い! ここからが見所ですよ! Stage on! ポリゴンZ!」
メルヘルの掲げたモンスターボールから、首の外れた赤と青の鳥の人形のような奇天烈なポケモンが飛び出す。
そのポケモンが何かを唱えると宙に浮かぶ足場が消えてしまい、代わりに無数の赤・青・黄のリングが浮上する。
しかし団員たちは消えた足場など気にもしない、どころかより美しくかつ滑らかにそのリングの中を潜り抜けていく。
「すごーい! あれどうやってるのかなー!?」
「足場を消したのはあのポリゴンZのテクスチャーですわね。宙に浮かぶリングはトライアタックの応用……開幕からいきなりお見事ですわ」
そしてフィニッシュ、曲芸師たちは一斉に着地し、それと同時に宙に浮かぶリングが炸裂、三色の光の粒が降り注ぐ。
観客席は、拍手喝采に包まれた。
「皆様、ありがとうございます! ありがとうございます! それでは、お次は……」
深々と頭を下げ、メルヘルは一拍起き、
「ハーメルン・サーカスきってのあの人気者が登場です! 彼に舞台を盛り上げてもらいましょう! 出番ですよ、ヘンゼル君!」
メルヘルがその名を呼ぶと、先ほどとはうって変わった軽快かつどこか間の抜けた曲が流れ始める。
そしてステージの奥側に構えていた扉が開き、その中から奇抜な姿の人間が現れる。
青い髪の毛先をカールさせ、ぶかぶかの青い衣装に身を包んだピエロだ。衣装には白いトランプのスートが所々に散りばめられ、目の下には紫色で星や雫の模様がペイントされている。
ヘンゼルと呼ばれたピエロは大きくカラフルなボールに乗りつつ、銀色のナイフを華麗にジャグリングしながら愉快な音楽と共にやってきた。
そして中央でナイフを天高く投げ、自身も玉の上でジャンプして一回転し、綺麗に着地、一礼する。
再び拍手が巻き起こるが、その直後、投げたナイフが落ちてきて次々とピエロの乗る玉に突き刺さり、パァン! と甲高い音を立てて玉が破裂、ピエロは素っ頓狂な声を上げて床に落ちてしまう。
今度は会場全体が笑い声に包まれた。
「痛ててて……やってしもうたわ。せっかく団長はんが盛り上げてくれとったんに、えろうすんまへんなぁ。せや、そしたら仕切り直して、こんなんはどないやろか?」
お尻をさすりながら起き上がった青いピエロは、どこからか黄色いバルーンを取り出して息を吹き込み、手慣れた様子で形を変え、ピカチュウの形をしたバルーンアートを三つ作り上げる。
「ほな、欲しい人! 先着順やで!」
ピエロが呼びかけると、会場の子供達が続々と手を挙げる。
「おっ! そことそこ、それからそこ! 早かった! そしたら、ほいっと!」
適当に狙いを見定めてピエロは観客席にピカチュウのバルーンを放り投げ、少年少女たちがそれを受け取ったのを確認すると、今度は赤・青・緑のバルーンを取り出す。
またも手馴れた動作でピエロは瞬く間にバルーンの形を組み替え、それぞれキモリ・アチャモ・ミズゴロウのバルーンアートを作ると、
「よっ! ほいっ、そりゃ!」
再び、その三つのバルーンを観客席に向けて適当に放り投げる。
すると、キモリとアチャモは無事に受け取られたが、青年客が受け取ったミズゴロウのバルーンがパァン! と音を立てて破裂。中から水が飛び出し、その青年はずぶ濡れになってしまった。
「あらら? 言うとらんかった? そのミズゴロウのバルーンだけ、水風船なんですわ。あれ、言い忘れとったかな? こりゃ失敬、はっはっは」
陽気にピエロは笑うと、再びステージへ向き直る。
「さてさて、私の余興は一旦ここまで。また後ですげーの持ってくるさかい、期待しとってや! ほな、次は私のかわええ妹、グレーテルの曲芸を見たってな!」
ピエロがそう叫び、ステージから飛び降りる。
続いて現れたのは、青い綺麗な蝶の羽を模したようなゴシックな衣装を身に纏った赤い髪の女性団員、グレーテル。その後ろには五匹のオスのカエンジシを引き連れている。
「おいでなさい、オーロット!」
女性がモンスターボールを取り出し、樹木に幽霊が乗り移ったような姿のポケモン、オーロットを繰り出す。
そして次の瞬間、女性を取り囲んだカエンジシたちが一斉に女性とオーロットへ飛びかかる。
「オーロット、鬼火よ!」
観客から悲鳴が響くが、それを気にせず、オーロットは青い炎を生み出し、頭上に無数の炎の輪を作り上げる。
するとカエンジシたちは炎の輪に吸い込まれるように跳躍し、輪を潜り抜けていく。
流れるようなカエンジシたちの演舞を前に、観客の悲鳴は歓声に移り変わっていく。
「さあオーロット、もう一度鬼火! カエンジシたち、火炎放射よ!」
オーロットが火の輪を宙に浮かばせて操り、五匹のカエンジシは火の輪目掛けて炎を放つ。
カエンジシたちの放った灼熱の業火は火の輪を潜り、さらにオーロットが火の輪を操り、見事な炎のオブジェを作り上げた。
「わー! すごーい!」
サヤナも大はしゃぎ、エリーゼは早くも既に感動で言葉を失っているのか言葉を発していない。
観客の歓声に応えて女性は一礼し、
「さあ、まだまだ行くわよ! 続いては――」
「……よし! それだ!」
サンドパンの強襲に対し、遂にワルビルは何とか腕を振り抜き、爪の一撃を弾くことに成功した。
「おおっ! すごいワルビル! サンドパンの攻撃を止めた!」
偶然かもしれないが、それでも成長の証だ。
サンドパンが全速力ではないとはいえ、ワルビルはこの短時間で、みるみるうちにサンドパンの攻撃に対応できるようになってきている。このバトルスタイルの方がワルビルに合っているというワダンの見立ては、どうやら間違ってはいなさそうだ。
「今のはいい反応速度だったぞ。今の感覚を忘れるなよ」
二人でワルビルを褒め、ワダンは腕につけた時計を確認する。
「だが、そろそろいい時間だな。休憩にするか。ハル、その手荷物を見る限り、昼飯を持ってきていないだろう」
「あ、はい……」
途中で休憩があるだろうし、その間に何か買おうとしていたため、ハルは特に何も持ってきていなかったのだが、
「ならばちょうどいい。弁当を一つ、お前にやろう」
「えっ、いいんですか?」
「嫁が二人分弁当を作ってきてくれたからな。ついでにお前のポケモンの分も用意してある。遠慮はいらん」
「はい、ありがとうございます!」
ワダンから弁当を受け取り、ハルはワダンの横に座って、二人は昼食を取る。
口に入れると、手作りの温かさが口の中に染み渡る。
「……おいしい! ワダンさんの奥さん、料理お上手ですね!」
「まあな、自慢の嫁だ」
二人の手持ちのポケモンたちも、美味しそうにご飯を食べている。
「ゆっくり食べればいい。食べ終わって少し休んだら、また始めるぞ」