「さあ、目の前の生意気なお子様にお前の力を見せてやれ! カラマネロ、サイコカッター!」
先に動いたのはメルヘル。
カラマネロが念力を纏わせた腕を振りぬき、サイコパワーの刃を放つ。
「ルカリオ、躱して接近!」
対するルカリオも地を蹴って飛び出す。
前傾姿勢で念力の刃を潜り抜けつつ、一気にカラマネロとの距離を詰め、
「ボーンラッシュ!」
ルカリオの右手を纏う波導が形を変えて槍の形状を取る。
波導の槍を手にし、連続の刺突を叩き込み、カラマネロを押し戻す。
「ぐぅ、だったらこれはどうかね! カラマネロ、馬鹿力!」
唸り声を上げたカラマネロが触腕を振り上げると、その腕が凄まじいオーラを纏う。
「っ! ルカリオ、下がって!」
咄嗟にルカリオがその場から飛び退いた直後、カラマネロの右腕、力任せの一撃が振り下ろされる。
「逃すなカラマネロ! 木を吹き飛ばせ!」
ルカリオを逃したカラマネロはすかさず左腕を振るい、近くの木にラリアットをかます。
刹那、木の幹がいともたやすく吹き飛び、ルカリオへと襲い掛かってくる。
「来るよルカリオ! 躱して!」
ルカリオは大きく跳躍して近くの木の枝に飛び移り、吹き飛ばされた木を回避する。
「たしか、馬鹿力は使う度に攻撃力と防御力が少しずつ下がっていくはず。ルカリオ、攻めるよ! 発勁!」
枝を足場に勢いよく飛び出し、右手に波動を纏わせたルカリオが飛び掛かる。
波導を纏った掌底を突き出し、カラマネロへと叩きつけた。
しかし。
「今だカラマネロ! 馬鹿力!」
発勁の直撃を受けたカラマネロは怯まなかった。
寧ろ先ほどよりも規模を増した凄まじいオーラがカラマネロの両腕を纏い、ルカリオはカラマネロの剛腕を叩きつけられて逆に吹き飛ばされてしまう。
「なっ……!? ルカリオ!?」
吹き飛ばされたルカリオが木の幹へと激突する。
致命傷には至っておらず、起き上がるが、予想外の効果抜群の攻撃を受けたダメージは大きい。
しかし、ハルが驚いたのはそこではない。
(一発目と比べて、馬鹿力の威力が上昇してる? 馬鹿力は使えば使うほどパワーダウンしていく技のはずなのに……もしかして、特性?)
バトルにおいて通常ではあり得ない事態が発生した場合、ポケモンの何らかの特性が働いてる可能性が高い。
しかし、ハルにはカラマネロの特性が分からない。ジム戦ならば図鑑で調べることも不可能ではないが、今回のような敵の前ではのんびりと図鑑を取り出して調べている余裕はない。
ここに来て、ようやくメルヘルが試合の流れを握る。
「ニャハハハ! 調子付いてきたね、カラマネロ! 続けてサイコカッター!」
サイコパワーを纏わせた腕を振り抜き、カラマネロが念力の刃を放つ。
「試してみないと分からないか……ルカリオ、迎え撃つよ! サイコパンチ!」
ルカリオも拳に念力を纏わせ、飛来する刃を迎え撃つ。
だがこのサイコカッターも一発目と比べて威力が明らかに高い。吹き飛ばされはしなかったものの、競り合った末にルカリオが押し負け、後ろへ押し戻される。
(馬鹿力だけじゃない……ってことは、攻撃力が上がっている?)
困惑の中、それでも思考を巡らせるハル。
対して、メルヘルはそんなハルの様子を見て下品な笑みを浮かべる。
「おやおやぁ? カラマネロの特性を知らないようだね?」
先ほどまでの弱腰っぷりはどこへやら、途端に余裕たっぷりでメルヘルが口を開く。
「ふっふっふ。私のカラマネロの特性は、ずばり“天邪鬼”! この特性を持つポケモンにかかった能力変化は、全て逆転する。つまり、私のカラマネロは馬鹿力を使うほど、攻撃力も防御力も上がっていくというわけね!」
まるで勝ちを確信したかのように、メルヘルは高らかに笑う。
確かに厄介な特性だ。馬鹿力による能力アップだけでなく、使い方によっては補助技主体で攻めてくるポケモンを起点にできてしまう。
しかし。
(やっぱりこの人、弱いというか、バトルは専門外なんだろうな。なんでこっちの知らない情報をペラペラ喋っちゃうんだろ)
調子に乗ってメルヘルが全て種明かししてくれたおかげで、馬鹿力のトリックが分かってしまった。
あとは、相手の戦法の隙を突くだけだ。
「さあ、この調子でやってしまえ! カラマネロ、馬鹿力!」
そんなことには気付かず、メルヘルは高らかに叫ぶ。
カラマネロも調子付いてきたのか、見境なく腕を振り回し、周囲の木々をなぎ倒しながらルカリオに迫り来る。
「こうなるとパワーじゃ勝てないな……ルカリオ、避け続けつつ、何とか隙を見つけるよ!」
攻撃力は上昇しているが、肝心の攻撃自体は単調。ルカリオはすばしこく周囲を飛び回り、振り回されるカラマネロの両腕を飛び越え、掻い潜り、次々と躱していく。
ルカリオを捉えられなかったカラマネロの腕は、周囲の木々をひたすらなぎ倒していく。
「……そうだ! 倒れた木の陰に隠れるんだ!」
ハルの指示を受け、ルカリオが飛び出す。
カラマネロの傍を駆け抜け、死角に潜り込み、木の陰へと姿を隠す。
「ニャハハ、無駄無駄! どこに逃げても無駄ね! カラマネロ、手っ取り早く全部吹き飛ばしてしまえ!」
余裕たっぷりにメルヘルは指示を出し、カラマネロは腕を振り回しながら、倒れた木々を片っ端から吹き飛ばしていく。
(……今だ!)
ルカリオが隠れている木の陰から、カラマネロが背を向けた瞬間。
ハルの意図を察し、勢いよくルカリオが飛び出す。
「ルカリオ、波導弾だ!」
現れたのはカラマネロの背後。右手に構えた青い波導の念弾を、一直線に放出する。
「なっ、しまった! カラマネロ、後ろだ!」
慌ててカラマネロは後ろを振り向くが、波導弾の対応には間に合わず、波導弾の直撃を受けて大きく体勢を崩す。
「馬鹿力で防御力が上がってるけど、波導弾は特殊技だ。特殊技のダメージは普段と変わらないよね」
ルカリオがメルヘルに見せた技が全て物理技だったので、完全な物理アタッカーだと思ったのだろう。
しかし、ハルのルカリオには波導弾がある。
「くっ……おのれ……!」
先程からころころと変わるメルヘルの表情。次に表情を染めるのは、怒りだ。
「しかししかし! 特殊技一つじゃどうにもできないはずだね! 我がカラマネロが相変わらず有利であることに変わりはない! 叩き潰せカラマネロ! 壊してしまえ! 馬鹿力!」
メルヘルの怒号に呼応し、カラマネロも触腕に怒りを込めて、力任せに両腕を振り回す。
「ルカリオ、波導弾!」
ルカリオの右手から波導の念弾が出現し、ルカリオはそれを掴む。
カラマネロの怒涛の触手攻撃を潜り抜け、手にした波導の念弾を直接、カラマネロの腹部に叩きつけた。
「ぬぅっ、カラマネロ、サイコ――」
「波導弾!」
体勢を崩したカラマネロは腕に念力を纏わせるも、その腕を振り抜くより早く、ルカリオが再び波導の念弾を放った。
波導の念弾は正確にカラマネロを捉えて飛び、カラマネロの顔面に直撃。念弾が炸裂し、カラマネロが地面に倒れる。
「カ、カラマネロ!?」
「とどめの、波導弾だ!」
倒れた木々に埋もれるカラマネロへ、ルカリオはもう一度、波導を一点に集めた青い波導の念弾を放つ。
吸い込まれるようにカラマネロへと飛ぶ念弾は、周囲の倒れた木々ごと、カラマネロを吹き飛ばした。
「なっ……!」
仰向けに倒れたカラマネロの上から、自分が倒した木々が次々となだれ落ち、カラマネロは木々の下敷きにされて戦闘不能となった。
やむなくメルヘルはカラマネロをボールへと戻すが、
「よし、よくやったね、ルカリオ。さて、メルヘルさんだっけ。あなたの悪事もここまでだ。観念してもらうよ」
全ての戦力を失ったグリムの前に、ハルとルカリオが詰め寄る。
「ひっ、ひいぃっ!」
いよいよ追い詰められたメルヘル。
最早打つ手をなくした彼ができることは、助けを求めることだけだった。
「たっ、助けてー! もう誰でもいいから、団長を助けておくれーっ!」
メルヘルの声が、森の中に響き渡る。
そして、
「メルヘル。見苦しい、もう下がっておれ」
テントの中から、一人の男性が現れた。
背は低く、黒いステッキを持ち、お洒落に着飾った老人だ。
「……ははぁっ! 申し訳ございません、あとはお任せしますぅ!」
老人に促され、メルヘルは猛スピードで森の奥へと走り去っていった。
「さて、私の部下が迷惑をかけたのう」
サーカス内ではグリム団長と呼ばれていたその老人は、ハルの方を振り向き、その細い目でハルを見据える。
ハルは身動きできなかった。非常に恐ろしい出来事が起こっている。
ハルには、見覚えがあるのだ。
ただし。
老人の顔ではなく、その手に持った黒いステッキに。
「その杖……まさか、サーカス団の黒幕は」
「ほう、察しがついたようじゃの」
言葉を何とか紡ぎ出すハルに対し、老人は静かに笑みを浮かべる。そこには、明らかな邪悪が宿っていた。
「この姿はハーメルン・サーカス初代団長、グリムの姿を装ったもの。グリム本人は既に故人じゃからな。そして、この儂の正体は――」
「そう言えばエリーゼさん、どうして奴らがただのサーカス団じゃないって分かったの?」
森の中を進む途中、ふとサヤナがずっと気になっていたことを尋ねる。
「そうね、その話をしないといけないわね。ワダンさんも聞いていただけますか。あのサーカス団に関する話なのですけれど」
その言葉にワダンも足を止めて振り返り、エリーゼが話し出す。
「実は私、奴らの正体が分かったかもしれないのです」
「ええっ!?」
驚きの声をあげたのはサヤナだ。
「私たちがテントから脱出する直前、グリム団長の姿が現れたでしょう。あのタイミングで気づいたのよ」
「ほう……というと」
サヤナとは対照的にワダンは冷静なまま、エリーゼに尋ねる。
「あの老人の話し方に、何か違和感を感じた。特に意味もなく、一人称がコロコロ変わっていたんです」
さらに、とエリーゼは続け、
「グリム団長は既に故人、となれば何かトリックがあるはず。そこで私、気づいてしまったんです。“一人称がコロコロ変わる”、“変装の名人”に心当たりがあるって」
それは、エリーゼがその人物に会ったことがあるだけでなく、一度戦っているからだ。
そして、その人物に会ったことのないサヤナとワダンには、その正体が分からないのも当然だった。
しかし、ここで今。
彼女たちも、真相へと辿り着く。
「グリムを名乗るあの人物。その正体は――」
「――この俺様、魔神卿・ダンタリオンだ。久しぶりですね、ハル」
「――ゴエティア魔神卿の一人、ダンタリオン。間違いありませんわ」
老人の顔がみるみるうちに剥がれ、赤いトランプ模様が描かれている真っ白なメイクを施した青年の顔へと変わっていく。
さらに着飾った服を脱ぎ捨てると、その下に着ていたのは真っ白な燕尾服。どういうトリックか分からないが、低かった老人の身長も元に戻っている。
「ダンタリオン……サーカス団の黒幕は、お前だったのか」
「その通りだ。メルヘルを唆し、ヘンゼルとグレーテルを指揮し、ハーメルン・サーカスを裏で操っていたのは、他でもないこの私ですよ」
相変わらず、やたらと変化するこの独特な口調は聞き慣れない。
「本当は公演に貴方を招待し、テントの観客ごと貴様を眠らせてキーストーンとメガストーンを戴き、ついでに観客のポケモンたちも奪う。そういうプランのはずでした」
だが、とダンタリオンは続け、
「あのメルヘルのバカがやらかしやがった。用意した分のチケットが売り切れたからって親子たった一組の追加入場も許可せず、その結果、よりにもよってお前がチケットをその親子に譲ってしまったのじゃ。メルヘルが余計なことをしなければ、計画は上手くいっていたはずなのに」
「あの時か……いや、ちょっと待てよ。ってことは、僕がカタカゲシティに来た時から既に僕のことを狙っていたっていうのか……!?」
「ええそうですよ、そうですとも。パイモンのお気に入りとなれば、間違いなく厄介な存在。前にそう言ったはずだぜ。貴様のキーストーンを奪うことで、パイモンの野郎に文句を言わせずにお前をパワーダウンさせて危険な芽を摘み取ることができる。そう思ったんですがねぇ……!」
口調に苛立ちを込め、天を仰ぐダンタリオン。
しかし。
さて、と一言呟き、不意にハルの方に向き直る。
「そうは言っても、ここでただ黙って引き下がるのも気に食わねえ。最低限やりたいことをやれたとはいえ、目的も達成しきれずにただやられっぱなしなんて、魔神卿の恥さらしですからね」
ぞわり、と。
ハルの背筋に、悪寒が走る。
「追っ手はまだ来ないみたいだし、バトルの時間くらいはあるだろ。貴様を直接手にかけることは禁止されておるが、せめて痛い目の一つくらいは見せて差し上げましょう」
今度こそ。
たかが一介の団長如きとは比べ物にならないほどの巨悪の化身が、ハルへと襲い掛かる。