第83話 無法な町
気づかないうちに、どこかで道を間違えてしまったのだろう。
イザヨイシティを目指していたはずのハルが辿り着いたこの場所は、無法地帯とも呼ばれるゴミ捨て場の街、ノワキタウンだった。
「まずいね……早めに引き返そう。一旦カタカゲシティに戻るか」
あまりこういったところに滞在したくはない。
独り言を呟き、ハルがトンネルに戻ろうとしたところで、
「いただきっ!」
物陰から何者かが飛び出し、ハルを突き飛ばした。
突然何かにぶつかられ、ハルは転んでしまう。
「やったぜ! イケてる機械、ゲットだ!」
ハルを突き飛ばしたのは少年だった。
見た目はハルと同年齢か少し年下、髪はもじゃもじゃの緑色で、黒と緑を基調とした動きやすそうな服を着ている。
ハルもどちらかといえば小柄な方だが、その少年はそんなハルよりもさらに少しだけ背が低い。
そして、
「あっ……! それは……!」
その少年が拾い上げたものは、ハルのアルス・フォンとポケモン図鑑だった。
「どうせこの町を荒らしにでも探しに来た不届き者だろうけど、そうはさせないぜ。ここにあるのは全部俺たちのモンだ! そんじゃ、こいつは貰ってくぜ!」
言うが早いか、少年は図鑑とフォンを奪い、走り去っていく。
「ちょっと、待って! それを返してよ!」
慌ててハルは立ち上がり、少年の後を追う。
しかしこの少年、かなり足が速く、全然追いつけないどころか距離を離されていく。このような手口に慣れているのだろう。
「こうなったら……ファイアロー! あの子から物を取り返して!」
急いでハルはモンスターボールを取り出す。
現れたファイアローは全速力で飛び出すと、瞬く間に少年へと追いついた。
「くそっ、させるかよ! こうなりゃやってやる……出てこい、リザード!」
ファイアローがすぐ後ろに迫っていることに気づき、少年もボールを取り出した。
そのまま立ち止まって振り返り、手にしたボールからは尻尾の先に炎を灯した頑強なトカゲのようなポケモンが飛び出してくる。
「リザード、あいつを追い払え! 雷パンチだ!」
リザードと呼ばれたそのポケモンは一声上げると拳に電撃を纏わせ、ファイアローへと殴り掛かってくる。
「やる気か……! ファイアロー、躱してアクロバット!」
リザードが繰り出す拳の連撃を、ファイアローは軽快に躱していく。
疲れてリザードが一瞬動きを止めたところに、翼を叩きつけて突き飛ばす。
「スピードを上げるよ! ニトロチャージだ!」
さらにファイアローは翼から火の粉を吹き出して全身に炎を纏い、体勢を崩すリザードへ突撃。
炎の突進がリザードへ命中するが、
「その程度なら! リザード、雷パンチだ!」
ニトロチャージを受けたリザードは怯まなかった。
地に足をつけて耐え切り、即座に電撃を帯びた拳で見事なカウンターを決め、逆にファイアローを殴り飛ばす。
「火炎放射!」
リザードが大きく息を吸い込む。
吹き飛ぶファイアローへ吐息とともに灼熱の炎を吹き出し、さらなる追撃を仕掛ける。
「ファイアロー、避けて! アクロバットだ!」
風を掴んで空中でなんとかバランスを立て直し、ファイアローは急上昇からの急旋回でリザードの放つ炎を回避、さらに再びリザードへと飛び出していく。
「かかってこいよ! リザード、ドラゴンクロー!」
「それならファイアロー、鋼の翼だ!」
オーラを纏った光の龍爪を構えるリザードに対し、ファイアローは硬質化させた翼を叩きつける。
龍爪と鋼の翼が激突、火花を散らしながら互いに一歩も引かず競り合う。
「押し返せ! 火炎放射!」
「押し切る! ブレイブバード!」
競り合ったままリザードが炎を吹き出し、ファイアローを押し戻そうとする。
だがファイアローの体が凄まじい量のオーラに纏われると、均衡は一気に崩れる。
放った炎、さらに龍爪のオーラも打ち破られ、ファイアロー渾身の突撃を受けて、リザードは大きく吹き飛ばされた。
「リザード! くそっ……まだやれるよな! 勝負はまだここからだぜ!」
少年の叱咤激励を受け、リザードは立ち上がると大きく吼え、鬼の形相でファイアローを睨む。
「ねえ、君はどうして僕の図鑑を奪ったのさ」
「うるさい、よそ者に話すことは何もねえよ! いいからさっさとここから出て行け! 出て行かないなら力尽くで追い出す! リザード、ドラゴンテール!」
地を蹴ってリザードが駆け出す。
尻尾に龍の力を纏わせ、跳躍して一気にファイアローに接近、炎の灯った尻尾を横薙ぎに振るう。
「ファイアロー、アクロバット! 回避!」
一発目の尻尾の攻撃を躱し、立て続けに繰り出される炎の尻尾を軽快に回避、さらに、
「ニトロチャージだ!」
飛翔して素早く離脱、リザードの上を取ると同時に炎を纏い、頭上から急降下して襲い掛かる。
「っ!? リザード、上だ! ドラゴンクロー!」
咄嗟にリザードが頭上を見上げるが、すでにファイアローは眼前に迫っている。
ドラゴンクローでの迎撃も間に合わず、リザードは炎の突進に突き飛ばされ、
「これで決めるよ! ファイアロー、ブレイブバード!」
ファイアローが翼から火の粉を吹き出し、その身が燃え盛る炎が如き凄まじいオーラに包まれる。
そのまま翼を広げて低空飛行、守りを捨ててジェット機が如くリザードとの距離を一気に詰め、渾身の一撃を込めてリザードを吹き飛ばした。
「なっ……! リザード!?」
後方へ吹き飛んでいったリザードの方を、少年が慌てて振り返る。
地面に叩きつけられてさらに二度、三度とバウンドし、そのまま戦闘不能となって動かなくなってしまった。
「くそっ……」
リザードをボールに戻す少年に対し、
「さあ、これで決着は付いたよね。僕のポケモン図鑑とアルス・フォンを返して」
ハルも一旦ファイアローをボールへと戻し、緑髪の少年に詰め寄る。
だが、
「くそっ……! お前! よくも、俺のリザードを!」
リザードを倒されて逆上したその少年は怒りの形相を浮かべ、今度はハルに直接殴り掛かってきた。
「えっ……ちょ、うわっ!」
ハルはお世辞にも腕っ節に自信があるとはいえない。何とか少年の拳を避けるも、バランスを崩して尻餅をついてしまう。
「リザードの仇! 覚悟しろッ!」
転んだハルに対して、少年は容赦なく拳を振りかぶる。
「ラルド! そこまでにしておけ!」
その刹那。
少年の背後から男性の声が響き渡り、少年は慌てて振り上げた拳を下ろして振り返る。
少年の後ろから、数人を引き連れたリーダー格と思われる男が歩いてきた。
白いラインの入った黒服を着た、極道のような風貌の男で、髪の色は銀。首には白い翼を模したようなネックレスを掛けている。
「ク、クリュウさん……! だけどこいつ、侵入者なんですよ!」
「分かっている。だから俺が出てきたんだ。町の面倒ごとは俺の仕事だ。ラルド、お前はとりあえず下がっていろ」
どうやらこの緑髪の少年はラルド、黒スーツに銀髪の男はクリュウというらしい。
指示されてラルドは後ろへと下り、代わりにクリュウがハルの前に進み出てくる。
「なるほど、お前が侵入者か。まだガキじゃねえか……名前は」
「……ハルです」
「ハル、だな。なぜこの町に来た」
座り込んだままのハルを見下ろし、クリュウは淡々と質問を続ける。
「……」
「なぜこの町に来た、と聞いている。安心しな、正直に答えれば特に暴力は振るわねえよ。少なくとも、今のところはな」
口調こそ穏やかだが、その奥には何かただならぬ気配を感じる。
今は何もされないだろうが、返答を誤れば何をされるか分かったものではない。
「……本当はイザヨイシティに行くつもりでした。トンネルの中で、道を間違えたんです」
「間違えただと? そんなわけあるかよ。トンネルの分かれ道に看板が立ててあったはずだ。看板を越えてその奥に進まなけりゃ、ここには辿り着かないはずだ。分かれ道からは一本道だし、間違えるはずはねえ」
「本当なんです。僕は嘘なんかついてません。疑うなら、トンネルを調べてみてください」
「あぁ?」
クリュウは鋭い目つきでハルを睨む。
恐怖に駆られながらも、目を逸らしてはいけない、そう思い、ハルはまっすぐにクリュウの目を見据えた。
「ほーお。その目つき……お前、いい度胸してやがるな」
忌々しそうに呟き、クリュウは言葉を続ける。
「……だが、嘘をついている目には見えねえな。分かった、ひとまず今は攻撃を加えるのはよそう」
そう言って、クリュウはようやくハルから目線を外し、後ろに控えていたラルドの方を振り向く。
ひとまず、と言っているあたり、まだ解放してもらえるわけではないようだ。
「おい、ラルド。お前、こいつからなんか盗ったろ」
「はい。イケてる機械持ってたんで、何かに使うか高く売るかできるかなって……」
ラルドはハルから奪った図鑑とアルス・フォンを取り出す。
「ポケモン図鑑に、アルス・フォン……なるほど。ということは、旅のポケモントレーナーか。それなら」
それを確認し、クリュウは再びハルの方に向き直ると、
「おい。ハルっつったな。とりあえず立て。ラルドが奪ったこの機械は返してやるよ」
「えっ? 本当ですか?」
随分あっさりと承諾されてしまった。予想外の展開に拍子抜けしてしまうハルだが、
「ただし」
と、そうクリュウは続ける。
「俺の中では、お前の評価はまだ目的不明の侵入者だ。当然、無条件に解放するわけにはいかねえな」
「なら、何をすればいいんですか」
ハルの返答に対して、クリュウは不敵な笑みを浮かべ、
「この町でもやり手のトレーナーと、一対一のポケモンバトルをしてもらう。その結果次第で、ラルドが奪ったものを返し、お前を解放してやるよ」