鋼の爪に切り裂かれたワルビルが、地面に崩れ落ちる。
目を回し、戦闘不能となって倒れていた。
「ワルビル、お疲れ様。よく頑張ってくれたね」
ワルビルを戻すと、すぐさまハルは次のボールを手に取る。
「ドリュウズに有利に戦えるのは君しかいない。ファイアロー、お願い!」
ハルが選んだポケモンはファイアロー。ドリュウズの見えた技のうち、地面技は効かず、虫技と鋼技も通りが悪く、こちらは炎技で効果抜群を取れる。とはいえ相手は魔神卿、タイプ相性如きで優位に戦える相手では決してないということを忘れてはならない。
「おぉん、ファイアローか……チッ、有効打がねえな」
ハルがファイアローを出したのを見て、ベリアルは露骨に嫌そうな顔をするが、
「ま、うだうだ言っててもしょうがねえか。ドリュウズ、このままやるぞ。毒突きだ!」
どうやら交代させる気はないようで、ファイアローを見据えたドリュウズが襲い掛かってくる。
鋼の爪に毒を纏わせ、ファイアローを貫かんと右腕を突き出す。
「ファイアロー、躱して! ニトロチャージ!」
対してファイアローは軽やかな身のこなしでドリュウズの破壊の爪を躱すと、力強い啼き声と共に翼から火の粉を吹き出し、炎を纏う。
「迎え撃てよ、アイアンヘッド!」
ただでさえ硬い鋼のツノをさらに硬化させ、ドリュウズはファイアローを迎え撃つが、
「さらに躱して!」
激突の直前、ファイアローは羽ばたいて僅かに浮上。
ドリュウズの頭突きを躱しつつ、背後から炎を纏って体当たりし、さらに追加効果で素早さを上げる。
「逃すかよ! ドリュウズ、シザークロス!」
しかし効果抜群の一撃を受けたというのに、ドリュウズは全く怯まない。
ベリアルの指示に即座に反応、地を蹴って跳躍し、両爪を振り抜いてファイアローを切り裂く。
「っ! 立て直して!」
シザークロスは虫技、ファイアローにはあまり効かない。
降下こそすれど撃墜されることなく空中にとどまり、ファイアローは空中制動を立て直そうと翼を羽ばたかせる。
だが。
「毒突き!」
毒を帯びた鋼の剛爪を振りかぶり、ドリュウズが急降下する。
大地を穿つほどの一撃と共に、今度こそファイアローは大きく吹き飛ばされた。
「ファイアロー! ……くそっ、攻撃力が高すぎる……!」
何をどうしたらここまでの攻撃力に育て上げられるのだろうか。
戦闘不能にはなっていないようだが、ファイアローの様子を見るに、明らかに半分以上は体力を持っていかれている。
「あぁ? 耐えるのかよ。クソ、やっぱり効果抜群を狙うか、鋼か地面技を使うかしねえと、思ったよりの威力は出ねえな……」
一方のベリアルはこの一撃でもまだ満足できないようで、頭を掻きながら悪態を吐く。
「……まぁいいか。どうせ次の一撃をぶつけりゃそいつも戦闘不能。圧倒的な攻撃力の下に相手を粉砕する、それが俺様のドリュウズだ。さて、どこまで戦えるかなぁ?」
鋼の爪を鋭く光らせ、ドリュウズはファイアローを見据えて両腕を構える。
ベリアルが追撃の指示を出さなかったのは、一撃で倒せるものだと思っていたからか。それとも、今は勝利よりも戦闘に重きを置いているからか。
「続けるぜ。ドリュウズ、アイアンヘッド!」
硬く鋭い鋼のツノをさらに硬化させ、ドリュウズは地を蹴って飛び出し、ファイアローへと突撃を仕掛ける。
「パワーじゃ勝てない……だったら、スピードで勝負だ! ファイアロー、躱して!」
翼を羽ばたかせ、火花を散らしながらファイアローは急上昇、ドリュウズの頭突きを躱すと、
「ニトロチャージ!」
その身に炎を纏い、炎の勢いを受けてさらに加速しながらドリュウズへと迫る。
「弾き飛ばせ。毒突き!」
背後から飛来するファイアローに対し、ドリュウズが鋼の爪に毒を纏わせる。
しかしベリアルの予想以上にファイアローのスピードは速く、破砕の毒手を突き出す前にドリュウズは炎の突撃をまともに食らって突き飛ばされてしまう。
「ファイアロー、一旦戻るよ!」
さらにスピードが上昇するが、深追いはしない。相手が相手ゆえ、予想外の反撃を警戒するに越したことはない。
「来ねえのか? ならドリュウズ、地面に潜れ!」
角と両腕を構えてドリルのように高速回転し、ドリュウズは地面へと突っ込み、地中へ身を潜める。
「だったらファイアロー、上昇して」
ファイアローは翼を広げ、大きく飛翔する。
ドリュウズの攻撃が届かない空中から、様子を探る。
だが。
「ドリュウズ、ドリルライナー!」
地下から突如轟音が響く。
刹那、ファイアローの真下の地面に亀裂が走り、大地が裂け、無数の岩片が弾け飛ぶ。
「っ!」
身構えるハルだが、既に遅い。
飛び散った瓦礫の破片はファイアローにも突き刺さり、その動きが僅かに止まっていたことに、ハルは気が付かなかった。
そして。
「毒突きだ!」
魔神卿との戦闘において、その一瞬は致命的だった。
地中から猛スピードで飛び出してきたドリュウズが一気に跳躍し、毒の剛爪がファイアローを穿ち抜いた。
「なっ……ファイアロー!?」
なす術もなくファイアローが撃墜される。
地面に墜落し、そのまま動かなくなってしまった。
「ファイアロー……よく頑張ったね。ゆっくり休んでて」
戦いの形にはなっているが、やはりまだ及ばない。やはり魔神卿の壁はまだ高い。
(でも、諦めるわけにはいかない。僕にはまだ、一緒に戦ってくれるポケモンがいる!)
闘志を決して忘れることなく、ハルは次のボールを手に取る。
しかし。
「あー。残念だが、バトルはここまでみたいだな」
対するベリアルが、ドリュウズをボールに戻したのだ。
「えっ?」
拍子抜けて素っ頓狂な声を上げるハルに対し、ベリアルはヴィネーとクリュウが戦っていたはずの方向を顎で指す。
「決着がついたみたいだぜ。ちっ、先を越されちまった」
キリキザンの刃とドラピオンの爪が火花を散らし、激しく競り合う。
「ヘビーブレードです」
だがその次の動きはキリキザンの方が早かった。
ドラピオンと拮抗する右腕の力を一切緩めないまま、キリキザンは左腕の刃を横薙ぎに振り抜き、ドラピオンの巨体を叩き飛ばす。
「続けなさい。キリキザン、ストーンエッジ」
さらにキリキザンが一歩踏み出し、力強く大地を踏みつけると、大地からドラピオンに向けて次々と鋭く尖った岩が出現する。
「チッ、叩き割れ! ポイズンクロー!」
毒を纏った強靭な爪を振り下ろし、ドラピオンはせり立つ岩の柱を次々と砕いていくが、
「辻斬りです」
キリキザンの攻撃の手は緩まない。両腕の刃を構え、すぐさま追撃を仕掛けてくる。
「ドラピオン、躱して炎の牙だ!」
今度は正面から相対しない。長い首を屈めて双刃を躱すと同時、口を開いて牙に炎を灯し、キリキザンの胴体へ齧り付く。
鋼の体を焦がされて怯んだところへ、ドラピオンの尻尾が鞭のように叩きつけられ、キリキザンはヴィネーの下まで押し戻される。
「炎技をお持ちですか……ちょっと気をつけて戦わなければなりませんね」
効果抜群の一撃を受けるキリキザンだが、この程度では倒れない。
「休ませるな! ミサイル針だ!」
「防いでみせましょう。ストーンエッジ」
ドラピオンが両腕から針の弾幕を撃ち出すが、対するキリキザンは大地を踏みつけ、目の前に岩の柱を出現させる。
そびえ立つ岩の柱によってミサイル針は行く手を阻まれてしまい、その後ろにいるキリキザンには届かない。
「辻斬りです」
たんっ、と音が響く。
音源は上。咄嗟にクリュウが見上げると、岩の柱の上まで一気に跳躍したキリキザンが上空から腕の刃を構えて襲い掛かってくる。
「ドラピオン、受け止めろ」
ドラピオンが両腕を振り上げ、その場でどっしりと構えてキリキザンを迎え撃つ。
両腕の頑丈な爪でなんとか襲撃を受け止め、さらに尻尾でキリキザンを掴み、
「投げ飛ばしてミサイル針!」
追撃が来る前にキリキザンを放り投げ、すぐさま無数の針を放って追撃。
さすがに宙を舞いながら躱すことはできず、キリキザンは針の弾幕を浴びてしまう。
「手を緩めるな! もう一度だ!」
地面に落ちたキリキザンへ、さらにドラピオンは無数の針を放射するが、
「ストーンエッジ」
起き上がったキリキザンは膝立ちのまま地面を殴りつけ、再び目の前に岩の柱を立てる。
無数の針が岩に突き刺さるも、やはり柱を砕くことはできず、
「ヘビーブレードです」
直後、一刀の元に岩の柱を砕き、キリキザンが地を蹴って一気にドラピオンとの距離を詰め、渾身の力で右腕を振り下ろす。
切り裂くというより叩き割るような重い刃の一撃が、ドラピオンの脳天に直撃した。
「ッ、ドラピオン! やれるか!?」
さすがは防御力の高いドラピオンだ。キリキザンの重い一撃に呻き、数歩よろめいて後退するものの、それでもなんとか体勢を整えて立て直し、クリュウの言葉に頷く。
「おやおや、沈みませんか。並のポケモンなら今ので戦闘不能、もしくは致命傷に至るはずなんですが」
「俺様のドラピオンを甘く見てくれるなよ。こいつは物理方面にはとにかく硬い。その程度でこいつを倒そうなんざ、笑わせてくれるぜ」
「そうですか。そうであればなおさら、キリキザンでそのドラピオンを倒してしまいたくなるものですね」
瞳に邪気を浮かべ、ヴィネーは不気味に笑うと、
「というわけで、今度こそ仕留めさせていただきましょう。キリキザン、ストーンエッジ」
キリキザンが大地を踏みつけ、ドラピオンへ向けて次々と尖った岩の柱を出現させる。
「ドラピオン、撃ち砕け! ポイズンクローだ!」
ドラピオンが爪を打ち鳴らして吼える。
毒を纏った両腕を振り回し、ドラピオンは襲い来る岩の柱を力任せに粉砕していく。
だが、
「今ですキリキザン、ヘビーブレード」
両腕を地面に叩きつけ、最後の岩を砕いたその瞬間、キリキザンが駆け出す。
腕での防御は、間に合わない。
「くそッ……ドラピオン、防御! 尻尾だ!」
一刀両断の鋼の腕が振り下ろされるその直前、咄嗟にドラピオンは尻尾を伸ばして頭を守る。
ゴキリ、と嫌な音が響き、ドラピオンの尻尾がだらりと垂れ下がる。
ダメージは大きいが、それでも弱点となる頭部への直撃は回避し、
「炎の牙!」
牙に炎を灯して大口を開き、間髪入れずにキリキザンへ炎の牙を食い込ませる。
その刹那だった。
ヴィネーの口の端が、吊り上がる。
「これを待っていたんです。キリキザン、メタルバースト!」
炎の牙を受けたキリキザンの体が銀色に輝き、直後、その体から無数の銀色の光弾が発射される。
「まずった……ドラピオン!」
無数の光弾がドラピオンを貫き、吹き飛ばす。
地に落ちたドラピオンは、そのまま目を回して動かなくなってしまった。
ただ、
「さて、これで一丁あがりで――おや?」
炎の牙をギリギリ耐え切ったはずのキリキザンもまた、よろめいて地面に倒れ伏してしまった。
キリキザンの体には大きな火傷の跡があった。ドラピオンが最後に使った炎の牙の追加効果によって火傷の状態異常を受け、そのダメージで力尽きたようだ。
「相討ち上等だ。ドラピオン、戻りな」
「不運でしたね……キリキザン、お疲れ様でした。休んでいなさい」
互いにポケモンを戻したところで、
「さて……どうやら、流れはこっちにあるみたいだな」
次のボールを手に取り、クリュウが周囲を見回す。
その言葉にヴィネーは返答しなかった。表情を変えず、真顔のままじっとクリュウを見据える。
返答しないのは、ヴィネーも現状がどうなっているか分かっているからだ。
つまり、
「このまま一対一で戦い続ければ俺はお前に勝てるかどうかまだ分からねえが、俺の仲間たちはお前の部下を先に片付けちまった。俺たち全員でかかりゃ、さすがのお前でも勝てっこねえだろ」
ヴィネーが連れてきたゴエティアの構成員は、既にゼンタの指揮の元で戦うノワキタウンの住民によって倒されてしまっていた。
ノワキタウンは外部からの侵入を嫌う町。侵入者を撃退できるように、住民たちはクリュウやゼンタたちによって常日頃から鍛えられている。
そしてクリュウとヴィネーとの戦いは五分五分。そこにノワキの住民が加われば、戦況がクリュウ側に傾くのは誰から見ても明らかだ。
「善人ならここでお前らを見逃すんだろうが、さっきお前が言った通り、俺はそんな善人じゃねえ。ここでくたばってもらうぜ。分かってんだろうな、俺らの縄張りを荒らしたんだ、その代償は大きいぞ」
怒気を含んだ言葉と共に、ヴィネーに少しずつ詰め寄るクリュウ。
だが。
「貴方たち、何か勘違いしていませんか?」
ヴィネーの表情は変化しない。
怯えるどころか、焦る様子すら見せず、ヴィネーはただ淡々と話を続ける。
「は? 勘違いだと?」
「ええ。今の貴方の言い分を聞く限り、どうやら大きな勘違いをなさっているようで」
先ほど言った通り、ヴィネーには今の現状が分かっている。
だからヴィネーは落ち着いていられる。
戦況がこの直後、ヴィネー側に大きく傾くことを知っているから。
「追い込まれているのは私ではなく、貴方達なのですけれど」
「あ?」
怪訝な表情を浮かべるクリュウを尻目に、クスッとヴィネーは笑う。
「出番ですよ。ルニル、グニル。善人かぶれの悪党たちに、現実を見せてあげなさい」
ヴィネーが新たなる襲撃者の名を告げた、その刹那。
最初に現れた構成員の数を上回る夥しい数の黒装束の群れが、ノワキの住民を取り囲む。
「……!」
クリュウが目を見開き、慌てて周りを見渡す。
「さて、それでは……形成逆転ということで」
黒い修道服の男女を隣に侍らせ、白い悪魔が柔和な、かつ邪悪な笑みを浮かべた。