夥しい数の黒装束の者たちが、ノワキタウンに現れる。
その中心に立つのは魔神卿ヴィネー、そしてその左右に控えるように一組の黒い修道服の男女が立つ。女は赤髪、男は青髪で、顔立ちはどちらも中性的だ。
「決着がついたみたいだぜ。ちっ、先を越されちまった」
ドリュウズの爪の一撃を受けて戦闘不能になったファイアローを戻し、ハルが次のポケモンを出そうとしたところで、ちょうどそれは起こった。
魔神卿ベリアルが顎で指した方を、ハルも振り向く。
ヴィネーの両隣に立つ男女には見覚えがあった。かつてディントス教の司教を務めていた二人組。女の方がルニル、男の方がグニルという名前だったはずだ。
「……さて」
戦局を覆したヴィネーが、口を開く。
「貴方と同じく、私も善人ではありません。邪魔するものはどんな手段を使っても排除します。例え、それがどんな卑劣な手段だったとしても」
ヴィネーが小さく、しかし明確に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「まだ決着はついていませんし、貴方には今のところ危害は加えない。ですが貴方のお仲間はかなり疲弊している様子ですね。対して私の部下は万全の状態……分かるでしょう?」
ヴィネーはさらに言葉を続け、
「お仲間が痛めつけられるのも見たくはないでしょう。今のうちにキーストーンを渡していただければ、私と部下たちはこれで撤収いたしますよ?」
「チッ……」
忌々しそうにクリュウは舌打ちする。
新たに現れたこの黒装束の者たちがどれほどの腕前なのか、クリュウには分からない。
ノワキの住民はクリュウやゼンタが直々に鍛えている。新たに現れた黒装束の実力が先ほどと変わらないようであれば、まだ負けてしまうことはないだろう。
だが、果たしてこの第二波で終わりと言い切れるか。
最悪の状況を考える。新たに現れた集団を倒しても、次が来ないという確証はない。
今回は相手の気まぐれで選択肢を与えられているが、次は有無を言わさず襲い掛かってくる可能性もある。
相手の残存戦力がはっきりしてない以上、無謀な戦いを仕掛けるのは賢い判断ではない。少なくとも、クリュウにはその選択肢を選ぶことはできなかった。
そして。
「……仲間は売れねえ。分かった。俺の負けだ」
悔しさと苛立ちを込めた声で、クリュウはそう呟いた。
「っ、クリュウさん!」
「ラルド、黙ってろ。この町のリーダーは俺だ。町の存続に関わる危機が降りかかり、話し合いで解決できない時は、俺が全責任を取り、判断を下す。そういう決まりのはずだ」
背後から声を掛けたラルドを黙らせ、クリュウは懐からキーストーンを取り出す。
ヴィネーは分かっていたのだ。訳ありのノワキタウンの住民たちは強い絆で結ばれている。そんな者たちを傷つける選択肢を、このクリュウという男は決して選ぶことはできない、と。
「仲間の安全が条件だ。部下を下げろ。お前たちが有利なのは変わらないだろう」
「賢い判断をしていただき、助かります。ではルニル、グニル。下がりなさい」
二人の部下や黒装束の構成員たちが数歩引いたのを確認すると、クリュウは小さく舌打ちし、キーストーンを無造作に地面へと投げ捨てる。
「キーストーン、確かに戴きました。それでは」
足元に転がるキーストーンを拾い上げ、ヴィネーはにっこり笑うと、
「ルニル、グニル。撤収しなさい。ベリアルちゃんも帰りますよ。あ、賭けは私の勝ちということで。ピジョット、出てきなさい」
シンボラーが戦闘不能なため、ヴィネーは代わりに鮮やかな色の羽を持つ大きな鳥ポケモンを出し、その背に飛び乗る。
『information
ピジョット 鳥ポケモン
美しい光沢の翼を持ち飛行能力が
非常に高い。水面を飛行し水中の
魚ポケモンを捕まえることもできる。』
「だからちゃん付けはやめろって言ってんだろ……サザンドラ、出てこい」
溜息をつき、ベリアルもサザンドラを繰り出して背中に乗り込む。
「それでは、さようなら」
「あばよ」
いつのまにか、あれだけいた黒装束たちは姿を消している。
ノワキタウンを一瞥し、二人の魔神卿もまた、空高く飛び去っていった。
「クリュウさん!」
「大丈夫でしたか!?」
ゴエティアが姿を消したあと、当然ながらクリュウはノワキの住民にもみくちゃにされる。
「……だー! 落ち着け! 一旦離れろ!」
大きく叫んで、クリュウは周囲の人間たちを引き剥がす。
「さて……すまねえな、ハル。本来は無関係なお前を、俺たちの戦いに巻き込んじまってよ」
クリュウはまず、ハルに頭を下げた。
「いえ、僕が勝手に戦っただけですから。皆さんも無事でよかったです。でも、クリュウさんのキーストーンが……」
「そうですよ! あいつら、大事なキーストーンを持って行きやがって!」
「なんなんですか、あの人たち……急に現れて酷すぎますよ……!」
「そうだそうだ!」
「絶対許せねえ!」
ハルの言葉は、ノワキタウンの住民たちに遮られた。
「うるさーい! 落ち着けって言っただろうが!」
再びクリュウの一喝。ノワキタウンは静まり返る。
「ハル、お前も気にすんな。あんなもん一つ持ってかれたって構いやしねえよ、なんせ」
クリュウはそこで一拍置き、
「俺はもう一個キーストーン持ってるからな」
そう言いながらクリュウは首にかけたネックレスを指で叩く。
すると翼の形のネックレスが左右に開き、中から美しく輝く石が現れる。
その光は、紛れもなくキーストーンだった。
「……えっ?」
「はぁ!?」
「クリュウさん……どういうこと!?」
驚いていたのはハルだけではなかった。どうやらノワキの住民たちも知らなかったらしい。
周りを見る限り、二人だけ知っていたような様子を見せる人物がいる。それを知っていたのはやれやれと首を振るゼンタと、くすくすと笑うイローだけだったようだ。
「それにな」
驚愕に包まれるノワキの住民たちを気にせず、クリュウは続ける。
「俺にとっちゃ、正直キーストーンなんてなくたって構わねえ。俺にとって一番大事な宝はこのノワキタウン、そしてそこに住む仲間たちだ。こいつらが無事なら、それで何よりなのさ」
クリュウはそう言って、ニヤリと笑う。
「さて、ハル、お前も疲れただろう。今日は一日この町で休んでけよ。こんな荒れた町だが、ポケモンセンターの宿舎はちゃんと残ってる。観光するとこは何もねえが、ま、ゆっくりしていきな」
「はい、ありがとうございます!」
キーストーンこそ奪われてしまったものの、他に被害は何もなく、ノワキタウンでの戦いはとりあえず一件落着だ。
「そういやハル、お前は旅のトレーナーだったよな?」
ポケモンセンターへ向かう途中、クリュウが尋ねてきた。
「はい。各地の街を巡って、ジムリーダーと戦ってます」
「なるほど。なら、いいことを教えてやるよ」
ハルの返答を聞いて、クリュウはニヤリと笑うと、
「実はな。この町にもジムリーダーがいる。最早形式的なものになっちまってるが、一応まだポケモンリーグ本部公認のジムだ。勝てばバッジが貰えるし、ちゃんとポケモンリーグ出場のためにも使えるぜ」
ハルもその話自体は聞いていたのだが、あまり信じてはいなかった。だが、ここの住人であるクリュウがそう言っているということは、本当に公認のジムリーダーが存在するのだろう。
「話には聞いたことありましたけど、本当にいるんですね」
「ああ。つーか」
クリュウはそこで一拍置き、
「ノワキタウンのジムリーダーは、俺なんだがな」
『information
ジムリーダー クリュウ
専門:悪タイプ
肩書き:
前職:警察官』
「あっ、そうだったんですか!?」
最初は驚くハルだったが、しかし言われてみれば納得だ。
この町に住む人物の中でジムリーダーを務めていそうなのは誰かと聞かれれば、高いカリスマ性を持ち、無法と呼ばれるこの町を取り仕切るクリュウをおいて他にいない。
「おうとも。明日にでも……と言いたいとこだが、ポケモンのコンディションも整えたいだろ。どうせ使うやつもいねえし、ポケモンセンターの宿舎はしばらく貸してやる。休むなり調整なりして、調子が整ったら挑戦しに来るといい」
まさか、ここでジム戦ができるとは思ってもいなかった。
予定とは違うが、断る理由などあるはずもない。
「僕からも、是非お願いします。でも、ポケモンジムってどこなんですか?」
「形式的な存在になっちまってるから、ジムの建物はない。万全に整えたら、ゼンタと戦ったあの広場に来な」
「はい、ありがとうございます!」
話は決まった。
しばらくノワキタウンに留まり、休息をとり次第、次はクリュウとのジム戦だ。
「それにしても、今回はベリアルちゃんにしては大人しかったですね」
ピジョットに乗ったヴィネーが、隣を飛ぶベリアルの方を振り向く。
「あぁ?」
「いえいえ。ベリアルちゃんのことですから、あのまま残って暴れてあの男の子のキーストーンを強奪しちゃってもおかしくないと思ったものですから?」
ニヤニヤと笑うヴィネーに対し、はぁ、とベリアルは大きく溜息をつき、
「お前なぁ……俺だって別に好きで暴れてるわけじゃねえっつの。そりゃまぁ指令を受けりゃそれ相応に暴れるし、誰かに邪魔されて機嫌が悪くなりゃつい殺っちまうことだってあるけどよ。今回は俺とお前の私用だろ? 任務を受けた訳じゃねえんなら暴れる理由もねえよ。あとちゃん付けすんな」
それに、とベリアルは続け、
「キーストーンが手に入らずとも、アモンが“アゾット・レポート”を再現できりゃ、人工メガシンカができるって話だろ。だったらキーストーンは必須じゃねえ。保険として持ってはおきたいが、暴れて奪うほどのものじゃねえよ。あのアモンが解析に失敗するとは思えねえしな」
「なるほど。たしかにアモンちゃんの腕前は一流ですけど……」
ヴィネーはわざとらしく首を傾げ、
「でも私、あのアゾットなんちゃらのメガウェーブに関してはいまいち信用が置けないんですよねぇ」
「あ?」
「だぁって。ベリアルちゃん、人工でメガシンカを量産なんて、そんな都合のいい話があると思いますか? 何らかの副作用が潜んでる気がするんですけど。例えば本来のメガシンカ通りの力は出せないとか、ポケモンかトレーナーのどちらか、もしくは双方に本来のメガシンカ以上の多大な負担が掛かるとか」
「……そういやアモンもそんなこと言ってたな。もしかすると、通常通りのメガシンカとはいかないかもしれないだとか。とりあえずは解析と再現を優先するって話だったけどな」
アモンは“アゾット・レポート”の再現に意気込んでいたものの、思ったより時間が掛かっている。
今回ベリアルとヴィネーかキーストーンを探していたのも、メガウェーブの計画が上手くいかなかった場合の保険のためだ。
「ま、そんなことより。今回の勝負は私の勝ちということで、ベリアルちゃんには一つ言っておくことがあります」
「なんだよ」
ベリアルがそう返すと、ヴィネーはにんまりと笑みを浮かべ、
「負けた方は勝った方に一本奢る、でしたよね? 私、お酒はカロスの本場のワイン以外お酒と認めていませんので」
「……チッ、高級志向が。分かった分かった、近いうちに取ってくるからしばらく待ってろ」
「楽しみにしてます。うふふ」
悪戯っぽく笑うヴィネーに、やれやれといった様子でベリアルは首を振る。
白い悪魔はご機嫌な様子で、赤い悪魔はなんだか疲れた様子で、ノワキの空を飛び去っていく。
アゾット王国やメガウェーブについては、『劇場版ポケットモンスター ボルケニオンと機巧のマギアナ』を元ネタとしています。
名作だから皆、見よう!