なんでこうなったんだろう。
アストリッドに裏切られ、マロ指揮官によって壊滅の危機になった。
だが、生き延びて、皇帝の暗殺も成功させた。ドーンスターの聖域に移動して、シセロも戻ってきた。新人も増え、闇の一党の権威も復活した。
これからだった。これからだったのに。
◇
その日はいつも通りの日だった。黒き聖餐も行われなかったのか、夜母も語りかけてはこなかった。シセロは夜母の体を拭き、ナジルは新人の訓練をしている。私はバベットと並んで本を読んでいた。『四聖勇者の波との戦い』という冒険活劇だ。なぜここにあるのかは一党の誰もわからないが、誰かが暗殺のついでに持ってきたものだろう。
奥の部屋につながれている奴隷たちのうめき声を聞きながらページを進めていると、ふと馬の嘶きが外から聞こえてきた。
「シャドウメアの声?」
バベットが小首をかしげながら不思議そうに呟く。その間もシャドウメアの嘶きは聞こえてくる。
「ああ、シセロが見に行くよ。聞こえし者はいざというとき、哀れな道化師の声を聞き逃さないようにしてくれたまえ!」
道化師の様な服を着たシセロは、夜母の棺を丁寧に閉めると、鼻歌を口ずさみながら外に出ていく。
訓練をしていたナジルたちにも騒ぎが聞こえたのか、奥からやって来た。その手にはすでにシミターが握られていた。
「何があった?」
「シャドウメアが騒いでいた。今シセロが確認しに行った」
「あのイカれ野郎がか? 大丈夫なのか?」
「シセロは腕が立つし、問題ないと思う」
「確かに腕は立つがな、それ以外が不安になる。それに、嫌な予感もする」
フン、と鼻を鳴らしながら、ナジルは油断なく聖域の入り口をにらみつける。シャドウメアの嘶きはもう聞こえなかった。
「聞こえるかい、聞こえし者よ! 襲撃だ! トカゲ殺しのドラゴンボーンだ! 聞こえし者のお馬さんも虚無に入ってしまった!」
シセロの声が聖域内に響き渡る。いつものおちゃらけた様子ではなく酷く焦っている声だ。ナジルが他のメンバーに支持を出すのを聞きながら、私は聖域の外へと走った。
私が外に飛び出ると、そこにはドラゴンの骨で作られたのであろう鎧に身を包んだ男が、右手に持った剣でシセロを切り伏せたところだった。
「シセロ!」
柄にもなく叫んだが、シセロの体は何も答えることなく崩れ落ちて行った。
鎧の男は、ドラゴンの骨の剣を一振りし血を払うと、こちらに顔を向けた。
「お前が聞こえし者だな」
私はその声に答えることなく、鎧の男に肉薄し、右手に握った悲痛の短剣を振るう。だが、鎧の男は何でもないかのように盾で防いだ。
鎧の男の武器は片手剣だ。小柄な私の武器は短剣。私の間合いでやりあえば、奴はやりにくいはずだ。私の顔をめがけて振るわれた盾を、上体を反らしてやりすごす。その隙を逃さぬとばかりに振り下ろされる剣を、無理やりに体を捻って躱し、そのままくるりと一回転し、遠心力をつけながら鎧の男の首目掛けて短剣を走らせる。鎧の男はなんてこともないように、頭を少し動かすと、兜で私の短剣を受けた。
「Fus Ro Dar!」
鎧の男がそう叫ぶと、私の体は吹き飛ばされ、聖域の岩肌に叩きつけられた。かは、と肺の中の空気が押し出される。
無理に私の短剣を防ぎ痛めたのか、首を摩っている男を睨みつける。
「なんのつもり? ドラゴンボーン」
「今さら聞く事か? 私はスカイリムに安寧をもたらしたい。お前たちはそれを脅かしている」
だから殺す。
そう続ける男に、私は舌打ちをする。
一人では勝てない。愛すべき道化師も、名付け親から受け継いだ愛馬もぴくりとも動かない。
開けた場所では勝てない。奴はドラゴン殺しだ。広い空間での戦いなどお手の物だろう。奴の土俵で戦ってはいけない。
聖域内に誘い込む。ナジルたちもそれを想定して準備しているだろう。私は聖域の扉を開けた。
聖域の中からは、何かの燃える音と、剣戟の音が聞こえてきた。
「え……!?」
聖域の中に気を取られた一瞬の内に、ドラゴンボーンが距離を詰めていた。寸でのところで反応できたが、かわし切れず、左の太ももに痛みが走る。
「お前の相手は私だ。気を反らしている場合か?」
この機を逃さぬとばかりに、ドラゴンボーンは剣を走らせる。必死に応戦するが、ただでさえ力量差があるのに加え、軸足の負傷のせいで対応しきれず、傷が増えていく。
「チッ」
私は舌打ちすると、いったん距離を取るために、聖域へと転がるように飛び込んだ。
「Yol Toor Shul!」
ドラゴンボーン吐くファイアブレスに身を焼かれながら、聖域に転がり込む。そこは、ファルクリースの聖域のようなありさまだった。
あちらこちらから火の手があがり、ソリチュードとドーンスターの衛兵が暴虐を振るっている。私の大切な仲間が倒れている。ナジルはまだ持ちこたえているが、私に負けず劣らずの負傷具合だ。時間の問題だろう。
私は奥歯を噛みしめながら、回復薬を頭から被る。バベット特製の回復薬が私の傷を癒すが、当然ながら完全回復とは言えない。だが、戦える程度には回復してくれた。
「俺はいい! それより夜母を!」
ナジルの救援に向かおうとしたが、そのナジルからの叫びに、私ははっとし、夜母の棺に目を向けた。
ソリチュードの衛兵が、棺に剣を突き立て、無理やりに暴こうとしていた。私の頭は一瞬で熱くなった。
「汚い手で夜母に触れるな!」
私はそう叫ぶと、夜母の棺に手をかけている衛兵たちを切り伏せた。
そこから先はあまり覚えていない。夜母の前に立ちはだかり、近寄る衛兵たちを切って、刺して、殺した。ナジルがドラゴンボーンの足止めをしてくれていたが、ナジルの首が飛ぶのを見た。ドラゴンボーンがこちらに合流してからは、私も幾ばくかの時間稼ぎしかできなかった。
「お前たちには、アーケイへの祈りは必要ないのだったな」
倒れた私に止めを刺すために、ドラゴンボーンが近づいてくる。夜母の棺が暴かれるのが視界の端で見えた。
私も虚無に招かれるだろう。もうまともに体は動かない。右足の感覚もない。もはや痛みさえ感じない。それでも、右腕は悲痛の短剣をしっかりと握りしめていた。私は、私たちはここで虚無に入る。夜母の遺体も守れなかった。だが、せめてドラゴンボーンだけでも虚無に送る。奴だって人間だ。喉を貫けば死ぬだろう。
ドラゴンボーンが近づいてくる。まだ遠い。
衛兵が夜母の体に剣を突き立てる。耐えろ。
ドラゴンボーンが剣を振りかぶる。あと少し。
振りかぶられた剣が振り下ろされる。いまだ!
私は残されたすべての力を使い跳ね起き、ドラゴンボーンの喉目がせて右腕を伸ばす。ドラゴンボーンの剣が私の体を両断せんとばかりに食い込むが、奴の喉を貫く事に私のすべてを費やす。
「……流石に驚いた」
だが届かなかった。私の短剣は、ドラゴンボーンの喉の皮までしか届かなかった。ごぽ、と音を立てて、私の口から血があふれる。私は兜の隙間から見えるドラゴンボーンの目を見ながら、色々な感情を混ぜ込んで笑った。
「シシス、万歳」
私は虚無に送られた。
◇
「おお、勇者様方! どうかこの世界をお救いください!」
「「「はい?」」」
虚無に送られたはずだった。だが、これはどういうことだろう。実は生きていて、捕らえられたのだろうか。いや、あの傷で助かるはずがないし、奴らが助ける道理もない。
ふと自分の体を見回すと、あの襲撃で負った傷は無く、防具も破れていなかった。私が愛用している悲痛の短剣は無く、代わりに短めの片手剣を持っている。質は良くなく、安物の数打ち品にも見える。
「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話によっちゃ俺たちが世界の敵に回るかもしれないから覚悟しておけよ」
「ま、まずは王様と謁見してして頂きたい。報奨の相談はその場でお願いします」
私が現状の確認をしていると、ローブの男と、見慣れない格好の三人の男が話し終え、移動を始める。
「剣の勇者様も、謁見の間にご移動願います」
動かない私を見て、そばにいた別の男が話しかけてきた。
「剣の勇者? 私の事?」
「さようでございます」
何が起きているのかさっぱりわからないが、一つだけはっきりしたことがある。
ここは、虚無ではない。