キス、愛しの母   作:尾花

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10話

 宴はとても大規模なものだった。消費しきれないほどの御馳走が並び、楽団が演奏している。

 

「イーナ様ぁ、これもおいしいですぅ」

 

 ソフィはあれやこれやを食べ、おいしいと思った物を私の皿に乗せる。毒見も兼ねているらしいが、立食形式で毒を盛られる可能性は低いだろう。

 ふと周りを見てみると、ダフィールが誰かと話していた。この機に城の情報を集めるのだと張り切っていたので、その関係だろう。他の2人は城の中を探るらしく、すでにこの場にはいなかった。

 

「決闘だ!」

 

 ソフィによって皿に盛られた料理を処理していると、モトヤスの大声が響いてきた。

 

「聞いたぞ! お前と一緒にいるラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

 

 何やらモトヤスが激怒している。この国では亜人の立場は低く、亜人奴隷は合法だ。ラフタリアが奴隷だとして、何か問題なのだろうか?

 

「ソフィ、何か問題あるの?」

「特に無いですねぇ。虐待していたりとかだと問題ですけどぉ、そういう様子もないですしぃ」

 

 問題はないようだ。確かに私は奴隷の誘拐をしているが、少なくとも今のところは酷く虐げられている奴隷だけだ。ナオフミがラフタリアをどのように扱っているのか知らないが、ライヒノットからは何も言われていない。ライヒノットが盾の勇者の奴隷について把握していないとも思えないので、すぐにどうこうしなければいけないわけではないだろう。

 モトヤスは何やらナオフミに言っているが、奴隷に反対なら、個人ではなく国に対して言べきだ。私は興味を無くし、ワインを口に運ぶ。渋い。

 

「はちみつ酒ってないの?」

「ありますよぉ。取ってきますかぁ?」

「いやいや、イーナさん! 何飲んでいるんですか!? 駄目ですよ!」

 

 近くに寄って来ていたイツキが、私の手からグラスを取り上げた。

 

「いいですか、イーナさん! お酒は成人するまで飲んじゃ駄目なんです!」

「そうなの?」

「そういうのは特にありませんねぇ。ただ、子供の飲酒はあまり良く見られないですけどぉ」

「そう。なら問題ない」

 

 先ほどの話が聞こえていたのか、給仕が持って来たはちみつ酒を受け取る。代わりに銀貨を一枚握らせると、ほくほく顔で帰って行った。

 

「わぁ、イーナ様ぁ、豪勢ですぅ」

「銅貨を何枚も握らせるなんて、どうかと思う」

「あははぁ、お上手ですぅ!」

 

 お酒が回って少しご機嫌な私たちはくすくすと笑うが、イツキはむっとしたような顔をしながら口を開いた。

 

「この世界ではよくても、僕たちの世界では違法なんです!」

「私の世界では合法だった…… それで、何の用?」

 

 面倒くさいのを隠さずグラスを傾ける私に、イツキは不満気な目を向ける。

 

「元康さんと尚文さんの決闘ですよ。行きましょう」

「ああ、本当にするんだ」

「盾の勇者様とラフタリアさんに槍の勇者様たちが勝てるとは思いませんけどぉ」

「いえ、一対一の決闘です」

「なんだ、公開処刑か」

「正々堂々とした決闘です」

 

 イツキはむっとしながら訂正する。グラスを傾けると、既に空になっていた。

 

「ナオフミから攻撃手段を奪っておいて、正々堂々も何もない。どう考えてもナオフミが一方的に攻撃されるだけ。それが公開処刑じゃなくてなんなの?」

「ですが、奴隷なんて許されないことです! それに攻撃手段なんて物みたいな言い方どうかと思います!」

 

 自分の意見を変えたくないのか、イツキは喚きたてる。

 

「まあ、酒の肴ぐらいにはなるかな」

 

 私は新しいはちみつ酒を手に取ると、決闘場所らしい城の庭に向かった。なぜか2階のテラス席に案内され、そこから眺めると、モトヤスがバルーンに噛まれていた。

 

「な! なんて卑怯な手を!?」

「どうやらぁ、盾の勇者様がマントの下に隠し持っていたみたいですぅ」

「だとしたら、城の警備は無能ね」

 

 イツキは何やら憤慨しているが、城の警備は何をしていたのだろう。そういえば私も特に調べられず素通りだった。勇者とはいえ、それでいいのだろうか。伝説の武器は外せないから、武器の持ち込みを認めるしかなく、そのままなんの検査もされないのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、気づけばナオフミが馬乗りになり、モトヤスに攻撃を続けている。特にダメージは無さそうだが、モトヤスはかなり厳しい状況だ。

 

「あー、槍の勇者様は立て直せなさそうですねぇ」

「だとすれば、そろそろ横やりでも入るかな…… ほら」

 

 ナオフミの背後から風の魔法が飛んできて、ナオフミに当たる。魔法が飛んできた方角を見ると、赤髪の王女がいた。イツキも目にしたらしく、愕然としている。ナオフミがよろめいた隙にモトヤスが槍を突き付け、勝ち誇っている。当然ナオフミは文句を言うが、王が出てきて黙らせていた。

 この状況で、盾の勇者が槍の勇者より強いのでは、と周囲に思わせるのは避けたいのだろう。なら、どうにかしてモトヤスがナオフミに勝つという形を作らなければならない。かなり強引な手ではあるが、ナオフミは警戒しなければいけなかった事だ。

 

「イーナさん、なぜ横やりが入るとわかったんですか?」

 

 イツキがポツリと呟く。私はラフタリアの奴隷紋が消されるのを見ながら、はちみつ酒を口に運ぶ。

 

「正々堂々の一騎打ちだったはずなのに、なぜわかったんですか?」

 

 答えない私に、イツキは再度尋ねる。ラフタリアがモトヤスの頬を叩くのを見ながら、私は口を開く。

 

「あなたは、その目で何を見て、その耳で何を聞いて、その頭で何を考えていたの? 自分にとって都合の良い物しか見えなかった? 聞こえなかった? 信じなかった? だとすれば、あなたの首から上は必要ないから捨ててきたら?」

「な……!?」

 

 あんまりな私の物言いに、イツキは目を見開きこちらを見た。

 

「きっと、何も考えずに、耳障りの良い言葉だけを信じるのは、スクゥーマのように気持ちいいんでしょうね」

 

 私はそれだけ言うと、モトヤスの不正を告げに決闘場に向かう。私の言葉に効果があるかは知らないが、何もしないよりはいいだろう。

 私が赤髪の王女の介入を告げると、後からついて来ていたイツキもそれに同意した。正直イツキは、バルーンを持ち込んだ時点で一対一ではないから無効、とか言うものだと思っていた。モトヤスも王も赤髪の女王も不満そうだったが、この場は引くらしく、何やら言いながら去って行った。

 

 

 

 

 城に用意された客室で、私は横になった。一人になると、波でのことが思い出される。なぜ炎の精霊が、アトロナックがいたのか。この一か月、こちらの世界ではスカイリムの生き物もデイドラも見なかった。こちらの人は誰もデイドラやエイドラさえも知らなかった。ムンダスでさえない別の場所にある世界なのか、とも思いもした。

 でも、デイドラが出てきた。やはりこの世界はムンダスにあるのだろうか。この空に輝く星のどれかがニルンなのだろうか。だが、そう考えると、デイドラの王はこの世界に対して不干渉すぎる気がする。エイドラに守られているのだとしたら、九大神の信仰のようなものがあってもいいと思う。わからない。

 

 波とはなんなのか。次元が裂け、その亀裂から大量の魔物が湧き出す災害だと言われた。デイドラの王はそこまで直接的に干渉してくるだろうか? ないとは言えない。200年前のオブリビオンの動乱は、デイドラの王の一柱メエルーンズ・デイゴンが大きく関わっている。過去に前例がある以上、起こりうることだろう。

 

「オブリビオンの動乱……?」

 

 オブリビオンの動乱は、メエルーンズ・デイゴンが私たちの住む大陸タムリエルに、デイドラが住むオブリビオンへと繋がる門を発生させたことで起きた。そこから溢れてきたデイドラと人間の戦争だったらしい。それは、波と同じではないか?

 波がオブリビオンの門であり、亀裂の向こうがオブリビオンであるのなら、アトロナックが現れたのもわかる。アトロナックはオブリビオンに住んでいる。波から出てきた魔物は、私が知らないだけで、オブリビオンに住まう者なのだろうか。今この世界では、200年前と同じことが起きている? わからない。

 

 もし、この世界とオブリビオンが繋がっているならば、ムンダスとも、エセリウスとも繋がっているはずだ。なら、シシスにも見守られているのだろう。なのになぜ、夜母は私に語り掛けてくれないのか? 一言。一言で良い。それだけで、私の不安は解消される。私の他に聞こえし者が現れたのならそれでいい。それでも、私はシシスに仕える。私はどうすれば良いのだろうか? 誰を殺せばいいのだろうか? シシスに救いを求めている人はどこにいるのだろうか? アストリッドもシセロも、こんな気持ちだったのだろうか?

 

「イーナ様ぁ、少しよろしいでしょうかぁ?」

 

 こんこん、とノックの音が聞こえて来た。ノックされるまで、ソフィが近づいてきていることに気づけなかった。私は一度大きく深呼吸すると、ソフィを迎え入れる。

 

「大丈夫ですかぁ?」

「……なにが?」

「イーナ様ぁ、波が終わってからぁ、いえ、あの爆発する人型の魔物が出てきてからぁ、少し様子がおかしく見えたのでぇ」

 

 まさか誰かに気づかれているとは思わなかった。フードとマスクで目元しか見えていないのに、なぜ気づかれたのだろうか。

 

「気のせいじゃない?」

「イーナ様がライヒノット様のお屋敷に来られてからぁ、私はずっとイーナ様を見てきましたぁ。付き合いは短いですけれどぉ、流石にわかりますぅ」

「なに? 告白?」

「もぅ、茶化さないでくださぃ!」

 

 ソフィはぷりぷりと怒り出す。

 

「私も何度か盗賊の討伐にご一緒させていただきましたぁ。イーナ様はその度にお祈りしてましたけどぉ、今回の波の被害者に捧げていたお祈りは少し違うように思えましたぁ」

「それは…… 彼らは虚無に入ったわけではないから……」

 

 シシスに祈っても、困らせるだけだろう。だからアーケイに祈りを捧げた。そう考えてゾッとした。私がアーケイに祈りを捧げた? シシス以外の神に?

 

「それにぃ、今日の宴ではぁ、ずいぶんと飲まれてましたねぇ。イーナ様は普段ならそこまで飲まれませんよねぇ? 少なくともぉ、周囲の騒ぎがどうなったのか気にしない程お酒をお飲みになるとは思えないですぅ」

 

 モトヤスとナオフミの諍い。私はそれを知るよりも、酒を飲むことを優先した。目の前で何が起きてるのかを調べず、酒に逃げた。

 

「最初はぁ、ただの興味本位でしたぁ。勇者様ってぇ、どんな方なのかなぁ、てぇ」

 

 一度息を吐くと、ソフィは語りだした。

 

「イーナ様を見てるとぉ、どことなく既視感を覚えたんですぅ。少ししてわかりましたぁ。足運びに身の動かし型ぁ。私の理想とする姿でしたぁ。それでぇ、わかったんですぅ。イーナ様もぉ、私と同じなんだってぇ」

「ソフィと同じ?」

「はぃ。おじさんたちみたいにぃ、仕事としてしてるんじゃあなくてぇ、それ自体が生きる目的になってるんだなぁ、てぇ」

 

 生きる目的。私はシシスに忠誠を誓った。シシスにすべてを捧げ、夜母の声を伝え、殺し、シシスに魂を捧げる。絶望し、復讐に燃えている人々の嘆願を聞き、シシスの愛を知らしめる。

 

「殺しを楽しみぃ、殺しに真摯であるぅ。良い言葉だと思いますぅ。きっとぉ、これからの私の指針になりますぅ」

 

 それは、私の指針。私が私であるために大切な事。殺すのは楽しい。心が躍る。殺した者の魂はシシスの下に送られる。あの死霊術師の穴倉から這い出た後、ただ生きるために殺し、奪っていた頃には得られなかった充足感を得られる。だから、真摯に取り組む。

 私にとって、生きることは殺すことで、殺すことはシシスへの忠誠の証だ。なら、殺すために生きていると言っても間違いではないだろう。

 

「イーナ様ぁ、何をお悩みなのかぁ、私には話せませんかぁ? 私ではイーナ様のお仲間になれませんかぁ? なれないのであればぁ、何が足りないのですかぁ?」

 

 仲間。私にとって仲間とは、闇の一党のメンバーの事で、家族同様の存在で、シシスに仕える闇の兄弟だ。新人の勧誘はしたことがない。入党の条件はなんだろう。私の場合は、アストリッドの指示通りに殺しただけだ。あれは何を試されていた? 指示に従うかどうか? 人殺しに拒否感を覚えるかどうか? 他のメンバーはどうやって入党した? わからない。けど、私にとって、何よりも大切なことは決まっている。

 

「……シシスに、忠誠を誓う事。虚無に献身すること」

「シシスとはぁ、どなたですかぁ?」

「……常闇の父。説明するのは難しい。空間の冷たさとか、真夜中の恐怖とかについて話すようなもので、そのすべて。シシスは虚無よ」

「どうすればぁ、忠誠を誓った証拠になりますかぁ?」

「……シシスの声を唯一聞く事が出来る夜母が聞き、夜母が私に、聞こえし者と呼ばれる夜母の声が唯一聞こえる者に伝える。私たちは夜母の言う通りに殺し、その魂を虚無に送る。シシスの意思にそって、夜母に従う」

 

 ソフィの質問に答えていく。私は闇の一党の秘密を漏らしているだろうか? いや、タムリエルに住まうものなら知っている内容だ。シシスもお怒りになられないだろう。いや、それならそれでも構わない。虚無を感じられるのなら、それでもいい。

 

「ではぁ、私に教えてくださぃ。シシスのお声ぉ、夜母のご指示ぉ。それに従ぃ、忠誠を証明しますぅ」

 

 私の心臓が大きく鼓動した。吐き気がする。息がしづらい。聞かれたく無かった事だ。口にしたく無かった事だ。

 

「……ぃんだ」

「え?」

「聞こえないんだ! 夜母の声が! この世界に来てから! 一度も! 聞こえし者は私しかいないのに! 私しか聞こえないのに! 夜母の声を伝えられない! なぜ!? なぜ聞こえないの!?」

 

 堰を切ったように私は叫んだ。不思議なもので、一度口にすると止めどなく溢れてきた。突然叫びだした私に、ソフィは目を丸くしている。

 

「私は何か間違えたの!? シシスに見放されたの!? 私は確かにあの時死んだ! なのになぜここにいるの!? シシスの下に、虚無に招かれることもなく! わけの分からないこの世界で、なぜ生きているの!? 私には、私の魂にはシシスの裁きを受ける事さえできないの!?」

「イーナ様ぁ……」

 

 私はソフィに縋り付き、慟哭する。ボタボタと涙が零れ、ソフィの服を濡らしていく。

 

「もしこの状況がシシスの望んだ事だとすれば! 私は何をすればいいの!? シシスは私に何を求めているの!? 勇者とか言うわけの分からない者として、波と戦えばいいの!? 世界を救えと言うの!? 私には、シシスがそれを望んでいるとは思えない! 私はあの時死んだんだ! シシスの下に向かうはずだったのに! 虚無に、入るはずだったのに……」

 

 なのに、私はこうして生きている。シシスが望んだ事かも知れないと、ただただ状況に流され生きている。もう一度死んだとき、私は次こそ虚無に入ることが出来るのだろうか。私の献身は、シシスに認められているのだろうか。

 アルコールが入っている中急に叫んだせいか、頭がくらくらとしてきた。私はそのままソフィの胸にもたれかかる。

 

「誰か、教えてよ…… シシスに見放されたら、私はどうすれば良いの……? 夜母の声が聞こえないの…… 闇の一党は、どうなってしまうの……? 絶望し、復讐に燃え、シシスと夜母に縋っている人々はどうなるの……? 何も、何もわからないの……」

 

 そのまま私は、意識を手放した。

 

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