キス、愛しの母   作:尾花

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11話

 夢を見た。ドーンスターの聖域に移る前の夢だ。私は皇帝暗殺のため、ソリチュードにあるドール城に侵入した。首尾よく皇帝の食事に毒を混ぜ込み、暗殺に成功した。しかし、殺した皇帝は影武者だった。私たち闇の一党を一掃するためにマロ指揮官が仕組んだ罠だったのだ。

 ソリチュードの衛兵に囲まれた私は、命からがら逃げだした。ファルクリースの聖域にやっとの思いでたどり着くと、ソリチュードの衛兵が攻め込んでいた。急いで聖域に入った私が見たのは、燃え落ちる我が家と、仲間たちの死体。私は手当たり次第に敵を殺し、辛うじて生き残っていたナジルとバベットを助け出した。

 二人は脱出できたが、私は遅れた。炎に焼かれ、聖域が崩壊し始める。そんな私を救ったのは夜母だった。夜母に言われるままに夜母の棺に入り、夜母を抱擁し、私は保護された。

 

―――あなたの命がある限り、闇の一党は絶えることは無いでしょう。

 

 夜母はそう仰った。

 私は今生きている。でも、どうすれば良いのかわからない。あなたの声が聞こえない。シシスが私に何を望まれているのかわからない。

 

 夜母よ。教えてください。私はどうすればよいのでしょうか? 黒き聖餐は、絶望している人々や復讐に燃えている人々の嘆願は、あなたに届いているのでしょうか? 私以外の誰かに、それを伝えているのでしょうか? 私がいるこの世界で、あなたへと祈りを捧げている者がいるのでしょうか?

 

 シシスよ。教えてください。私はどうすればよいのでしょうか。虚無に入らずにこの世界で生きていることは、あなたの意思なのでしょうか? それとも、私への罰なのでしょうか? 私が罪を犯し、その罰が今の状況であるならば、私はそれを受け入れましょう。

 

 ですが、どうか一度だけ。一言だけでもいいので、声を聞かせていただけませんか?

 

 

 

 

「……ナさ…… イーナ様ぁ!」

 

 すぐそばで誰かの声が聞こえる。肩を揺さぶられ、私は飛び起きた。その誰かをベッドに引き倒すと、馬乗りになり相手の自由を奪い片手で首を絞め、逆の手で短剣を抜く。

 失敗した。いくら眠っていたとは言え、ありえない失態だ。これほどまで接近されて気づけないなんて。

 殺す前に顔ぐらい見てやろうと思い、顔を見やる。ソフィが苦しそうに喘いでいた。

 

「ソ、フィ……?」

 

 私はソフィの首を絞めていた手を緩めた。ソフィは苦しそうに咳き込む。

 

「……ごめん、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶですぅ……」

 

 そう言って咳き込むソフィの首には、クッキリと私の手形がついていた。

 

「ずいぶんとうなされてましたがぁ、大丈夫ですかぁ?」

 

 そっと伸びてきたソフィの指が、私の目元を拭った。私が涙を流していたことに、そこで初めて気づいた。

 

「……うん。大丈夫」

「……わかりましたぁ」

 

 ソフィは寂しそうに笑った。首についた手形が痛々しい。

 

「イーナ様ぁ。昨夜話したことは私の本心ですぅ。今はまだ信用できなくてもぉ、いつかぁ、私を信用できたその時にはぁ、私をお仲間に入れてくださいねぇ?」

 

 信用していない訳では無い。ただ、私にとって仲間と言うのは、やはり闇の一党のメンバーだ。私の一存で決めていいのかわからない。そもそも、夜母の声が聞こえなくなった私は、今も闇の一党のメンバーなのだろうか。

 

「それでぇ、報奨金を配るので謁見の間まで来てほしいそうですぅ」

「……わかった」

 

 行きたくはないが、行かなければいけないのだろう。私はなぜこんなことに付き合っているのかな、と自嘲気味に笑う。

 

「……行きたくなければぁ、行かなくてもいいと思いますよぉ? おじさんに丸投げしますかぁ?」

「……いや、行く。ライヒノットに迷惑がかかるかもしれない」

 

 ライヒノットには世話になった。つけられた人員にも損害が出た。これ以上弱みを作るのもどうかと思う。そんな風に言い訳し、私は現状に流されていく。

 

 

 

 

 与えられた銀貨の半分ほどを、リユート村に押し付けてきた。なぜそうしたのだろうか。多分、この国よりもナオフミの方が好感が持てるから、ナオフミの行動をなぞっただけだろう。

 残りの半分はライヒノットに押し付けた。波で死んだ人への弔慰金だとか言えば渋々受け取った。

 

「波で現れた魔物の中に、私の世界にも居た物がいた。どういうこと?」

 

 私はライヒノットに尋ねた。今私が聞ける中で、波について一番詳しいのはライヒノットだろう。

 

「剣の勇者様の世界の魔物ですか?」

 

 私は炎の精霊について話すとともに、デイドラやオブリビオンの動乱のことも話した。

 

「……確かに、剣の勇者様の言うオブリビオンの動乱と波には類似点が見られます。こちらでも波について詳しく調べてみましょう。剣の勇者様はどうされるのですか?」

「古い遺跡や祠の情報はない? この世界にデイドラの王が干渉しているのなら、存在していてもおかしくない」

「デイドラの王…… 剣の勇者様のお話では、神のような存在に聞こえますが……」

「教義によって変わると思うけど、その認識で間違いない。それに、デイドラ信者と思える人間は複数いる」

 

 王や王女はボエシアの信徒でもおかしくはなさそうだし、モトヤスがサングインに唆されている可能性も考えられる。この世界の、戦うことが義務付けられているようなシステムは、ハーシーンや、それこそメエルーンズ・デイゴンが関わっていてもおかしくない。

 

「古い遺跡や祠ならいくつか心当たりがありますが、私が知っている範囲ですと、すべてそれなりに調査されています。あとは実在も定かではない伝承になりますね。有名なのはフィロリアルの聖域ですが……」

「一応、全部教えて。行ってみる」

「わかりました。紙に記してお渡ししましょう」

 

 私は一つ頷いた。セーアエットたちに教えて貰ったため、完全にではないがある程度なら読み書きが出来るようになっている。

 

「では、戻ってきたばかりですし、剣の勇者様はゆっくりとお休みください。以前と同じ部屋を用意しています」

「わかった。ありがとう」

 

 私は部屋に戻ったが、キールとリファナが部屋にやって来た。リファナももう動けるようになり、キールと一緒に鍛錬しているらしい。私は二人に聞かれるままに、波での戦いや他の勇者たち、特に盾の勇者であるナオフミのことについて話すことになった。

 

 

 

 

 私はライヒノットに渡された資料を手あたり次第に回って行った。どこの遺跡も国や領主にきちんと管理されていて、スカイリムのように山賊の住処になっていることはなく、たまに魔物がいるくらいだった。

 

「特に手掛かりみたいなものは見つかりませんねぇ」

 

 当然のようについて来ているソフィがため息交じりに呟いた。いくつかの遺跡を巡ったが、デイドラの王が関与していそうなものはなかった。

 

「そもそもデイドラの王がこの世界に干渉しているのかわからないから、仕方ないとも思う」

 

 そう言いながら、私は壁に松明を向け、壁画を見る。武器を持った人が戦っている絵だ。このような壁画はよくあったが、戦っている相手がデイドラだとは断定できない。私の知っているデイドラでも描かれていればとも思うが、今のところその様子はない。

 

「ここはこれ以上何もなさそう。別の場所に向かおう」

「わかりましたぁ」

 

 遺跡を出てしばらく歩くと、どこからか視線を感じた。

 

「また視線を感じる」

「またですかぁ? それにしてもぉ、イーナ様はよく気づきますねぇ。私にはわからないですぅ」

 

 波が終わってから、何者かに監視されているのか、よく視線を感じる。何度か追ってみたものの、捕らえることは出来なかった。それ以来、気づき次第撒くことにしている。

私たちは手近な森に入ると、そのまま追っ手を撒いた。相手も深追いはしないのか、無理に近づいて来ることは無かった。

 

「でもぉ、これだけつけられてるとぉ、移動するのも一苦労ですねぇ」

「いっそ襲ってきてくれれば対処もしやすいのに」

 

 次の目的地まで真っすぐ向かえないので、どうしても時間がかかってしまう。誰が何の目的で尾行しているのかわからない以上、対処が難しい。

 

「そういえばぁ、波の時間は大丈夫ですかぁ?」

「……あと一週間くらい」

 

 ソフィに言われ確認してみると、あまり時間はなかった。私たちは何の手がかりもないまま、波の準備をするために王都へ向かうことにした。

 

 

 

 

 王都に向かう途中、山賊のねぐらを見つけた。ちょうど日も傾いてきていたので、ソフィと二人で殲滅した。

 

「殺すよりもぉ、殺した後始末の方が大変ですぅ」

 

 近くの川まで死体を捨てに行っていたソフィが泣き言をいう。

 

「放っておけばいいのに」

「流石に死体の横で寝たくないですぅ。匂いとかしたら嫌じゃないですかぁ?」

「吸血鬼の住処とか、もっと酷い」

「吸血鬼ですかぁ。モラグ・バルの信徒でしたっけぇ?」

「そう」

 

 正確には信徒だけでなく、それらによってサングイネア吸血症に感染し、治療できなかった者もいるのだが、大した違いは無いだろう。

 ソフィにはスカイリムの事を色々と説明している。聞かれた事に答えているだけと言うのもあるが、私の仲間になりたいと言ったソフィには、色々と説明した方が良いだろうと思ったのだ。

 

「私たちにとってぇ、神は四聖勇者様や七聖勇者様なのでぇ、とても興味深いですぅ」

「私からすればそっちの方がわからない。勝手に押し付けられた役職の人間を神聖視するとか、正気じゃない」

「正確にはぁ、伝説の武器を神聖視しているんですぅ。そしてぇ、伝説の武器が選んだ人なら間違いないと敬うんですぅ。多分、聞こえし者も同じ理由だと思いますよぉ?」

 

 そう言われるとぐうの音も出ない。夜母が選んだ聞こえし者と、伝説の武器が選んだ勇者。案外私たちの信仰は似ているのかもしれない。

 

「……でも、信仰するのはシシス。決して聞こえし者ではない。聞こえし者は夜母の言葉を伝えるだけ。それが出来なければ、なんの意味も……」

 

 そう。聞こえし者はただ聞くだけだ。シシスの言葉を聞いた夜母の言葉を、他の者に伝えるのが役目。他の誰にも出来ない、最も大切な任務。夜母の遺体の次に、闇の一党にとって大切な者。でも、今の私はそれが出来ていない。夜母は何も語らない。もう私は、その名誉に預かれないのだろうか? 闇の兄弟たちは、こんな私をどう思うのだろうか?

 

 ソフィが私の手に、彼女の手を重ねた。知らず握りしめていた私の手を、そっと解きほぐす。

 

「なんの意味も無いなんてぇ、そんなことは無いですよぉ。イーナ様がここでこうしているのもぉ、きっと何か理由がありますぅ。もしかしたらぁ、イーナ様を手元に置くのはまだ早いとお思いになられたぁ、シシスのご意思かもしれませぇん」

 

 そうなのだろうか。そうだったら良いな。これがシシスの試練なら、私は耐えられる。耐えて見せる。そう心の中で嘯くと、少しだけ頑張れるような気がしてきた。

 


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