キス、愛しの母   作:尾花

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3話

 食事が終わると、客室に案内された。私一人女だということで、一人部屋だ。見張られている感じもしない。自由に動ける。少し迷ったが、少しでも情報を集めるために部屋から出た。

 静まり返った城の中を息を殺して歩く。客室にあった適当な金属飾りを雑に加工して作ったピックで、適当な部屋を開錠してみる。多少手間取ったが、何とか開けることに成功する。わずかに開けた隙間に体を滑り込ませると、音を立てないように扉をそっと閉めた。

 照明は消えているが、窓から月明かりが差し込み、私の目には十分に部屋の様子が見て取れる。どうやら何かの仕事部屋らしく、多くの書類が積まれていた。手近な書類を手に取ってみるが、まったく知らない言語で書かれていて読むことができなかった。

 

 言葉が通じるから、文字が違うなど気づかなかった。私は軽く頭を掻いた。きっとナジルやバベットにため息を吐かれてしまうだろう。考えが足りないと。その様子を思い、知らず笑みが零れた。

 文字が読めないなら、誰かに話を聞くしかない。誰かさらって聞き出すか? 誰をさらう? どこに連れてく? 何を聞く? 私は何を知りたい? そう自問するが、答えは出ない。私は何も知らない。何を知るべきかもわからない。

 

 頭脳労働は私の役割じゃない。私は夜母の声を伝え、仲間からの情報を元に殺しに行くだけ。けど、もう仲間はいない。一人でしなければいけない。みんな虚無に招かれた。夜母の遺体も冒涜者に犯された。そんなはずはない。

 夜母の遺体は失われた。頭が痛い。シセロがいる。一党のみんながいる。頭が痛い。私が負けても、愛すべき兄弟たちが夜母を守ってくれたはずだ。耳鳴りがする。この世界で、私は夜母の声を聞くことができるのだろうか。そんなぞっとする考えが脳裏によぎる。私は頭を振ってその考えを払うと、部屋の外に出た。

 

 

 

 

「ふむ。やはり盾の悪魔は無能か」

 

 どこを目指すでもなく、ただ城の中をふらふらしていると、とある部屋の中から王の声が聞こえてきた。

 

「はい。イワタニ・ナオフミはこの世界のことを知らないそうです」

「ふん、勇者ならば当然知っている事さえ知らないとは。やはり盾はこの国に災いをもたらす存在だな」

「消しますか?」

「いや、それはまだ短絡的に過ぎる。忌まわしき亜人共が騒ぎ立てれば面倒だ。どうせすぐに本性を現すだろう。波の戦いで死ぬまでこき使う。せいぜいこの国の為に死んでもらおう」

 

 扉に耳を当て話を聞くと、不穏な話が聞こえてきた。

 盾の悪魔? ナオフミは勇者ではなく悪魔なのか?

 

「女王陛下はいつお戻りになられるのですか?」

「はっきりとはわからないが、まだしばらくかかるだろう」

「……お戻りになられれば、激怒なされるのでは?」

「妻の考えとワシの考えは同じだ! たとえ違ったとしてもわかってくれる!」

「……おっしゃる通りでございます。それと、セーアエットの娘はどうされますか?」

「亜人優和派の娘か。地下牢に繋いでいるのだろう? そのまま繋いでおけ」

 

 確かに女王陛下と言った。普通なら陛下と付けられるのはただ一人。国の王だけだ。この国のトップは王ではなく女王なのだろうか。だとすれば、これは玉座の簒奪では? それとも、ここでは陛下と呼ばれる人間は複数人いるのか? この国のトップが誰なのか、ナオフミは勇者なのか。それさえもわからなくなった。

 私は地下牢に向かうことにした。セーアエットの娘と言うものに聞いてみよう。牢に入れられているのならば、仮に獄中死しても大きな問題にならないだろう。

 

 

 

 

 少し迷ったが、地下牢にたどりついた。やる気のない門番なのか、居眠りをしていたので楽に侵入できた。

 牢の中の囚人は、みすぼらしい者もいれば、身なりの良い者もいる。どれがセーアエットだろうか。女の囚人もそれなりにいて、誰なのかわからない。とりあえず適当に声をかけようか、そう思った時、手枷を付けられ吊るされている娘を見つけた。ストロベリーブロンドの髪は汚れていて、衣服も汚れているが、仕立て自体は良さそうだ。何より他の囚人より扱いが悪そうなこの娘に声をかけてみることにした。

 適当な瓦礫を拾い、娘の足元に転がす。2つほど転がしたところで、娘はこちらに気づいた。

 

「……ん? なんだ?」

 

 それなりに衰弱しているだろうに、意思の強そうな目でこちらを見る。私は口元に指を一本立て、静かにしろと指示を出す。

 

「あなたがセーアエットの娘?」

「確かに私はセーアエットだ。お前は誰だ? メルロマルクの兵ではなさそうだが」

「私は……剣の勇者らしい。今日召喚された」

「は? お前がか? そうは見えない。どう見ても勇者というなりではないだろう」

 

 太古の暗殺者の防具に身を包んだ私は、確かに勇者という柄ではないだろう。

 

「あなたに聞きたい事がある」

「お前のような素性の知れない者に話すことはない」

「なぜ盾の勇者は盾の悪魔と呼ばれている? どちらが正しい?」

「盾の悪魔だと!?」

 

 がしゃりと、セーアエットを吊るしている鎖が音を鳴らす。私はもう一度口元に指を当て、静かにしろと指示を出す。地下牢の入り口を見るが、何も変化はない。どうやら気づかれなかったそうだ。

 

「……事実はどうあれ、この国に住むものなら、なぜそう呼ばれるかは知っているはずだ。貴様、どこの者だ?」

「スカイリム。さっきも言った通り、剣の勇者として召喚されたけど、この世界の事もこの国の事も知らないから、調べていた。その時、王が言っていた。盾は勇者でなく悪魔で、この国に災いをもたらすと」

「……あの王なら言いそうなことだ。なぜ私に聞きに来た?」

「亜人優和派のセーアエットの娘は繋いだままにしておけと王が言っていた。亜人とは何? 女王陛下と言っていた。この国は女王制? ならあの王は何? 王位を争っている?」

 

 口封じが簡単そうだから、とは言わず、手当たり次第聞きたい事を聞いてみる。

 

「そんなことさえ知らないのか……? まさか本当に召喚された勇者だというのか?」

「そういっている。私の質問の答えは?」

「お前が何者かと言うのが先だ。例え身分を剥奪されても、私はエクレール・セーアエットだ。この国の敵かもしれない者に渡す情報は何もない」

 

 私は一つため息を吐く。この手の相手は中々口を割らない。痛めつけたところで頑なになるだけだろう。

 

「逆に聞きたい。どうすれば私が剣の勇者だと信じる?」

「勇者なら伝説の武器を持っているはずだ」

「この剣?」

 

 私はなぜか私の体から離れない剣を抜く。何か宝石がはめ込まれている以外は何の変哲もない剣にしか見えない。

 

「それが伝説の剣ならば、他の剣の姿に変えられるはずだ」

「今日召喚されたばかりと言った。まだ育って?ない。他には?」

「……伝説の武具なら、所有者の体から離せないはずだ」

「ああ、確かに離せない。ほら」

 

 そう言って私は、手のひらを下にして開くが、剣は落ちることなくぴったりと手のひらにくっついている。そのまま手を振っても、落ちることは無い。

 

「これって、剣を抱えたまま寝たりなんだりしなくちゃいけないの?」

 

 手の届かないところに武器を置くつもりはないが、これはあまりに不便だ。

 

「まさか、本当に勇者なのか……?」

「他にも必要?」

「……いや、とりあえず信じよう。召喚されたと言っていたな。召喚されたのは剣の勇者だけか?」

「剣と弓と槍と盾の四人。私の質問には答えてくれないの?」

「四人ともだと!? どういうことだ!?」

 

 私は一つ舌打ちすると、三度指を立てて静かにしろと訴える。地下牢の入り口が開き、門番が入ってくるのが見えた。私は近くの物陰にさっと身を隠す。

 

「くそ、誰だよ、煩くしてやがるのは」

 

 門番はぶつぶつ言いながら辺りを見回した。セーアエットもうつむき、何もなかったかのようにふるまっている。

 特に何も見つけられなかったのか、門番はそのまま出て行った。扉が閉まると、また地下牢は静かになる。

 

「あなたに脳はあるの?」

「す、すまない…… だが、そこまで言わなくても……」

 

 私は少しイラつきながら、セーアエットに悪態を吐く。周囲の様子を伺うが、何人かの囚人が目を覚ましているようだ。これ以上長居するのは危険だろう。

 

「これ以上はまずい。また来る」

「……盾の勇者は」

 

 そう言って離れようとしたが、セーアエットが何かつぶやく。私はセーアエットに顔を向ける。

 

「盾の勇者は、確かに勇者だ。もし、悪魔と蔑まれるのなら、力になってあげて欲しい」

 

 そうつぶやく言葉に、嘘は無いように思えた。

 

「覚えておく」

 

 何とか門番をやり過ごして客室に戻ると、どっと疲れがやってきた。体から離れない剣を抱えながら横になり、目をつぶると、今日あったことが思い出される。ドラゴンボーンの襲撃、闇の一党の壊滅。何のことだろう。そしてよくわからない場所への召喚。

 目先の目標に向かって動いているときは良いのだが、こうして落ち着くと不安になる。私はどうすればいいのだろう。夜母は声を聞かせてくれるのだろうか。ここで私が死んでも、ちゃんとシシスの元へ行けるのだろうか。

 そんな不安を抱えながら、私は眠りに落ちた。

 

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