翌朝、宿の外からがたがたと騒がしい音がした。窓から外を伺うと、複数の馬車が止まっており、衛兵が馬車から降りてきていた。どたどたという足音が近づいてくると、扉がけたたましくたたかれた。
「なに?」
短剣を構えながら訪ねると、城の兵士だという。事件が起こったから至急城まで来てほしいと。
私はとりあえず指示に従い、馬車に乗って城まで向かった。
通されたのは謁見の間で、すでにモトヤスとイツキがいた。とても不機嫌そうだ。
「何があったの?」
私が尋ねると、二人は不機嫌そうな顔のまま、言いにくそうに口を開いた。
「尚文さんが、えっと、犯罪を犯しまして……」
「樹、イーナちゃんの耳に入れるような話じゃない」
「僕もそう思いますけど、自衛のためにもイーナさんにも伝えた方がいいのでは……?」
二人が何やら話しているのを聞きながら、モトヤスに寄り添っている女に目をやる。確かナオフミの仲間だったはず。
「マイン!」
あれこれと考えていると、衛兵に槍を突き付けられたナオフミがやってきた。周囲がナオフミに向ける目は厳しい。
「な、なんだよ。その態度」
「本当に身に覚えがないのか?」
「身に覚えってなんだよ……って、あー! お前が枕荒らしだったのか!」
やんやと言いあっているが、どうやらナオフミが仲間の女を強姦したらしい。その女は命からがらモトヤスに助けを求めたらしい。
本当にナオフミがやったのだろうか? それともセーアエットの言っていたとおり、盾の勇者は蔑まれる存在で、そうしたい者たちの罠だろうか? だとすれば、なぜ蔑まれるのだろうか。やはり情報が全然足りていない。
「異世界に来てまで仲間にそんな事をするなんてクズだな」
「そうですね。僕も同情の余地は無いと思います」
「くそ! イーナ! 俺はやっていない! 信じてくれ!」
傍観していたら、私にも話を振られた。どうしたものか。正直犯しただのなんだのは、どうでもいい。セーアエットの話を信用すれば、おそらく国ぐるみで盾の勇者を敵視している現状、ナオフミに味方してもなんの意味もないだろう。ここで国相手に敵対してまで
ナオフミを救いたいとも思えない。だが、ここで見捨てるのもどうかと思う。
「なんで殺さなかったの?」
「え?」
赤毛の女に、とりあえず思ったことを話す。
「あなたの力量は知らないけれど、今まで冒険者としてやって来たのでしょう? なら、昨日初めて実戦をしたナオフミぐらいは簡単に殺せると思う」
シン、と周りが静まり返る。
「そ、それは怖くて……」
「犯されるのが? 殺すのが? 殺されるのが? いずれにしろ、それが怖いのなら冒険者なんか辞めて、町の中で暮らすべき」
「まってくれ、イーナちゃん。マインは世界の為に立ち上がったんだ。勇者を手にかけるなんてできないだろう」
「そ、そうです! 世界の為にもそんなことできません!」
「世界の為に命を懸けるのであれば、貞操なんてどうでもいいのでは?」
そこまで話して、召喚された日に王が言っていた言葉を思い出す。ああ、罪を被せて使いつぶすつもりか。今私たちにつけられている仲間は、王が用意した人材で、私たちに選択の余地はなかった。なら、この状況も簡単に作り出せるだろう。
「そもそも俺はやっていないんだって!」
「……仮にナオフミが聖人君子だったとしても、周囲全てが極悪非道だと断定するなら、事実なんて関係ない」
この仮説が正しければ、この場が長引いたところで何も変わらないだろう。なら、時間の無駄だ。早く終わらせてなんらかの行動に移るべきだろう。
私の言葉に愕然とした様子のナオフミは、激しい怒りを滲ませながら口を開いた。
「いいぜ、もうどうでもいい。さっさと俺を元の世界に返せばいいだろ?」
「こんな事をする勇者など即刻送還したいところだが、方法が無い。再召喚するにはすべての勇者が死亡した時のみだと研究者は語っておる」
王の言葉に、ナオフミたちはうろたえる。私はどうだろうか。家族が、仲間が殺された世界に帰りたいのだろうか。頭が痛む。殺されたのは私だけだ。みんなは夜母を守り抜いた。そのはずだ。もしこの世界がムンダスにあり、シシスの愛が届くのならば、この世界でも構わない。どうせどちらの世界でも一人だ。シシスさえ、夜母の声さえ聞こえれば……
「ホラよ! これが欲しかったんだろ!」
ナオフミがモトヤスに銀貨を投げつけ、謁見の間から出ていくのをぼんやりと見送る。黒き聖餐を捧げれば、夜母は私に声をかけてくれるだろうか。そんなことを考えながら、私も城を出た。
◇
外の空気を吸うと、少し気持ちが戻ってきた。この国とナオフミ、どちらが正しいのか。盾は勇者なのか悪魔なのか。私はどうすればいいのか。
情報を集めよう。そのために、まずは見張りを撒く。適当に街角を何度か曲がり、物陰に身を隠すと、簡単に撒けた。適当な店に入り、フードのついている特徴のない量産品のローブを一着盗むと、それに身を包んだ。
情報の聞き出せそうな相手は誰だろう。一番はセーアエットだが、まだ日は高い。他の囚人も起きているだろう。それに他の人からも話を聞いて、情報をすり合わせたい。
武器屋の店主はどうだろうか。少し話してみた感じだと、人は良さそうだった。だが、あの店はマルドの紹介だ。信用しきれないし、口封じも事が大きくなりそうだ。
なら、口封じがしやすい相手だ。幸い、今の私が知りたいことは恐らく一般常識の範疇だろう。私は路地の奥へと足を進めた。
日当たりの悪い貧困街に出た。獣の耳や尾が生えているカジートのような人間が多い。私は人の気配のしない場所に辺りをつけた。ここに誘い込む。標的はカジートじゃない男。種族が離れれば好みから大きく外れるかもしれない。
しばらく人が行きかうのを眺めていると、良さそうな男が通りかかった。まだ日が高いのに酒に酔っているのか、顔を赤らめて足取りもおぼつかない。仮に戦闘になっても問題なく殺せるだろう。私は女だとわかるように、フードを下ろして髪を出す。顔の傷は敬遠されるかもしれないので、マスクはしたままだ。
「おじさん、私と遊ばない?」
意識して少し高い声を出しながら、男の腕に絡みつく。
「んあ? あー、金ならねえぞ? 他を当たりな」
断られるも、まんざらではなさそうだ。いける。私はぐいと体を押し付けた。
「お金ならいらないわ。私も、遊びたいだけなの。私じゃだめ?」
そっと男の股間を撫でると、すでに少し反応していた。
「ね? いいでしょ? あっちに人通りが少ないところがあるの。そこでいっぱい気持ちよくなりましょう?」
そっと腕を引くと、下卑た笑みを浮かべながら男はついてきた。久しぶりにこの手を使ったが、なんとかなるものだ。
目を付けていた場所に着くと、男は待ちきれないとばかりにズボンを下ろした。
「お、お前がなんのつもりかは知らないが、もう辛抱できねえ! 泣き叫んでもやめねえからな!」
そんな決意表明をする男の股間を蹴り上げる。加減はしたし、気を失ったりはしないはずだ。これでしばらくは大きな声も出せないだろう。
「うご……! な、なにを……」
うずくまり何やらうめいている男の頭をつかみ、顔を無理やりあげると、鉄のダガーに変えた剣を喉元に突き立てる。
「いくつか聞きたいことがある。正直に話せば殺さない」
「くそが…… 話すと思うの…… グッ!」
挨拶代わりに爪を剥がす。なれたものだ。
「まずは爪。次は指を落とす。ああ、それともアッチの方がいい?」
視線を男の下半身に向けながら言うと、男はギリっと音を立てて歯を食いしばったが、その顔は青ざめていた。
「最初の質問。この国のトップって誰?」
「は? なんだってそんなこと……!」
もう一枚爪を剥がす。意地か何かか、男は声を上げるのを堪えた。なんにしろ、騒がれないのは都合が良い。
「あなたは何も考えずに、聞かれたことに答えればいい。そうすれば、痛くしない」
「……女王だ。名前は知らない。俺みたいな奴らにゃ誰だろうと変わらねえし興味もねえ」
「この国は女王制?」
「ああ」
ならばあの王は女王の夫という事だろう。女王のいない間に簒奪したのか、それともすでに女王は弑されたのか。いずれにしろ、この男に聞いても知らないだろう。
「次の質問。盾の悪魔って何?」
「この国の宗教は知ってるか?」
「知らない」
顔を青くした男が説明する。この国は剣・槍・弓の勇者を崇めており、盾の勇者は宗教上の敵とされているらしい。さらに、この国は亜人嫌いで、亜人が崇めている盾の勇者も嫌いだろうとのこと。宗教上、政治上の敵ということか。
「亜人っていうのは獣の耳や尾がある人間の事?」
「そうだ。この国じゃ立場が弱く、奴隷にもされている」
種族の違いによる不仲、蔑視。スカイリムでもあったことだ。場所が変わっても人間は変わらないらしい。
「これで最後。ムンダス、オブリビオン、エセリウス。これらに聞き覚えは?」
「し、知らねえ。嘘じゃない、本当だ」
「……エイドラやデイドラは?」
「それも知らねえ…… な、なあ、もう行ってもいいだろ……」
返り血を浴びないように注意しながら男の首を切る。男が死ぬと同時に、視界にレベルアップと出てきた。あとはセーアエットに同じことを聞いて、男の話と一致すれば一先ず十分だろう。簡単に金目の物をあさってみるが、銅貨が数枚出てきただけだった。ズボンを上げてあげるかどうか少し悩んだが、結局そのまま死体を放置し、シシスに祈りを捧げ、通りに戻ることにした。
◇
適当な空き家に侵入し仮眠をとると、日が暮れていた。屋台で適当に食事を取り、聞こえてくる会話に耳をそばだてる。どうやら、ナオフミの強姦は広く知れ渡り、町中から非難されているようだ。かわりに、モトヤスがもてはやされている。自然に広まったにしては、明らかに早すぎる。やはり誰かが故意的に広めたのだろう。
夜も深まったので、セーアエットの下に向かう。さすがに城門は閉ざされていたが、使用人が出入りしているであろう扉から簡単に侵入できた。
「……本当に来たのか」
多少時間がかかったが、セーアエットのところにたどり着いた。眠っていなかったのか、少し音を立てただけでこちらに気づいた。私は伝説の武器を取り出すと、何度か変化させてみせる。
「まさか、本当に剣の勇者とはな……」
「私の質問に答えてくれる?」
「ああ、あくまで答えられる範囲ならばだが……」
「そう。なら今日のあなたには脳があることを期待するわ」
そう言って私は口元に指を立てる。セーアエットは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
昼間の男に尋ねたのと同じ問をすると、同じような答えがより詳細に帰ってきた。女王の名前はミレリア=Q=メルロマルクで、現在外交中。女王不在の間に波が起きて、セーアエットの父親が治めていた地が壊滅的な被害を負い、領民である亜人を目的とした奴隷狩りが起きた。セーアエットは亜人の領民を守るために剣を取り、同国の兵士に立ち向かったが捕らえられ、今に至るらしい。
「四聖勇者が召喚され、盾の勇者が迫害されているだと…… 王はこの国をどうしたいのだ……」
セーアエットからの問いに答えると、彼女はうつむき、吐き出すように言葉を紡いだ。再び顔を上げると、強い意志を感じる目で私を見つめてくる。
「……剣の勇者殿、名前を教えてくれないか?」
「イーナ」
「そうか、では、イーナ殿。私をここから出してくれないか? ここまで侵入できるのなら私一人逃がすくらいたやすいだろう?」
私は牢の鍵穴を見てみる。それ程労せず開錠できそうだ。
「ここから出てどうするの? 逃げる場所はあるの? 罪を重ねて、指名手配されて、次は捕らえられず殺されるだけでは?」
「たとえそうでも、私には守らなければならない民と領地…… なにより、父の言葉と規律がある。その果てに待っているのが斬首であっても、私は自分を曲げることはできない」
私はその言葉に、目を閉じて考えた。父の言葉と規律が最優先で、それに身を捧げる。それは、シシスに忠誠を誓う私の生き方に少し似ているように思えた。
「……明日また来る。何かごまかせる手段が無いか考えておく。あなたも、逃げ込む先を考えて置いて」
「……ああ、頼んだ」
簡単に別れを告げ、私は城から出る。街を歩きながら、宿を取っていなかった事に気づいた。
今から探すのも面倒だ。昼間利用した空き家に再び忍び込むと、壁に背を預け、眠りに落ちた。
今日も夜母の声は聞こえなかった。