キス、愛しの母   作:尾花

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6話

 行き交う人を眺めながら、私は屋台で買った簡単な食事を取っていた。今日もナオフミへの批判で人々は賑わっている。貧困街の男の死体も、一日姿を消していた剣の勇者の話も人々の口から上がることは無かった。

 

 今夜、セーアエットを脱獄させる。城の警備から考えても、脱獄させるのは簡単だ。だが、どうすればバレずに終わらせることが出来るか。牢の中が空では、脱獄されたことがすぐにバレるだろう。ならどうすればよいか。

 身代わりを用意する。これが一番だろう。だが、誰を身代わりにするか。私は街人を観察する。セーアエットと同じ髪色の女はそれなりにいる。おそらく、探せば貧困街にもいるだろう。だが、貧困街の女では肉付きが悪く、育ちの良さそうなセーアエットの代わりにはならないだろう。それに、セーアエットがその手段を良しとするとは思えなかった。

 あれこれと考えたが、他に良い方法も思いつかなかった。結局、良さそうな身代わりがいればセーアエットをごまかしてそれを使い、なければそのまま脱獄させることにした。

 

 道行く人を見ていると、良さそうな女を見つけた。セーアエットと同じストロベリーブロンドの髪色をした冒険者の女だ。少し細いが、顔をわからないぐらいに潰しておけば問題無いだろう。4人でパーティを組んでいるらしく、街から出て行ったので私は後を着けた。

 しかし、平原で狩りをするらしく、目立たずに殺して運ぶのは無理だった。森にでも入ってくれればどうにでもできたのだが。仕方なく、適当に動物を狩って、バルーンの切れ端を袋状にしたものに血液を集めることにした。

 

 

 

 

 夜も十分に更け、セーアエットのところに行く。

 

「おまたせ」

「ああ、やっと来たか。来なかったらどうしようかと不安になったよ」

 

 セーアエットの軽口を聞き流しながら、私は以前作ったピックで牢の鍵を開けた。もう少し上等なピックが欲しい。

 

「……ずいぶんと手馴れているな。本当に勇者なのか?」

「私の世界では必須技能」

「どんな世界だ」

 

 そんな会話をしながら、手枷も開錠した。セーアエットは自由になった手首をさすりながらほっと一息ついたようだ。何日も吊るされたままだったのなら、相当な負担だったろう。あらかじめ盗んであったローブを渡し、セーアエットに着させると、バルーンの切れ端で作った血袋を取り出す。

 

「なんだ、それは」

「気休めだけど偽装する。少し離れて」

 

 セーアエットが離れたのを確認すると、先ほどまでセーアエットの体があった壁に血袋をぶつけた。パシャっと音を立てて血が飛び散る。なるべく自然に見えるように血を追加すると、牢の外に向けて引きずられたような跡を作る。

 

「セーアエットはここで殺され、遺体は何者かに引きずられ持ち去られた。そう見える?」

「……本当に手馴れているな。私はお前を信用してもいいのか?」

「それはあなたが判断すること」

 

 セーアエットが訝しむ目を向けているのを感じながら、私は零れたバルーンの切れ端を拾う。

 少なくとも私はセーアエットを信用しているわけではないし、邪魔になれば殺せばいいとも思っている。

 

「一応聞くが、これは何の血だ?」

「兎とか、街の外の草原にいた動物」

「何もやましいことはしていないと、伝説の武器と勇者の名に誓えるか?」

「誓える」

 

 私が侵入した痕跡が残っていないか注意深く確認しながら、適当に答えた。そんなわけのわからない者への誓いなど破ったところでシシスはお怒りにならないだろう。

 

「……わかった。信じよう」

「それで、逃げる場所は決めた?」

「ああ、ヴァン・ライヒノット殿を頼ろうと思う。父と志を同じにしていた方だ。きっと力になってくれる」

 

 セーアエットの隠密は下手くそで、地下牢の門番を絞めす羽目になったが、なんとかバレずに街の外に出ることができた。

 

 

 

 

 ヴァン・ライヒノットの町に着くまでに一週間以上かかった。人目を避けるために徒歩での移動だったのもあるが、やはりセーアエットは衰弱していたようで、途中休憩を余儀なくされたのだ。だが、その間セーアエットからこの世界や国について色々話を聞く事が出来た。それだけでも十分元が取れるであろう。

 セーアエットの人となりについても少しわかった。騎士らしい騎士というか、嘘や隠し事、いわゆる腹芸が苦手なようだ。弱っている体に衝撃を受け、剣を振りたがっていた。おそらく、頭の中には筋肉でも詰まっているのだろう。

 

 ライヒノットとの面会も滞りなく済み、セーアエットの保護を約束してくれた。無駄に追われることにならなくて、少しほっとした。

 

「剣の勇者様、少しよろしいでしょうか」

 

 食事を終え、用意された部屋にいると、ライヒノットとセーアエットが部屋を訪ねてきた。なんでも隣町の領主が亜人奴隷の拷問が趣味で、セーアエットの領民を奴隷商から購入していたらしい。

 

「イーナ殿、私は私の領民を救いたい。どうかお力を貸してくれないだろうか」

 

 そう言ってセーアエットは頭を下げた。

 

「攫って来いっていうの? 問題になるんじゃない?」

「女王陛下がお戻りになられれば、この現状はまともになるはずだ。私たちはそれまでの間、少しでも多くの者を救うと決めた」

「私は政治はわからないけど、正面から文句言うのじゃダメなの?」

「ごまかされるだけです。それに、今玉座についている王は極度の亜人排斥派です。私たち亜人友好派の言葉を聞くとは思えません。現に主だった亜人友好派は排斥されました」

 

 ライヒノットはそう言ってちらりとセーアエットに視線をやった。この国のセーアエットに対する扱いを見るに、その言葉は信じてもよさそうだ。

 

「お願いだ、イーナ殿! 自分でも情けない事を言っているのはわかっている! だが、私では救えないんだ! どうか、力を貸してくれ……」

 

 湿り気を帯びた声を出しながら、セーアエットは必死に頭を下げて懇願する。私は大きくため息をついた。

 

「奴隷がいるのはそこだけじゃないんじゃないの?」

「……そうだ」

「それを全部私が攫ってくるの?」

「……」

「よしんばそうしたとして、また新たな奴隷が飼われるだけじゃないの?」

「……だが」

「攫ってきた奴隷はどうするの? 受け入れ先はあるの?」

「そういった問題は、すべて私が請け負います」

 

 ライヒノットが口をはさんできた。

 

「前回の波から捕らえられているのなら、生きていてもかなり衰弱していると思う。奴隷が何人いるのかわからないけど、私一人では運べない」

「信頼できる人足を用意します」

「奴隷がいなくなったのはすぐにバレる。騒ぎは大きくなる」

「私が抑えます」

「……途中、何人か殺すことになるかもしれない」

「可能な限り私の方で対処しますが、最小限にしていただけると助かります」

「……攫う奴隷を見捨てる時もあるかもしれない」

「それは…… 痛ましいですが、仕方のないことかと」

「なぜそこまでできるのに、今まで動かなかったの?」

 

 私の問いに、ライヒノットは少し目を開き、息をのんだ。

 

「面倒ごとは背負いこむ、殺人も飲み込む、見殺しも厭わない。なのに、なぜ今まで動かなかった?」

「……あの波が起き、セーアエット嬢が捕らえられ、私は静観することにしました。女王陛下がお戻りになられるまでの辛抱だと。ですが、こうして勇者様の手を借りて、セーアエット嬢がやってきた。今こそ立ち上がる時だ。そう思ったまでです」

「わが身可愛さにじっとしていたたけじゃないの?」

「そう思われても仕方ありません」

 

 私とライヒノットはしばらく目を合わせ、腹を探りあう。セーアエットがハラハラとした面持ちで私とライヒノットの顔を見る。

 こういった交渉は苦手だ。おそらく、侵入も誘拐も出来なくはないだろう。それに伴う面倒ごとに私は関与しないで良いと言質は取った。後は、私がやるかやらないか。

 私はライヒノットから視線を切ると、一つ息を吐いた。ここで恩を売っておくのもいいだろう。

 

「鍵開け用のピックが欲しい」

「用意しましょう」

「その領主の家の見取り図はある?」

「細部はわかりませんが、大まかな見取り図なら用意できます」

 

 私は窓の外に目を向ける。まだ日が沈んでそれほど経っていない。

 

「すぐに準備して。用意出来次第向かう」

「今からですか!? さすがに人足は時間かかりますが……」

「それは後でいい、明日にでも寄こして。私はとりあえず下見しにいく」

 

 ピックと見取り図が用意されるまで、私たちは細部の打ち合わせをした。

 

 

 

 隣町の領主の館は、門が固く閉ざされ、高い塀で囲まれていた。だが、使いやすい勝手口とはどこにでもあるものだ。多少の見張りはいたが、侵入に成功する。ライヒノットから貰った見取り図と見比べながら塀に沿って移動し、大きな差異がないことを確認する。半周ほどしたところで、地下への階段がぽっかりと空いているのを見つけた。あからさまに怪しいが、特に隠蔽もされていない。周囲に気を付けながら降りていくと、特に見張りもなく、地下牢へとたどり着いた。

 

「この、忌々しき亜人共が!」

 

 扉を開けて中に入ると、甲高い鞭の音と、男の怒声、それに悲鳴が響き渡っていた。入り口からそれほど遠くない場所のようだ。私は少し逡巡すると、それを無視して奥へと進むことにした。

 牢を覗き込みながら、奴隷がいるかどうかを確認する。生きているものも数名いるが、死体の方が多かった。生きている奴隷が入っている場所を記憶しながら、さらに奥へと進んでいく。

 

 ぐったりと横たわる子供がいた。死体かと思ったが、微かに胸が動いている。もう長くはないだろう。

 先ほど鞭を振るっていた男は、すでに外に出ている。私はその牢を開け、少女に近づいた。念のために、この世界の回復薬を口に注いでみるが、飲み込む力が無いようだ。包帯に回復薬を染み込ませ口元に当てると、わずかだが吸っているようにも思える。

 どうすべきか。このまま置いて行けば、明日にはもう死んでいるだろう。だが、連れ帰ったところで助かる保証はない。連れ出したのが見つかれば警備も増えるだろうし、再侵入も攫うのも難しくなるだろう。私は考えた。生きていた奴隷の数、ここまでのルート、侵入した時の時間、見張りの数。

 多分、行ける。今晩中に全員を連れ出す。おそらく、何の警戒もされていない今が一番安全だろう。なら、この子の他にもう一人連れ出し、私が再度侵入している間、この子の様子を見させよう。他の奴隷の面々を思い出し、最初に鞭で打たれていた奴に決めた。

 

 片手を吊るされた子供が、小さくうめき声をあげていた。鞭に打たれた痛みで眠れないのだろう。牢の扉を開けると、酷く怯えた目でこちらを見てきた。私は口元に指を立て、静かにしろと指示を出す。

 

「だ……誰だ? また俺を痛めつけるのか……?」

「違う。ここから連れ出す」

「助けて、くれるのか……?」

「そうなる」

 

 ライヒノット次第だが、それを言う必要は無いだろう。私は少年の手枷を外し、回復薬を渡す。

 

「飲んでおいて」

 

 きょとんとした目で、少年は私の顔と薬を交互に見る。

 

「回復薬。毒じゃない。殺すつもりならもう殺している」

「そ、そうじゃねえ…… 飲んでいいのか?」

「早く。時間が無い」

 

 少年は回復薬をぐいと飲み干す。効果が出たのか、少し顔色が良くなった。私は寝かせていた少女を抱き上げると、少年はその少女の顔を見て、せっかくよくなった顔色を青くした。

 

「リファナちゃん!」

「知り合い?」

「ああ、友達だ…… リファナちゃんは大丈夫なのか……?」

「だから急いでいる。いい? ここを出るまでの間、お前は決して身動きせず、決して声を出さず、ただ私に運ばれて。この屋敷の人間に見つかった場合、お前もこの子も捨てて逃げる。屋敷を出た後は、どこか身を隠せる場所に連れていく。私は他の奴隷を連れ出しにここに戻ってくるけど、その間この子の様子を見ていて。わかった?」

「う、うん……」

 

 有無を言わさず了承させる。私はどうやって運ぼうか考える。両手が塞がるのはあまりよくないだろう。

 

「……仕方ない。お前は私の背に乗って、そのままこの子の口にこの布を軽く当てて。回復薬を染み込ませている。妙な真似をしたら、この子から先に殺す。友達が死ぬところを見たくないでしょ?」

「顔は見えないけど、声からして姉ちゃんだよな……? 姉ちゃんは良いやつなのか? 悪いやつなのか?」

「善悪など個人の価値観でしかない。目が見えているのならその目で見て、耳が聞こえるのならその耳で聞いて、脳があるのなら頭で考えて、自分で判断して」

「……わかった。とりあえず信じる。リファナちゃんを救うためだ」

 

 そう言って少年は背中に乗った。私は少女を左手で抱え、少し動いて動作に支障がないか確認する。右手は自由に動かせるが、まともな戦闘は無理だろう。

 

「あまり強く布を押し付けない。最悪窒息死する」

「ええ、怖いよ、姉ちゃん……」

「唇を軽く潤す感覚でいい。それぐらいでなければこの子は自力で飲むことも出来ない…… 行く、準備はいい?」

「うん」

 

 少年の返事を聞いて、私は地下牢から外に出た。

 

 来た時よりも慎重に、時間をかけて屋敷から抜け出した。人目を避けながら、人の気配の無い路地まで移動すると、少年を背中から降ろす。屋敷を出た後から、誰かがつけてきている。私は短剣を構えた。

 

「ね、姉ちゃん……?」

「静かに」

 

 すると、一人の男が現れた。男が取り出した短剣の刃には、白いリボンが結ばれている。ライヒノットが決めた符丁だ。

 

「剣の勇者様ですね。ライヒノット様の命でご助力に参りました」

「ふざけた符丁だと思わないか?」

「そうですか? かわいらしい剣の勇者様にはお似合いだと思います」

 

 このやり取りまでが符丁だ。正直、煽られている気がしてならない。

 増員は明日になるとの話だったが、急いで準備できた数人が先にやって来たらしい。

 

「それで、何人来た?」

「私を含めて2人です。もう1人は今拠点の準備をしています。今日は偵察だけのはずでは?」

「状況が変わった。今晩中に全員連れ出す。この2人を連れて行って」

 

 私はリファナを男に渡そうとしたが、少年が私のローブを掴んで動きを止めた。

 

「なあ、姉ちゃん。この人は信用できるのか?」

「この男の雇い主に言われて、私は動いている。もし騙されているのなら、どちらにしろお前たちは死ぬ。正面切って戦ってまで、お前たちを助ける義理もない」

 

 私の言葉に少年は唖然とした顔をして、男は苦笑していた。

 

「いえ、騙してなどいませんよ。剣の勇者様と、ライヒノット様の名。それに盾の勇者様に誓いましょう」

「だそうだけど?」

 

 少年は少し考えた後、キッと顔を上げ、私の目を見つめてきた。

 

「わかった。信じる。でも、もし裏切られていたら、俺は死ぬまで姉ちゃんを恨むからな」

「好きにして。恨まれるのは慣れている」

 

 そう言い残し、私は再度館へと向かった。

 

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