二度ほど屋敷に忍び込み、奴隷を全員連れ出すことに成功した。ライヒノットが寄こした人材はそれなりに優秀で、十分に使えた。
「しかし、私も腕に自信はありましたが、剣の勇者様はそれ以上ですね」
拠点として用意された空き家で、男が私に話しかけてくる。笑みを浮かべてはいるが、その顔には悔しさがありありと見て取れた。
「できなければ死ぬだけだったから。それで、これからどうする?」
「……本来なら、用意していた馬車で帰る予定でしたが、まだありませんからね……」
もともとの予定では、連れ出した奴隷を馬車に乗せ、夜のうちに戻るはずだった。だが、馬車も追加の人員も明日にならないとやってこない。奴隷6人に、私を含めてその他3人。なんとも手厳しい。
「朝になれば、奴隷がいないことにも気づかれるでしょうし、最低でもこの町は離れるべきだとは思います」
私もそう思うが、奴隷は衰弱している。自力で歩ける者もいるが、隠密行動は難しいだろう。私は頭を掻く。考えなしに動きすぎた。
「今奴隷を抱えて町を出るのと、一晩休ませて、歩かせて町を出るのとだとどちらがいい?」
「警戒が強くなれば、ただ町を出入りするだけでも難しくなるかもしれません。やはり、今動くべきでしょう」
「そう。なら、今動く。町を出て、どこかに身を隠し、馬車が来るのを待つ」
「それが一番でしょう。問題は、どうやって町から出るかですが……」
当然、町を囲むように防御用の壁がある。出入り口には見張りもいるだろう。
「少し様子を見てくる。奴隷たちの手当てを頼む」
「お気をつけて」
拠点代わりの空き家を出ると、私は町の出入り口を見に行く。やはりそれなりに見張りがいて、奴隷を連れながら出入りするのは難しいだろう。私は少し考えると、貧困街へと足を向けた。
メルロマルクの城下町よりも、この町の貧困街は酷い有様だった。あちこちから嗅ぎなれた酷い匂いがするし、路上で寝ている人間も多い。建物もボロボロで、町の囲いも汚れが酷い。
囲いを注意深く見ていくと、案の定壊れている個所を見つけた。人一人くらいなら簡単に出入りできる穴だ。町を出入りする税の払えない貧民や違法な物を持ち込みたい者が、出入りする為に開けた穴だろう。
私は拠点に戻り、全員を連れてその穴から町の外に出た。
◇
街道傍の森の中に身を隠し、私たちは馬車が来るのを待った。森の中での野営に奴隷たちは怯えていたが、適当に食事を取らせると、寝入ってしまった。
「しかし、よくあんな抜け道を見つけましたね」
「ああいったものはどこの町にでもある。貧困街なんてものがあるのなら猶更」
その中でも、あれは偽装も何もされていなかった。領主は町を守るつもりがあるのだろうか。
「……剣の勇者様は、元の世界でどのような生活をなされていたのですか?」
その男の問いに、私は視線だけを向ける。
「剣の勇者様の隠密スキルは、私などよりもはるかに高い。私もライヒノット様の影として、修練を積んできたつもりです。それなりに自負もありましたが……」
「話すつもりはない。自らを影と言うのなら、わかるでしょ?」
「……そうですね。困らせる質問をしてしまいました」
私もこの男も、闇に生きている。素性を明かさない理由なんてそれだけで十分だ。何しろ私たちは、自分の名前さえ明かしていないのだから。
◇
迎えの馬車に無事乗り込み、ライヒノットの町に戻ると、セーアエットに甚く感謝された。ライヒノットからもそれなりの銀貨を受け取り、私は同じようなことを何度か繰り返した。
「ライヒノット、聞きたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
ライヒノットは書類から顔を上げると、こちらを伺うように見てくる。
「この近くに山賊の拠点とかない?」
「……討伐されるおつもりですか?」
ライヒノットの下で生活しているが、セーアエットを脱獄させてから人を殺していない。私にとってそれは、なんともおさまりの悪いことだった。
「……近くの山に、盗賊のねぐらがあるそうです。規模も小さく、被害も軽微なので、兵を動かすほどではなかったのですが……」
「それでいい。場所は?」
「殺すのですか?」
その問いには答えず、私はじっとライヒノットを見つめる。私が闇に生きて、そういう生活をしていたことにはとっくに気づいているだろう。しばらく見つめあった後、ライヒノットは小さくため息をついた。
「私も領主です。綺麗ごとだけではやっていけないというのはわかっていますが……」
盗賊といえど、殺すというのは抵抗があるようだ。それとも、私にやらせるのに抵抗があるのか。
「……他の生き方は出来ないのですか?」
「ありえない」
シシスへの忠誠は決して捨てられない。たとえ夜母の声が聞こえなくても、ひとりぼっちでも、この生き方だけは変えられない。
私は不安なのだ。夜母の声が聞こえない状況が。シシスの意思が感じられないのが。今の私を支えているのはシシスの教えだけ。殺しを楽しみ、殺しに真摯であること。なのに、あまり殺せていない。
「……わかりました。何名か補佐をつけます。道案内と横領品の回収をする人手も必要でしょう」
「ありがとう」
簡潔に礼を言うと、私は部屋を出た。
用意された人材は、奴隷を攫う際にもつけられていた男だった。男の先導に従い、盗賊のねぐらにたどり着く。どうやら自然にできた洞穴を利用しているようだ。
「一人ですが、見張りがいますね。どうされますか?」
「私がすべて殺る。あなたたちは周囲の警戒と、荷運びだけすればいい」
そう告げると、私は顔を晒し、堂々と見張りへと近づいていく。
「ん? なんだ、嬢ちゃん。俺たちの仲間にでもなりたいのか?」
へらへらと笑いながら、見張りの男が話しかけてくる。対して警戒もされていないようだ。
「ええ、顔の傷のせいで仕事がなくなっちゃって…… ここでは仕事があるかしら?」
少し高く声を出しながら、そっと左頬の火傷に触れる。男は値踏みするように、私の顔と体をじろじろと見てくる。
「そうだなあ…… とりあえず、色々確認しないとなあ!」
そう言って男は、下心を隠すこともなく私を抱き寄せ、尻に手を回してきた。私は男ににこりと微笑むと、男の首に短剣を突き刺した。
「が……!」
刺した短剣を力任せに捻り、引く抜く。首から血が噴出し、男は私にもたれかかりながら絶命した。私は適当に男の死体をどかすと、顔を隠し、隠れていた男たちを手招きして呼び寄せる。
「……なんと言えばいいのか」
「品もやる気も力量もない奴で楽だった」
「……少し声色を変えるだけで、ずいぶんと変わりますね。女性不振になりそうです」
ライヒノットが言っていた通り、人数は少なかったが、私は久しぶりに殺せて機嫌がよくなった。ライヒノットの部下があれこれと漁っている間、私はシシスに祈りを捧げる。
シシスよ! 見てくれただろうか! 私はあなたの教えを破ったりはしない! 例え生きる場所が変わっても、夜母の声が聞こえなくても! 私はあなたの忠実な信徒だ! だから、どうか、どうか! 私を見捨てないでくれ! 私が死した時、どうか虚無へと招いてくれ!
◇
それからの生活も、大きく変わりはしない。亜人の奴隷を誘拐し、盗賊を殺し、腕が鈍らないように鍛錬をする。伝説の武器には熟練度とかいうよくわからないシステムがあり、強くすることができるらしい。よくわからないが、私はエルフのダガーにつぎ込んで鍛えている。
「そういえば、波っていつ起きるの? どこで起こるの?」
「え?」
やはりこの世界の文字が読めないのは不便だと思い、セーアエットに教わっている。その勉強中にふと気になったので、尋ねてみた。
「城下町の広場に、龍刻の砂時計というのがある。その砂が落ち着る時、勇者は仲間と供に波が起きた場所に送られるらしいが…… 聞いていないのか?」
「しらない」
私の返答に、セーアエットは頭を抱えた。
「……そうだ。そもそもイーナ殿の仲間はどこだ?」
「……ああ、王につけられた監視? 邪魔だったから撒いた。その後どうしているかはしらない」
「まさか、一人で波に立ち向かうつもりか?」
特に考えてもいなかったが、そうなるだろう。私は軽く頷いておいた。
「私もついていく」
「は?」
「イーナ殿を一人で行かせるわけにはいかない! 私も共に戦う!」
脱獄した時は酷く衰弱していたが、すっかり元気になったセーアエットは、バンと机をたたくと立ち上がってそう叫んだ。
「脱獄囚が何を言っているの?」
「う……」
「あなたと一緒にいると、私まで疑われるんだけど」
あれから王都には行っていないので、どうなっているのか知らない。ライヒノットの話では特に噂にはなっていないようだが、うまく騙せているにしろバレているにしろ、セーアエットを連れ歩いていい事なんてないだろう。この話は終わりとばかりに、私は書き取りを続ける。
「……少し待っていてくれ」
そう言ってセーアエットは部屋を出て行ったが、少しすると戻ってくる。どうやらライヒノットを連れてきたようだ。
「セーアエット嬢から聞きましたが、こちらで人足を用意いたしましょうか?」
「必要ない。集団での戦闘は慣れていない」
にべもなく断ると、ライヒノットは困ったような顔をした。
「そうは言われましても、こちらとしても剣の勇者様お一人で向かわせるのは不安です。どうか人をつけさせていただけませんか?」
「そうだ、イーナ殿。それに、もし次の波も町の近くで起きたなら、人手は絶対に必要だ」
そんな二人の言葉に、私はうんざりした表情になる。だが、セーアエットのいう事はもっともだ。私は人を殺すのは好きだし、どこで誰が死のうが興味もない。だが、別にみんな死んでしまえばいいと思っているわけでもない。気分次第で、知らない人の命を救うこともある。
「奴隷誘拐のせいで、ライヒノットは王からの風当たりが強いんじゃないの? あまり戦力を出すのも問題だと思う」
「参考までに聞きたいのですが、波には何名まで連れていけるとかわかりませんか?」
知らない、と答えようとした時、視界にヘルプが浮かんできた。開いてみると、編隊についての説明がずらずらと並んでいる。
「……編隊と言う機能があるらしい。私が分隊長に指名した人がいるパーティも波に参加できるとか書いてある。上限は知らない」
「なるほど…… では、剣の勇者様の供のほかに、2パーティ分の人員を用意します」
「あまり大人数で行くと、王への謀反と取られたりしない?」
「私の手勢だとバレなければ問題無いでしょう。旅の途中で知り合った仲間としておいてください」
「……そんな適当な言い訳で、通用する?」
「剣の勇者様のお言葉なら、王も強くは言えないでしょう。では、人員の選別をしておきます」
そういってライヒノットは部屋から出て行った。どうやら人を連れて行くのは決定らしい。満足そうに頷いているセーアエットをじろりと睨む。
「面倒なことになった」
「まあそういうな。仲間を連れて行くのがそんなに嫌なのか?」
嫌だと私の口から出る前に、大きな音を立てて扉が開かれた。言葉の代わりに、私の口からため息が漏れた。
「剣の姉ちゃん! 俺も連れて行ってくれ!」
最初に攫った奴隷の少年がそこに立っていた。
「友達の様子はどう?」
「あ、リファナちゃんはずいぶん良くなった。もう一人で歩けるよ! ありがとう!」
「そう」
「……て、そうじゃない! 俺も波と戦う!」
「落ち着け、キール。いきなり何を言い出すんだ?」
セーアエットが少年を諫める。どうやらこの少年はキールと言うらしい。
「領主の姉ちゃん…… 俺の村は前の波でなくなった」
「そうだ…… 私の力が足りずすまない」
「いや、姉ちゃんは悪くねえ。俺にはよくわからないけど、姉ちゃんも頑張ったんだろ? なら、悪くねえ」
そう言って、キールはぎゅっとこぶしを握る。
「俺は波と戦いたい! もう、俺たちの村みたいなことが起こるのは嫌だ! だから剣の姉ちゃん、俺を連れて行ってくれ!」
ばっと頭を下げて頼み込む。私はキールの体を見るが、戦い慣れしているようには見えない。どう考えても足手まといだろう。セーアエットを見るも、何やら難しい顔でうつむいている。キールが参加するのは反対だが、その気持ちは痛いほどわかる、と言うところだろうか。
「無理。足手まといはいらない」
私はばっさりと切り捨てた。
「な、なんでだよ! 俺、ちゃんと頑張るから!」
「イーナ殿、流石に言葉が……」
「キール、武器を持ったことはある?」
わちゃわちゃと言っている二人の言葉を無視して、キールに尋ねる。
「な、ないけど……」
「生き物を殺したことは?」
「……魚とかなら……」
「足手まといは連れて行かない」
再度切り捨てると、キールはうつむいた。そのこぶしは固く握られている。セーアエットも非難するような目を私に向けてくる。
「……今は足手まといだが、強くなればいい」
「え?」
私は大きくため息を吐く。私は何をやっているのだろうか。
「セーアエットも邪魔だから置いていく。鍛えてもらえ。強くなったところで、私は連れて行かないだろうが、他の勇者はどうかわからない」
「う、うん! 俺、強くなる! 次の波には絶対参加するからな! 覚えてろよ剣の姉ちゃん! いくぞ、領主の姉ちゃん!」
「な、今からか!? それに私は邪魔など…… くそ! 覚えてろよイーナ殿! 私も強くなって見返してやる!」
別にセーアエットが邪魔なのは、強さとか関係無いところなんだけど、と思いながら、私はやっと静かになった部屋で、文字の勉強を再開した。