キス、愛しの母   作:尾花

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9話

 後数分で波が始まる。龍刻の砂時計のある広場には、勇者パーティだけでなく、多くの冒険者や騎士たちが集まっていた。皆それぞれで話し合いをしている。周りを見渡すと、遠くの方にナオフミがいるのが見えた。

 

「イーナ殿、最終確認をします」

 

 ダフィールの言葉に、私は一つ頷いた。

 

「基本的には各パーティごとでの行動になります。波の近くに村や町がなかった場合は、それぞれで波への対処にあたります。村や町が近くにあった場合は、私たちイーナ殿のパーティは波への対処にあたり、その他の者は町の護衛にあたります…… まあこれだけの人数がいれば、大きな問題もなく守れるでしょう」

「そうですねぇ。前回の波のようなことにはならないと思いますぅ」

 

 二人の言葉に、私も頷いて返す。少し心配だったが、あの王も自らの国と民の為に行動するんだな、と変な安堵を覚えた。

 

 私はライヒノットから預けられた人員を見る。私のパーティメンバーは皆闇の世界に生きるものだ。特に顔色を変える事もなく、自らの装備を確認し、体をほぐしている。残りの2パ―ティの人たちは影ではないが、それなりに場数を踏んでいる人員のようで、がちがちになったりもせず、気負いすぎたりもせず、いい意味で力が抜けているように見える。

 

「無事に帰ったら、また自慢話でもしましょう。スカイリムでの自慢話を聞かせてあげる」

「ほう、それは楽しみですな」

 

 笑い声をあげるみんなを見ながら、どの話にしようかと考えていると、ビキン!と世界に響くような大きな音がしたあと、景色が一瞬で変わった。

 

 

 

 

 私たちは転移したと同時に武器を抜き、周囲の確認をした。空がひび割れ、真っ赤に染まっている。モトヤスとイツキのパーティが駆け出したのを見ながら、周りの人間が明らかに少ない事に気づいた。

 

「なぜこれしかいない?」

「広場にいた奴らはどこに行った?」

 

 ライヒノットから預かった人員がざわついている。私は小さく舌打ちをした。

 

「リユート村近辺です!」

 

 ラフタリアが叫んでいるのが聞こえる。空の亀裂から出てくる魔物は膨大な数で、村が耐えられるとは思えなかった。ラフタリアが指示した方角に魔物たちが向かっているように見える。

 

「おい、イーナ! 村が危ない! 行くぞ!」

 

 そう言うや否や、ナオフミとラフタリアは村の方角に走って行った。私は少し逡巡する。村を守るか、亀裂に向かうか。当初の想定よりも敵の数が多く、味方の数が少なすぎる。

 

「全員で村の防衛に当たる。防衛の目途が付き次第、当初の予定通り、私たちは波に向かう」

 

 私は返事を待たずにナオフミの後を追って駆け出した。

 

 村に着くと、既に魔物は到着しており、村の者たちと戦っていた。逃げ惑う村人の姿も見える。

 

「タングのパーティは村人の避難を誘導! 残りは魔物を殺せ!」

 

 私が出そうと思った指示を、ダフィールが出してくれた。これ幸いとばかりに、私は手近な魔物を切り捨てる。一体一体は弱いが、数が多くて面倒だ。私はエルフのダガーから大剣へと武器を変化させる。ライヒノットの所で一応コピーしておいたものだ。鍛えていないし、そもそも大剣の扱い方など知らないが、当たれば殺せる程度の敵しかいないので、問題なく殲滅速度があがった。

 

 大剣を振り回していると、見覚えのある魔物がいた。炎でできた人間の女のような見た目。火の玉を飛ばす戦い方。間違いない。炎の精霊だ。

 

「なぜアトロナックがここに……?」

 

 アトロナックは下級のデイドラで、オブリビオンに生息している。それがなぜここにいるのだろうか。やはりこの世界はムンダスにあるのだろうか。ならシシスも見ているのだろうか。なぜ夜母は語りかけてはくれないのか……

 そんな思考に囚われながら大剣を振り回していると、ソフィが炎の精霊を倒したのが見えた。

 

「ソフィ、離れて! 爆発する!」

 

 私がそう叫ぶと、ソフィはすぐさま距離を取った。数瞬後、炎の精霊は爆発し燃え上がった。それを見た周りの者も、炎の精霊にうまく対応していく。

 

「イーナ! 騎士団が到着した! 亀裂の方に行ってくれ!」

 

 ナオフミがそう叫ぶが、敵の数が多い。私が離れればここから崩れそうだ。そのまま少し耐えていると、ダフィールが近づいてきた。

 

「イーナ殿、済まないが人員は割けそうにない! いくらなんでも敵の数が多すぎる!」

 

 セーアエットをはじめとした前回の波の生き残りから聞いていたよりも、遥かに敵の数が多い。前回の波でもアトロナックが出てきたのだろうか。

 

「私が離れて、ここは大丈夫!?」

「何とかするしかないだろう! これだけ殺しているのに数が減らないってことは、あっちをどうにかしなければ終わらないってことでしょう!」

 

 確かに、魔物の数が減っている気がしない。私は小さく舌打ちをすると、ソフィもこちらにやって来た。

 

「イーナ様ぁ! 避難誘導にあたっていたパーティが戻って来ましたぁ! 私もご一緒しますぅ!」

 

 見れば、ソフィの傍に二人増えていた。その二人とダフィールでここは抑えられるだろう。そう思いダフィールを見れば、大きく頷いた。

 

「わかった! ここは任せる!」

「飛び切りの自慢話聞かせてくださいよ!」

 

 ダフィールの軽口に返事することなく、私とソフィは飛び出した。足を止めず、道を塞ぐ魔物だけを切り捨てていく。

 波の亀裂にたどり着くと、モトヤスたちが次元のキメラという魔物と戦っていた。こちらも敵が多いが、村に比べると少ないように感じる。代わりに少し手ごわいか。私は武器をエルフのダガーに変えると、挨拶代わりにキメラを背後から切り裂いた。

 

「イーナさん! 遅いですよ!」

「無事だったか、イーナちゃん! 心配したよ!」

 

 イツキとモトヤスが戦いながら声をかけてくる。キメラを倒そうとしているようだが、他の魔物に邪魔をされてうまく戦えていないようだ。特にイツキは、射線上に他の魔物が割込み、キメラまで攻撃が届いていない。二人の仲間は懸命に周囲の魔物の数を減らし、二人が戦いやすいようにしているようだが、明らかに手が足りていない。乱戦のような状態になっているので、魔法を主体にしている者はただの足手まといになっている。

 

「ソフィ! イツキの射線を確保して!」

「私はイーナ様の仲間なのにぃ!」

 

 文句を言いながらも、ソフィは指示に従ってくれた。イツキの攻撃も通るようになり、みるみるキメラが傷ついていく。

 

「これで終わりだあ!」

 

 モトヤスが何やら叫びながらスキルを放つと、キメラは断末魔を上げ絶命した。それと同時に亀裂は塞がり、空の色が青に戻っていく。

 

「やっと終わりましたね。元康さん、最後に美味しいところ取りましたね」

「はっはっは! ああいうのはタイミングだろう? それより素材の山分けしようぜ……ってイーナちゃん? ソフィちゃん? どこ行くのさ?」

 

 2人は何やら話していたが、私とソフィは駆け出していた。

 魔物の湧きは収まったが、湧いた魔物はそのまま残っている。なら、村はまだ危ない。私たちは急いでダフィールたちの下に戻ると、魔物の殲滅を続けた。

 

 

 

 

 村人の避難誘導をしていたパーティから、一人死者が出た。運悪く炎の精霊と遭遇したらしい。私たちとは村をはさんで反対側にいたせいで、対処法が分からず、爆発に巻き込まれたらしい。まともに話をしたことはないが、ライヒノットに預けられた人員だ。申し訳ない気持ちになる。

 シシスの信徒でも、闇の一党の標的でもなかった彼は、アーケイの下に行ったのだろう。私はアーケイに祈りを捧げた。他の人も各々祈りを捧げている。

 

「イーナちゃーん! キメラの素材だけど、どうするー!? 俺は獅子の頭で、樹は山羊の頭がいいんだけどー!」

「元康さん、やっぱり僕たちは先に取ってもいいんじゃないですか? イーナさんは遅れて来ましたし、尚文さんに至っては来てさえいないですし」

「ばっかだなー。いいか、樹。女の子に優しくしないとモテないぞ?」

 

 私たちが死者を悼んでいると、そんな能天気な声が響いた。モトヤスたちが悠々とやってきた。村人にも数名だが死者が出ている。当然2人に向けられる視線は冷たい。

 

「元康、樹。言うに事を欠いて、よりにもよってそれか?」

 

 ナオフミが2人から村人を守るように前に出る。モトヤスもイツキも、むっとした表情でナオフミを睨む。

 

「なんだよ、尚文。戦いに来なかったのに、分け前だけは一丁前に貰おうっていうのか?」

「そんなことじゃねえよ! お前たちは周りが見えないのか!?」

「村にも被害が出たようですね。ですが、村の防衛は騎士団の仕事では? 僕たち勇者は波を止めるのが第一でしょう」

「まあ盾の尚文はこっちに来てもすることはなかっただろうけどな!」

 

 一瞬で空気がひりついた。流石に2人も何かおかしいと思ったのか、戸惑っている。

 

「ふざけてんじゃねえぞ! イーナの仲間が……」

「ナオフミ、いい」

 

 怒り狂っているナオフミを止める。まだまだ言い足りないようだが、ラフタリアもナオフミを諫めてくれている。

 

「キメラの素材は余ったところでいい。だから帰って」

「「え?」」

「1から10まで全部言わないとわからない? その目はちゃんと見えているの? だから……」

「よくやった勇者諸君、今回の波を乗り越えた勇者一行に王様は宴の準備が出来ているとのことだ。報酬も与えるので来てほしい」

 

 故意か偶然かわからないが、話の途中で偉そうな騎士が割り込んできた。磨き立てのように綺麗な鎧に身を包んだ騎士の言葉に、モトヤスとイツキは喜んでついて行った。私は行く気がしなかったが、ナオフミは複雑な表情をしていた。

 

「ナオフミ、行きたいなら行っても良いよ」

「心の底から行きたくはないけど、報奨はな…… 俺にとって銀貨500枚は大きい」

「なら、行った方がいい。お金は必要。ここは私が残る」

「あ、あの……」

 

 村人たちが話しかけてきた。

 

「ありがとうございました。あなた方がいなかったら、みんな助かってなかったと思います」

 

 事実だ。私たちがいなければ文字通り全滅していただろう。ナオフミもさすがに言いにくそうにしている。

 

「本当に、ありがとうございます。あとは私たち村の者でします。どうか勇者様方は、宴の方に出席してください」

「……ああ、わかった」

 

 ナオフミは折れたようだ。ふと視線を感じ振り向くと、ライヒノットから預かった人員がこちらを見ていた。

 

「剣の勇者様も行ってください」

「俺たちはここに残るのと、ライヒノット様への報告に行くのとで二手にわかれます」

「なので、剣の勇者様たちは宴に行ってください」

「行きたくない」

 

 正直に答えると、みんな苦笑いをした。

 

「ダメですよぉ、イーナ様ぁ。食べて、飲んで、笑ってぇ。みんなを送り出すのが、生き残った者のすべきことですよぉ」

「そうです、イーナ殿。イーナ殿の世界では違いましたか?」

 

 どうだったろうか。思い返してみると、そんな余裕はなかった。私が参加してから闇の一党に欠員が出たのは、マロ指揮官がファルクリースの聖域を襲撃した時が初めてだ。闇の兄弟たちの死を悼んでいる余裕はなかった。

 

「わかった。行く。行くよ」

 

 だが、それも悪くないような気がした。結局私も折れて、ナオフミたちと城に向かうことになった。

 


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