──そこを言い表すのとしたら地獄以外の何物でもなかった。
人らしき何かと共にすべてに火が移り、それが入っていたとされる物体がいくつも壊されている。壁には無数の罅が入り、この建物自体が崩壊しかけであるのがはっきりとわかる。
もはや何も残っていない。ここを見た多くの人間がきっとそう思う終わった場所。
──しかし人影が二つ。その地獄に足をつけ生きているものがたった二人。
「──これが、こんなものが本当に必要なのかぁ!!」
「必要だとも。だというのに、実に無駄なことを」
怒声と共に訴えかけるのは少女だった。
今にも泣きそうに顔をひしゃげ、それでも強く意見する彼女。
しかし、もう片方──帽子の男は全くもって動じていない。
少女の叫びなど、おもちゃを取られた子ども程度にしか感じていないかのようにため息を吐きながら言葉を返す。
「──それで、これからどうするというのだ。逃げる手段もなしに暴れてどうするというのだ」
片手に持つ杖をくるくると回しながら少女に近づく男。このままでは辿る運命など一つだというのにそれでも諦める様子など見せず、ただ強い瞳を灯しながら懐から小さな水晶を取り出す。
「ん? それは──」
「私は諦めない。絶対に、絶対に──!」
少女はその水晶を男が視認する前に握り潰す。
刹那、少女を中心にすべてが吹き飛ぶ。その衝撃と光は周囲一帯を飲み込み、とてつもない轟音を生む。
次の瞬間、そこには何も残っていなかった。
先程まで包んでいた炎も消え失せ、建物があったとさえ思わないほどに更地が広がっていた。
その中心にただ一人。先程の男が何事もなかったかのように君臨している。
「──ふむ。逃げたか自爆を選んだか。まあ前者だろう」
被っていた帽子から埃を払いながら少女について見当をつける。
あの様子からただ道連れに爆発したということはないのは理解が出来る。
となれば考えられるのは逃走。器用なことだ。恐らくあの一瞬で転移も同時にこなしたのだろう。
「さすがは我が最後の子孫ということか。……となれば行く先は一つか」
向かう先におおよその見当は付いている。
今の世界で異端技術を真面目に対処しようとしてくれる場など数えるほどにしかないのだから。その中から最近話題になっている組織に助けでも乞いに向かったのだろう。
「──では、始めようか。すべては我が悲願のため」
もうそこには誰もいなかった。人がいたとされる痕跡すら消え、本当に何もない大地がそこにあるのみであった。
その日、暁切歌はとある用事のために街に繰り出していた。
いつも共に行動している少女──月読調は今日はいない。どうしても付き添いに連れてくる訳にはいかなかった。
「わあ! これかわいいね切歌ちゃん!」
「おー! あっ、これも良いと思いませんか?」
「どれどれー? ……うん! これもかわいいね!」
代わりに今回一緒にいるのは短い茶髪の少女──立花響である。
先程からずっとこんな調子である。もう一時間もこのファンシーなグッズが置いてある店で似たような会話を繰り返している。
年頃の少女とは恐ろしいもの。この勢いのままだとまだまだ掛かりそうである。
しかし、生憎今回はそうはいかなかった。
理由は単純。今日の買い物はこの二人だけで来ているわけではなかった。
「──おいバカに暁。決まったのか?」
「あっ、クリスちゃん! これとか調ちゃんにぴったりだと思わない?」
響がその声の主である銀色の髪の少女──雪音クリスに今持っている兎のぬいぐるみを見せどうかと尋ねる。
「ああ? ……まあ良いんじゃねぇの」
「だよね! じゃあこれにしよっか切歌ちゃん!」
「決定デス! これは調もきっと笑顔満点になるデスよ!」
買うものが決まり、そのぬいぐるみを持ってレジに向かう切歌。
──そう。今回の目的はこのぬいぐるみ。正しく言うなら彼女の大好きな調へのプレゼントである。
別に特に理由があるわけではない。パヴァリア光明結社などのいろいろ事件が多く、ようやく一旦落ち着いた最近。なんだか貯まる一方であるS.O.N.Gからのお給金をどう使うか考えたときにプレゼントを思いついたのである。
響やクリスに相談したのはどうしてか調への物だけが決まらなかったからだ。いつも近くにいるから一番よくわかっていると自負していたが、それ故に何をあげたらはっきりと絞り込めなかったというなんとも微笑ましい理由の元、今回の買い物は行われたのだ。
「いやー。本当に感謝デスよー!」
「ぜんっぜん大丈夫だよ! せっかくの休日だしね、クリスちゃん!」
「ま、まあ暇つぶしにはなるしな」
切歌に元気に返す響と照れくさそうに言うクリス。
言葉では若干面倒くさそうなクリスも結構楽しんでいたりする。今回はどちらかというと自分の買い物のために来たとはいえ、なんだかんだこうしてプライベートで集まる機会は学校以外ではそんなにないため、楽しいお出掛けにはなっているのだ。
ちなみに某防人や陽だまりも誘ってはいたのだが、生憎と予定が入っていたため今回は不参加である。
そんなこんなで買い物も終わり、ショッピングモールで時間を潰していたらあっという間に空は茜色。
すっかり夕方になり、二人と別れ鼻歌交じりで家への帰路を歩く切歌。その胸の内はすっかり調がこのプレゼントを喜んでくれるか一色になっていた。
そんな時である。帰り道にある公園を横切ろうとした瞬間、突如として大きい音が耳に入った。
「──な、なんデス!?」
絶対にスルーできないほどのそれを聞き、その音の発信源を探す切歌。
──それはすぐに見つかった。
通路正面の少し遠く。そこに元凶はいた。
そこにいたのは二人の人間。片方は女、もう片方は男。
女の方は遠くからでもわかる赤い手で脇腹を押さえ、苦しそうに立っている。
そしてもう片方。特徴的な黒いシルクハットを被る男。そんな男が片手で長い杖を持ちながらそこにいた。
多くの人がその女性が襲われていると思うだろう場面。
それを見た切歌の足は一直線にその現場に走り始めた。
以前の切歌なら道端の事件に首を突っ込むなんてことしなかっただろう。
自分でも認めるぐらいには常識人である切歌は裝者の中でも冷静にものを見ることが出来る人間である。何が大事か、何を切り捨てるべきかを優しすぎる保護者や感情的になりやすい相棒よりも明確に考えられてしまう。
──しかし、今は多少違う。
とっても頼りになる大人、敵同士であったはずの私たちと手を取り合ってくれる仲間。
良い人達と巡り会い、大切な人に生きる未来を守られた切歌は少しだけ、周りに伸ばせる手も増えてきた。
「──ちょーっと待つデス!」
少女はその場に乱入する。先程までいた人助けが趣味の少女のように。
没理由は単純に詰まったから。