オールラウンダーの軌跡 1
「──しっ!」
跳ね返ってくるボールを全力で蹴る。
もう何回目だろうか。もはやそれも分からないが、はっきりしていることは一つ。未だに一回も失敗していないということだけだ。
引っ越してきてからおおよそ一ヶ月。この絶好のスポットを見つけてからすっかり朝の特訓にこれを加えるようになっていた。
「──終わりっ!」
強い威力でこちらに向かってくるボールをしっかりと足で抑える。
取り敢えず、朝は終わり。早く戻らなきゃ。
家に向かって全力で走る。その少年──結城隼人。
彼のサッカーはここから始まる。この新しい大地で。
「──ふわぁあ。姉貴め。なんで全然起きねーんだし」
欠伸をしながら学校への道を歩く。今日は姉貴が全く起きなかったので出るのに手こずってしまった。
相変わらず体が強いのか弱いのかよくわからないあいつに呆れてしまう。あんなんでも四つ上の姉なんだが。
適当な速度で歩いていると、それなりに大きな建物が見えてきた。
比較的新しいその校舎。今日からここに通うのか。
「──よしっ!」
やる気を出し、校門をくぐる。新しい場所で不安ではある。
けれど、やることは一つ。やりたいことは一つだけ。
──サッカー。それでてっぺんを、すなわちフットボールフロンティアで優勝する。
俺ならやれる。チームがどうかは知らないが、俺は必ず上に行く。
それで必ず、俺は見返してやる。俺らを捨てたあの両親を。
「結城隼人です。最近この辺に引っ越してきました。よろしくお願いします」
簡単に自己紹介を済ませ席に戻る。
正直サッカー以外で人は苦手なので、教室で友達が出来るとか考えてはいない。姉貴にそういった部分はないのが本当にすごいと思うし。
窓際の席。一人の方が好きな自分には好ましい位置だ。
一日も終わり、これからどうしようか考える。
サッカー部は今日から体験入部もあるらしいが、スーパーで買い物もしなくてはならない。
「なあ! 結城くん、だっけ?」
まあとりあえず帰ろうと席を立とうとした時、いきなり大きな声で呼ばれる。
その大きい声に少しだけ驚きながらもそちらを向くと、話しかけてきたのは体格の良い少年だった。
「俺、紺野新。よろしくな!」
「……よろしく」
その少年──紺野が大きな声でこちらに話しかけてきたので、頑張って返す。いい奴そうだが、声の大きな奴は少し苦手だ。
「なあなあ。お前、この街来たばっかって言ってたけどどこらへんから来たんだ?」
「……東京だよ」
「へぇー、いいなぁ。東京って──」
歩きながらこちらに話しかけてくる紺野。
どうやら紺野は人と話すのが上手いらしく話が弾む。
俺の前いた場所について。この街の美味しいもの。
そして、入りたい部活の話になっていた。
「なあ隼人。俺はサッカー部入るつもりなんだけど、お前は何部入るんだ?」
「俺もサッカー部だけど」
「まじか! じゃあおんなじだな!」
俺がサッカー部に入るつもりだと言うと、紺野はすごく嬉しそうにしている。周りにはいないのか?
「いやー。友達はみんな野球派だし、学校も違うしでさ。同じクラスにサッカー部入る奴がいて嬉しいんだよ」
そうなのか。サッカー好きが周りにいないのは寂しいことだ。
まあ、俺には話す友達すらいなかったが。
「今日から体験あるらしいし、隼人も行くだろ?」
「……一応」
「なら行こうぜ!」
紺野がこちらに呼びかけてくる。まあ時間もあるし見に行こうとは思っていたのでそれについていく。
外に出ると校庭では既に走り始めている集団がある。もしかして、あれがサッカー部なのだろうか。
「確か部室練前に集合って……。あ、あそこだ!」
紺野の向かう方にそのままついていくと、何人かが集まっている所が見える。
「すいません! 遅れました!」
「遅いぞ。次からは気をつけるように」
こちらに厳しくいう男。多分先輩だと思うその人がこちらを一瞬見た後、説明を続ける。
「──うちのサッカー部はそれなりに強い。ただ遊びで入ろうとするとすぐにきつくなるだろう。まだ申請期間はある。今日の練習を参考にして、しっかりと考えて入るのをおすすめする」
男の言葉に空気が少し重くなった気がする。
だが、関係ない。俺は勝つためにやるんだ。なら、強いチームの方がありがたい。
気になるのはそれなりという弱気な言葉。なぜそれなりという曖昧な言葉なのか。
「ではまずランニングからだ。参加する奴はすぐにあの部屋で着替えて来い」
その言葉で入部希望者が動き出す。俺らも恐らくは部室であろうその部屋に入り着替える。
その間に、さっき気になったことを紺野に聞いてみる。
「なぁ紺野。ここって強いのか?」
「結構強いらしいぜ! 去年はフットボールフロンティアの予選決勝まで上がったらしいし」
なるほど、本当にそれなりなのか。確かに決勝まで行っていれば弱くはないだろう。弱くは。
「けど──」
「けれど、この地区にはあの龍星学園がありますからね。一番以外はどこでもあまり変わりませんよ」
紺野の言葉を遮り、物詳しそうに語る少年。
掛けている眼鏡を指で調整している胡散臭そうな声の男。
「えっと……」
「ああ、いきなり失礼。僕は長月。同じクラスの長月一馬です。よろしく」
「あ、はい。どうも」
この眼鏡の少年──長月は眼鏡をくいっとあげながらこちらに言う。
顔は整っていると思うがどうにも胡散臭い。声がそう思わせているのだろうか。
「俺は紺野新。よろしくな、一馬!」
「ええ。よろしく新くん」
紺野と長月は握手をする。やっぱコミュ力なんだろうか。コミュ力が正義なのだろうか。
急いで着替えて、さっきの場所に戻る。見たところ、どうやら俺達が最後らしかった。
「これで最後か?」
「はい! 俺達が最後です!」
「よし。ではアップをしてからランニングを始める」
軽く体をほぐし、その先輩についてランニングを開始する。
最初はそこまで速くなく、ついていくのも簡単だったがしばらく走っていると、次第にペースが上がってくる。
「──なあ、これ速くねぇか」
「──そう、ですね」
紺野の言葉に息を乱しながら走る長月。多少辛そうではあるが、まだ大丈夫そうだ。
ちらっと後ろを見てみる。割といた気がする後続は、いつのまにか俺達三人しか残っていない。
全く気にすることなく走る先輩。
それからさらにしばらく走った後、足を止めたので自分達も走るのをやめる。
「──残ったのは三人か。終わらなかった者は今から五周! 残った者は次!」
その後も続く過酷な練習。まるで落とすためにやっているかのようなその厳しさに、何人かは足が止まりその場にへたり込む。
結局、最後のボールを使っての練習に参加できたのは俺達三人だけだった。
部活体験が終わり、帰り道を三人でとぼとぼ歩く。
さっき見たメールで今日は買い物に行かなくても良くなり少しだけ気は楽だが、今日は疲れた。
「──大丈夫か?」
「ええっ。けど、流石に疲れました。あれが毎日なら中々にハードですね」
「だよなぁ」
疲労を前面に出す二人。無理もない。俺も若干疲れた。
正直俺以外が残るとは思えない内容だったので少し驚いてるし。
けど、あれを最初にやったら入る人なんてほとんどいないと思うのだがあの先輩は何を考えているのか。もしかして本当に落とす気だったのか。
その辺の自販機で飲み物を買い、それを飲む紺野。炭酸が美味しそうだ。
「──ぷはぁ! でもまあ、やるしかねえよな! フットボールフロンティアで優勝してぇし!」
「ええ。あれぐらいやらないと強くはなれませんしね」
その言葉にうなづく俺と長月。こいつもなのか。意外だ。長月は見た目的にそんなに目標を高くしてないと思っていた。
歩きながら、適当に話をしていると別れ道に出る。どうやら、二人は別方向らしい。
「──じゃあ俺、こっちだから」
「そうか! じゃあな」
「ええ、ではまた明日」
挨拶をして、走って自分の家に向かう。
これから楽しくなりそうだ。そんなことを思いながら家に向かって走っていった。