不思議の森のヨクバリス
むかーしむかしではないけれど、何処なのかは分からないとある世界。その中のとある地方のとある大きな森に、一匹のポケモンがいました。
「いただくぜぇー!」
「!?」
森で暮らすチョロネコが一日の始まりにと取ってきたモモンのみを、刹那の如き速度で奪い逃げ去るそのポケモン。
あまりの素早さに固まってしまったチョロネコが慌てて追いかけようとするが、その体型に似合わない速度で木から木を移動していくそれに追いつくことはない。
「ごちそうさん! 明日もめしの準備をしておくんだなぁー!」
息も絶え絶えなチョロネコに、木の上からまったく悪気のなさそうな声でお礼を言って姿を消すその毛玉。
茶色と言うにはちょっと明るいすぎる毛の塊。いつも膨らんでいる頬袋。卑しさの割に、無駄に綺麗な瞳を持つポケモン。
「待ってよぉ〜、ヨクバリスくん〜」
そのポケモンの名はヨクバリス。この森に住むポケモンなら誰もが知っている食いしん坊。自称ヨクバリス界一の欲張り。他とは違う色をした、中々に個性的な生き物である。
チョロネコは激怒した。必ずやあの邪智暴虐の化身にひとつ文句を言ってやりたいと、心の中にマグマよりも熱い怒りを燃やしていた。
「ぜぇーったい許さないんだから! ヨクバリスくんなんて!」
「相変わらずちょろいねー。チョロネコに恥じないちょろっぷりだねー」
「お姉ちゃん!!」
家に戻り先程の大事件を姉であるレパルダスに話すチョロネコ。近所のオコリザルよりも強い怒りであるが、レパルダスはいつも通り軽く笑いながら耳を傾けてくれるだけだ。
いつも通り。そう、いつも通りの日常である。故にレパルダスも慣れてしまったのだ。
「そんなに怒ってても疲れるだけだよ。はいご飯」
「わあモモン! ありがとお姉ちゃん!」
瞳すらもめらめらとぎらつかせていたチョロネコ。しかし、悲しいかな彼女はチョロい。レパルダスがくれたモモンのみ三つであっさりと笑顔に戻ってしまう。
「って! 今日は誤魔化されないんだから! 大体、お姉ちゃんはヨクバリスくんに甘すぎるよぉ!」
「そうかしら? そんなことはないわよ」
甘みの溢れるモモンを囓りながら、それでも姉のヨクバリスへの甘さについて文句を言うが肝心の彼女は軽く流すのみ。残念ながらそこまで深く考えてはくれない。
「そもそも、チョロネコも家で食べてれば取られることはないんだよ? あいつだって常識の一つを持ち合わせていないわけでもないし」
「だってぇ……。お日様が気持ちよかったんだもん……」
チョロネコはレパルダスの正論に耳をへなゃりと曲げることしかできなかった。
チョロネコは日光というものが大好きである。朝食はそれを浴びながら食べたいという欲求に勝てないのである。さらに言うならチョロネコは朝に弱い。寝起きもよろしくはないし、朝ご飯も完全に目覚めずに食べるくらいに眠りの欲には勝てない。
正直、ヨクバリスが取らなくても他の鳥ポケモンたちに奪われているだろうくらいにはチョロい残念ポケモン。それがこのチョロネコなのである。
姉であるレパルバスはそれをよく知っている故そこまで何も言わないのだ。姉的にはいい加減、警戒も一つも覚えて欲しいというある種の厳しさなのかもしれない。……まあ、そこを踏まえてもヨクバリスに甘いだけかもしれないが。
「……もういいもん! 行ってきます!」
「気をつけて遊ぶのよー」
お弁当のモモンをお気に入りの袋に入れ、家から駆け出ていくチョロネコ。なんてことない日常の始まり。それを眺めるレパルダスの目はどこか穏やかであった。
「遅いよチョロネコ!」
「ごめんねみんなぁ」
チョロネコが集合場所である黄色い葉の木に到着すると、そこにはもういつものメンバーが揃っていた。
「おはようチョロネコちゃん! 今日もとっても良い天気!」
「……相変わらずだな」
しっかり者のポニータにいっつも元気なエイパム、そしてちょっとクールを勘違いしているラクライくんの三匹。これがチョロネコの仲の良い友達である。
「さあ! みんな揃ったしレッツゴーだよ! 出発だよ!」
楽しみすぎて待ちきれなかったのか、手の形をした尾をぶんぶんと振りながら歩き始めるエイパム。まあ慣れているので特に問題はなくついて行く。
「それで、なんで遅かったの? やっぱりヨクバリスさん?」
「やっぱりって……。まあそうだけどさぁ」
ポニータがなんで聞く前から答えを知っているのかとへこたれるチョロネコ。
当然である。ポニータとはこの中でも特に古い付き合い──つまりは一番愚痴をこぼすことが多い関係。姉すらも聞き飽きた文句を聞いたことがないなんてことはないのだ。
「……家で食ってりゃいいものを。わざわざ外に行くからだ」
「ううぅ……、ラクライくんがお姉ちゃんみたいなこと言うよぉ……」
ラクライの容赦のないマジレス。それはチョロネコの柔く脆いハートをつのドリル並みの鋭さで突き刺した。
いつもは庇ってくれるポニータもこれには苦笑いを零すのみ。二度や三度ならしょうがないとは思うのだが、日常と化している現状についてはポニータ自身も注意したかったので残等である。
「そ、そもそも取っていくヨクバリスくんが悪いんだしぃ。私悪くないしぃ」
だが、ここで責任転嫁していけるその強かさこそチョロネコの強み。いくらあっちが悪くとも、これ程に自分にも悪いところがあったのだろうとなる空気で、こうまで主張出来るのだから凄いと思う。
「ヨクバリスの兄ちゃんも変わんねーよなー。この森一の欲張りの自称っぷりは伊達じゃねぇぜ!」
「……あの人はすげーよ。言葉の通りにやっちまえるすげえ人だ」
木の枝をぶらんぶらんと移動しながら笑いながら話すエイパムの言葉に珍しく素直に同意するラクライ。
ヨクバリス。この森でそのポケモンをを知らないものなどいないだろう。
自称森一の欲張り屋。外での食事はみんな彼に食べられてしまうといったほどには見境のない問題児。
森深くにある霧の湖に住むミロカロスとの一件。カビゴンとの大食い決闘。以前、旅の途中に立ち寄ったサンダースとの速さ比べなどネタが尽きることなどないポケモン。
『お前のものは俺のもので、俺のものは俺のものさ』
その口癖も妙にさまになっている、良くも悪くも話題の多いヨクバリス。チョロネコにとっては口癖通りの単なる朝ごはん泥棒でも、森に住む者たちにとっては人気者なのだ。
「お前の姉ちゃんと付き合ってんだっけ? 羨ましいよなぁー」
「……さぁ? そこんとこはお姉ちゃん話してくれないんだよねぇ」
森一番の美ポケだと評判なレパルダス。チョロネコが聞いた時は腐れ縁だとしか答えてくれなかった。
けれどチョロネコはそうは思ってはいない。妹から見ても完璧なレパルダス。その彼女が、あのヨクバリスの話をする時だけ見せる表情を知っているからだ。
「ヨクバリスさんとレパルダスさんが一緒に歩いているのはよく見るよ。仲が悪いってことはないんじゃないんかなー」
「……まあ、あの人は人気だからな。俺も、あの人には助けられてばっかりだ」
ラクライのべた褒めさはいつものことなので気にする必要はないが、相変わらずの人気っぷり。今男の子に大人気のポケモン。それがヨクバリスなのである。
「まぁ、今度兄ちゃんに聞いてみよーぜー! ってことでとうちゃーく!」
エイパムが木から飛び降り陽気に声を上げる。そんなこんなで歩いていたらいつのまにか到着してたらしい。
黒い葉が特徴的な、自分たちが暮らしている森とは一風変わった森。ここが目的地にして出発点。今日探検予定のその森の名は──。
『クロガラスの森!!』
全員の、未知を楽しむ子供たちの声が一致する。
それが探検の始まり。この四匹にとっての長く苦しい一日。それの幕開けであった。
ポケダン風味の作品を書きたかったけど萎えたので没。