才能主義。持つものはそれを生かし、持たざる者は何もするべきではない。
イケメンは美少女と付き合えばいい。
スポーツができるやつはそれを極めればいい。
頭のいいやつはそれを生かせばいい。
──そして、何もない人間は何もしなければいい。
全ては自身の身の丈にあったことが正しいことである。そんな考えだ。
この物語はそんな考えを持つ一人の凡庸な少年の物語。そんな考えの男の一つの恋の物語。
才能にばかり目をいかせ、ただただ生きていただけの話である。
夕凪高校。偏差値的にはそこまで高くなく、然りとて低くもないその高校。
誰もが授業に集中している。授業中は会話が聞こえない程よい学習環境。
俺こと佐倉湊はその学び舎でいつものように情眠を貪っていた。
「──では、ここまで」
チャイムが鳴り、教師が終了を告げる。
寝ていた自分を気にせずに授業を進めてくれるあの先生はとてもありがたい。
軽く礼だけして持ってきた昼食を鞄から引っ張り出す。
今日も菓子パン。お金がなくともこれだけは変えたくない。
「みーなと! 今日もパンだけか?」
「咲人か。お前は変わらず弁当だな」
クラスメイトの橘咲人が適当に机をずらしてこちらに寄ってくる。
橘咲人。身長百七十五センチぐらいの茶髪の男。
コミュ力も高くクラスでもいい立ち位置にいるこいつはほとんどの生徒に好かれる、そんなやつだった。
「今日は逆巻達と食わないのか?」
「裕太達とは昨日食べたから今日は湊とな。あっちじゃあんまりアニメの話とかできねーし」
咲人は弁当の包みを解きながら答えてくる。
蓋を開けると相変わらずの弁当。彩りもよく見ただけで美味しそうだと感じれるそれは作り手の愛情がよくわかるものだった。
「今日も東雲先輩の手作りか? 相変わらず仲が良いことだな」
「まあな! 凪沙は料理上手くて箸が進むんだ」
美味そうに食べる咲人と話しつつ、菓子パンをかじる。昨日も同じパンだったこともありそこまで食が進まない。
「それにしても、今日も数学は寝てたな湊は。そんなんじゃ赤点取っちまうぞ?」
「──良いんだよ別に。出来ないものを無理しても意味ないからな。ならその分他に時間を使った方が良いに決まってる」
咲人は心配して言ってくれてるのだろう。
だがしかし、俺はどうにもやる気にはならない。
昔から算数の類は苦手であった。学年が進むうちに数学に変わり、ほとんど訳のわからない言語と化してしまったその科目は俺には理解はできないだろう。
「それよりもだ。昨日の禁剣見たか?」
「おう見た見た! レイスの魔法かっこよかったよなぁ!」
話は昨日のアニメの話に変わりなかなかに盛り上がりを見せる。
咲人は外見はただの陽キャだが、意外と深夜アニメも多く見ているため結構話せる。
雑談に花を咲かせているとチャイムの音が鳴り響く。
どうやら昼休みはあっという間に終わってしまったようだ。
「──そんで、ってもうか。んじゃな」
「おう」
元の席に戻っていく咲人。基本的にこの時間以外は話すことは少ないので今日の雑談は終わりということになる。
午後の授業も退屈だ。別に分からなくも無い内容なのだが、特別聞きたいとも思わないような過去の出来事。
この国のものですら無いそれを脳に染み込ませるのは眠りかけの脳みそでは至難であろう。
「ではこの問題を……佐倉」
「……はい」
呼ばれたので一拍遅れながら答えを言う。教科書をパラパラとめくっていたから偶々知っていただけで運が良かった。
「正解だ。──」
淡々と授業は進む。正直受験に向けてとかそういう目的なら教科書を授業時間分読むだけの方がためになるぐらいには夢に誘ってくる平坦さだ。
どれくらい経っただろうか。時計を見ると残り時間で鬱になるので見ないようにしているがそれでも気になってしまう。
つい確認しようとしてしまった時、救いの鐘の音が目を覚まさせた。
「ではここまで」
礼をして授業が終わる。五人くらいしか寝起き感がないのは優秀なのだろう。
トイレに行こうかとも思ったがこの教師は担任なので、続けてホームルームも行われる。
一旦職員室に戻ったのでその間にでもしてこようかと思ったが、もし遅くなったら周りの目が怖い。
結局そのまま始まるまで待機しておくことにする。
幸いすぐに戻ってきて、つつがなく進行されたのでホームルームも終わりを迎えた。
さて帰ろう。今日は掃除もないし部活なんて入ってはいない。
ここの学校は部活は選択制。自分に向くものがなければ入らなくてもいいのだ。
下駄箱で靴を履きそのまま家に帰るための道を歩こうとする。いつも通り、卒業まで変わることのない日常。
「ちょっと──」
部活なんてそれに向いているものがやればいい。
勉強なんてその場で出来なければ意味はない。
「ねえちょっと──!」
歪んだ考え方だとは思う。無論他者に押し付ける気なんてこれっぽっちもない。
けれど、俺は間違っているとは思わない。
出来ないものを上手くやろうとするのは時間の無駄。ならば出来るものに力を注げば良い。何も出来ないのなら邪魔をしない。
そして、俺は出来ない側であると理解している。
顔も良くない。身体能力も高くはない。知能もおおよそ人以下であろう。
だから、だからこそ──。
「反応してよ!」
「ぐえっ」
思いっきり肩を掴まれ後ろに引き寄せられる。どうにか堪え体勢を崩さずに済んだが一体──?
「もう! なんで止まらなかったの!?」
そこにいたのは美少女であった。程よく伸びた黒い髪。整った顔の造形。それにマッチする黄金比の如きスタイルの良さ。
珍しく、本当に珍しく純粋に綺麗だと思える。そんな少女であった。
「全く! まあいいわ。佐倉君だし」
一人で納得しているその少女。たがしかし、俺はそれで恐怖が止まらなかった。
──なぜ俺の名前を知っている。制服は見たことある。うちの制服だ。なら同じクラスなのか、否。見たことがない。教室にいたら目立つ容姿をしている。
いや、肝心なのはそこではない。こいつが誰なのかではない。なぜ俺のことを知っているのかだ。
俺は自慢じゃないが何も特徴がないと自負している。運動、勉強、会話力、容姿。おおよそ高校生が特徴とするであろうそれは全てにおいて全くもって長所はないと言い切れる。
見る限り彼女は美少女。本来なら三年を通して声を掛けれたら幸せで終われる、高みの存在。
「──うぅん。ちょっと時間ある? 話したいことがあるんだけど」
「……はい」
思わず返事をしてしまう。まあ明日からの学校生活を考えればそれは正しい選択だと自分を褒めれる。
クラスの目立たない陰キャ枠からサンドバッグに変わるのはあまりにも辛い。
「じゃあ付いてきて。 時間あまり取らせないから」
そういって歩き始めるのでその後ろを歩く。少し歩くと公園が見えそこに入っていく少女。確かに話すならうってつけだと思い俺の進んでいく。……ここなら走って逃げれるし。
「お待たせ。ごめんねわざわざ」
「いや、大丈夫」
中央まで歩きそこで止まる。その女はこちらをチラチラと見ながら何かを言おうとしていた。
さて一体なんだろう。お金は持っていない。それ関係だったらどうにもならないが。
「あ、あの!」
あるいはあれか。罰ゲームというやつか。であれば次の一言は……。
「好きです! 付き合って下さい!」
公園中に声が伝わる。それぐらい大きい声で、少し震えながらはっきりと。
彼女の顔は赤く見える。夕日の反射かもしれないがそれとは別の感情なのか。
いずれにしても俺の心は正反対。予想が当たり冷めきっていた。
さてどうしようか。普通なら多分受けるのだろう。今は好きでないとしても、ここまで優れた容姿の少女に告白されたならその場の雰囲気に流されることもあるだろう。
「え、えっと……」
少女の声は揺れている。不安で不安でしかないといった風な声色。これが罰ゲームなら心から賞賛できる。
でも多分違う。これは嘘ではないのだろう。恐らく人生において俺の唯一のモテ期か。
ならやることは一つ。
「ごめんなさい」
「……えっ……え?」
一言だけ告げて速やかに公園を去ることにする。相手が何か言う前にとっとと退散するのが一番の理想。
相手は戸惑うだろう。けど、それと同時に気づくのだ。なんであんなやつに告白したのだろうと。
むろんリスクはある。ただまあ、今回は大丈夫だろう。コイツに惚れたのが間違いだと思わせれば、キット自分の恥を世間に晒すことはないだろう。……周りに愚痴るタイプだったら完全に悪手だが。
早足で歩き、彼女が追い付かないように適当な道で帰る。
人生一度のモテ期、か。あんな美少女だったらきっと何かの間違いなんだろう。
あんな娘はもっとイケメンか、それとも優秀なやつと付き合えば良い。それが一番正しいことだ。
さらば初モテ。グッバイ青春。心はもう卒業生並みに充実したそれになっているだろう。
と、ここで終われればただの思い出。いずれ消える記憶の一つになっていただろう。
しかし翌日。放課後の教室にて。
「貴方を絶対に惚れさせてあげる!」
とんでもなく面倒なことには発展していた。
一体何でこうなった。つい窓に目を向けるとカラスが鳴きながら飛び去るのが余計に心労の理由になっていた。