今でも目を閉じると思い出すことがある。
あれは真っ白な雪が空から零れ落ちたえらく寒い日だった。
『──────』
光となって空へ消えていくその銀の女性の言葉は、生憎そこまで憶えてはいない。
あの時、魔法陣の形成すら手伝えなくただ見ているだけしか出来なかった俺が思っていたことなんて、言いようのない虚しさだけだ。
彼女の最期の言葉よりも、己の後ろ向きな心全ての方が俺の胸には強く刻まれていたからだ。
時々首に触れる雪の冷たさ。果たしてそれだけが己を凍てつかせていたのかは定かではない。
そこでようやく思い出したのだ。この未来を予め伝えた預言者がいたことを。
そして同時に思い知ったのだ。ただの妄言だと信じなかった己が招いた結末であると。運命という名の鎖の残酷さを。
──その時に決めたのだ。自分の走るべき道を。これから辿り着くべき終焉を。
果たしてそれが正しかったのかは分からない。違ったとしてもどこを間違えたのかは知りようもない。
──結局の所、俺にあったのは恐怖だけなのだ。
ただ失うことがどうしようもなく怖かったというだけのことなのだから。
無限書庫。それは管理局の所持する膨大なデータが一点に集まった空間。
『世界の記憶を納めた場』などと、どこぞの雑誌のような一文でよく例えられるそこには、当然探している物についての情報もあるはずだ。
まあ独自で探すとなると今と大差ないくらいには難しいという難点がある。
名の通り、それこそ無限に広がっているんじゃないのかと言いたくなるような広大さである。そこから狙った情報を手に入れるのは灰一粒を箸で掴むのと同義。即ち不可能に近いのだ。
──まあそれは過去の話。今は多少異なるのだが。
「それでわざわざこっちに来たのかい? 資料はまとめて送るって言ったのに」
こちらを呆れたように、それでも手を休めずに話すユーノ。
よくそれで整理できるなとこっちが呆れたくなるが、ユーノからすれば普通らしいのだから恐ろしい。
俺の知っている中で最も
「まあ、久々に顔を見たくてなぁ。後で六課にも顔を出すからそれも兼ねてだけど」
「つまりついでってことだ。相変わらずだね」
言葉の不満さとは違い、納得がいったかのような声のユーノ。
実は高町なのはを挟まなければそう話す機会もないので妥当なところではあるのだが。
仲が悪いわけではないが特別会おうとはしない関係。例えるなら学校内のみ仲が良いクラスメイトみたいなものなのだろうか。
「それでどうだった?」
「古い文明だったからね。昔、一族の誰かからそんな名前を聞いたことがなくて、君たちが取っ掛かりを掴んでいなかったらもう少し掛かっていたんじゃないかな?」
片手を動かし空中に画面を投影するユーノ。そこにあったのは俺たちが今まで調査したものから、見たこともないような情報であった。
「第三期ガイラル文明。第二十六無人世界ギンドルにあったとされる幻想文明。もしこれが真実であるならば、また一つ世界の認識を覆すものでもある幻の時代の話だね」
「幻?」
「資料を探しても見つからなかっただろう? それは未だ発見されていないというよりも、人為的に残されなかったからでもあるのさ」
人為的? なら消されたのか。一体誰に?
「発見された時代では、神と呼ばれる存在が限りなく不都合とされていてね。五柱の女神を主体とするその世界の名残には、当時の宗教を大きく否定する要素が含まれていたんだ」
まあ、結局内戦で滅んだんだけどねと中々に怖いことを付け足しながら説明してくれるユーノ。そこにわずかな怒りと哀れみを感じるのは彼の一族の血故か。
「……結局、ギンドルに
「うん。ただ、
ユーノは申し訳なさそうにこっちに謝ってくるが、十分すぎるほどに調べ上げてくれた。
……うん。やっぱりユーノに頼んで良かった。もし俺が意固地になっていたら、それこそ取り返しがつかない結末を迎えていた気がする。
ようやく停まっていた足が進み始めた。後は、駆け抜けられるかという不安だけ。
「……君は相変わらず、そんな顔をしているんだね」
「どうした?」
「なんでもないよ。あんまり仕事ばっかりだと、なのはに愛想尽かされるから気を付けなよ」
そう言い残し書庫の奥に戻るユーノ。
よく言うよ。聞いた話じゃお前の方が忙しいだろうに。
……両思いなんだし、いい加減とっととあいつに告っちまえばいいものを。ばーか。
ユーノと別れ、次に向かうのは機動六課のとある人物の元である。
連絡すれば聞きたいことは聞けるが、まあユーノと同じで久し振りに顔を見たくなったのだ。
機動六課。まあ正式名称は古代遺物管理部機動六課とかいう長ったらしい名前なのだが、一々言ってられない長さだ。
とあるロストロギアの捜索と対処を目的としているらしいが、明らかに過剰な戦力を有した部隊だと思う。
なのは、フェイト、はやての三人が一箇所に集まるというだけでもう何か起きると言っているようなもんだが、なんでも優秀な新人を抱え込んでいるとかなんとか。
闇の書よりかはましなものなのだろうと思ってはいる。これで予言の原因がそのロストロギア関連ならば、俺のあまりの見当違いに笑ってしまうところだ。
……まあ、結局こっちも対処しなきゃいけないんだが。
本当、名が知れるってのは辛いものだ。
そんな雑な思考をしている間に足は目的地にたどり着いていた。
ここに来るのは初めてではない。過去に数度訪れた事がある。
その時は長居は出来なかったが、あのロリ騎士や鬼教官の訓練具合といったらもう同情を覚えるくらいだ。
セリンはともかく、俺も六課に誘われたが今考えると無理だと思う。
そもそも純粋に能力を出すなら、俺は執務官の中でも最弱に近いし。
指揮能力もない、調査に秀でているわけでもない、知識が豊富というわけでもない俺がこの場にいても、こうはなっちゃいけないよという手本ぐらいにしかならないだろうなぁ。
大方、今も訓練に明け暮れているかしているのだろう。
最近は顔を合わせることすらしていなかった。
あっちもこっちも忙しいのも理由ではあるが、何よりあいつらに会うと頼ってしまいそうになるからだ。そもそも俺の戦闘における切り札さえも、あいつらに協力してもらっている部分があるくらいなのだから。
それに、もし会えば今やっていることがバレてしまう恐れがある。
なのははおろか、知り合いに知られたら否応にでも何か行動を起こされそうで怖いのだ。……最近は、あのロストロギアの性質も相まってさらに言いたくないことになっているし。
それでも会おうと思ったのは、……まあ気まぐれだろう。
あの予言によれば俺は必ず選ばなきゃいけなくなる。
あの聖なる夜に投げかけられた宿題の答え。それは──だから。
……やめよう。下手に考えると、思考はいつも悪い方に傾く。
自分の後ろ向きさに嫌になりながら、ようやく目的の人物との待ち合わせ場所に到着する。
ちょっと早く到着したはずなのに、相変わらずの生真面目さなのかそこに座っている美しい女性。
「お待たせ。フェイト」
「大丈夫だよゆーき。久しぶり」
フェイト・T・ハラウオン。小学校来の友人にして先輩執務官。
その美しい金色の髪を風に揺らされながら、こちらに笑いかけてきた。