『じゃあ、どうしてゆーくんはそんなに無理するの?』
それはいずれ来る運命に備え日常を駆けていた頃。まだ土台すらなく、倒れることが多かった無様極まりない時期の話だったか。寝込んでいた俺の看病に来てくれた少女にそう質問されたのだ。
『……出来ないから。俺には、必要なことだから』
消費していた体。息も絶え絶えにそう答えた俺の心境はどういったものだったか。
両親よりも、今もなお隣にいてくれる幼馴染に対する感謝か。遠い未来にそれを失うと確定されたための恐れか。
一つだけ憶えているのは、決して前向きではなかったということだけ。
なら、やっぱり先への恐怖か。或いは目の前の──守らなくちゃいけない存在に守られる屈辱か。もうどちらでもいいことだ。
『ゆーくんは誰よりも努力しているよ? だから、そんなに無茶しなくても良いと思うんだけど』
少女は諭すように──俺にとって縁の無い母のような優しさで頭を撫でながらそう言った。
けれど、まるで幼子を叱るようなそれも、弱っていた俺には折れて良いよという悪魔の囁きでしかなかった。
その時のあいつの顔は今でも、多分これからも消えることはないのだろう。
その時のあいつの言葉が、浮かばなくなる事なんてきっと無いだろう。
──そして。
『────』
あの時、口から零れたその本音が──どうしようもなくくだらない感情は、俺は一生忘れることが出来ないだろう。
妙に心が落ち着かない。昨日、久しぶりに入った布団でもそうだった。
適当な格好で仮眠をするのに慣れてしまったのだろうか。或いは心的要因がそうさせていたのか。
別にどっちでも良い。眠りが浅くとも体調は万全。今日というこの上なく重要な一日を送るのには十分すぎるコンディション。
「それにしても、随分と気合いが入っているじゃないか」
隣にいる管理局の制服を着た男の人──キリック・ゼムリア執務官が俺の昂ぶりに気づいたのかそう指摘してくる。
「もちろんですよ。……キリック執務官も人のことを言えないのでは?」
「……当然だ。ようやくこの日が来たのだ。あのグルザードを終わらせる、その時がな」
握りしめていた拳の力強さが彼の意気込みを語っている。
キリック・ゼムリア執務官。それは三年前、俺とフェイトと共にグルザード捕縛作戦の主導になった一人。
あの事件で犯人側に死者を出したのを、そして局員が復帰できないほどの負傷をしたのを誰よりも悔いているであろう人。そんな人が再びあの組織と巡り会う機会を得たのだから当然といえば当然なのだろう。
「しかし、本当に驚いたよ。グルザード関係でまた君と組めるとはな」
「頼もしい限りです。俺に隊を指揮できるかと言えば微妙ですし」
「そう言うな。君の噂は俺の耳にも届いているんだ。……期待してるぞ? “彩拳”のユーキ君?」
そう余裕を見せながら、楽しそうに笑うキリック執務官。
彩拳。その恥ずかしい名は聞いているだけで背中がむずむずしてしょうがないのだ。いっそふざけて言ってくれる方が良いのに、当たり前の様に二つ名を付けるのは地球人との価値観の違いなのか。
……いや、別にそう違いはないか。人はリングネームやゴシップと一緒で多少何かすると適当に呼び名を付けてしまうものなのだろう。
正直名前負けなのだ。俺のそれの由来は滅多に使えない奥の手を言うか非常手段が元。それも俺個人の力ではなく借り物の力でそう言われているだけのこと。
エース・オブ・エースや“
「……まあ、やれることはやります」
「その意気だ。……そういえば、今日はあの可愛い補佐君を目にしないな」
補佐という言葉を聞いて胃がきゅっと痛くなる。別段、冷える状態でもないのに。
「……セリンは今回は外しました。情報を考慮すると女性はロストロギアの対象になる恐れがありますので」
「そうであったな。……あの星見の一族の力もあればより盤石な体勢で迎えたのだが、仕方が無いか」
本当に残念そうな声色ではあったがすぐに切り替えるキリック執務官。引きずらずに切り替えられるのは、流石のベテランぷりを見せてくれる。
今回の編成に女性はいない。紅一点すらないむさ苦しさ100%で取り組むことになっている。
セリンの考察も理由にはなる。あれからまたユーノに確認を取り、女性のみに効く恐れがある可能性を強めたからだ。
もちろん男にも効くかもしれない。そも、神を滅ぼすための呪具なんて代物がいちいち性別を気にする物なのかはそれこそ製作者の胸の内にしか書いてはいないのだろうから。
どうであれ女性にはより強く力を発揮してしまうかもしれない。それこそ近づいただけで心臓を破壊、なんてふざけた効果もあるかもしれないぐらいには不明瞭な
「しかし、随分反対されたのではないのか。……星見の一族──あの娘の親は──」
「ええ。だから猛反対されましたよ」
セリンにこれを告げたとき、その銀の瞳をを鋭くし、俺が一応の上司であることすら気にせず胸ぐらを掴みかかってきた。
その時目に映った彼女の形相は人が出来る感情のすべてが籠もっていた。
理解していたかのような納得。当たり前だ。彼女がその推測を提示したのだから。
ずたずたに引き裂かれてしまうぐらいに鋭い怒り。それは正しい。彼女の親はグルザードによって消されたのだから。
震えそうになるくらいの焦り。それは当然。ようやく掴んだその影。これを逃せば敵を取ると誓ったらしい祖母の墓にさえ顔向けできないと言っていたことがあるのだから。
瞳の奥に燃える歓喜、或いは執着。俺には理解でできる。因縁に蹴りををつけれるチャンスが訪れたのだから。
そのどれもを宿し、それでもその程度で済んだあの小娘を褒めるべきだろう。
彼女は14の子ども。その年の俺であれば、ただただ感情を持って周りに迷惑を掛けているだけだろう頃であったのから。
『どうして、どうしてですかっ!!』
──だが、それでも連れて行けなかった。その吐露をすべて受け止めてなお、同行を許すことなど出来なかった。
ロストロギアだけが理由ではない。俺が言えることではないが、私情を持ちすぎている今の彼女にはその才を生かすことなど出来ないだろうから。
かつて、とある執務官がいた。俺達と大差ないその年で、過去の因縁のために尊敬する人、そして手塩に掛けて己を磨いてくれた師を裁かなければならなかった男がいた。
どれほどの葛藤があったのだろう。どれほど悩んだのだろう。
それは誰にもわからない。あの男の母親にだってそのすべてを把握しきることなど不可能だろう。
けれど、そいつはそれを躊躇うことはしなかった。疑うことだけは、考えることを辞めたりなんてしなかった。
セリンにはまだそれは難しいだろう。彼女の顔からそう伺えたからこそ、今回は強引に残らせたのだ。
「……ふむ。余計なことかもしれないが、この件が終わったら一度話す時間を作ると良い。彼女にも吐き出したい想いというのがあるはずだ」
「……俺に、それを出してくれますかね?」
「何、君達なら出来るさ。何だったら俺が機会でも作ろうか?」
冗談めいた口調でそう言ってくれるキリック執務官。
話か。……まあ、これが終わってその時また余裕があったらそうしようかね。あの娘がそれを望むなら、ちょっと高いご飯にでも連れて行ってみようか。
「キリックさん! 五分後に第二十六無人世界ギンドルの航行区域に入ります!」
「うむ。……さてユーキ君。仕事の時間だ」
その報告を聞き終える頃には、朗らかに笑う父親のような男はいなかった。
そこにあるのはただ画面の中央に写る灰色の天体を睨む執務官としての姿。一つの因縁を終わらせようとする一人の人間のみ。
……ああ、つくづくこの仕事は因縁という物に縁がある。
遺恨、後悔、執念。そのどれかを持たずして、次元を飛びながら犯罪者など追えはしないのか。
つくづく人という生き物は恐ろしい。強い感情一つで何だってやろうとしてしまう単純な生物なのだから。
自らの中で皮肉混じりの自虐を吐きながら、己もまた意識を切り替える。
人のことなど一切言えないような感情を剥き出しにしないように、理性という鎖で縛り付けながら。
「到着ですっ!!」
局員の到着を告げる声が艦内に響き渡る。──さあ、作戦開始だ。
後半が書けなくて気がつけばなのはの設定とか抜けてたから没。シナリオは気に入ってるのでどうにかしたい。