違和感は算数の授業だけに留まらなかった。
国語の授業では見たことないはずの漢字の読み方が頭に浮かんだ。社会では地図が驚くほど簡単に読み取れた。体育のサッカーでは自分じゃないぐらいと思えるぐらいにパスを使う場面が増えた。
いつもしなかったこと、できなかったことがどうしてかこなせる。
それは本来ならいい事、のはずだ。だってできないことがあるよりずっと良い。そのはずなのだ。
まあ今考えてもどうしようもない。とりあえず昼休みだしご飯にしよう。
多分お腹が空いているからこんなに悩んでしまうのだ。腹がふくれればこんな疑問などどうでも良くなっているに違いない。
「さっきのアシストめっちゃ上手かったな!」
「そう?」
「ああ! あれは俺でもできないと思うよ」
天野とさっきの体育の話をしながらお弁当箱を開ける。箱の中には色鮮やかなお弁当。母さんがいつも作ってくれるお手製のそれはいつもと変わらぬ出来映え。それを少し冷えた白米におかずを乗せながら食べ進める。
「──あれ?」
隣でサンドイッチをもぐもぐと頬張っている天野がこっちを見て少し驚いた顔をしている。
一体何だ。今日は驚かれすぎてもう疲れているんだ。お前までそんな反応をしないでほしい。
「いやごめん。純也がトマトを食べてるの久しぶりに見たなって。食べれるようになったの?」
「──えっ?」
そう言われたのでちらっと箸に摘まんでいる物に目を向ける。
赤い球体。小さいが確かにトマトであるそれを今にも口に放り込もうとしていた。
「まあ、食べれるものが増えるのはいいことだと思うよ。俺も未だにこの里芋が苦手でねー」
天野が何か言ってるがそんなことに気を傾けられる心情ではなかった。
当たり前の様にトマトを食べていた。あれほど嫌いだったあの野菜をだ。しかも多分だがもう一個は食した後だ。最初に見たときトマトは二個あったはずなのだから。
おかしい。流石に笑い話では済まされないぞこれは。
一体どうした。何が起こった。僕はどうなっている。
「純也?」
今日は自分が自分ではないみたいなことしか目にしてない。やっていることに自信が持てない。
算数の公式なんてよくわからない。地図の記号なんて知らない。サッカーはパスするより自分で攻めた方が楽しい。それが僕のはずだ。
「純也!」
「──っ!! どうした天野」
「なんだか顔色悪いぞ。大丈夫か?」
天野の呼びかけにはすぐには反応できなかった。
顔色が悪い、か。今の気持ちよりブルーになってないと良いが生憎自分の顔なんて鏡でもなければ確かめようもない。
「風邪か? なら先生に言って保健室に行った方が良いと思うけど」
「……いや、大丈夫。トマトの苦さが今来ただけだよ」
「そうか? まあ辛かったら休めよ」
水筒を開け、お茶を喉に流し込み誤魔化す。
別に体調は悪くないはずだ。だから大丈夫、少なくとも授業程度どうにでもなる。腕に浮かぶ鳥肌は吹いている涼しい風のせいだろう。
それでもこんな僕を見て何か言いたそうな天野。だが、それを口に使用とする前に学校中に鳴り響くチャイムの音。昼休みの終わりを告げる放送音。
「ほら戻ろ? 天野まで遅刻させたらまたバニングスにどやされる」
「……そうだな。片付けようぜ」
急いでお弁当を片しその場を離れる僕達。
この拭いきれない違和感をここに置いていければ良いのに。そんなことを考えながら教室に向けて足を進めていった。
午後の授業も午前と変わることなく進む。
授業の内容よりも感じる気持ち悪さの方が脳を占める割合が多く集中できない。そのくせやっていることは何でか知っていたかのように理解できる。
どうしてだかわからないが昨日までの僕とは何かが違う。それだけしかわからないがそれだけははっきりと認識できる。
原因なんて全くもって見当も付かない。昨日だって何にも無かった。……無かったっけ?
「……あっ」
一つだけ思い当たるとすればそれは昨日の頭痛だが、流石にそれを原因に繋げるのは無茶苦茶過ぎる。それこそまだ寝ている最中に宇宙人に何かされたとかの方が信憑性があるってもんだ。
……そういえば、それの直後に妙な事が浮かんでいた気がするが何だっただろうか。昨日の夜のことはご飯を食べてベッドに入ったことぐらいしか覚えていないのだ。
思い出せないと言うことはそこまでたいしたことでもないのかもしれない。ただの夢だったのかもしれないし。
「純也くん?」
そんな風に考え事をしていたらふと横から声を掛けられた。聞き慣れた声の方向を向くと案の定そこにはなのはがこちらをのぞき込むようにして立っていた。
「……どうした?」
「どうした……じゃないよ! さっきからそうやってぼーっとしちゃってるけどとっくに帰りの時間だよ?」
そう言われたのでクラスを見回してみるともうすっかり人の数は減っていてなのはと僕の二人だけになっていた。
「月村達は?」
「今日は習い事で二人とも帰っちゃったよ? 私たちも早く帰ろう?」
そういえばそうか。じゃなきゃとっくに帰ってるか。僕と帰る時なんて塾もなくあの二人に用がある時ぐらいだし。
今日してから見える空も少し赤みを帯びてきていた。まだ日が落ちるのがそんなに遅くないとはいえどれくらい悩んでいたんだ僕は。
学校を出て雑談をしながらなのはと帰り道を歩く。
学校でなのはと二人だけでいるという機会はそんなにない。なのでこういった帰り道が二人で話す数少ない場の一つ。
「それにしても今日は冴えてたねー。算数の時間に純也くんが当てられた問題ね? 私より先に解かれたってアリサちゃんすっごい悔しそうだったんだよ? 私もびっくりしちゃったしね」
「……あれは偶然だよ」
「だとしてもだよ。いやー風邪でも引いてるんじゃないかって」
いつも通りににゃははと笑いながら話すなのは。けどやっぱり少しもやもやが止まらない。
さっきのだって自分が解いたはずの問題に驚かれたはずなのに自分について言われた気が全くしない。なんかこう、そっくりさんが褒められている様なそんな感じ。
「……大丈夫? なんだか元気がないけど」
相当に変な顔をしていたのか隣からそんなことを聞かれてしまった。なのはに心配されるとは僕もまだまだだ。
「悩みでもあるの?」
「……ないよ。本当にないから、大丈夫」
心配そうな顔をしているなのはに心配するなと言っておくことにする。
どうせ、個人の些細な悩みだしそんなことで相談することでもないだろう。なのはは変なところで心配性だし。
「……そっか。困ったらちゃんと相談してね」
「はいはい」
「もーちゃんと聞いてよ!」
軽く流したのを隣で不満そうに頬を膨らませるなのは。
そんな感じで話していると気づけばなのはの家の目の前まで移動していた。
「じゃあまた明日ね」
「うん。また明日」
大体変わらないいつもの流れ。こうやってたまに一緒にいる心地良い関係。それがなのはと僕。
家に向かって再び歩き出す。……ちょっと寄り道してこっかな。
ここで終わり。理由は前と一緒で、りりなのを見返す手段がなかったからと展開に困ったからの二つ。オチは決まっていたんだけどね。