どうしてこうなってしまったのだろう。振り返ればそう思わずにはいられない。
子供の頃の夢は何だったろうか。スポーツ選手、お笑い芸人、消防士。選択肢は思いつけど、回答はもう覚えてはいない。
けど、確かに夢を持っていたのだと。それだけは思い出せる。子供心に夢想するだけであった、残酷なほどに正直でまっすぐな夢は、この胸には確かに存在した。
家を出て、歩き慣れた住宅街をただただ進む。
生まれたときから変わることのない景色。それは良いことでもあり、残酷なことでもあると密かに思っていた。
だってそうだ。変わらないということは進まないということに他ならない。──そんなのは、情けない自分を見ているようでどうにも気に入らない。
変わりたかったといえば嘘になる。変わりたいとは思ったこともない。
けれど、変わらなければいけないのが人生だ。それが社会の荒波で生きるということであるのは、誰もが知っている常識。
見慣れた公園。かつて通っていた小学校。自身の道を一から進み直すかのように、ただただ懐かしい場所に足を運ぶ。
一番輝いていたのはこの時期だ。そうであるはずだ。
何も考えずただただ歩いていたあの頃。教科書に目を通ることすら苦にならず、一日のすべてが光り輝いていた、まさに人生の全盛期。
ああ、けれど。生憎と、思い出したくもない自分がいるのもまた、間違いではないのだろう。
それは最も楽しかった頃で──まだ俺が壊れていなかった頃。道を外れることもなく、ただただ全力で生を謳歌していた──普通に生きれていたかつて。
その頃の自分と今の自分では、何が違うのだろうか。──いや、何も変わってなどいない。
だってそうだ。変わっているのなら、それは正しいことなのだ。折れ曲がり妥協し、それでも夢焦がれ進み続けられる灰かぶり
シンデレラ
になれたのなら、こんな風に過去に嫉妬なぞしてはいない。
進むことが正しいことで、止まることが間違っていることなのか。
そんな愚問の答えすら、今の俺には断言出来やしなかった。その回答を持っていれば、俺はこんなに情けなく悩んでなどいないのだ。
次の場所に向かおうとかつての学び舎に背を向けた時、すぐ横を走り抜け校門を進む制服の少年がどうにも目に入ってしまった。
そこに自分を当てはめようとして、馬鹿馬鹿しいとすぐに首を振り、ポケットに手を入れながら足を進めた。
一瞬だけ見えた笑顔は宝石で、もう無くしてしまったのだ。もう拾い上げることは、できっこない。
どれくらい歩いただろうか。それすら把握しきれないくらいには、ずっとずっと進み続けてきた。
時計など俺にはなかった。地図もコンパスも羅針盤も、俺を導き指し示す道しるべは存在しなかった。
だから就職も出来なかった。大学も灰色で、何処にも行くところはなかった。
わかっている。それは努力不足なのだろうと、やる気が無いからなのだと。もう何度も罵られ、嘲笑われてきた。
その通り。俺は努力していなかった。何かを変えようと、自分から動くことなどなかった。
妥協、妥協、妥協。流れ流されそれだけで生きてきた俺にとって、それはどうしようもないことで、言い訳のしようも無いこと。
辛いことはやりたくない。嫌なことから目を背けたい。それのみで二十二年間、親の庇護を受け続けたくず。それが俺という人間の自己PR。
罪悪感はあった。身を削り、惜しまぬ努力を重ねて歩いてきた両親の懐の何千万を、まるで寄生虫の如く毟り取ってきたのだから、そこに何も感じない訳がない。
けれど、ああ。やはり。
そこに罪悪感はあれど、返しきれないほどの恩があるのだとしても、それは俺には重すぎた。
姉は立派に成長した。恋人も出来、仕事にも就いた。
同じ環境で育ち、同じ食卓を囲み、同じように親の愛を受けてきた。──それなのに、俺はこの様だ。
たいした大学にも入れず、何もせずに脛を囓る。期待に反することばかりしてきた。
ああ、どうして俺を生んだのだろうか。もしいなければ、あの家には汚点など無かったはずなのだ。
くだらない。実にくだらない。
それはIF。もしもの話で、そうであった方は良かった話。それだけのこと。
両親は、俺のことどう思っていたのだろうか。
煩わしそうに俺を見ていたのは知っている。けれど、食事を与え、愛を注ぎ、旅行にも連れて行ってもらった。
生んでしまった責務が故か。或いは一人残す罪悪感を取り払うためか。ああ、どちらでも良い。
けれど、そのどちらかの方は良い。そうであれば、そこに合理的な理由があるのなら、俺はいない方が良いのだと納得できるから。
もし結婚でもして、子供でも出来ればその答えはわかるのだろうか。
……どうでも良いか。どうせ、俺には関係の無いこと。そもそも子供は嫌いで、恋人は愚か友達すらいないのだから、考えなくても良いこと。
悩んでも思いつかなくて、正解のない感情を更に嫌いになりながら、それでも足は進む。
周りに都会らしさはこれっぽちも無く、風に揺れる木々と取りの囀りが、唯一のBGM。
──目的地はあそこにしよう。あの大きな山。てっぺんが雲に届いているのか良くわからないあの場所。
そこで決めよう。ああ、自分はどうしたいのかを。どうなるのかを。
整備されてない凸凹な獣道を、慣れない筋肉を使いながら頑張って踏みしめる。
こんなことが、人生で一番の努力なする。……ああ、受験勉強だけはもう少し頑張った気もする。
結局、必死に努力することが出来なかった。そうしてまで生きていたいと、考えることが出来なかった。
もし何か一つでも違えば、そんなこともなかったのだろうかと自虐し、それすらも否定する。
馬鹿らしい。動かなかったのは自分なのだ。
出会いとは能動的な人間にしか訪れないもの。受動的で楽観的な自分には一生縁が無いもの。
一と零は違う。そんなことはわかっていたけど、そうでないと誤魔化しながら生きたのが俺。
誰にも手を伸ばすことなく、塔の中のお姫様のように運命の王子様を待ち続けていた愚者。それだけ。
──ああ、やるべきことはわかっていた。もしそれを行動に起こせれば、健康で最低限度の生活くらいは送れていたかもしれない。
それでも、それは辛いこと。それをしてもなお文化的でないのなら、それこそ生きている意味など微塵も必要性などないのだ。
けれど、それは生きているのだろうか?
長い寿命の三分の二を捧げ、毎日毎日すべてを削りながら仕事のために生きる。それは果たして、生きていると言って良いのだろうか。
俺にはそれは出来ないと、家で仕事をしていた父の後ろ姿を見て思ってしまった。
あの大きな背中のように、この世界に生きる誰ものように、毎日を精一杯噛み締めることが、俺には無理であろうと思えてしまった。
ああ、これは言い訳だ。自分が何もやってこなかったことを自覚し、しょうがないのだと納得するための外付けの回路に過ぎない。
それでも、紛れもなく俺の本音。声高らかに叫びたい、俺の心の内。
──ああ、もうすぐ頂上。永いようで、短かったなぁ。
ひゅうひゅうと、肌を通り抜ける風は驚きほどに冷たい。
誰もいない山の頂上。俺にとってこれ以上無いくらいお似合いの、寂しい終わり。
下は驚くほどに何もない。丁度崖のようにぽっかりと開いている真下を見ているだけで、寒気と鳥肌が全身を包み込んでくる。
……ここなら多分、誰にも止められることはない。誰かが、邪魔してくることもない。
これが最後の問いかけ。自分が自分で考える、人生最後の問題。
それはつまり、ここで何をするのか。終わりにするのか、始まりにするのか。
来世なんて信じていない。地獄も転生も異世界も、俺はまったくもって縋ることが出来なかった。
結局、死は無。それ以降のことなど、誰にも観測出来やしない。
生命活動が止まる、それは果たしてどんな感覚なのだろうか。スイッチを切り替えた機械のようにぷっつりと何もかもが停止するのか。それとも、最後の痛みを永遠に感じ続けるのだろうか。
目を閉じて、少しだけ思考の沼につかる。
真っ暗な己の視界の中には、黒く塗りつぶされた多くのヒトがいた。
「馬鹿じゃないの?」
嘲り。
「なんでこんなことも出来ないんだ?」
疑問。
「もう何もしなくて良いから」
諦観。
「なんでそんな風になっちゃったの?」
悲観。
そのどれもが俺を否定するもの。これから死のうとする人間の背を押してくれるもの。
ああ、そうだ。俺は生きていても、得のない人間。最初から、わかりきったことだった。
目を開く。ようやく、解は出た。
不思議と心は空っぽ。あれほどどろどろに溜まっていたもやもやが、穴が開いたかのようにすっからかんになった気がする。
整備のされてない打ち付けられた木の柵を越え、遙か彼方の底を見つめる。
どうしてか恐怖はなかった。死体処理にはお金が掛かるらしいが、使わなかったバイト代をそのまま家に置いてきたので大丈夫だろうと、どうでも良いことを思考する。
足が竦みそうになる。柵を掴む手に力が入る。
それは生理的な人間の本能。死を恐れる生物としての、当然の抗い。
だから、目は閉じる。そしてただ待つ。
そうすれば、俺の虚弱極まりない手の力など、すぐに持たなくなり──。
「あっ」
手が外れ、同時に風が吹き、体は重力に従い空を落ちる。
恐怖がすべてを呑み込む。後悔も、達成感も、満足感もすべて。ただただ生の根源ある死の恐怖に押しつぶされる。
最後に聞いた音は、ぐしゃっという何かが飛び散る鈍い音。──ああ、それで終わり。
書いた理由は特にないです。ただちょっと今の自分を考えてたら、こんなのを思いついただけです。
本当はもっと書けたけど、書いていたら滅入ってきたのでこんな中途半端な文になってしまいました。