作品置場   作:ゴマ醤油

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シンフォギア
世界に染まる透明少女 0


それは、日輪など見えぬ灰色の空の日だった。

 

 少女は走る。瓦礫の飛び散ったその街中を。

 

「──はっ、はあっ」

 

 喉を擦れるその吐息。自身が後どれだけ走れるかを表しているかのようなその呼吸量。

 限界は近い。走るための体力、生きるための心。それは一歩足を進めるごとにめちゃくちゃに磨り減っていく。

 

「──はあっ」

 

 だけど走るしかない。前に駆けるしかない。

 だって、そうしなければ。それを辞めてしまえば──。

 

 

 横から鈍く、大きい音がした。

 その瞬間視界にわずかに映るのは異形。この世のものとは思えない理解の外で動く物。

 色は様々。明るく好まれるような色彩であるが、それが私には余計に恐ろしく感じる。

 

「ぃやだ、いやだいやだ来ないでぇ!!」

 

 恐怖に縛られながら、さらに速度を上がる。

 上げるしかなかった。例え体は限界だろうとも、それに触れれば終わりなのは、とっくに見てしまったから──。

 

 気づけば、いつのまにか広い通りに出てしまっていた。

 崩壊している街並み。建物は壊れ、信号機は折れ、それでいて人一人いない。

 やばい。やばいやばいやばいっ! こんな広いと──。

 

 気持ちの悪い音が近づく。周囲にはもう、異形の集団が蠢いていた。

 

(死にたくっない! 死にたくないよぉ……)

 

 死ぬ。生き物として、人間として終わりを迎えるその言葉が脳裏に浮かんで仕方がない。

 異形が近づいてくる。それに触れたら最後。人は皆、黒い灰になって存在しなくなる。あんなに強かった父も、あんなに優しかった母も、あんなに頼もしかった姉でさえも──。

 

 みんな、みんな消えてしまった。あまりに呆気なく、何かを言う前に終わってしまった。

 私もそうなるのか。こんなよく分からない、気持ち悪い奴らに殺されるのか。

 

 もはや目前。少女を殺そうと、異形が辺りを覆ってしまう。

 涙は枯れた。空からの雫がその代わり。

 足は動かない。既にへたり込んで、もう立ち上がろうとしてくれない。

 

「死にたくない……」

 

 言葉は誰の耳にも届かない。この日にすら見捨てられた私にはお似合いの末路。

 もういいやと目を瞑る。流行りの転生でもあるのかな? それとも普通に地獄に行くのかな? どっちでもいい。この現実から目を背けられるなら、どうだって構わない。

 とにかくおしまい。私の人生はもう終わりを迎える──。

 

 刹那、雨音すら搔き消す轟音が耳を、体を貫いた。

 

「……えっ?」

 

 思わず再びこの地獄を見てしまう。

 そこは既に先程とは違う空間になっていた。

 あの異形は数を減らし、至る所で消失しているのが見て取れる。一体──。

 

「伏せてろ!」

 

 その言葉で咄嗟に頭を地につけるぐらいに下げる。

 再び鳴り響く鋭い音。何かを抉るような、何かを切るような。

 旋律を奏でるように。軽快に、高速で、力強く。

 

「──もういいぞ」

 

 それが聞こえた時にはもう、異形は姿を消していた。

 何もない、何も聞こえない寂しい街にただ一人が立っているのしか見えなかった。

 

「無事か?」

 

 こちらに問いかけてくる。

 声は男か女か分からない微妙な低さの声。どっちかっていうと女性寄り。

 顔は狐の仮面で隠されており、肌の露出もほとんどない。少し背が低いことぐらいしか分からない怪しい人。

 

 けど助けてもらった。なら、悪い人じゃないのだろう。

 

「……ありがとうございます」

「偶然だから気にすんな。……ほれ」

 

 何かを放り投げてくるので慌ててキャッチする。何かを見るとそれは黒色の小さい折りたたみ傘だった。

 

「今更遅いがこれ使えよ」

「……あなたのは?」

「ん? ……ああっ。いいんだよ私のは」

 

 私の問いに思い出したかのように適当に答えてくる。そっちの方が濡れたら大変そうな服なのに、可笑しな人だ。

 傘を差す。一旦雨は凌げるようになった。だが変だ。目には変わらず水が溢れている。穴が空いているのだろうか。

 

「……これから此処に、お前の助けになる奴らが来る。お前は生き残った。だから、こんな世界なんかに、負けないでくれ」

 

 先程と変わらぬ声色で話す恩人。変わらないはずなのに、どうしてか熱を感じる言葉。

 何だろう。冷めきっていたはずなのに、少し、暖かい。

 

「一つだけ約束な。私のことはそいつらには言わんでくれ。まあ無理やり聞き出されたりしたら──」

「答えません」

「……そうか。すまないな」

 

 なんでかすぐに返す。

 見くびらないでほしい。助けてもらった人を困らすようなことは、したくはない。

 少し笑ってくれたような気もしたが、気のせいだろうか。

 

 水を拭くために一回目を擦った。その時にはもう、その人の姿はなかった。音もなく、風もなく、何処かに消え去ってしまった。

 

「動かないでください!」

 

 それから一分ぐらい経ってから、一人の少女と沢山の黒服が周囲にいっぱい現れた。

 ……えっ。来るってこういう人達? やくざ?

 

「すみませんが、少々お話を伺いたいのですが」

 

 そのうちの一人に声を掛けられる。

 先程までの余裕は抜け落ち、異形とは別の恐怖が体を包む。

 

 空は未だ灰色。まさにこれからの暗示。

 

 ──ああっ。あの人のこと言わないでおけるかなぁ……?

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