「ふわぁあ」
あまりの眠さに欠伸が出る。
ここ数日ずっとお金漁りをして、昨日ようやくご飯にありつけたので少し心は落ち着いているはずなのだ。本来は。
この家が湿っぽいのがどうにも不快だ。以前使っていた場所がつい昨日崩落し、急いで転がり込んだのでしょうがないのだが。
ここ一ヶ月で何度拠点を変えたか。別に壊されることはいいのだが、その度にせっかく拾った家財がなくなるのは勘弁ならない。
……この前の家には綺麗なタンスがあったのになぁ。
取り敢えず自販機で買った緑茶に口をつける。
なんとも言えないぬるさが体を巡り、活力が戻ってくる。
「……」
さてどうしよう。今日はもう動きたくない。けれども動かなくてはいけない。
理由は単純明白。人にとって実にシンプルなもの。
──それは即ち食欲の為。つまり、今日のご飯の確保。
立ち上がり外に向かう。荷物は中身の乏しい財布以外には必要ない。
どうせ、付いてくる。どこぞに捨ててもあれは私からは離れることはない。
外は雨一つ降らない快晴。昨日はあんなに雲があったのに。
部屋よりは気持ちのいい空気を浴びながら街に繰り出す。目的は簡潔。小銭を拾い何かを食べる。ただこれだけ。
誰か養ってくれないかなぁ。……無理だな、多分。
近所の公園をゆっくりと歩く。下に落ちているものに目に向けつつ周囲もぐるぐる、ぐるぐると回る。
眠い。段々と登る陽の光が私に負荷を掛けてくる。お金は見つかることはないし、誰かがパンの一つでも恵んでくれるわけでもない。
世界はいつだって優しくない。食事の一つも降ってこないなんて残酷なんだ。
ベンチで寝てしまおうか。そう思い近場に座ろうとした時、周囲から警報が鳴り響く。
昨日も聞いた音。日常を終わらせる始まり。
「……はあっ」
小刻みに腕が震える。それは最早、慣れてしまった悪魔の高笑い。
ああっ、また地獄に行かなくてはならないのか──。
「……いやだなぁ」
けれども行くしかない。だって、この衝動には争うことは許されない。命の危機を望み、孤独を好む。これは常に私を戦うことしか望みはしない。
「……行こっか」
放送された場所に走り始める。
手には刀が、顔には仮面が。もう弱虫な少女の顔なんて誰にも見えやしなかった。
人の悲鳴。破砕音。何かが燃える地獄の惨状。
これは残酷だが既にありふれたもの。ここ二年で交通事故に遭う確率よりも確かなものになってしまった。
ノイズ。人類における共通災害。それは人にとっての天敵。
触れたら終わり。人のみを襲い、人を殺す。ただそれだけの自然なのかもわからない意思ある災害。
人間は抗うことなんて出来ない。それが共通認識。
事実、大部分にとって間違いではない。けれど正しくもない。
「──せやぁ!」
ノイズが切り捨てられていく。まるでそこいらの虫と変わらぬように。
「──はぁ!」
戦場を縦横無尽に突き進むその少女。まるで刀のような鋭利さで敵を切り払う戦場の青き華。
少女の名前は風鳴翼。今現在において政府で認識されている唯一の希望。人間兵器。
その役目を果たすかのように、己を尖らせ駆け巡る。
ノイズどももその脅威を排除しようと攻撃するが通用せず。雨のように苛烈に降る斬撃に斬り伏せられていく。
この日は湧くのが少なかったのか、発生から一分も経たずに殆どのノイズが消されていた。
──だからこそ、一瞬が悲劇を生む。
風鳴翼は戦いの場において油断をするという人物ではない。元々そうであった性分に相棒の死という十字架が油断や慢心を一切許さない。
けれど、どんな人間にも限界というものがある。元々多忙なスケジュールを送っている中で、ここ最近の連続戦闘。
一度は休息を取らねば倒れてしまうだろう心労。それを誰にも言わず、素振りすら見せずに事の対処に当たっている。
常人ならそこにいく前に力尽きるだろう。だが、悲しいかな風鳴翼にはそれがこなせてしまっていた。
だからこそ、誰にも介入を許さないこの前線に悲劇が生まれる。
爆発する紫玉。それを弾くも一斉に迫る群れに対処が遅れる。
──しまった!
あまりに不覚。後悔するも既に手遅れ。あとほんの瞬き一つの間にこの流れに押し潰される──。
「──しっ!」
そうはならなかった。ノイズの塊がいきなり真っ二つに切断された。
私がやったのではない。それが出来るならばその場でやっていた。
なら、一体──?
「とっとと動け!」
その叱咤で我に返り、すぐさま斬撃を射出する。
蒼ノ一閃。飛ばした刃はその名の通りに対象を切り裂く必殺の一撃。
合体していたのか、それが最後の一匹らしく消失を確認できた。
「さっすが、お歌のお姉さんだ。いつも鮮やかだねぇ」
一呼吸置いてその声の主に顔を向ける。狐の仮面と全身を覆う黒い何か、そして紅い刀。それらが印象的な闇を意識させる人。
「……助力には礼を言おう。だが、何者だお前は」
「さてね。……そうだな、陽炎とでも呼んでくれれば」
少し悩んでそう名乗ってくる人型。言葉は通じるようだが一体何者?
剣を持つ手に力が入る。助けてもらったとはいえいざとなれば戦闘だ。気を抜ける道理などない。
「おー怖っ。戦う気はねえんだよなぁ」
「私と来て欲しい」
「そりゃ無理だ。生憎誰かとつるむのには苦手なんでね」
「ならば仕方がない。拘束させてもらう」
言葉と同時に相手と距離を詰める。先程の動きを考えるに相手は手練れ。手加減している暇はない──!
『悪いけど、お別れだ』
声と姿がぶれ、斬撃は空を切る。
既に気配はない。……逃げたか。
『翼ぁ! 何があったぁ!?』
司令の通信が耳に響く。心なしか焦ったような感じで聞こえるが何かあったのだろうか?
「司令。正体不明の人物と遭遇。逃げられました」
『……そうか。ご苦労だった! 迎えがくるまで待機してくれ』
「了解しました」
通信を切り、近くに壁に寄りかかる。
考えるのは先の謎の人物。一体何者なのか、ただそれだけであった。
あの歌のお姉さんから離れた後、私はお腹が減ったので近くのお好み焼き屋で食事をすることにした。
本来は焼肉屋に行くつもりだった。ノイズ達を狩っている時に一万円を拾えたから肉が食べたかったのだけど、近くには存在しないというのだから落ち込みが大きい。
ただお腹は減っていたので、街をとぼとぼと歩いていたらこの小さなお店があったので入ることにしたのだ。
「──うまっ」
大正解だった。粉物の癖にめちゃくちゃうまい。
昔食べさせられたお好み焼きみたいな何かが今でも苦手意識を強めていたのだが、それを考慮しても美味しい。
あっという間に頼んだ二枚を食べきり、お水を飲みながら満足感に浸る。
「おばちゃん。美味かったよ」
「そうかい。なら良かったよ」
おばちゃんに美味しかったと伝える。あんまりにも外れなら金を置いてく気は無かったのだが、これは払わなければ逆に落ち着かない一品だった。
「なあおばちゃん。この辺に銭湯ないかい?」
「銭湯かい? それなら──」
汗を流したいので聞いてみたら意外と近くにあるらしい。
いいこと尽くめで嬉しくなる。いや、これぐらい幸せでないと戦うのなんてやってやれないのだ。
しかし落ち着く。このこじんまりとした心地良さが丁度良い。今はお客が私だけで静かなのも──。
「おばちゃーん! また食べにきたよー!」
……訂正。静かさはもうどこにもない。
入り口を見てみると、案の定いかにも元気がモットーであろう少女が笑顔でいた。
短めの茶髪の髪、両側に髪留めをしている少女。その笑顔はとても楽しそうないい笑顔。
「いらっしゃい。今日は一人かい?」
「はい! 未来はちょっと用事があるとかで!」
おばちゃんと話す少女は流れのままに席に着き、注文を始める。どうやら常連さんらしい。
……私ももう一枚食べたくなってきた。この娘に何がおすすめか聞いてみようか。多分どれも美味しいのだろうが、客の方が正直な意見が聞けるだろうし。
「もし。そこのお嬢さん。ちょっといいかい?」
「はい! って……お嬢さん?」
すぐに返事をするが、なんだか微妙な答え方。
……ああっ。もしかして私の背丈への反応か。
なら問題ない。身長なんて些末なこと。
「見た感じ常連さんな君のおすすめは何だい?」
「おすすめですか? えっとー──」
少女はすぐに教えてくれる。本当に美味しそうに語るその少女。きっとこの店の宣伝役をやらせたらピカイチだろうと言えるぐらいには私の心を掴んでいた。
「うむ。ならそれを頼もうかねぇ。ありがとう」
「いえいえ! そうだ、一緒に食べませんか? 私、立花響って言います!」
一緒に食べようと提案してくる立花。
正直静かに食べたい気持ちもあるが、まあいいか。この娘には教えてもらったのだし。
「君が良ければ。……私は陽炎。よろしくね」
「うん! よろしく陽炎ちゃん!」
さっき適当に名乗った偽名を再び名乗る。存外に気に入ってしまったこの名前。まあどうせ呼び名なんて記号でしかない。いずれ忘れられるのだから意味はない。
運ばれてきたお好み焼きを立花と食べる。
立花がむしゃむしゃと食べ進めるのを眺めつつ、自分の分に箸を進める。
さっきまで食べていたのに相変わらず胃が拒もうとしない。美味しいなぁ。
「よく食べるねぇ」
「ふぉうかな? ここのお好み焼きは最高だからね!」
ばくばくと勢いよく食べながらこちらを見てくる立花。何だかハムスターみたいな愛くるしさを放っている。
「──ぷふぁー!」
ようやく食べ切った立花。それにしても、あんなに大量にあった粉物がこの華奢な体のどこに入っているのだろう。
「それで、本当に同い年なの!?」
「そうさね。まあ、今はそう見えないかもしれないけどね」
ご満悦な立花と雑談に花を咲かせる。
何でもこの娘、明日からりでぃあんとかいう高校に通うらしい。あんまり学校の名前は知らないのでよく分からないが。
「それでねそれでね! 翼さんに会う為に入ったはいいものの、すっごい緊張しちゃってさぁー! いやー、まだ入学してないのに参っちゃうよねー!」
その翼さんなる人の写真をこちらに見せながら流暢に語る。
……あっ、お歌のお姉さん。この人アイドルやってるんだ。
「……大変そうだねぇ」
「まあね! 陽炎ちゃんは学校は?」
「ん? ……ああっ、少しあってねぇ」
特に話す気はないので言葉を濁す。生憎学校には行ったことはないのだが、この少女にそんなこと言っても困らせるだけだろう。
……そろそろ戻ろうか。
「さて、そろそろ帰るよ。楽しい時間だった」
「えぇー! もう帰っちゃうの? まだお話していたいのにー」
「……そのうち会えるさ。生きてさえいればね」
適当に話を切り、席を立つ。
会計を済ませ店を出る。空はもう茜色に染まっていた。
「……ああっ」
歩きながら先程の少女との一時を思い出す。
誰かとあんなに話すのは本当に久しぶりだった。言葉を交わし、その場を楽しむ。そんな機会はいつぶりだろうか。
(──悪いな、立花)
それだけに少し罪悪感がなくもない。何せ、生きていたってもう話せることはないのだから。
いや、会うことは出来る。けどその時には私を覚えてはいないだろう。何せ、この身は既に終わっているのだから。
鴉が鳴きながら飛んでいる。どうにも寂しそうに飛行する一匹の鳥がどうにも私に被って見えてしまう。
──寂しいなぁ。
ふと湧いて出る言の葉。そんなものが出るくらいには、少し心は満たされていた。
頭を振り、気持ちを切り替える。とりあえず風呂に入ろうか。
──ふっかふかの布団で寝たいなぁ。