──体が熱い。焼けるように己を蝕む。
手足が痛い。まるで朽ちるように、ぼろぼろになって崩れ落ちているかのように。
何度目だろうか。あの忌まわしき刀を持った時からずっと味わう全身の痛み。
だがもう驚くことはない。
この地獄はもはや日常。食欲と同じぐらいには己と共にあるもの。
妖刀を手にするとはそういうことなのだから──。
ぱちっと目が開く。
ゆっくりと体を起こし自分に起きたことを確認する。昨日は部位損傷はしていない。だから変化することはないと思うのだが念のため。
「あー」
軽い発声確認。声は昨日と変わらずの高い声。
続いて体の確認。立花が子供と間違えてもしょうがない幼児体型。
……うん。特に何も変わってはない。鏡で見ているわけでは無いので確実では無いが、まあ問題ないだろう。
ここ一ヶ月はこんな状態を保っている。戦闘時には勝手に再構築されるので気にしなくてもいいのだが、日常をこれで送るのはちょいと苦労する。
また五体の何処かが欠ければ変わるのだが、流石に自傷してまで肉体調整を行いたくはない。
「……お腹減った」
またお好み焼きが食べたい。すっかりはまってしまった粉物だが最近は店に行けてない。
というのも、あれから一ヶ月近くまともに食事を取っていなかった。
無銭飲食をしてもばれやしないのだが、美味なるものには対価を払わなければ私のポリシーが崩れてしまう。ただでさえ、数少ない私の名残をさらに無くしてしまうことに繋がる。
己が誇るものが何もなくなるなら、それはもう私は私ではない。
まあいいや。流石にそろそろ限界だ。
刀の疼きも抑えられなくなってきた。そろそろノイズ狩りもしないといけないので丁度良い。
一週間前に拾った布団を適当に干しておく。昔の住人の残り物を使っているので我が儘言えるわけでもないが、もうぺらっぺらで固いから変えたい。
……さて行こう。一日は長くない。
出来れば戦いたくないが、まあ上手く行かないんだろうなぁ……。
「せやぁ!」
息つく暇がないほどのノイズを相手に音色を奏で、拳を振るう。
橙色の神秘を纏う少女──立花響は今日も今日とて災害に立ち向かっていた。
ここ最近、突如として体に宿ったこの力──シンフォギアによって必死に立ち向かっていた。
早いもので一ヶ月近くになる。今も決して慣れたとは言えないが、それでも初日の何も出来ない状態よりはまだやれていた。
「ふあぁ」
溜息が口から溢れ出す。確かにそれは本心に近いものだった。
何てったって先輩であり憧れの人である風鳴翼とは全くといっていいほど認められることはなく、むしろ戦いに赴いているのに賛同してすらいないだろうものだから、自分が情けなくなることが大半だ。
「はあ──」
先日の一件でも痛感していたのだ。未だ自身は足手纏い。そう感じる事の方が多いこの現状。本当にもやもやして切りが無い。
まあでも、もっと精進せねばとすぐさま切り替える。肝心の翼さんは今もまだ起きることはない。
あの鎧を着た少女のことも気になってしょうがないがそれはそれ。まだ会うこともあるだろうしその時にお話を聞く。
「あらまぁ。もう終わっちまってるんかい」
そんな時どこからか声が聞こえた。
何処からかと声の主を探す。あっちこっちに視覚を飛ばす。
左、右、後ろ、上──いた。
「随分とまあ早い。危うく散らし損ねるところだった」
街灯の一つからこちらを見ている人型の何か。それが飛び降り、同じ目線の位置に近づいてきた。
狐の仮面で顔を隠すその人物。
手には刀。翼さんの剣とは違う赤い刀身が特徴的な禍々しい刃物。友達の一人が如何にもアニメキャラだと言い張りそうな容姿をしている。
「えっとー……」
「こりゃ失敬。私は陽炎。以前、お歌のお姉さんに名乗ったから知ってるかもしれないがね」
陽炎と名乗った人物。どっかで聞いたような名前だ。
記憶の底から必死に単語を探してみる。えっとえっと……。
『どうした響君。なにかあったか?』
耳に響く師匠の声。どうしようと迷っていると陽炎さんはそっちを優先してくれと譲る動作をしてくれる。
「あのですね師匠。何やら知らない人が刀を持ってここにいるんです! 陽炎さんって言うらしいです!」
『陽炎だとっ!? そうか、それで──』
何やら驚いたようにな反応をする師匠。こちらの様子はモニターされている筈だしそこまでびっくりすることではないと思うが?
『響君! 陽炎はこちらでも情報のない人物。気をつけてくれ!』
師匠が注意を促してくる。けど正直そこまで警戒する理由はない。
先日の銀色の少女のそうだが、この人もまた同じ言葉を交わし話し合えるのだ。なら、ちょっと怖いけど怯える必要はない筈だ。
「私は立花響。年は十五です! 少しお話しませんか?」
「……いいよ。君のお迎えが来るまでならね」
距離は以前遠くとも、快く受け入れてくれた陽炎さん。
やっぱり悪い人じゃない。きっと、話せば仲良くなれるはず──!
「陽炎さん! どうしてこんなところにいるんですか? 危ないですよ!」
「理由かい? お金を拾う為、それと欲を埋める為かな?」
「欲って? 何か欲しいんですか?」
「殺しの欲求。ノイズっていうやつなら殺しても問題ないらしいからねぇ」
言葉のバイオレンスさとは裏腹に声が笑っている。
……もしかして、やっぱ怖い人?
「えっと! えー?」
「ああごめんね。あんまり人に話すことではなかったね」
少し申し訳なさそうに謝ってくる陽炎さん。狐の仮面の表情が少しだけしょぼくれた風になっているのは気のせいだろうか。
「今度は私が聞くよ。どうして戦う時に歌うんだい?」
「え?」
「いや何。あのお姉さん、たしかかぜなりつばさって言ってたっけ? 彼女ももそうだけど、戦闘中は必ずと言っていいほど歌を歌っているからさ。気になってしょうがない」
どうやら私達のシンフォギアについて興味があるようだ。
どういうことだろう。そういえばあの人の歌声は聞いてない。
もしかして、あの刀はシンフォギアではないのかな?
どうしよう。返答にすごい迷う。
そもそもシンフォギアって機密なんだよね。話してもいいのかなこれ。……だめだよね多分。
まあ、私も了子さんの難しい話をそこまで理解してはいないからね!
「ごめん……ちょっと秘密なんだ。あ、でも他のことならウェルカムだよ! 特に私のことならね!」
「うーん。それも興味はあるけど、そろそろ時間なんだよねぇ」
陽炎さんの言葉の意味を考える前に、どこからともなく出てきた沢山の黒服の方たちがここを包囲する。
ちょくちょく見たことある人もいるので多分二課の人達なのだが、なんだか穏やかな空気じゃないらしい。
「えっ、え?」
「失礼。こちらにご同行願えませんか」
「お断り。……これお歌のお姉さんにも伝えたんだけどなぁ」
何やら重苦しい空気。まるでここから一戦始まってしまいそうな緊迫感。
止めなきゃ。この人はちゃんと話し合える人だ。なら拳を交わす必要はそうないはずなのだ。
「あの!」
「じゃあね立花。私が見えたらまた話そうね」
名残惜しそうな声を出しながら姿を消す陽炎さん。
一呼吸よりも短い時間で全身が見えなくなり、全くもってどこにいるのか分からなくなってしまった。
「……何だったんだろう」
ギアを解除し、ようやく一息つく。
陽炎さんは何者なんだろう。今度会えたら分かるのかな。
二課の人の車で本部に戻る。
帰ったら師匠に聞いてみよう。結局、本部に戻るまでの車では、あの狐の人のことばかりが頭にあった。