妹の友達と同居することになりました。   作:黒樹

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夏休み終了のお報せ

 

 

 

「いってらっしゃい」

 

仕事に行く青葉を笑顔で送り出す。玄関が閉まると同時に貼り付けていた笑顔も何処か翳りを帯びて、数秒間扉を見つめた後、自室に戻ってベッドに身を投げた。

 

……寂しい。

 

うつ伏せにベッドに身を預けながら、私は枕に顔を埋めた。

 

「誤算だったわ」

 

今日から夏休み、だというのに私の心は曇り模様。学生的には嬉しいはずの休暇も寂しさが増して気分は最悪。

 

「……社会人って大変なのね」

 

そう。つい浮かれるあまり社会人には休暇が少ないことを忘れていた。学生が夏休みでも、社会人は一月丸々という長期的な休みが存在しないのだ。

 

「……もっと一緒にいられると思ったのに」

 

夏休みに入る前から私は夢想した。夏休みが始まる前に宿題は粗方片付けたし、中学最後の部活動の大会だって奈緒と頑張るつもりで、その他は何もなくてもいいから青葉と一緒にいる時間を増やしたかった。海に行ったり、ショッピングしたり、夏祭りに行ったり、二人きりで楽しむことを考えていたのに計画は妄想の域を出ることはなかった。

 

–––ピロン♪

 

早くも夏休みに絶望する中、スマホに通知が届いた。うつ伏せたままスマホを手に送り主を確認すると『義妹』と表示されている。私の携帯に悪ふざけでこんな表示をするのは一人しかいない。協力してもらっている手前、既読スルー出来ず開く。

 

『今、暇ですか?』

『ええ今独りっきりよ』

 

そう返信すると電話が掛かってきた。

 

『おはようございます瑞樹ちゃん。夏休みに兄さんと一緒にいる計画を建てていたけど兄さんが社会人なのを忘れていて悲しいくらい予定が空いて不貞寝でもしている頃かと思いまして』

 

電話越しに訊く親友の声は嫌になるくらい的を射ていた。

 

「ええ、そうよ。視野が狭まっていたみたい」

『恋は盲目とはよく言ったものです』

「それより私を揶揄うために電話したわけじゃないんでしょ」

『そうですねー。今後の予定を話しておこうと思って。今から行っていいですか?』

「一応、あなたの家でもあるでしょう」

『それもそうですが、お二人の愛の巣ですから』

 

また揶揄う。ベッドにスマホを投げて私はパジャマを着替えることにした。

 

 

 

それから一時間もしないうちに奈緒が来た。玄関に出迎えを必要とするはずもなく、合鍵で鍵を開けると勝手に入って好きにするのはいつものことなので私も慣れたものだった。親しき仲にも礼儀ありとは彼女の辞書には載っていないらしい。

 

そして、通した……というか勝手に入った部屋は青葉の部屋だった。

 

「さて、それでは夏期特別会議を始めましょう」

 

青葉のクッションを抱いた奈緒が言う。ナチュラルに行動できる彼女が羨ましく思いつつも、私は緑茶を注いだコップの蓋をなぞりながら、鬱気味に返す。

 

「今日の議題は?」

「まぁ、いつも通りですかね」

 

『どうアピールするか』がいつもの議題。しかしこれは特別編。夏限定の話など盛り沢山だろう。

 

「兄さん手強いですからねー、流石に中学生に手を出すのはまずいってわかってますし、そもそもヘタレな兄さんにそういうの期待するのは的外れなんですよね。童貞の野獣性を加味しても」

 

停滞気味な現状。これまで幾度となくアピールをしてきたが、思いの外鉄壁で崩すには時間が掛かる、というのが奈緒の談。

 

「ところで夏の目標はどうします?」

「もちろん、青葉さんと付き合うことだけど……それが無理でも、キス、くらいはしたいかな」

「あぁ、そういえば、そういうことになってるんでしたっけ」

「本当に青葉さんには悪いと思ってるけど」

「そこは気にしなくていいですよ。兄さんですから」

 

私は青葉に言ってない事がある。正確には、クラスメイトを騙していると言った方が正しいか。校内では『倉科瑞樹には年上の彼氏がいる』ということになっているのだ。その相手はもちろん青葉、事実無根、願望。そのおかげで告白されることは減ったものの完全消滅したわけではない

そうなったのもあの日、校門の前で妙な人達が騒ぎを起こしてくれたせいで……不名誉な噂を上書きするため、言い争っていた青葉を彼氏としておいたのだ。

 

だから、私は嘘から出たまことを実行するべく、期限を迫られているわけだ。夏休み明けの女子達からの追及が憂鬱で仕方ない。それも修学旅行中にされたら堪ったものではない。

 

それでも一部の人は諦め悪く告白してくる。

どういう神経しているのかしら。

 

「恋人、ですか……もうさっさと押し倒して裸見せちゃえば襲ってくれると思いますけど。兄さんだって伊達に童貞拗らせてるわけじゃありませんから」

「他人事だからってバカ言わないでよ。恥ずかしくてそんなことできるわけないじゃない」

 

仮にも恋人でもないのにそんなことして幻滅でもされたら、私は生きていく自信がない。この前だって遠回しなアプローチ何回もスルーされてるのに、これ以上無視されたら死んでしまう。

 

「それは最終手段として、青葉さんの休みの日ってわかる?」

「瑞樹ちゃんのことだから自分では調べていないと思って調べておきましたよ」

 

そう言って奈緒が取り出しのはメモ帳だった。可愛らしいピンク色のシンプルな冊子。それらをパラパラと捲りある頁で止める。

 

「お盆以外は、まぁいつも通りホワイトって感じですね。週休二日、たまに土曜か日曜も出てるらしいらしいです」

「……うぅ、殆ど被ってる」

 

部活動と照らし合わせると、青葉の休みと被って部活が入っていた。もう泣き寝入りしたい。

 

「唯一の長い休みも家に帰ることになってますからね」

「……えぇ、そうね、独り寂しく留守番でもしてるわ」

「何言ってるんですか?瑞樹ちゃんもですよ」

「え?」

「もう、忘れたんですか。二人暮らしするのは大きな休みの日とかたまには実家に顔を出すのが条件じゃないですか」

「……それって両親のご挨拶ってやつよね」

「瑞樹ちゃんがついにボケをかますようになりましたか。ポンコツ可愛くなるのは兄さんの前だけにしてくださいね」

 

親友が最近冷たい。まぁ、それは表面だけだけど。辛辣なツッコミは奈緒の特技だ。たまに男子の精神をガリガリと削っている。

 

「でも悪くないですね。外堀から埋めるのも」

「実際、麻奈さんは最初から乗り気だものね」

 

元々、麻奈さんはこちら側の人間。私が青葉に懸想していることをあの人は知っている。それを利用して実家に帰ろうとしない青葉を家に帰らせようと画策したらしい。一石二鳥と楽しそうだったけど、なんとなく納得いかない気分。孫も生まれたら一石三鳥だって。

 

「さて、夏休みはどうするか。色々と悩みどころですね。定番といえば定番なんですが……」

 

ふと、歯切れが悪くなる奈緒。困ったような顔だ。

 

「やはり、海でしょうか」

「綺麗な海水浴場が近くにあるものね」

「ですが、問題が一つ。兄さん海とプール嫌いなんですよね」

 

ピシャンと、雷が落ちた。初耳だ。

 

「人口密度、着替えが面倒なのに加え、泳ぐのが苦手ですから」

 

え、最後の可愛い。思わぬ青葉の弱点を見つけてしまった私はほっこりする。

 

「まぁ、瑞樹ちゃんの水着姿を拝めるとあらば悩む兄さんの姿を想像できるので提案してみるのはありですね」

「そっか。泳ぐの苦手なんだ」

「夏祭り。これも人口密度、喧騒が苦手な兄さんには地獄ですね。まぁ浴衣姿の瑞樹ちゃんが拝めるのなら一考の余地ありと考えてくれるかもしれませんが」

「ねぇ、さっきからおかしくない?」

「何がですか?」

「私の水着姿なんかでそう簡単に釣れるかしら」

「兄さんは瑞樹ちゃんのお願いを断れないので、悩むそぶりを見せつつも了承してくれるとは思います」

 

妹曰く、甘いらしい。確かに過保護気味なあの人ならお願いくらい訊いてくれるだろう。

 

「まぁ具体的な計画は改めて、というか……瑞樹ちゃんがデートの約束を取り付けられないことには始まらないんですよね」

 

問題はどうやって海に誘うか、夏祭りに誘うか、具体的な案はまだ決まっていない。二人きりで行くなら、奈緒から誘導するのはかなり難しい気がする。だから、私からどうにかしないといけないのだ。

 

「どうにかするわよ。どうにか」

「じゃあ、他に何かありますか?」

 

そう言われて、私はひとつだけ気になる事があった。

 

 

 

「そういえば最近、青葉さん忙しそうで……何か労う方法ないかしら?」

 

帰宅すればソファーに倒れ込む。疲れ切ったような顔をして着替えるまで三十分くらい何をするまでもなく座り込んでいたり、眠そうに欠伸をしたりする事がちらほらとある。

 

何かしてあげたい。と、思うものの具体的には何をしていいかわからず、奈緒に相談するとくすくす笑われた。

 

「あぁ、それ、いつもの兄さんですね。ついに瑞樹ちゃんの前でもそういう姿を見せるようになりましたか」

「私、真面目な話をしてるんだけど?」

「いえ、ただ微笑ましいなと……瑞樹ちゃんと同じくらい兄さんも緊張していた、ということです。ほら、兄さんって無駄に保護欲とかありますから。瑞樹ちゃんの前ではかっこよく見せたかったんですよ」

 

そう言われて悪い気はしない、けど釈然としない。

奈緒も笑うのをやめて、いつもの微笑に変わって言葉を続ける。

 

「とはいえ兄さんも人間ですから、疲れてるんでしょう。そうですね、やるなら瑞樹ちゃんから甘えてあげるのなんてどうでしょう」

「奈緒に相談した私がバカだったわ」

 

スマホで検索し始めようとして、そんな私を意に介したこともなく奈緒は続けた。

 

「いえ実際効果あると思いますよ。適度なスキンシップでも多幸感が得られてリラックス効果があるらしいです。ほら、瑞樹ちゃんもあるでしょう?兄さんといると嫌なこととか全部忘れられたりとか」

「一理あるわね」

「具体的には、膝枕をしてあげたり、一緒に寝たり、お風呂で背中を流してあげるのはどうですか?」

 

最初のはともかく残り二つは難しいんじゃないだろうか。

 

「無理よ。一緒に寝たり、お風呂とか……」

「一緒に寝るのはエアコンの電気代の節約、お風呂は……日頃のお礼?」

 

同衾はいける気がしてきた。

 

「……まぁ、最後のはともかく、やれるだけのことはやるわ」

 

こうして私は青葉を癒すために孤軍奮闘するわけになったのだ。


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