八月の上旬。夏真っ盛りのこの季節に俺は実家へと足を運ぶはめになった。多少気が早い帰省、なれどそれは帰省のためではなく前々からの約束を果たすためである。お盆の直前辺りに部活の大会があるらしく、英気を養う意味も込めて海へ遊びに行くことになったのだ。その参加者は俺を除く瑞樹と奈緒を含めた四名ほど、一人部活とは関係はないが友人同士の絡みに無粋なツッコミ(大義名分に関して)はなしでいいだろう。それほど俺も愚かではない。
さて、そこで実家の方に久しぶりに顔を出した理由である。
端的に言うなれば、まず一つ目が『奈緒の家を知る友人達と合流するため』である。今回のメンバーは全員、奈緒の家を知っていることもあって集合場所として奈緒の家が挙げられた。
そして、もう一つの理由が『親父殿から車を借りる為』である。免許は持っているものの使用頻度の少なさから車を購入することは見送っていたが、こういう機会には車を借りることがままあり、こうして訪ねたのだ。
それもキャンピングカーという娯楽目的で買ったはいいが、中々使用の機会に恵まれないそれを拝借する約束を事前に取り付けておいたわけである。今回の用途で言えば更衣室代わりで本来の用途とは異なるだろうが。
そこそこ名の知れた海水浴場なら、更衣室もありシャワーも完備されているにしても、やはり混み合う可能性だけは否定できないのだ。
「おはようございます、兄さん、瑞樹ちゃん」
「……おはよう、奈緒。皆は?」
「もう既に到着しています。呼んで来ますね」
俺も朝の挨拶を親愛なる妹へ返しておく。そうすればパタパタと家の中に戻り、数分後には二人の女子を連れて戻って来た。そして奈緒はあろうことか大量の荷物を押し付けてくる。荷物を受け取り、車に積む前に今回の参加者に挨拶だけでもと俺は二人を見た。
「確か梓ちゃんに楓ちゃん、だよな……?」
いつかの杖少女と親友の妹の姿があった。
「あら、覚えていてくださったのですね?」
ころころと笑みを絶やさない上に丁寧な口調でお嬢様っぽいところが育ちの良さの所以か、彼女がモテるのは人当たりの良さだと奈緒は言っていた。俺はどうも放っておけない性格のためか過保護になりすぎないようにと事前に釘を刺されている。
茶髪を肩口で切り揃えたのは手入れが大変だからか、彼女が髪を伸ばしたところを見たことはないらしい。
それが俺の知っている高岡梓という盲目少女の情報である。
「今日はよろしくお願いしますね」
「遠慮はいらないからな」
なんだか含み笑いをしている気がしないでもないが放っておこう。
「おはよーございまっす、青葉兄」
「おう、兄貴は元気か?」
「今日は朝から友達に連行されたみたいっすよ」
「あいつらか……」
「青葉兄のところにもお誘いはきたんじゃないんですかねー?」
「もちろん用事があるって断ったよ」
黒髪セミロングの少女、青山楓。小学校時代からの友人の妹であり、砕けた口調で男女共に分け隔てないこともあり俺も青山家に行けば散々絡まれた。そこが男子にも女子にも人気らしい。美少女ではあるのだが、彼女の人気の秘訣はそれだというのが妹の証言である。
「青葉兄も男っすよね。友達の誘いを断ってまで女子中学生侍らせるなんて」
「……おい、まさかあいつには言ってないだろうな」
「いやー、青葉兄に車で海に連れて行ってもらうって言っちゃいました」
「……はぁ。遅かったか」
今頃、友人達の間では俺が友情ではなく女子中学生を囲うことを選んだ裏切り者として話題にされていることだろう。瑞樹からの先約がなくても行ったかどうかはわからないが。
「さて、じゃあ行くか」
荷物を乗せて運転席へ。助手席には奈緒が座り他の面子は後ろのスペースへ。
「シートベルトは締めたな。出発するぞ」
確認作業にちらりと瑞樹へ視線を向ければ、彼女もちゃんとシートベルトを締めていた。ただその視線は一点に集中してしまう。
(車買おうかなぁ)
シートベルトが強調する瑞樹の胸元を見て、それも悪くないと思ってしまうのだった。
◇
最寄りの海水浴場は車で約一時間ほどの距離にある。茜浜海水浴場と呼ばれるその所以は、夕暮れ日が沈む光景が絶景なのが評判で海水浴客のうち半数はそれを最後に見て帰るのだという。何度も来たことはあるが、海ではしゃぐ行為は控えてきたため今回初めて海水浴場を正式利用する。
早々に着替えた男子約一名はというと、燦々と照りつける太陽の下、半ズボン丈の海パンとパーカーに身を包み、ビーチサンダルを履いて女子中学生達が着替え終えるのを駐車場で待機して見張っていた。
夏真っ盛り、海水浴シーズンであるから不埒な輩が出ないとも限らない故の警護役、車上荒らしもないとは言い切れず、もしその輩が着替え中の女子中学生の花の園に侵入したら、と念には念を入れて監視しているのだ。
まぁ、実際には怪しい客よりは鬱陶しそうな男性客の方が多そうには見えるが。
「あっちぃなぁ」
夏は嫌いだ。寝苦しいし、汗もベタベタする。外に出るのさえ気怠く感じる。憂鬱だ。
遠目に見える海水浴客は何が楽しくてはしゃいでいるのか。家族サービスするお父さん、あからさまなナンパを試みる者、取り敢えず後者が近寄らないように見張る必要がある。
そんな憂鬱な気分も少女達の姦しい声に掻き消えた。
「あ、青葉さん、お待たせ……」
振り返った先には瑞樹がいた。黒のホルターネックビキニを纏い、その腰には同色のパレオを巻きつけている。ビキニの黒が彼女の白い肌を引き立たせ、相乗効果でビキニの存在感も主張していた。金髪は陽光を跳ね返し、天使の輪っかを作っている。そして露出した肌は太陽すらも味方につける。白い肌が普段より一層輝いて見えた。
–––前言撤回。夏最高。
だがしかし。
–––女性の服装は褒めるべきと教わっている。
水着姿を褒めるというのは……セクハラに当たらないだろうか?
「……お、おう。別にそれほど待ったわけでもないが、これ着とけ」
着ていたパーカーを羽織らせてやる。誰かが見ている気がして、どうにもそれが面白くなくて、半ば押し付けるように掛けてやると瑞樹は戸惑いながらも受け取り、
「あー、そのなんだ、それだけ綺麗なら変な虫がより一層寄り付くだろ」
赤面させてしまう始末。
自分でも何言ってるのかわからない。失言。
「兄さん瑞樹ちゃんの水着姿に見惚れ過ぎじゃあないですか?」
瑞樹の背後から対照的な白のビキニを纏い奈緒が姿を現す。いつものように髪をサイドテールに纏めて、にやにやと笑みを浮かべて「私はどうですか?」と。
嫌な予感がするので無難に返しておこう。
「凄く可愛いぞ」
そう、無難に両者を褒め称える。
まるで特別扱いなどしていない風を装って。
「私と瑞樹ちゃんどちらが可愛いですか?」
–––なに?
「どちらって言われてもな……どっちも同じくらい可愛いぞ」
「あ、それなしです」
比べることなどできない。できるはずがない。だが、奈緒がそれを望む。
深く考える。考えて、考えて……。
「あ、あれ?兄さんそんな真剣に悩んじゃいます?」
肩を叩かれれば、困惑したような奈緒の顔が目の前にあった。
「そりゃあな。奈緒も瑞樹も俺にとってはかけがえのない大切な人だからな」
『無難』を探すまでもなく、答えに窮してしまいやはりそういった答えしか出なかった。
「そ、そうですか……」
「ふーん」
奈緒は頰を赤らめ緩めそっぽを向く。瑞樹も素っ気ない対応だが、頰は紅潮しており髪先をくるくると弄るその様はどこか嬉しそうにも見える。
「うわー、青葉兄容赦ないっすねぇ……」
楓が呆れたような目で複雑な表情を向けてくる。上は白のオフショルビキニ、下は水着の上にホットパンツを穿いている。わざとらしく止められていないボタンによってできる隙間からちらちらと白い布が覗く。
「あれ浮気っすかー?」
そして、自らの左腕を右手で掴み胸を強調してみせる。これみよがしに魅せてくるものだから一瞬目が奪われ、上目遣いに擦り寄ってくる姿にドキリとする。
「浮気ってな、ぁ……!?」
「……あら、ごめんなさい」
会話の最中、コツンと右側からとても柔らかい布地に包まれた何かが当たり、そのまま抱きついてくる形で手が控えめに添えられる。
青い海のような藍色のオフショルダーワンピースに身を包んだメロン、もとい梓嬢、彼女がぎゅっと腕を掴んでくる。ただ掴むと言ってもまるで胸に掻き抱くようにしていることで、布地に包まれたメロンの感触がダイレクトに伝わってくる。惜しむらくは布地の多いワンピースタイプの水着であることか。
どうでもいいことだが彼女、着痩せするタイプであるらしい。
「梓、さん?」
「……おや、間違えました。ですがこればかりはどうにも不便で。お手数ですがエスコートをお願いしてもよろしいですか?」
「まぁ、確かに転んだら危ないし……」
「ありがとうございます。梓、とお呼びください。私も青葉様と呼びますから」
仕方なしにまぁ杖代わりになるか、と右腕を貸せば脇腹を二つ背中を一つ抓られた。
妹の友達ならぬ、友達の妹。
全く別の関係性になってしまうのです。
不思議ですね。
海編は続きます。