昼食の後、私と奈緒は海の家にかき氷を買いに行くことになった。
『罰ゲームです』
ビーチバレーの罰ゲームの名目で楓に命令されれば行かないわけにはいかない。青葉から受け取った二千円を手に二人だけで砂浜を歩き、海の家を目指す道すがら、私は不機嫌を隠そうともせず、そんな私を見て奈緒は苦笑いだ。
「まぁまぁそんな怒らなくても」
「別に怒ってないわよ。負けたことくらい」
正直に言って負けたのは悔しかったけど、何よりも腹立たしいのは青葉だ。試合中、後衛をすれば楓の後ろ姿やお尻を見て、前衛に出ればブロックに跳んだ私や奈緒の胸を盗み見てる(ような気がする)。見られてると感じたせいか本来の力を発揮できず、その上で相手も気を逸らしたりとミスをするくせに予想外に強いのが余計に腹立たしかった。
「いえ、試合で負けたことくらいで瑞樹ちゃんが臍を曲げるとは思ってません。どちらかというと美少女に囲まれて鼻の下を伸ばしている兄さんに対してかと」
そう。私が不機嫌な理由はそこにある。
立場上、青葉が楓や梓を気にかけるのはわかる。特に梓は全盲と診断がされていて、本人は杖無くして生活は出来ず、学校も必ず送り迎えがつくほどで両親もかなりの過保護だ。何度か奈緒が家に招いたことがあり、私も同席していたけど、外に出掛けたことは一度もない。
でもそれとこれとは別だろう。いくら可愛いとはいえデレデレしすぎだと思う。料理中も鼻の下を伸ばしてあんなに触らせたりして私だってそんなベタベタしたことないのに!
「あ、図星なんですね」
「……だってしょうがないでしょう」
あんな凶器(巨乳)を持っているなんて。まさか梓があんな伏兵だとは誰も思うわけがない。今まで水泳の授業も見学していて、私も今日初めて知ったくらいだ。
「あんなにデレデレして……!」
むむむ、と頬を膨らませて海の家を睨め付けた時、それがやってきた。
「君達、ちょっといい?」
声のした方をギロリと睨みつける。そこには二人の男がいた。体格の良く陽に焼けた肌で人の良さそうな笑みを貼り付けている。もっともそのマスクの下は獰猛な肉食獣か何かなのだろう。街でよく見かける、或いは告白してくる連中に似ている気配に私と奈緒は揃って内心溜息を吐いた。
この手の輩は何が目的かわかっている。
「私達急いでいるので」
「なに?」と訊き返せば当然会話の糸口になる。相手にするだけ時間の無駄だと取り付く島も見せなければ大抵のやつは怯んで引き下がる。それが経験則だった。
「ちょっと待ってよ。ね、少しだけ」
「離してッ!」
スタスタと歩き去ろうとすれば腕を掴まれる。すぐに振り払った私は不機嫌に混じった嫌悪の視線を相手に向けた。
「少しくらいいいじゃん、ね?」
「そんなに時間は取らせないからよぉ〜」
あぁ、最悪だ。こういう輩はしつこい。しかも逆上もする。だから関わり合いになりたくない私がもっとも苦手とする人種だった。
「ねぇ、君達二人?」
「用がないならもう行っていい?」
要領を得ない会話の切り口をバッサリと切る。
相変わらず、相手は笑顔を貼り付けたまま。
「そんなこと言わずにさー。俺達今、暇なんだよね」
「私達は兄さんと海に遊びに来てるんです」
「へー、じゃあさ今から俺達と遊ぼうよ。奢ってあげるからさ」
私の不機嫌を察した奈緒がそう主張するも、依然として男達の態度は変わらなかった。家族と敢えて主張したのに相手は断固として退こうとしない。
「兄貴と一緒なんてつまらないでしょ」
そう、馬鹿にしたような口調だ。
青葉を、私の大切な人を、つまらないだなんて。
彼らへと募っていた不満は限界を越えた。
だからだろうか、私の中でふつふつと煮え沸る怒りが。
攻撃的な形となって口から飛び出した。
「……お前達みたいなつまらない人間と比べないでくれるかしら」
「は?」
「あの人は私の大切な人よ。お前達とは比べるまでもないくらい素敵な人なの」
「瑞樹ちゃんストップです。わかりましたから」
「私今怒ってるんだけど」
「この先、瑞樹ちゃんが何を言うか想像に難くないので自重してください。余計に面倒になるので!」
急に奈緒から横槍を入れられる。自分だって不機嫌そうな様子を隠そうともせず、その顔を見れば気持ちは同じだということがわかりいくらか溜飲は下がる。それでも私は不完全燃焼だ。
ただ、それは相手も同じだったようだ。
いや正確には、私達を逃すつもりはないらしい。
「君達のお兄さんを悪く言ったことは謝るよ。でもほら、少しくらい相手してくれてもいいでしょ?」
ゴキブリ並みにしぶとい粘着質な男達に私の不機嫌さは増していく。
◇
「なぁ、楓」
「なんですか青葉兄」
「あいつら少し遅くないか?」
「いや、まだ十分も経ってないですよ?」
奈緒と瑞樹を送り出した俺はなんだか嫌な予感がしていた。上手くは言えないが何か失念している気がする。何かを見落としていることに俺は気づくのだが、その違和感の正体が何かわからない。
「ちょっと迎えに行ってくる。二人はここで待ってろ」
「はーい。留守番してまーす」
「ふふ、いってらっしゃいませ」
楓はニヤニヤと笑みを浮かべ、梓は微笑ましいと言わんばかりの笑みを向けてくる。無性に逃げ出したい気分になりながらパラソルの下を出た。
海の家は然程離れていない。徒歩五分以内、往復で十分。茜浜はかなり長いが海岸の中央部に一軒あり、遠目だが見える位置にある。近くには交番や喫茶店の他、旅館やホテルもあり夏になれば足を運ぶ客はかなりの人数になる。その中で奈緒と瑞樹を見つけ出すのは至難だと思われたが思いの外早く見つかるもので、海の家の前近くで割と目立つ二人を見つけた。
ほっと安心するが二人は海の家に辿り着くどころか一向に進んでいないようだった。何か異変を感じて俺は砂浜を走り、二人の元へ駆けつけると凄く迷惑そうな顔をした二人がいた。
「あの、本当に邪魔です」
「ね、少しだけだって。抜け出すくらいいいでしょ?」
案の定、嫌な予感は当たる。
二人の前には二人の男。ナンパである。
「奈緒、瑞樹」
「あ、兄さん!」
「青葉さん!」
名前を呼べば二人は表情を一転させ、隣に駆け寄って来る。右腕に奈緒、左腕に瑞樹。両脇を挟み腕を絡めてまるで目の前の男に見せつけるような態度で動くので、俺もされるがままになって目の前の男を無視して事情を訊く。
「どうした?」
「それが……」
端的に言うとナンパらしい。振り払おうとしたがゴキブリ並みにしぶとく流石の二人も振り払えなかったらしく、その二人の男はというと俺の登場にぽかんと呆けていた。
俺は見せつけるようにグイッと二人を抱き寄せた。
「うちの妹達に何か?」
「「あ、いえ……どうもすみませんでした」」
意外にもあっさりと引き下がる男達はここから離れて行く。何処か萎えた様子の男達を見送った後で、俺は二人に声を掛けた。
「楓達を待たせてるから行くぞ」
「ね、ねぇ、青葉さん!」
「なんだ?」
「どうしてあの人達簡単に引き下がったの?」
「何したんですか兄さん?」
不思議そうな顔で二人は質問してくるが特別な事はない。
「交番の近くだろ。それともう一つ理由があるとするなら、二人のどちらかを俺の恋人か何かだと思ったんじゃないか?」
そう告げると、二人は顔を赤くして俯く。
コツン、と俺の肩に頭を当ててぎゅっと腕に抱きつく。
「ねぇ、青葉さん、もう少しこのままでいい?」
「戻るまでならな」
「ふふ、やっぱり兄さんは頼りになりますね」
美少女二人を侍らせたまま海の家に向かう事になった。
海の家のおっさんが美少女に気を良くして買ったかき氷の数、フランクフルトをおまけしてくれた。両手にかき氷、腕には二人が絡みつき、二人も空いた手にかき氷を持って奈緒だけはフランクフルトの入ったビニール袋を引っ提げていた。器用にじゃれつく子猫のような二人を連れて、楓達が待つパラソルの下へ戻った。
「おや、あちらもですか」
しかし、二人の側には男が三人いる。それをナンパと見たのか奈緒は呆れたような同情めいた視線を送っている。対応している楓が不機嫌そうに腰に手を当て突っ立っていた。その側のビーチチェアに梓が座り、少し警戒したような表情をしていることから事態は良くないのかもしれないが、俺は三人の男を見てすっと目を細めた。
「マジでキモいっす。ストーカーとか笑えないんですけど」
「すぐに帰るっての。俺も来たくなかったし」
一見気兼ねない会話に見える。それもそうだ、楓と会話している黒髪の男は実の兄なのだから。
戻りたくないが、二人がいる手前、戻らないわけにもいかない。
意を決して、五人に近づいた。
そして、挨拶がわりに友人の一人、赤茶けた髪の男の背中を蹴る。
「テメェらがなぜここにいやがる」
「お、神崎!……って何その羨ましい状況!?」
返事をしたのは赤茶けた髪のやつ。名を黄村という。俺がもっとも会うのが嫌だった奴はこいつだ。因みにこいつら山にいるはずである。
「羨ましいも何もお前には彼女がいるだろ」
しかも相手は中学生。
「……あー、うん、そうだったんだけど」
歯切れの悪い返事に察する。破局したのだと。
「別れたのか」
「だから紹介して!」
「誰が紹介するかボケ!むしろ紹介して欲しいのは俺の方だわ」
「その娘達の名前くらい教えてくれても……!」
「中学生を狙うな、もっと大人の女性を狙えよ!」
「嫌だよ。だって怖いじゃん、歳上とか」
「別にそうは言ってねぇだろ。二十歳くらいの相手探せって言ってんの」
「高校生から上は怖いからやだ、歳下がいい」
「お前何歳だよ?二十歳でも十分歳下だぞ!?」
瑞樹達を合わせたくなかった理由がおわかりいただけるだろうか。この男、まだ恋を知らないような中学生ばかりを狙う変態なのだ。
俺が口論している間に奈緒と瑞樹はかき氷を二人の元へ運んでくれたが、デッドヒートする口論は口汚い罵り合いに発展していく。
「いやお前も女子中学生といちゃいちゃしてただろ」
「陽介、それは誤解だ」
口を挟んだのは青山陽介、楓の兄だ。ばっちりと美少女二人に腕を組まれていたところを目撃していた彼は無感情そうな瞳を向けてくる。たいして興味はないようだが、揶揄われるのは本意ではない。
「呼べよ、水臭い」
「荒太、お前は絶対に呼ばねぇ」
黄村荒太、奴はむっつりだ。その言葉の下には女子中学生と仲良くしたいという意図が含まれている。
「でも青葉君、女子中学生と抱き合ってる時、凄い嬉しそうだったよね」
そう揶揄ってくるのは赤沢浩一、茶髪の男だ。いつも誤解を生むような解釈をして誇張した表現で揶揄うため、修正するのが面倒臭く反論しても無意味なため放っておくのが無難だ。
「だ、抱き……っ!」
かぁぁと顔を赤らめる瑞樹、彼女がただ一人の被害者であった。
「へー、兄さん嬉しかったんですか?」
「なんならあたしもやるっすよ」
女子中学生二名が便乗する。
はっきり言って無茶苦茶面倒臭い。
「陽介……」
「そうだな。こいつら連れて帰るわ。その代わりそいつ頼む」
「そりゃ責任持って連れ帰るが」
「一泊な」
「……ん?陽介さんそりゃどういう意味ですかね」
何やら不穏な言葉を残して、陽介は友人達を引き摺って行った。