妹の友達と同居することになりました。   作:黒樹

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スイカ割り?

 

 

 

太陽が高い位置にある午後二時過ぎ、まだまだ育ち盛りな娘達は空腹を訴えてきた。遊びとはいえ水の中で動くのは体温の低下と体力の消費を伴うものであり、普段は小食な彼女達もそれなりにお腹が空くらしく、一日中遊んでいれば仕方のないことだろう。

 

「どうせならスイカ割りをやりましょう」

 

奈緒の提案に瑞樹は「まぁ、いいけど」と気乗りしなさそうな返事をした。

 

「スイカ割りっすか。それならアズも楽しめますしね」

「スイカ割り、ですか……?」

 

小首を傾げている梓に楓が軽く説明を始める。すると、ふむふむと頷きながら真剣な表情で訊き、何故かとても誇らしげに大きな胸を張ってそこにあるスイカと比較しても遜色ないそれがぷるんと揺れた。

 

「それは楽しそうですね!」

 

普段から目隠しをしているのと変わらない闇の中で慣れてしまっているのか、自分に有利であることを自虐ではなく誇るところが可愛らしいというか前向きというか、微笑ましく思ってしまう。なんだこの可愛い生き物。

 

「というわけで青葉兄」

 

ずいっと胸元を寄せて、おねだりしてくる楓。

あれか?胸にチップを挟むのか?

 

「わかった。金出せばいいんだろ」

 

女子中学生の財布になっているような気がする。たいして使い道のない寂しい懐だし文句はないのだが、いいように扱われるだけっていうのは癪だ。

財布から一万円札を取り出し、楓の谷間に差し込む。瑞樹のものと比較すれば僅かながら劣るそれに対し、それほど緊張することもなく。すると顔を赤くしながら、彼女は狼狽えた。

 

「あ、青葉兄って意外と大胆っすよね……残りはチップとして貰っておきます」

「青葉さん?楓?」

「じ、冗談っすよ。貰っても千円くらいです」

 

我が家の金庫番は散財を許しはしなかった。

 

「ねぇ、青葉さん?いかがわしいお店に行っているの?」

 

心做しか瑞樹の声も視線も冷たい。夏の海も氷河期を迎えそうだ。

詰め寄ってくる彼女の追及を躱すべく、俺は半歩後退り。

 

「い、行ってないって。仕事が終わったらすぐに帰ってるだろ。そもそも興味ないし」

「……ふーん。本当に興味ないの?」

 

怪訝な視線を感じる。恋人に浮気を疑われる男の気分だった。

 

「……もし、興味があるって言ったら?」

 

人生で一度くらい。男なら誰だって興味はあるだろう。へたに恋人を作れない今の身ではなおさら興味を示すのは仕方ない、だけど多分俺は一人では絶対に行かないだろう。怖いし。

 

故に恐る恐るそんな返しをすると、瑞樹は怒っているのか泣きそうなのかわからないとても複雑な表情をして一言。

 

「…………私じゃダメ、なの?」

 

顔を赤くしながら、細波に消されそうな声で呟いた。

一瞬の沈黙、俺は何を言われたのか理解できなかった。

 

「お〜、大胆っすねぇ〜」

 

時々、攻めてくる瑞樹に俺は惑わされてばかりだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あたしからっすかね」

 

色々とあって遅れたもののスイカ割りが始まった。何処から用意したのかアイマスクを装着し手には木刀を手に、楓はグルグルとその場で十回転するとぴたりと止まった。

 

「うわ、思ったより気持ち悪いっす」

 

そう言いつつ、顔を上げたのは明後日の方向だ。

スイカは左側にある。

 

「左ですよー、楓ちゃん」

「右よ楓」

「青葉様、スイカはどちらに」

「梓から見て正面だ」

 

約一名、始まる前から弊害を受けていたが教えてやるとなるほどと頷く。果たして、楽しいのだろうかこれは。

 

「こういう時のナオって信頼できないんすよね」

 

まず初めに正解を言っていた奈緒が除外された。

普段、妹は学校で何をしているのだろうか。

 

「ミキも意外と遊び心ありますからねぇ」

 

ミキとは瑞樹のことらしい。

だから普段お前らは何やってんだ。

 

「天使の顔して男子をばっさり振ってます」

 

アイマスクには心を読む特殊効果でもあるのだろうか。

 

「まぁ、ともかくそうなるとボカした言い方した青葉兄の発言が気になりますね。アズは嘘のつきようがないから信用してもいいでしょうしこれは一発目でチャンスっすね。割ったらすみません」

 

勝利を確信したのか楓は謝罪を述べながら梓を見る。会話内容をすれば場所の特定は可能だろう。あとは会話からスイカの位置を割り出して割りに行くだけだ。

 

「ふふ、この勝負貰いました!」

 

楓は駆け出す。

–––いや、正確には駆け出そうとした、か。

最初の一歩を踏み締め、前進した。

そこまでは良かったがバランスを崩して転倒した。

呆気ない幕切れである。

因みに走り出した方にスイカはなかった。

何故なら、彼女には初期位置がすっぽりと抜けていた。

先にスイカを置いて目隠しをした、これでは場所が大体わかってしまうだろう。その位置と距離を楓は忘れていたのだ。梓の方から遠ざかったところで何もない。

 

ゲーム性についてはもう一度、考え直す必要がある。

 

「いてて、うぅあたしの美少女ボディに傷が……これは責任を取ってもらうしかないですかね。青葉兄に傷物にされたって」

「誤解を生むような発言をするな、マジで頼むから」

「視姦されている気がしました」

「見てない」

 

楓の一言で友人関係が一変する。

戯言をのたまう楓はアイマスクを外していた。

 

 

 

「じゃあ、次は私ですね」

 

今度は奈緒が挑戦するようだ。

 

「では兄さん、目隠しをしてください」

「はいはい」

 

今度はゲーム性を見直して、まず挑戦者が目隠しをしてから誘導し、スイカを置いてぐるぐるさせることになった。初期位置がわかっていれば声を頼りにしなくても大体の位置がわかってしまうからである。

 

「ふふ、まるで兄さんにイケナイことをされている気分です」

「妙な発言をするな」

 

適当な位置に奈緒を誘導し、スイカを置いて、ぐるぐる回るのを見守る。ふらふらと立った奈緒は木刀を片手に立ち尽くしていた。

 

「ナオ、右っすよ」

「奈緒、左に三メートル」

「神崎さんから見て左に二メートルほどです」

「前に四メートルだ」

 

因みにだが正解を言っているのは梓だ。

誰も教えていないのに、彼女のアドバイスは的確。

 

「楓ちゃんは信じられませんし」

「ちょっとそれ酷くないっすか」

 

まず楓の一件での発言をバッサリと切る。意趣返しのつもりだろう。

 

「瑞樹ちゃんを此処は信じますか」

 

根拠は。

 

「二人も揃って教えてくれるわけですし」

 

多数決だと言わんばかりだ。

 

「というわけでこっちですね」

 

スイカに向かって歩き出す奈緒、その姿は堂々たるもの。

しかし、それは僅か数メートルだけの話だ。

 

「きゃあ!」

 

スイカを足に引っ掛けてすっ転んだ。

 

「まさか、スイカに引っかかるなんて……」

 

悔しそうに奈緒は呟いた。

 

 

 

次の挑戦者は瑞樹だ。

 

「えっと……奈緒?」

「兄さんが見てますよ、頑張ってください」

 

何やらごにょごにょと耳打ちしており、それ以降は訊こえなかった。ただ遠目に見て動揺しているのがわかる。顔を赤くして慌てたり何かいらないことをまた吹き込まれているのだろう。

 

目隠しをして、ぐるぐると廻る。

俺はスイカを設置して元の位置に戻ろうとした。

 

「ミキ、逆っすよ逆」

「倉科さん頑張ってくださーい」

「瑞樹ちゃん、北北東に五メートルです」

「違うもっと右だ」

 

今回、正解を言うのは俺の役目であるのだが、瑞樹は奈緒の言葉を信じたらしい。ふらふらとした足取りで木刀を持って向かってくる姿は少し危ない。

 

「なぁ、奈緒……」

「なんですか兄さん」

「なんかこっち向かって来てない?」

「気のせいですよ」

 

俺だけ孤立してスイカと共にある。そこに向かってくる瑞樹、その手には木刀と若干のホラー要素に何か嫌な予感がする。俺は急いで退避しようとした。

 

「あ、兄さんがスイカを持って逃げました!」

「何言ってんのおまえ!?」

 

事実無根だ。スイカは砂浜に置いてある。

 

「右です!」

「待ってこのままだとスプラッタな光景になるから!」

「スイカですから」

「人間の中身の話だよ!」

 

奈緒の指示に従い瑞樹が迫る。俺は慌てて自分で置いたスイカに足を取られて転けた。

 

そこに二次災害が発生する。

 

「きゃっ!」

「ちょっ!?」

 

転倒した俺に足を引っ掛けて瑞樹が覆いかぶさるように転倒する。慌てて抱き留めたはいいものの、腕の中にすっぽりと収まった瑞樹は硬直して動かない。目隠しを外してやるとつぶらな瞳と目が合った。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ……平気よ」

 

それからのろのろとした動きで瑞樹が起き上がるまでかなり時間がかかった。

 

 

 

「え、俺もやんの?」

 

次の挑戦者は梓ではなく俺だった。

 

「いや俺はいいよ」

「ダメです。強制参加です」

「やるにしても最後だ。梓が先にやればいいだろ」

「あ、自分がスイカを割るかもとか遠慮してるんですね。残念ですけど、兄さんには割れませんよ」

 

何がなんでも参加させる気で、スイカを割らせるつもりもないらしい。

俺はそれを挑戦と受け取った。

 

「ほう?」

「賭けをしましょう」

「いいぞ」

「兄さんが割れなかったらお願いを一つ聞いてもらいます」

「じゃあ、俺が割ったら?」

「瑞樹ちゃんがお願いを一つ訊きます」

「お前じゃないのかよ」

 

いきなり白羽の矢が立った瑞樹が奈緒に抗議するが、言いくるめられた。

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

目隠しをして、木刀を手にぐるぐると廻る。十回転してふらふらと立つ。なんとなく梓が見ている景色が見えた気がして神妙な気分になってしまう。

 

「こっちです兄さん」

 

左から声が訊こえた。奈緒の声だ。

 

「こ、こっちよ青葉さん」

 

上擦った瑞樹の声が右からした。

 

「青葉様こっちです」

 

正面から梓の声が、ころころと楽しそうな声で誘う。

 

「青葉兄こっちっすよー。あたしの胸に飛び込んできてください」

 

後ろから楓の揶揄うような声、顔は見えないがニヤニヤしていることがわかる。

 

「……なぁ、スイカは?」

「誰か一人が持ってます。兄さんはその子にタッチすれば勝ちです」

 

嵌められた!

直感的にそう感じた。

 

「なぁ、それって……」

 

スイカを割れるかどうかは関係なく、もはや誰を信じるかのゲームである。

 

「迷っても仕方ないか」

 

悩む素振りを見せるべきか、即断即決するべきか、どう転んでも悪い方向にしか転がる気がしない。

 

俺は迷わず右に歩いた。

瑞樹がいる右の方へ、呼ばれるままに。

何度も呼ぶ声だが、瑞樹の声だけなんだか小さい。

近づいているはずなのに、遠く小さくなる。

逃げてる。と、思って手を伸ばした。

 

–––ふにょん

 

すると、何か柔らかいものに触れた。俺は嫌な予感がして目隠しを取った。

 

「あ、あお、ばさん」

 

目の前には瑞樹がいた。胸を掻き抱き身を守るような姿勢で顔を真っ赤にしている。何に触れたかは問うまい。

 

「……すまん」

「と、時と場所を弁えてちょうだい」

 

叱られている最中、視線を巡らせたがスイカは誰も持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

結果的にスイカを割ったのは梓だった。まるで散歩するかのように木刀を手に一直線にスイカに向かって歩くと、木刀を振るって一撃で破壊してしまったのだ。本人曰く、スイカを置く音で距離感を掴んだらしい。そんなの誰でもできる芸当ではない。

 

みんなでスイカを食べた後はまた海に入ったり、思い思いに過ごした。日が落ちる前にシャワーを浴びて着替えると夕焼けが沈む海岸沿いに戻って来る。

ちょうど夕陽が水平線に沈む、絶景が広がっていた。

 

「ねぇ、青葉さん見て凄く綺麗」

「そうだなぁ」

 

相槌を打つが視線は隣に立つ瑞樹に釘付けだった。

「夕陽よりも君が綺麗だ」とは言わない。

言ったら恥死する。

だから思っても、口には出さなかった。

 

「二人きりの世界に入るのはいいですが、他の人がいることもお忘れなく」

「夕陽よりも君が綺麗だ、って言わないんすかぁ?」

「うぅ、私だけ観れません、そんなに綺麗なんですか?」

 

注意とみせかけ揶揄っている二人と、目の前の光景を観れなくて残念がって拗ねている梓も着替えを終えて出て来たようだ。

せっかく来たのだから夕陽を見よう、と言ったのは失敗だったか。

配慮し切れず、本当に申し訳ない。

この埋め合わせは別の形でするから許してほしい。

 

「記念に写真を撮りましょう兄さん」

 

奈緒の提案にみんなが頷く。

俺は持っていたカメラを取り出す。

 

「じゃあ、撮るぞ」

「兄さんも一緒ですよ」

 

こういうのは仲間内で撮るものだろうに。

おっさん写しても面白くないぞ。

そう抗議すると、四人全員から不満の声が上がる。

一応、俺は引率の形なんだけどな。

 

「はいはいわかった」

 

仕方なく三脚を立て、カメラをセットし直した。

そして撮った写真は夕陽の中で苦笑いする男の周りに美少女が集まる奇妙なものになってしまった。

この後、美少女達にお願いして四人だけの写真を撮らせてもらった。

 

 

 

「帰りはそれぞれの家に送って行けばいいんだよな?」

 

赤信号で止まった車内で、ハンドルを握りながら仕切りの向こうにいる少女達に問い掛ける。運転席と助手席、その向こうに色々と内装が施されており、運転席からでも後部のスペースは見られるようになっている。

 

「なに言ってるんすか青葉兄、お泊まりですよ」

「じゃあ、奈緒の家に下ろせばいいのか?」

 

これだから青葉兄は、と大袈裟にやれやれ首を横に振る。

 

「青葉兄の家っす」

「……奈緒、瑞樹」

「愛の巣に入れるのは嫌ですか?」

「私は反対したのよ……」

 

瑞樹が反対したのは本当だろう。だが、男の家だ。そんなところに女子中学生が泊まるというのはどうも危機感が欠けていないだろうか。

 

「……いやでも梓の御両親が許可を出さないだろう」

 

楓はともかく、梓の方はだいぶ過保護らしく早々に許可は下りることはないだろう。そう思っていたのだが、当人がとてもいい顔をなさっているので許可は出ているのかもしれない。

 

「それに俺、明日仕事なんだけど」

 

騒ぐなら他所でやってくれ、もう帰って寝たい。疲労を残したまま仕事するのは嫌でそう伝えると、楓が大袈裟に泣き真似をした。

 

「こんな夏の夜空の下に美少女をほっぽり出すなんて、あたし達が変なおっさんにあんなことやこんなことをされたらどうするつもりっすか」

「いや、帰れよ。それか奈緒の家でいいだろ」

「……お願いを一つ、訊く約束っすよね」

 

スイカ割りの件だろうか。

それを引き合いに出すのはずるい。

 

「梓がダメなら却下な」

 

除け者にするのはお兄さん許しません、と言うと。

 

「……青葉さん、随分と梓が気に入ったのね」

 

何故か、不機嫌そうに頬を膨らませる瑞樹が嫉妬を露わにする。

多分、瑞樹の考えていることは誤解だ。

 

「瑞樹ちゃんもそう怒らないでください。もう話はつけてありますので」

 

妹の抜かりのなさに諦念のため息、道理で海水浴に行くにしては荷物が異様に多いわけである。




これで海は終了。

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