妹の友達と同居することになりました。   作:黒樹

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主人公の脳内は着々と侵食されています。
それを人は愛と云う。


実家への帰省

 

 

悲報。八月の長期休暇は早くも終わりを告げる。

理由は言わずもがな実家への帰省である。

大した距離でもない実家への帰省の意味、それを問うが答えもなく。

気乗りしないまま俺と瑞樹は足を運んでいた。

今は実家を前に諦めにも似た感情を抱きながら、何処か帰りたい気持ちを押し殺して妹に会いに来たと考えることにした。

 

「奈緒も待っていることだしさっさと押すか」

「ま、待って青葉さんまだ心の準備が……」

 

観念してインターホンを押そうとすれば、瑞樹がそう言って俺の左腕に抱きついて止めようとしてくる。白いワンピースの彼女は天使のようだが心の準備とは如何に。それほど緊張することでもないと思う。小さい頃はよく遊びに来ていたし、面識も少なからずあるはずだろう。今更何を緊張しているのか。

瑞樹の抵抗は虚しく、俺の伸ばした右手がインターホンを押した。呼び鈴に応じて玄関が開き顔を出したのは愛しき妹である奈緒だ。天使が二人に増えた。

 

「兄さんお帰りなさい。瑞樹ちゃんもお帰り、ですかね」

「も、もう、奈緒!」

 

揶揄わないでと瑞樹が怒る。

あはは、と笑う奈緒。

女同士にしかわからない何かがあった。

男の俺にはわからない何かが。

 

 

 

逃げるように慣れ親しんだ我が家を案内する奈緒の後を追って俺と瑞樹はリビングへと進む。普通の二階建ての一軒家だが、広さはかなりある方なのだろう。案内されたリビングの中には相変わらず小学生に見間違う義母と実父の姿があった。

 

「あら〜、お帰りなさい瑞樹ちゃん」

「久しぶりだな、あー、あの時以来か」

 

俺を無視して二人は瑞樹に目を向ける。気にしないでいてくれるのは有り難いが、せめて一言くらい何かないと微妙にいたたまれない。帰っていいかと思ってしまった。

 

「お久しぶりです、青葉さんのお母様、お父様」

 

礼儀正しく一礼する瑞樹の所作はただただ綺麗だった。

 

「あらまぁ、ママのことはお母様でいいのよ?」

「私も父と呼んでくれて構わんぞ」

「じゃあ、お義母様とお義父様、と」

 

気恥ずかしそうにそう呼び直す瑞樹に気を良くした父母に俺の空気は更に薄くなる。救いは義妹である奈緒が俺の心中を察して寄り添い手を握ってくれることだろうか。

 

「青葉くんったらママのことまだお母さんって呼んでくれないのよ」

「その点、瑞樹ちゃんの方が大人だな」

 

今更、誰が義母のことを母親と呼べるか。

まず外で呼べば職務質問待ったなしである。

 

「悪かったな子供で」

「なんだいたのか」

「いて悪かったな」

「冗談だ。お帰り息子よ」

 

これがうちの親父殿である。口を開けば笑いながら冗談を口にする。その言葉の節々に刺があるのであまり近寄りたくない人種だ。はっきり言って面倒臭い。

 

「お帰りなさい青葉くん。外は暑かったでしょう。今すぐご飯の用意するからね。ママ腕によりをかけて作るから」

「あ、私も手伝うわ」

「お客さんなんだからって言うのも変ね。じゃあ、瑞樹ちゃんにも手伝ってもらいましょうか」

「私も手伝いますよ、ママ」

「じゃあ三人で作っちゃいましょー」

 

こうして三人はキッチンへ姿を消した。

 

 

 

瑞樹達が料理をしている中、リビングに取り残された男二人。俺と父はテーブルを挟んでソファーに座っていた。二階の自室に逃げたかったが瑞樹を一人残して行くこともできず、躊躇していたら逃げる機会も失って父親と将棋を指す羽目になってしまった。定石も何も知らない俺は滅多打ちであるはずだった。

 

「王手」

「なぬっ!?」

 

–––しかし、ここでアニメ漫画派生の興味から得た知識での対局経験が功を成して、父親を追い詰めるという展開を二局目から見せ始めた。

 

「そんなバカな……!」

「舐めてかかると痛い目見るぞ、親父殿」

 

勿論、一局目からフルボッコにして来た親父には容赦はしない。全力で狩りに行く。

 

「待った」

「男は正々堂々なんだろ」

 

幼い頃から言い聞かされて来た言葉だ。『正々堂々』『人に優しく』『善人であれ』どれをとっても今や親父殿を追い詰める言葉である。人はそれを身から出た錆とも言うが。

 

「負けだ。もう一局」

 

再戦の申し出を受けて三局目が始まる。初期位置に駒を置いた。

パチリ、パチリと将棋の駒の音が鳴る。そんな中、親父殿は唐突に口を開いた。

 

「……ところで、おまえ恋人はいないのか?」

「なんだよ藪から棒に」

 

急に話題を振ってきた親父に対し訝しげな視線を送る。だが、探るだけ無駄だと諦めて淡々と口にする。

 

「いねぇよ。好きな人も恋人も」

「私は瑞樹ちゃんこそ嫁に来てくれればいいなぁと思っているんだがな」

「相手中学生だぞ、バカ親父」

 

これだからロリコンは。と、歩を潰す。

 

「互いに合意の上であれば大抵のことは許される。保護者も認めている相手であれば問題はないだろう。合法だ」

 

歩を奪い返される。そこに切り込む飛車。

 

「瑞樹の親権握ってんのうちだろ。何考えてんだ」

「許可ならあるぞ。生前に相談はされていたからな」

「は?」

 

死人に口なしとはよく言ったものでそれを確かめる術はない。と、思っていたのだが。親父殿は懐から封筒に入れられた分厚い紙の束を取り出して寄越してきた。

 

「遺言にも明記されている。娘が望むなら、うちのバカ息子に嫁がせてやって欲しいとな」

 

片手間に差し出された手紙の内容を確認すると『娘をよろしく』と書いてある。しかも俺宛に。なんなら財産の半分を俺のものにしていいだとか脅迫じみた文面が並んでいる。敢えて言うなら、俺が拒否した場合の保険だろうか。用意周到なことで。遺言書が予言書のように感じられて『遺言』とは?と考えさせられてしまう内容だった。

 

「遺産なんていらねぇよ」

「まぁおまえならそう言うだろうって話していたんだがな」

 

そこには確かに俺か親父殿と義母に瑞樹を託すことが書かれていて、実際その通りに俺が瑞樹を預かることになっているのだから予言というのもバカにはできない。

そういう意味では瑞樹の両親の期待には添えているのだろうか。

 

楽しそうに談笑する瑞樹達の声がキッチンから訊こえてくる。俺の勘違いでなければ、瑞樹は今とても幸せそうにしている。そうであって欲しいという俺の願望がそう見せているのかもしれないが。

 

「って、なんでこんなタイミングで遺言書なんて見せてくるんだよ」

「一応、おまえにも見せておこうと思ってな。おまえ宛にも書かれているんだから読まないわけにはいかないだろ。それに渡す機会も早々なかったしな」

「まぁ、今更こんなもの見せられたって何がどう変わるってわけでもないけど」

 

その間にもパチパチと進んでいた対局は俺の劣勢だ。もはや詰んだかもしれん。角も盗られたし、絶望的状況というやつが盤面に作り出されているのを思わず鼻で笑った。

 

「でだ。瑞樹ちゃんと結婚する気がないなら、おまえ見合いを受けてみる気はないか?」

 

–––パリンッ。

 

キッチンから皿の割れる音がした。「瑞樹ちゃん」という奈緒が親友の名を呼ぶ声を訊いて、俺は立ち上がるとキッチンを覗きに行った。

 

「大丈夫か瑞樹?」

「あ、青葉さん、ごめんなさい」

「俺が片付けるからジッとしてろ。破片を踏むかもしれないし」

 

俺は箒に塵取り、掃除機やコロコロ等を駆使して完璧に破片や細かい粒子を排除する。それが終わるとリビングのソファーに戻った。

 

「よく考えろよ親父、俺仮にも娘がいるんだが」

「先方にもそう言ったんだがな。事情を話すと余計に気に入られた」

「……そこには敢えて突っ込まないぞ。なんでそんな話になってんだよ」

「おまえ私の立場わかってるだろ?」

 

親父殿は大企業の幹部社員である。そんな親父殿に見合い話を振れるのは同等かそれ以上の役職につく立場の人間であろう。

 

「相手は誰なんだよ」

「社長令嬢」

 

え、なにそれ怖い。

 

「いやお断りしろよ」

「だから私の立場を考えてくれ」

 

厄介事の種とわかるや切って捨てる。

はっきり言わせて貰えば、社長令嬢なんて恐れ多い。

俺の好みは普通の女の子だ。

逆玉なんて考えてないし、普通が一番。

優しくて、美人ならなおいい。

理想で言うなら瑞樹のような家庭的な子とか。

 

「とにかく俺は絶対に受けないぞ。その気もねぇのに受けるのは失礼だろ」

 

それなりの正論を付けて親父殿に言い返すと、唸ったまま腕を組み考え込んでしまった。どうにか断る方法を模索しているらしい。

 

「息子には恋人がいるって嘘でも言っときゃ良識のある人間なら引き下がるだろうさ」

「はぁ。おまえが断ってくれるのが一番なんだがな」

「だから厄介事を持ち込むなっての」

 

親父殿の方で断りを入れればいい話なのに、敢えて話を複雑にするという腐った性根に溜息を吐きたいのはむしろこっちだっての、と悪態を吐く。俺からの文句は以上だ。俺からはな。

 

「あなた〜?」

 

麻奈さんに呼ばれて親父殿は席を外した。

 

 

 

 

 

昼食が出来た頃には二人はリビングへ戻って来た。机の上には大量のおにぎりと夏の定番冷やし素麺が大鍋に入れられている。氷水によって冷やされた素麺は締まりがあって美味い。裏を返せば誰でも作れる手抜き料理である。

 

「じゃあ、食べよっか」

「あ、あぁ、そうだな。そうしよう」

 

折檻してニコニコ顔の義母と、折檻されて肩身の狭くなった親父殿、どうやら夫婦仲は相変わらず良いようで何事もなかったかのように食卓を囲んでいた。その対面に座る俺達からすれば何があった?と問いたいところだが、怖くて訊けない。寧ろ訊きたくない。

 

「はい、兄さん」

「ああ。ありがとう」

 

俺の器に素麺を盛り奈緒が手渡してくる。それには俺が好む量のつゆに山葵が溶かされており、山葵のツンとした匂いが鼻腔を擽った。その間瑞樹は沈黙していて元気がない。いつもなら私がやると言い出しかねないどころか率先してやってくれるのだが、何らかの協定が働いているのか奈緒の独壇場である。

 

まずは一口、素麺を啜る。ただ俺の一口で器の中の素麺は一瞬にして消えた。

次におにぎりに手を伸ばす。一番小さいおにぎり、模範的なサイズのおにぎり、何処か既視感のあるおにぎりとあってまずは一番小さいおにぎりを口にしてみる。中身は梅で食欲の薄い夏でも食欲を誘うものであるのだが、こう言ってはなんだが瑞樹の料理によって舌が肥えていると普通の域を出ない味であった。

 

–––麻奈さんのだな。間違いない。

 

次に模範的なおにぎりを手に取る。一口食べると程よい塩気に塩昆布の味が広がる。

 

–––塩昆布に塩を振ったのは奈緒だな。

 

過剰なまでの塩気、ちょっとしたうっかりミスに奈緒の意外にもそそっかしい一面が見え思わず顔が綻んだ。まぁ実際、麻奈さんのおにぎりに比べると奈緒のおにぎりの方が美味い。

 

そして最後に既視感のあるおにぎり。可愛らしい丸みを帯びたおにぎりを手に取ると口に運ぶ。すると絶妙に広がる塩加減に食欲を促進させる作用。中身はお手製の時雨煮で頰が落ちそうになる。一口で幸せになる味だ。

 

–––瑞樹の味だ。やっぱ美味いな。

 

胃袋は瑞樹の完全勝利を告げている。慣れ親しんだお袋の味とはもう既に瑞樹の料理であり、実家に帰省しても味わえるものではなくなっていた。完全に胃袋は制圧されていたのである。

 

その後もパクパクとおにぎりを食い続けた。主に瑞樹と奈緒の作ったおにぎりのみを選んで口にした。メインの素麺そっちのけでおにぎりを楽しんでいた。

 

その間暫くして親父殿が口を開いた。

 

「やっぱり麻奈の作る料理は美味いな」

 

ご機嫌取りのつもりだろうか親父殿はそう言った。咀嚼しているのは瑞樹が作ったおにぎりなのだが指摘した方が良いだろうか?やめておこう、首を突っ込むと絶対に後悔する。

 

「あらそう?瑞樹ちゃんの作る料理美味しいわよね?青葉くんのお嫁さんに来てくれたら安心だってそう思わない?ねぇ?」

「あははは……こっちだったかな」

 

次に手にしたのは奈緒の作ったおにぎりだった。

 

「ふふ、娘はママをいつか越えるものだもんね」

 

その後、親父殿は黙々と麻奈さんのおにぎりを一人で平らげた。

 

「兄さん瑞樹ちゃんの作ったおにぎりばかり食べてませんか?」

 

やめろ愚妹これ以上麻奈さんを不機嫌にさせるな。俺は心の中で抗議したが奈緒の目は鋭い。あの人の不機嫌度は増すばかりである。

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