妹の友達と同居することになりました。   作:黒樹

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前回のあらすじ。
妹が友達を連れて泊まりに来た。


関係修復と譲れないもの

 

 

一夜が明け、ついにこの日がやってきた。

 

「それじゃあ兄さん、瑞樹ちゃんをよろしくお願いしますね。呉々も妹の顔に泥を塗るような行為は慎んでくださいね?」

 

主に私の親友に手を出したらどうなるか分かってるでしょうね?と言い残して奈緒は帰って行った。態々遠回しにそういう言葉を選んだのは瑞樹を考慮してのことだろう。俺が襲い掛かるような不安を煽るような真似をしなかったのはこれからのことを考えてなのかもしれない。まぁそれがなくともギクシャクしたものにはなるだろうが。

この一日、奈緒が努力してくれたにも関わらず瑞樹とは昔と比べて距離が開いた会話しかしていない。昔のように仲良くするというのはどうも俺には難易度が高過ぎた。

 

「さて、じゃあ今日の夕食はと……」

 

玄関を出て行った奈緒を見送った後、もっとも懸念していた関係性について考えるより先に晩飯のことを考える。正直、俺には荷が重過ぎて現実逃避するしかなかった。

 

「私が作るわ」

「え?や、でも……今日くらいは外食にしない?」

 

彼女も疲れているだろうからとそう提案すれば、瑞樹は黙り込んでしまった。

 

「……わかったわ」

 

少しだけ彼女に元気がないように見えた。

 

 

 

外食を終えて自宅に戻る。適当に日用品を買い漁り生活に必要なものを揃えたはいいが俺達の間に必要最低限の会話以外が発生することはなかった。お互いに気まずい雰囲気のまま家へ入ると浴槽を掃除してお湯を貯める。やはり彼女は何かしら不満そうにしていたが結局口に出すことはなかった。

 

「はぁ、こんな非日常があっても明日は仕事なんだよな」

 

なんとか乗り切ったものの問題は山積みである。一人暮らしなら料理が出来ない日はジャンクフードや弁当で済ませていたが、育ち盛りの少女がいる手前そういうわけにもいかない。自炊はそこそこ出来る方なので問題はないのだが、遅くなる場合がとても心配である。

一番無視してはいけない問題はコミュニケーションの方なのだが、昔のように接することが出来ずイマイチ距離感を掴めていないのがどうも心苦しい。

 

「……」

 

風呂場からは跳ねる水音が聞こえ、思わず無言になってしまう。

今更ながら女子中学生と同じ屋根の下で過ごしているという現状に緊張してきた。

よく考えればこれは凄い状況だ。

女の影すらなかった俺の生活が百八十度反転してやがる。

 

「……この手だけは使いたくなかったが」

 

冷蔵庫から月に数本しか飲まない酒を取り出して呷る。普段は滅多に飲まないのだが、酒の力でも借りなければやってられない。酒が廻れば友人ほどではないがテンションは上がるのでコミュニケーション力を上げようという作戦だ。ただ素の人柄だけに効果が薄いのが否めないがしょうがない。

 

「あ、そうだつまみ」

 

よく食べるので買い置きしていたカシューナッツの袋を開けて、もう一度酒を呷る。

ちょうどその頃、脱衣所の扉が開き瑞樹が出て来た。

 

「お酒、飲んでるの?」

「ん、あぁ……っ」

 

声に反応して振り返った瞬間、俺は絶句した。何故ならそこに下着の上にワイシャツ一枚のみの瑞樹が立っていたからだ。当然のことながら下はパンツがちょっとだけ見え隠れしている。シャツの裾を引っ張って必死に隠そうとする仕草に思わず可愛いと思ってしまった。

 

「おまっ、なんて格好を……!」

「着替え下着以外に買ってないし。寝巻きなら青葉さんのシャツでいいかなって」

 

とんでもない艶姿で瑞樹は隣に座った。シャンプーの匂いと風呂上がりの色香が混ざり理性を擽る作用が発生しているが、なんとか酒のアルコール臭で誤魔化す。

 

「青葉さんもお酒飲むんだ」

「まぁ、普段はあまり飲まないけどな」

「……何か忘れたいこととかあったから?」

 

思わぬ的確な指摘に酒を飲む手が止まった。

濡れた前髪に目を伏せて、瑞樹は沈んだ表情を見せた。

 

「……やっぱり迷惑だった?」

「いや、そうじゃなくて。瑞樹ちゃんとどう接していいかわからなくてもう無理矢理にでも気分を変えてどうにか話そうと思って酒の力に頼るダメな大人でごめんなさい!」

 

酒の力恐るべし。思わず全部ゲロってしまった。

 

「……私もどう青葉さんと接していいかわからないわ」

「そ、そうか。まぁ、それもそうだよな」

 

不安なのは俺だけじゃない。瑞樹もきっと不安なのだろう。コレカラ。ソノサキ。突然、母親が居なくなって何も考えられなくなって。一番不安なのは彼女であるはずなのに。

最初からわかっていたことだけど俺はまだ未熟だ。大人として何もしてあげられない。支えてあげるべき大人がこれでどうしたものか。本当に人選ミスじゃないだろうか。

 

「取り敢えず、ダメな大人として君に出来ることは君の要望に応えるくらいしかないからさ。不満があればなんでも言ってくれ。出来る限り直すように努力する」

 

俺に出来るのは出来ることだけ。彼女を支えるためならば努力は怠らないつもりだった。

 

「……じゃあ、まず一つ」

 

瑞樹が見上げるような体勢でいるものだから自然と上目遣いに見える。その瞳が揺れているように見えて、風呂上がりだからか少しだけ頰が上気しているように見えた。薔薇色に染まっているのは体温が高くなっているからだろうか。

 

「子供扱いしないで」

「……具体的には?」

「流石にこの歳でちゃん付けは恥ずかしいわ」

「わかった」

 

子供扱い、という問題は定義し直すべきだろうがそれはおいおい考えるとして、まずは目先から変えていきたいらしい。期待したような目で見てくる瑞樹に俺は答えを形にする。

 

「……瑞樹、でいいか?」

「ええ。その、いいわ」

 

くるくると髪を弄り始める瑞樹の仕草が照れているように感じた。嗜虐心を唆られて思わずからかいたくなってくる。

 

「昔は青葉お兄ちゃんって呼んでいたのに今は青葉さんなんだな」

「だって、恥ずかしいわ」

 

くるくるが早くなった。

 

「別に俺も呼び捨てで構わないぞ。好きに呼べばいいし」

「私は青葉さんでいい。……今は、ね」

 

他人行儀なのもどうかと思って提案してみたが却下されてしまった。

何か後半言っていた気がしたが、言及よりも先に矢継ぎ早の不満が出てくる。

 

「それと家事は私がするわ」

「え、いや、それは……流石に任せるわけには」

「家では基本私がしてたから。大丈夫よ。お世話になってばかりじゃ嫌だし」

「……それだと俺がお世話されてるみたいになるんだが。俺も一応、普通に自炊できるんだぞ?昨日と今日は偶々外食だっただけで」

 

色々と考えることがあって手を抜いた結果がそれだ。

 

「青葉さんって生活に余裕あるの?」

 

とても痛いところを突いてきなさる。

 

「さ、流石に一人暮らししてるから家事くらいできるぞ」

「嘘よ。奈緒に訊いたわ、たまに行って家事してあげてるって」

 

面倒臭かっただけです。やればできるんです。という反論は出なかった。実際、そつなくこなすとまではいかないが家事スキルくらい持っているのだがサボりがちなのも事実。妹に世話を焼かれる身である。

 

「それにお金だってただじゃないもの。学費くらいはせめて自分で払わせて。高校を卒業するまでくらいのお金はあるから」

「なるほど……」

 

瑞樹は割と交渉が上手いようだ。暗に家事と学費を受け持つから生活費だけ工面してくれと、そう提案してるのだ。お互いに落とし所を見つけて納得できるような提示に流石に俺も引き下がるしかない。全部自分でやろうとしていたのも見抜かれてしまったらしい。この子は俺が守ると気負い過ぎていたせいか拍子抜けである。

 

「一応、通帳見せてくれないか?無理はさせたくないし」

 

嘘を吐いて無理している可能性を邪推してそう言ってみると、あっさりと鞄の中から通帳を取り出して瑞樹は見せてくれた。桁を見て一瞬自尊心が崩れかけた。なるほど親戚が血相を変えるわけだ。多分、彼女が大人になるまで必要なお金は生活費を含めて事足りるくらいには貯金されている。

 

「……わかった。でも、本当に無理はするなよ。好きなだけ甘えてくれ」

 

ぽんぽんと瑞樹の頭を撫でる。さっき子供扱いしないでと言われたのにこの扱い嫌じゃなかったかと改めて思ったが、瑞樹が初めて表情を緩めてくれたのだ。

 

「……じゃあ、ひとつだけお願いしてもいい?」

「俺にできることなら」

「また、昔みたいに座ってもいい?」

 

彼女が指し示すのは胡座をかいた俺の足の間。小学生の頃はそこにすっぽり収まる形で座っていたのだ。時々、抱きしめたり頭を撫でたりそんなことを繰り返していた。

それをワイシャツに下着だけの姿でやると言われれば、心の抵抗も虚しくあっさりと折れた。

 

「おいで」

 

了承を得て瑞樹は腰を軽く浮かすと膝の間に入ってくる。背中を預けて定位置を見つけるとあどけない表情を魅せる。俺もまた同じく心に安らぎを与えられていた。

 

「ねぇ、抱きしめてくれないのかしら?」

「いや、そのな……」

 

手のやり場に困っていると瑞樹自ら俺の手を取り三角座りした膝と顎に挟んで抱き締められる形を作った。この至近距離で見れば、彼女の目元が少し腫れていることに気づく。きっと誰にも訊かれないように風呂場で泣いていたのだろう。シャワーの音で掻き消されていた痕跡を見つけて俺は抱きしめる力を強くした。

 

しばらくの間、腕に落ちる温かい水滴と啜り泣くような声が部屋に響いていた。




ちなみに瑞樹と奈緒は中学三年生。

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