妹の友達と同居することになりました。   作:黒樹

21 / 26
夏の終わりに

 

 

もうすぐ日が沈むというのに夕暮れの道を沢山の人が歩いていた。まるで群れのように真っ直ぐと目的地に進むのは、数々の関係性の集合体である。家族、恋人、友人、それぞれいろんな関係性があった。その誰もが笑顔で楽しそうに隣の誰かと話している。俺も例に漏れずその一人である。

 

俺の隣を並んで歩くのは一人の少女。家族、恋人、友人、とは関係が違う。妹の友達で同棲をしている特殊な関係。

 

「人が多くなってきたわね」

 

黒の布地に白百合が咲く柄の浴衣に身を包んだ瑞樹が鬱陶しそうに囁く。俺の手を恋人繋ぎに握る彼女の行動に俺は戸惑いを隠せないでいた。

 

「……そうだな」

 

瑞樹はキスした日から積極的に攻めてくる。戸惑う俺のことはお構いなしに距離を詰める。距離を一旦離そうとすれば詰める。逃げれば追う。今日も本当なら奈緒も夏祭りに誘ったのだが、義妹は友達と行くと俺を見捨てて家を出て行った。もちろんその数には瑞樹は入っておらず、意図的に二人きりの状況が出来てしまった訳である。嫌なら行くな、とは言うが約束した手前、引くに引けない状況に追い込まれてしまった。

 

「ねぇ、青葉さん」

「どうした?」

「煙草吸う?」

「……いや、いい」

「そっか。私のこと好き?」

「そ、それは……まぁ」

 

そして、あの日以来、瑞樹は『煙草』というワードを使い揶揄ってくる。改めて言わせてもらうが、想像するような男女の関係ではない。

それでも瑞樹はキスを許容した。だけど俺は許容するわけにはいかない。一度許されたら、毎日のようにキスをせがんでしまうだろう。堕ち始めたら最後まで堕落する自信がある。

そうでなくともきっと俺はもう瑞樹から離れられない。

 

 

 

 

 

 

夏祭りの会場は古い神社から大きな川まで、道を作るように屋台が並び花火大会の会場である河川敷が終着点だ。

この祭りは『灯籠流し』とも呼ばれる。盆の終わりに灯籠を川や海に流し、死者を弔う意味もある。神社の周りは古風な造りが多く、和な町並みが広がっており、神社の水路から流れてくる灯籠のぼんやりとした灯りがながれているそこだけ別の世界のようだった。

送り人である瑞樹には一つ灯籠が用意された。ゆらゆらと揺れる蝋燭の火が瑞樹の顔を照らす。それはまるで、母親が娘の頬に手を添えているようで不思議な気分にさせられた。

 

「……毎年、ママと一緒にパパを送ってたの。今年は……」

 

二人を見送らなければならない。瑞樹の声は震えていて、最後まではっきりとは口にしなかった。道理で瑞樹は友達と祭りに行かなかったわけだ。

 

灯籠を流す瑞樹の顔は哀しそうで、今にも消えそうだ。水路を流れていく灯籠を見送る瑞樹の手を逃さないように俺は握る。一度、びくりと震えた瑞樹だったが、ぎゅっと握り返してきた。

 

「来年も、一緒に来てくれる?」

「瑞樹が望むなら」

「その先もずっと?」

「瑞樹が嫌じゃなけりゃ、毎年だって一緒に行ってやる」

 

自分が流した灯籠がどれかわからなくなるまで、彼女は水路を見つめていた。

 

 

 

灯籠を流し終われば二人で河川敷への道を歩く。屋台で出来た道には人がごった返しており、地面が見えず少しでも離れればはぐれてしまいそうなほど、流れは激しかった。

 

「手を離すなよ」

 

帰りてぇ、という気持ちを押し殺して瑞樹の手を引く。灯籠を流し終えた時から握ったままの手は夏の暑さのせいか熱を持っていて、それが頬に赤みを差し、全身が熱くなるようだった。

 

「あ、見て、りんご飴よ」

「おまえ俺が甘いものならなんでも食べると思ってない?」

「違うの?」

「残念ながら、違う」

 

俺は甘党だ。甘党だが、許容範囲がある。口に合わなかったものは食べない。代表的なのは南瓜だ。南瓜を食べたのなんて数年前が最後だ。

 

「……祭りの時、チョコバナナを食わされたことがあるんだが。あれは美味いとは思えなかった」

「りんご飴は?」

「食ったことはないな。高いし」

 

夏祭りの屋台は値段設定が高く、それが余計に手を出しづらくさせている。夏祭りの屋台は衝動買いをして後悔をすることが多いので、更に慎重にことを運ぶのだ。

 

「食いたいのか?」

「……うん」

 

うちのお姫様がりんご飴を御所望なのでりんご飴の屋台に並ぶ。それほど客はいなかったのですぐに列は掃け、りんご飴を一個買うと屋台のおっさんは嬉しそうにりんご飴を手渡す。嬉しそうなのは、瑞樹が美人だからだろうが。そういう意味では屋台をやっているおっさんどもは金以上に得をしているのかもしれない。

 

「……小さい頃ね、家族みんなで灯籠流しに来たの。だから、毎年食べてる」

 

瑞樹はりんご飴を一口齧ると思い出を語った。哀愁を感じさせる表情で、記憶を共有したいと言わんばかりに。

 

「はい、あーん」

「お、おう……」

 

突然、りんご飴を一口齧らされる。でも、やっぱり美味いとは思わなかった。間接キスに動揺しすぎて味覚障害になっているらしい。甘過ぎて無糖珈琲が飲みたくなる。

瑞樹は間接キスにもお構いなしにもう一口、りんご飴を齧った。

 

……俺がおかしいのだろうか?

 

おかしくなったと言われても否定はできない。

今の俺は、瑞樹相手に動揺し過ぎている。

キス一つで、どうしようもなく瑞樹を意識しているからだ。

原因がわかったところで対処のしようもない。

 

そんな風に瑞樹にドキドキさせられながら二人で祭りを楽しんでいると、パシャリと背後からカメラのシャッターを切る音がした。俺は嫌な予感がして振り返る。

 

「ここにもいたいけな女子中学生を狙う狼が一匹」

 

そう言ってスマホを構えていたのは茶髪の男、赤沢浩一とその隣には青山陽介、俺の友人達がいた。

 

「ねぇねぇ、デート?」

「黙れ盗撮犯」

 

揶揄ってくる盗撮犯の頭にアイアンクローを極める。ギリギリと握力で押し潰すとバタバタとやつは踠いた。

 

「ちょ、これガチのやつじゃん!」

「消せ、じゃないとおまえのスマホごと消すぞ」

「いや待ってそこまでする必要なくない!?」

「だって俺、おまえのスマホのパスワード知らないし、消すにはそうするしかないだろ。それが嫌なら消せ」

「わ、わかった一枚グループに送ってから……」

「ふん」

「いだだだだっ!」

 

赤沢が写真のデータを消したのは数分後だった。もちろん、消すまでアイアンクローは外さないし、視界の外に出すつもりもない。何をするかわからないからなこいつは。盗撮の常習犯だし。

 

「陽介君、助けてー」

「自業自得だバカ」

 

あっさりと裏切られてやがる。

 

「そういや黄村は?」

「あいつはどっかで歳下でも物色してんじゃねぇか?」

「早く回収してこい、被害者が出る前に」

「あいつが豚箱に打ち込まれようがどうでもいいだろ」

「うちの義妹と楓来てるぞ」

「……それはまずいな」

 

陽介の顔色が変わる。きっと妹の身可愛さに心配してるわけじゃないだろう。赤沢と黄村が陽介の妹を可愛いと褒め称えれば、可愛くねぇと断言する男だ。

 

「まぁ、絶対にないだろうけど、一応回収しに行くか。野放しにしておくとシャレにならん。楓を落とすには色々障害があるがな」

 

何故そこで俺を見る。

 

「じゃあ、青葉君も一緒に行こうよ。みんなで回ろう」

 

赤沢に悪気はないんだろう。合流しようと提案してきた。悪い提案ではないが「断って」と隣から重圧を感じて俺は頷けない。俺個人の意見としては今は二人きりの状況は避けたい。が、こいつらに頼るのも少し嫌だ。

 

「悪いが今はデート中なんでな」

「……らしいから行くぞ」

「え、それじゃあ……」

 

ニヤニヤと赤沢が笑みを浮かべる。子供が欲しい玩具を手に入れた時の表情にも似ている。考えているのはろくでもないことだろうが。

 

「じゃあな、青葉」

 

赤沢の首根っこを掴んで陽介は人混みに紛れて行った。

 

 

 

世間は狭い。夏祭りを回っているだけで瑞樹の学校の友人達と数回は遭遇した。印象的というか記憶に残ったのがほぼ全員なくらい各々の反応は様々だった。俺と瑞樹が手を繋いで歩いているのを見ると黄色い歓声を上げる女子生徒や、勇気を出して声を掛けたはいいが俺に気づいて呆然とする男子生徒の顔は見ていて愉快だった。

 

これで瑞樹に寄る悪い虫は粗方片付いただろう。他意はない。

 

そうして何度か瑞樹の顔見知りも見つかれば、他の顔見知りも見つかるわけで奈緒と楓の二人とも遭遇した。お小遣いを強請られたので渡してやると「やっぱうちの兄貴とは違うっすね。取っ替えて欲しいくらいです」と楓に言われた。これを拒否したのは奈緒だ。言い合いながら二人はまた祭りの人混みの中に消えて行った。

 

「もうそろそろ花火の時間だな」

「まだ時間に余裕あるわよ?」

「河川敷よりいい場所があるんだよ」

 

夏祭りの会場から外れ、俺は瑞樹の手を引いた。

神社の裏道を通って人気の無い道を歩く。

出たのは神社の外れにある小さな丘、その前には大きな池が広がっており中心には枯れた大樹がある。

だいぶ河川敷から離れているからか、人の姿一つ見当たらない。

その丘からは水路を流れる灯籠が見えた。

いくつもの光が、遠くに。

腰を下ろして、パーカーのポケットから缶コーヒーを取り出す。

片方を瑞樹にやる。彼女は立ったままだった。

 

「座れよ」

「浴衣が汚れるわ」

「それもそうか」

 

男は気にしないからなそういうの。

 

「じゃあ、俺のパーカーでも下敷きにして……」

「それよりいい場所があると思うの」

 

パーカーを脱ごうとして身を捩った瞬間、瑞樹は胡座をかいた俺の足の上に腰を下ろした。

 

「……いや、さすがにこれはな?」

「こんな人気のないところに連れて来て、青葉さんは一体何をするつもりだったのかしら?」

「あほ。それならいつでも襲えるだろ」

「それもそうね」

 

馬鹿なことを言って二人して顔を赤くする。

顔を逸らして、互いに意識し合って……。

心臓の鼓動に競うようにして、胸に響くような大きな音が夜空に響いた。

二人の頰の赤みを隠すように赤い花が空に咲く。

 

「綺麗……」

 

花火の弾ける音に反応して瑞樹が空を見上げた。

 

「そうだな」

 

俺は瑞樹の顔を盗み見て、そう返した。

 

 

 

……もう夏が終わる。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。