修学旅行二日目の夜、私の体調は良くない。厳密に言えば、青葉と一日会っていない所為かストレスが溜まり、精神的な不満が募っているわけだ。
「さて、それじゃあ定番のアレをやりましょう」
「あれ、とはなんでしょう?」
「恋話ってやつっすよ」
部屋の隅でスマホを見ていた奈緒が皆を集める。
そんなことより私には聞きたいことがあるんだけど。
「ねぇ、さっき誰と連絡を取ってたの?」
昨日、通話したっきりで声すらも聞けていない状況で、奈緒がどんな会話を青葉としたのか気になってしまう。きっと奈緒のことだから兄と連絡を取っていると思ったのだが、返ってきたのは意外な答えだった。
「楓ちゃんのお兄さんです」
「え、うちの兄貴っすか?なんでまた」
「そろそろ一方通行にも飽きてきたので、ちょっとした意識改革的な?」
「具体的には?」
「兄さんにも焦りが必要かなと。協力してもらったんです」
「強力なライバル出現っすか。けど、うちの兄貴がそんな面倒臭いこと引き受ける姿が想像出来ないんですけど」
プログラムは全日程を終えて、消灯を待つだけの私達は和室の畳の上に布団を四つ敷いて輪になるように姦しく騒いでいた。同室はいつものメンバー。そしてどうやらさっきまで奈緒は楓の兄と連絡を取っていたらしい。話半分に聞いていた楓だが、奈緒の次の一言によって大きく声を荒げた。
「あー、別に親しいとかそういうわけじゃないですけど。楓ちゃんのお兄さんが前に恋愛のことで悩んでて相談に乗ってあげた件の見返りに協力してもらったんですよ」
「うぇっ、兄貴に彼女!?……全然知らなかった」
「ちなみに写真ありますけど見ますか?」
「あ、送って貰っていいっすか?」
私達は蚊帳の外でスマホでやり取りし始める二人。なんだか二人の笑みが少し黒い。きっと兄を揶揄うネタが増えて楽しいんだろう。楓の口から後で強請るって言葉が聞こえた。
私も何度か青葉に連絡をしてるんだけど、一行に既読が付かず、無視されてるのかと泣きたくなってきた。
「なにしてるのかしら?」
まさかあの女と一緒に飲みに行ったり……そしてその勢いでどちらかの家に泊まって行為に及んでたり。関係が進展して私の付け入る隙がなくなっていたりしたら……。
「ちなみに兄さん、さっきまで楓ちゃんのお兄さんと居酒屋で飲んでましたから連絡が取れるのは帰ってからだと思いますよ」
スマホを見つめて溜息を吐いていた私に奈緒がそう言って、兄との『Rain』による会話内容を見せてくる。そこにはしっかりと楓の兄と飲みに行く話が明記してあった。
「まぁ、今は帰ってるところなのですぐに連絡がくると思いますが」
そこまで把握してるのは、楓の兄と連絡を取ったからか。
丁度、その時だった。
スマホが震えて着信を知らせてきた。
私のスマホの画面には愛しい人の名前、思わず取り落としそうになりながら通話ボタンを押す。
ドキドキと脈打つ心臓を抑えながら、私は耳にスマホを当てた。
「……青葉さん?」
『悪いな。すぐに返信出来なくて』
「ううん。電話してくれただけでも嬉しい」
『俺も瑞樹の元気な声が聞けて嬉しいよ』
一言一言が私の心を穿つ。
苦しいくらいに嬉しくて、泣きそうだった。
心臓が張り裂けそう。
約二十三時間ぶりの声に歓喜していた。
「ごめんなさい。疲れてるのに……」
『いや、さっきまで友達と飲んでただけだから』
「本当に?」
『楓の兄貴だよ』
「そう。良かった」
取り敢えず、今日はこれで安心して寝れる。だから私は今日あったことをいっぱい話したくなった。
「今日ね、昼食に天丼を食べたの」
『へぇー、どんなやつ?』
「海老とか、椎茸とか、ゴボウとか、茄子とか色々」
『美味そうだな』
「青葉さん天ぷら好きでしょ?帰ったら作ってあげるわ」
『そりゃ楽しみだな』
「それで夜は和食を食べたの。青葉さんはちゃんとご飯食べてる?偏ったものばかり食べてない?」
『……多分、大丈夫だ』
妙に歯切れの悪い回答に私は拗ねたように口を噤む。
「怒るわよ?」
『……瑞樹の料理が食べたい』
もう、そう言えば私が許すと思ってる。
『いや本当だってば。もう瑞樹の料理なしじゃ生きられない』
「じゃあ、結婚してくれる?」
『……』
何故か青葉は押し黙った。
でも、先に期待させるようなことを言ったのはあっちだし。
『……あ、明日も早いからもう寝る』
「だ、ダメ、待って青葉さん!」
思わず電話を切ろうとした青葉さんを呼び止める。
「……私と話すの嫌?」
『じゃあ、もう少しだけな』
こうして引き止める事に成功する。
それから何処に行ったか話をして。
気がついたら、電話口の向こうから寝息が聞こえてきた。
相当疲れているらしい。
私は「おやすみなさい」と告げてから通話を終了してた。
「……そういえば風邪とか引かないかしら」
電話向こうを見つめて起こすかどうかを考える。この時間だから既にお風呂に入ってベッドの上だとは思うけど、少しだけ不安に思う。でも風邪をひいたら看病すればいい話だし……と思う事にした。
「随分と楽しそうでしたね?」
そんな夢見心地な私を現実に引き戻す声が隣から。見れば周りには楓と梓、奈緒がニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべている。先程までの会話を思い出して顔に血が上る。
「えっと、これはその……違うのよ?」
「まるで恋人のようでした。青葉様と倉科さん」
「瑞樹ちゃんのご飯なしじゃ生きられない。これはお味噌汁のあれですよ」
「いやー、ほんと恋話って楽しいっすね」
「ちょっと待って今のところ私しかしてないでしょう!?」
私の抗議も受け付けず、きゃあきゃあと騒ぎ立てる三人に定番の恋話が自分のみに絞られていることに気付いた。
「ふふっ、私達もちゃんと話をしますから」
パタパタと楽しそうに足を動かす梓はそう言って語り始めた。
「……私が好きな人はとても優しい方です。いつでも私の手を引いてくれて、私のことをずっと見てくれる。そんなあの方のことを好きになってしまいました」
「おー、アズにもそんな人が……で、オチは?」
「青葉様です」
しれっと告白する梓に私は危機感を覚える。
「じゃあ、次は私っすね」
「おや、青山さんも好きな人が?」
「初めて会ったのはうちの兄貴が家に連れて来た時です」
「あ、青葉様ですね」
「いやオチを言うのが早いっすよ」
楓もまた青葉が好きと告白する。残るは奈緒だけだ。
「私ですか?そうですね。いつも私を大切にしてくれる兄さんのことが私は大好きですよ」
「これが俗に言うブラコンというやつですか?」
「いえ、ブラコンとかではなく愛してます」
「重症っすね」
青葉青葉青葉。私のものなのに皆好きって。
いや、まぁ薄々は判っていたけれど。
「というかこれ恋話っていうの?」
「まぁ、楽しいからいいじゃないですか」
確かに梓と楓は楽しそうだ。戯れあって浴衣がはだけている。
「ところで……青葉兄を誑かすのはこのエロい身体っすか?」
そんな姿を見ていると矛先が私にも向いた。楓が私の背後に回って胸を鷲掴みにする。襟の隙間に手まで入れて直に触ってきたりと行動が完全にエロ親父だ。この積極性が一部でも青葉にあればいいのに。
「こ、こら、やめなさい!」
「む、これはアズと違って少し小さいけれど手から溢れ出る」
「もうっ、青葉さんにもそんなに触られたこと……!」
ようやく振り解いた時、シャッター音がして音のした方を見ると奈緒がスマホを構えていた。
「瑞樹ちゃんの元気な姿を見たい、と兄さんが言っていたので」
「まさか送ったの!?」
「もう送っちゃいました」
浴衣がはだけた姿の写真を送られて、私の顔は赤くなる。どうにか青葉に消させようとメールを送るも反応がない。もう寝てるので当たり前だろう。
「そういえば皆さんはこんな話を知っていますか?」
どうせなら奈緒のあられもない姿を青葉に送ってやろう、と揉み合っていると梓が思い出したようにこんな話を耳にしたと告げた。
◇
翌日、修学旅行最終日。自由行動。私達四人は某所にあるという『縁結びの神社』に来ていた。なんでも祈願すれば恋愛成就するらしく、この辺では有名な神社らしい。小石に好きな人の名前を書いて池に投げ入れると叶うとか。
「ところで瑞樹ちゃんは噂って信じますか?」
「まさか、信じるわけないでしょ」
「じゃあ、なんで来たんですか?」
「どうしてかしらね」
藁にも縋りたいとか、猫の手も借りたいとか、そういったわけではないけれど。やってみるだけ悪い話ではないと思うのだ。結局は自分で射止めるつもりだから。
「さっさと終わらせてお土産でも選びましょう」
「そうですね。まぁ、もっとも兄さんへのお土産は決まっているんですが」
「何を買うの?」
「いえ、もう用意してありますから」
ずっと同じ班だったけれど奈緒が何か分かったところを見たことはない。怪訝に思いながらも、祈願するべくまず御参りをして専用のペンを買い特別な白い石は一角の木製の祭壇に積み上げられていた。
「やっぱりどっちかは買わなきゃいけないのね」
「白い石は積み上げてありますしね」
無駄に色の種類があるペンとこっそり恋愛成就のお守りを買う。こういうのは気持ちだと思うのだ。
それから『青葉』と名前を書いて池に沈める。
……これ家に帰ったら青葉が溺死していたとかないわよね。
妙な気持ちになりながらも、恋愛祈願は終了した。
「そういえば何処かで見たような制服の人がちらほらと……」
「うちの学校ですよ」
目的は皆同じらしい。古い歴史とか色々な建造物があったのに此処に集まってくる辺り、皆考えることが同じということか。
「あ、あの……倉科瑞樹さん!」
さて、帰ろうとしたところで背中に声を掛けられた。振り返ると同じ学校の制服の男子生徒が立っていて、胸ポケットにはこの神社で買えるペンが差してある。
「えっと……?」
「その、話があるんだけど……」
「なに?」
「此処じゃ、あれだから……」
「急いでるの。急用じゃないなら控えて」
修学旅行中にまで呼び止められては堪ったものではない。出来ることなら、修学旅行ではなく青葉と来たかったところだ。
「か、神崎さん!」
「今度は奈緒……」
別行動を取っていた楓と梓、二人と合流する直前でまた呼び止められる。
「すみません。愛してる人からのラブコールです」
「えっ……」
「いや、スマホ鳴ってないでしょ」
それに青葉は仕事中で電話を掛けてこない。
ようやく合流した時には、四回ほど呼び止められていた。
「どうにか合流できましたね……」
「なんかそっちも大変だったみたいっすね」
「そっちもなの?」
「私が二回。青山さんが三回です」
四人揃ってため息を吐いた。
こういう時は本当にやめてほしいと思う。