「突然ですが、みなさんに大事なお話があります」
二学期が始まり、修学旅行という一大行事も無事に終了。それでも中学三年生の興奮は冷めやらず、思い馳せる二学期が続いている今日、奈緒は皆を集めていた。
楓と梓、私が聴衆として椅子に座ると、そんな前振りから始まった。
「二学期といえば、三人はなんだと思いますか?」
何、と言われても……。
学生らしくイベントの話題であろうか。
「修学旅行はもう終わりましたし……」
梓にとって波乱の含まれた修学旅行が最大の鬼門だったのだろう。思い当たる中で一番印象深かったイベントの名を挙げ、不思議そうに首を傾げた。
「わかりますよね瑞樹ちゃん」
「そうね。忘れるはずがないわ」
「そうっすね。一般常識ですよ」
対して、私と楓は顔を見合わせ自信満々に解答する。
「「青葉(兄)の誕生日……!!」」
体育祭、文化祭、二つの行事を差し置いて一位の座に輝くのが青葉の誕生日。因みにだが、その次がクリスマスという一般的な聖夜となり、学校行事は二の次だ。
「なるほど、それは大変です」
梓も事の重大さを悟ったのか真剣な表情。居住まいを正して椅子に座り直した。
「それで何時なのでしょう?」
「十月五日です」
「約一ヶ月後、ですか……」
「もちろん、その日は空けてもらう予定です。不本意ですが兄さんの職場の先輩にも頼み、絶対に兄さんに残業が渡されないように裏工作もばっちりです」
「相変わらず、用意周到よね」
奈緒の根回しの良さに舌を巻く。こういうところは一生勝てそうにない。
「危うく知らないまま過ぎてしまうところでした……」
「大丈夫っすよ。近日中に教える予定でしたから」
「青山さん……!」
「アズは乙女ですね〜」
必死と抱き合う楓と梓を見て、一部の男子と女子が黄色い歓声を上げる。もちろん、密かに人気があるカップリングなわけで、周囲には付き合っている説が立つほどだ。
「それでプレゼントは各々準備してもらうとして、当日の予定をどうするか決めたいのですが」
「待ってください。去年はどうしてたんですか?」
話を進める前に梓が気になることを言う。
去年は私も不参加だったから、気になるところだ。
「え、聞きたいですか?」
「はい、気になります。どんなプレゼントを贈ったとか。青葉様の趣味とか、欲しいものとか」
「聞いても楽しくありませんよ?」
「……そうなんですか?」
聞いても楽しくない。その言葉に小鳥遊先輩という同僚女性の姿が過ぎる。けれども私の懸念は良い意味でも外れていた。
「……実は兄さん、去年は残業だったんです。くたくたになって帰って来たところを兄さんの部屋で待ち伏せし、私が一人で兄さんの誕生日をお祝いしました。完全に自分の誕生日を忘れてましたね、あの人。私がいる事にも驚きましたし、いるなら寝てればいいのにって言いながら少し恥ずかしそうにする兄さんが可愛くてもう……」
そんな過去の話を嬉しそうに、されど哀しそうに吐露する奈緒の体験談に心を打たれ、私達は胸に誓う。
「今年は青葉兄の誕生日を祝ってあげましょう。皆で」
「そうですね、その方が喜ぶと思います。独りきりは寂しいですから」
「そうね。一緒にいてあげないと」
「自分で言うのもなんですが、皆さん同情が激しいですね」
それは私も誕生日の独りきりの寂しさを体感したことがあるから、できる同情だった。
「それで去年、贈ったプレゼントがマグカップです。兄さんはインスタントの紅茶やコーヒーをよく飲むので、手作りコースターと一緒にプレゼントしました」
しんみりとした雰囲気を消し飛ばすように奈緒が言う。そのマグカップとやらはきっと青葉の家にペアで置いてあったマグカップのことだろう。奈緒と青葉が同じ柄のやつを使っていたのを見たことがある。相変わらず、抜け目のないというか油断ならない親友だ。
「それで話を戻しますが、今年はどう祝おうか迷っているんです」
話は戻り、祝う方法の話へ。
私だけに相談しないあたり、誕生日だけは譲る気はないのだろう。
今回に限って、青葉の独占は出来ないらしい。
仕方ないとは言え、どうせ祝って貰うなら複数に祝われた方が嬉しいだろうと私の溜飲も下がる。
「私の家は?」
「自分の家と言えるあたり、瑞樹ちゃんも慣れましたね」
「茶化さないでよ」
「ふふ、すみません。でも、それは無理かと。うちのママが今年は張り切ってますので」
青葉のお母様が出てくるとなると話は別だ。
あれはある意味で最大の障害にもなり得る存在だ。
「嘘、でしょ……?」
「うちの家族はほら……兄さんを除いてそういうの大好きなので」
もう既に画策が始まっているらしい。
「じゃあ、奈緒の家でやるとしてプレゼントを渡して解散ってこと?」
「はい、パーティーをしてお泊りなんてどうでしょう」
「それは素敵な案っすね」
「ええ、いいですね、皆でお泊り」
「では、決まりですね。ママに報告しておきます」
楓も梓も賛成なようだ。
やはり、二人きりの時間は取れないらしい。
あからさまに落ち込む私に奈緒が耳打ちする。
耳に手を当てて、誰にも聞こえないように。
「二人きりの時間が作れないなら、作ってしまえばいいんですよ」
そんな悪魔の囁きが耳朶を打った。
◇
「おつかれー。神崎君」
今日は無事に仕事が定時で終わった。最近は連日、無茶振りによる残業が続いており辟易していたところだが、久しぶりに早く帰れる事に安堵して俺はさっさと逃げるように退社する。もちろん、残業に捕まらないためだ。毎日、一時間程帰宅が遅れており、家に残している瑞樹が心配で逃げるように帰ろうとしたところを小鳥遊先輩に捕まった。
「先輩、自分急いでるんですが」
「今帰りなら、少しだけ付き合って欲しいんだけど」
「えー」
「私はそういうあからさまに嫌そうな顔する神崎君のこと好きだよ。まぁ、先輩に対する態度としては褒められたものではないけどね」
あからさまな嫌そうな顔、というのを自分はしていただろうか。仕事終わり直後で気が緩んでいるらしい。慌てて取り繕ったように頰を引き攣り戻す。
「ほら、少しだけだから。それに遠くには行かないつもりだし」
「まぁ、それなら……」
久々に小鳥遊先輩に捕まり、同時に会社を出て、駅で電車に乗るととある街の駅で降りる。そこはよく知る駅で実家のある場所と同じ駅。そこから歩いて向かうようで小鳥遊先輩は先導するように歩いた。
「何処向かってるんですか?」
「もうすぐ着くよ」
それから数分、見慣れた街を歩く。
すると小鳥遊先輩は一軒の家の前で止まった。
「此処だよ」
「……」
それは紛れもなく、実家だった。
それも俺の、奈緒の。
小鳥遊先輩の実家ではなく。
高校まで過ごしていた家。
そして、あろうことか先輩は勝手に敷地内に入ると呼び鈴も鳴らさずに玄関のドアを開けて中に入った。
「先輩ッ!?」
いくら自分がいるとはいえ、先輩の奇行に俺は驚かされ後を追うように中に入る。廊下は薄暗く夏も終わり秋になっていることから既に暗闇となっており、灯りのない家は少し不気味に見えた。
慌てて先輩を追って玄関を上ると先輩は自分を待っていたようで、リビングの前で立ち止まる。
「さぁ、入って」
「……なんでそんなアットホームなんですか」
実は自分が住んでいた家から両親と義妹は既に引っ越しており、連絡が来ていない可能性を考える。実に荒唐無稽な話を一笑に伏して誘われるがままリビングへと足を踏み入れた。
その瞬間–––
「「「「お誕生日おめでとうーーー!!」」」」
–––電気がついて、クラッカーの破裂する音が響いた。
見渡せば沢山の人がいた。
両親。奈緒。それに瑞樹と楓、梓。
それに背中を押す小鳥遊先輩。
俺は呆然と目の前の光景に目を白黒させた。
「あの……これはどういう……?」
「何って君の誕生日でしょ。十月五日」
「…………あ、そういえばそうですね。忘れてました」
先輩は背中を押してさらに奥深くに押し込んでくる。輪の中心へ、中でも奈緒の隣へ行くと自動的に瑞樹がくっついてきた。お帰りなさい、と声を掛けてくれる。
「え、なにこれ?」
「素直に祝われてください兄さん」
「無理、待って、恥ずかしい逃げたい」
「逃がしませんよ。瑞樹ちゃん」
「ええ、逃さないわ」
両脇をがっちりと二人がホールドした。
「待て、俺がこういうの苦手なの知ってるだろ!?」
盛大に祝われるのは苦手だ。特に義母の場合、過剰に祝いたがるから天敵である。
「先輩、謀りましたね!?」
「私的には誕生日を教えてくれなかった神崎君に腹を立てているんだけど」
「いや、苦手って言ったじゃないですか」
きっと社内では噂が曲解することになる。二人きりで祝ったとか、あらぬ疑いをかけられるのだ。元より二人で飲んでいる時点で同罪だと責められたこともあるのだが。
「喧嘩しないの。料理が冷める前にたべちゃいましょー。せっかく可愛い女の子達が手料理を作ってくれたんだから」
「その可愛い女の子に麻奈さんも入ってたりしないよな?」
「何か言ったー?青葉くん」
「イエ、ナンデモナイデス」
不機嫌そうだった小鳥遊先輩も麻奈さんには勝てず、渋々引き下がっていく。全員が座ったところで豪華な夕食が始まった。
瑞樹達が作った料理を食べて、プレゼントを貰って、ケーキを食べればもう既に二時間ほど経っていた。先輩を車で送り届けて帰って来た俺は二階へと上がって行く。風呂にも入ったし、後は寝るだけだった。
「さて、疲れたしさっさと寝るか……ふぁ」
階段を上り切ったところで、部屋の前に誰かがいるのに気づいた。
「ん……瑞樹?」
「あ、青葉さん……」
俺を見つけるなり小走りでやってくると、勢い余って抱きついてくる。実に柔らかでいい感触だった。
「どうした?」
「皆で王様ゲームしようって話になってて、青葉さんを待ってたの」
「まさかそれ俺も参加するのか?」
「主役がいないと困るでしょ」
「女子中学生の園におっさんが入るのはどうかと……」
そこまで言って、今更な事に気づいた。
「それとね」
瑞樹が背伸びをする。
ちゅっ、と唇が触れ合った。
「もう一つのプレゼント、渡してなかったから」
それだけ言うと瑞樹は逃げるように去って行く。奈緒の部屋に入るとチラリと振り返ってから、悪戯が成功した子供のように笑って見せる。
「青葉さん早く」
「あっ、はい……」
夏は終わったのにまだ暑い夜は続いているみたいだ。