妹の友達と同居することになりました。   作:黒樹

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どうやら相談相手を間違えたらしい。

 

 

 

六月、梅雨の時期。

瑞樹と同棲を始めて一ヶ月と少し。

鬱陶しい雨が窓を打つ音を訊いていると俺に声を掛ける女性がいた。

 

「神崎君、今帰り?」

「あ、小鳥遊先輩。お疲れ様です」

 

某会社のとあるフロア、早々に仕事を終わらせて帰宅しようとした俺に声を掛けたのは小鳥遊文香。歳は二つ上の二十三歳。会社の先輩である。社内でも美人と評判の人である。

黒髪を肩甲骨辺りで切り揃えたストレートヘアに、可愛いと綺麗を両立させた大人っぽさと幼げな顔は男性職員には人気で密かに恋心を寄せる人間はきっと少なくないだろう。

 

さて、そんな先輩に話しかけられた俺といえば曖昧に笑い返すのみ。憧れとかそういったものはないのかと訊かれればあるのだろうが、分不相応なので恋愛対象として考えたことはなかった。……それのせいでこの美人先輩には絡まれる結果になっているのだが。

 

「ねぇ、神崎君、暇なら飲みに行こうよ」

「あー、すみません。用があるので」

 

用事がある、というのは建前で家には瑞樹が待っているから早々に帰宅したいのが本当の理由だ。

 

「むぅ。最近、神崎君付き合い悪いよ。前は断る事殆ど無かったのに。もしや彼女さんでもできたとか」

「ははっ、それは絶対にないっすよ」

 

『女』という点では合っているが、どう考えても状況が異質すぎて正解にまでは至らなかったらしい。人間の想像の範疇を超える今の環境に今更ながら俺の人生どうなってるんだろ、と思ってみたりもする。

 

「あ、妹さんが家に来るとか」

 

当たらずも遠からず。やはり常人では正解には至らないのか。

 

「まぁ、そういう感じなんで」

「……妹さんの友達に懐かれてたりする?」

「な、何ですか急に?」

「それくらい妹と仲良いならありえるかなと思って」

「何でそういう発想に」

「女の勘ってやつかな」

 

不意にぴたりと言い当てる先輩が怖い。女怖い。

懐かれているというか、同居?同棲?してるんだけど。

 

「女の子と会う約束があるんでしょ」

 

家にいるんですけどね!

 

「言っておきますけど先輩の考えているような展開はないですからね?中学生ですよ」

「ふーん。私と飲みに行くよりも大事なんだ」

「比べるまでもないですね」

「ロリコン」

 

どことなく不満そうな表情で小鳥遊先輩は罵倒してくる。そうは言うが小鳥遊先輩が誘えば大抵の男は断らないし、女性ウケも良く職場内では人気者であるが故に誘う相手には困らないだろう。週に二回は誘われるが最近は全部断っている俺の言えた義理ではないが、本当に彼女の誘いなら断る奴はいないだろう。

 

「他の人誘えばいいじゃないですか」

「私は神崎君と飲みに行きたいの」

 

本当に俺が言えた義理ではない。最初誘われた時、俺は小鳥遊先輩の誘いを断っているのだ。その後、何かと気に入られてよく一緒に飲むようになったのだが最近は瑞樹の事もあり遅く帰ることは控えている。小鳥遊先輩もまたフラストレーションが溜まっているのであろう。

 

「神崎君だって私が君と以外飲まない理由わかってるでしょ」

「基本的に男はNGなんでしたっけ」

「隙さえあらば言い寄ってくるからねー、その点君は私に好意とか抱いてないしね」

「女性の方を誘えばよろしいのでは?」

「神崎君と話をするのが楽しいから私は神崎君を誘ってるんだよ」

 

大真面目に理由を暴露されれば、俺もまた呆けた顔で礼を言う。

 

「それは……ありがとうございます?」

「本当、最近は構ってくれなくなったよね。なんで?」

「……絶対信じないと思うんですけど」

「まさか私が神崎君の言葉を疑うと思う?」

「そうですね。他言無用でお願いします。実は……」

 

おおっぴらに話せる内容ではないが、一応信用はできる相手という理由もあって、相談相手に女性が欲しかったというのもある。女の子の扱いというのをまるで心得ていない俺は即座に白状した。

 

「……え、それなんてエロゲ?」

 

相談した直後、小鳥遊先輩が発した言葉がこれである。

 

「いや、おかしいでしょ。なんで妹の友達が転がり込んでくるの。一緒に住んでる?歳頃の少女と?一つ屋根の下で?」

 

これが普通の反応だ。ようやく客観的に観れた。

 

「不健全。……不健全だよ。神崎君、今から家に行っていい?」

「え??」

 

小鳥遊先輩が俺の家に行きたい。そう言ったのは初めてである。ある程度異性を警戒している節があり、そんなことをお願いされるとは夢にも思わなかった。職場で『小鳥遊文香が男の家に行った』と広まれば針の筵は回避不能だろう。もうその際は他にも同席者がいたと言って場を収めるしかない。

 

「いや、うち来ても面白くもなんともないですよ」

「その子のことが心配で外で飲めないんでしょ?なら、神崎君の家で飲めばいいよね」

「えっと……一応、受験生が居ますしそういうのは控えたいというか……」

「大丈夫。八時には帰るから。ね?」

「……許可を取るので待ってください」

 

すぐさまスマホでSNSアプリ『Rain』を起動して瑞樹に連絡を取るべく電話を掛ける。するとスリーコールもしないうちに通話状態になり鈴の音のような可愛らしくも美しい声が訊こえた。

 

『青葉さん?どうしたの?』

「いや、その、実は職場の先輩が家で飲みたいって……連れて行ったらダメか?」

『なんでそんなことを私に訊くの?』

「一緒に住んでるんだし、瑞樹が嫌がるかと思って。ダメなら絶対に連れてかない」

 

クスッとまるで鈴が転がったような音がした後、ちょっとだけ声音が変わる。

 

『男?女?』

「あぁ、安心しろ。女性だから」

『……そう。いいわよ別に連れて来ても。私もその人に興味あるし』

「じゃあ、今から帰るな」

 

プツリと通話が終了する。女性と言った途端、更に声音が冷たいものに変わった気がするが気のせいだろうか。何処か最期の会話が不機嫌なように感じられたのも、果たして……。

 

「許可は出たんで行きましょうか」

 

多くを知るわけではない俺が瑞樹の心境を悟ろうとするのは土台無理な話だ。思考を一旦放棄して俺は小鳥遊先輩と会社を出た。

 

 

 

 

 

近所のスーパーで買い物をしてから帰宅した。玄関のドアの鍵を開け中に入り「ただいま」と言うとパタパタと足早に駆け寄ってくる気配が一つ俺を出迎える。もう既に一ヶ月程繰り返した光景に俺は頬を緩めながら、仕事の疲れを癒してくれる愛らしい存在が笑いかけてくれる今の幸せを噛み締めているところ、瑞樹は普段と変わらない微笑を浮かべてたった一言返してくれる。

 

「おかえりなさい。青葉さん」

「うん。ただいま」

 

もしかしたら、俺はこのためだけに仕事をして、今を生きているのかもしれない。

 

「……それでその人がさっき言ってた」

「そう。小鳥遊先輩だ」

 

俺は二人が向かい合うように退いた。

 

「初めまして。神崎君と同じ会社の同僚の小鳥遊文香です」

「…倉科瑞樹です。いつもうちの青葉さんがお世話になっています」

 

一瞬、睨み合う龍虎ならぬ小動物が見えた気がする。

異様な胸騒ぎを覚え、俺は会話を断ち切るべく動く。

 

「まぁ、玄関にいるのもあれなんで奥に行きましょう」

 

玄関を抜けて、リビングへ。適当なソファーに小鳥遊先輩を座らせその対面に座る。さっき買ったつまみと酒を広げていると瑞樹が小皿を一つ持って来た。

 

「これならお酒のつまみになるわよね。よかったら小鳥遊さんもどうぞ」

 

皿に盛られていたのは鰤大根。一口サイズに切られておりなんとも可愛らしい一品に仕立て上げられており、瑞樹の個性が出ている料理になっている。

一緒に暮らしてわかったことだが瑞樹は家事が上手い。掃除、洗濯、料理。特に料理は毎日食べても飽きないほど美味く、正直将来彼女の夫となる男が羨ましい限りだ。

その瑞樹といえば、勉強をすると退室してしまい隣の部屋に行った。

 

「……なぁるほど。大変そうだけど、彼女幸せそうだね」

「そう見えるか?」

「神崎君はもう少し瑞樹ちゃんの気持ちをわかってあげなよ。じゃないと可哀想だし」

「……まるで瑞樹は俺に好意があるみたいな言い方ですね」

 

急に真剣味を帯びた声で説教気味な言葉を浴びせられ、俺も真面目になって返す。

 

「俺はあの子をそういう目で見るわけにはいかない。先輩はわかってるはずですが」

「感情論だけでいいと思うけどな、私は。君ってそういう理屈とか似合わないし」

 

酒を呷り言葉を濁す。

言葉を探しているうちに、小鳥遊先輩は言い募る。

 

「成り行きで同棲することになったとはいえ、形は違えど愛してるんだね」

「そりゃあ俺に生き甲斐というものを与えてくれたわけですから」

 

瑞樹が与えてくれた幸福を返せるように頑張りたいと思う。

 

 

 

「帰ったのね。あの人」

 

小鳥遊先輩が玄関から消え、いつのまにか側にいた瑞樹と一緒に後片付けをしていたら口をついて出たのはそんな言葉だった。

 

「……青葉さんとあの人はよく一緒にいたりするの?」

「たまに飲みに行く程度だよ。家で飲むのは初めてだけど」

「ねぇ、青葉さんはあの人のこと好きなの?」

 

女子はそういう話題ばかり気にする傾向があるように思う。不安げな目で見上げられれば、保護欲が掻き立てられてしまう。これは父性かまた別のものか。確かなことは『愛』という様々な形を持つ感情で、俺が瑞樹を大切に思っていることくらい。

瑞樹の頭を髪を梳くように優しく撫でる。ずっと触っていたいほど綺麗な金髪の絹糸のような感触に思考の一部を奪われながら、俺は瑞樹を安心させるべく誤解を解いておくことにする。

 

「小鳥遊先輩のことは人間としては好きだけど、異性としては見てないよ」

「……そう。よかった」

「今の俺の優先順位は瑞樹だから、まぁ安心してくれ」

「なら、もし恋人がいて、恋人に私を追い出せって言われたらどうするの?」

「その時は恋人と別れる。瑞樹が一番大事だからな」

 

はっきりと断言し、なお瑞樹が安心できるように胸に誓う。

それを訊いた瑞樹は林檎のように顔を真っ赤にして俯いてしまった。

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