妹の友達と同居することになりました。   作:黒樹

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瑞樹ちゃんの暴走。


梅雨の終わりに

 

 

 

男と女が一つ屋根の下で暮らす。上手くやっているように見えて、実際に問題が起こらないはずがなかった。瑞樹が着替えているところに遭遇して偶然にも下着姿を見てしまったことがある。その時は無言で扉を閉めたが時既に遅く、目が合った彼女は騒ぎ立てるでもなく頬を赤くしてさっさと服を着てしまい部屋から出てきたのだが、その後の会話はぎこちないものになった。

 

他にも問題はある。

 

女性物の下着が干してあったり、洗濯籠に入っている様を見ると異様にドキドキしてしまうのだ。目を離すことは難しくなかったが、その一瞬で脳は記憶に保存しており簡単には消去させてくれない。

たまにジッと見てしまうのは男の性としても、その劣情を瑞樹本人にはバレないようにしなくてはいけないだろう。襲いかかるなど言語道断だ。

言い訳をさせてもらうならば、俺には女性物の下着は刺激が強過ぎるのだ。多分、俺が特殊な変態なわけじゃないはず……。

 

そうなればもう一つ問題があるのはわかるだろう。

睡眠欲と食欲が満たされれば後は一つ。

……隠れて処理する方法を早急に考えなければいけない。

まさか、こんなことに悩むことになるとは誰が予想できただろう。

 

「……取り敢えず、風呂でも沸かして入るか」

 

まだ帰って来ていない瑞樹の安否を案じ、風呂から上がっても帰って来なかったら連絡することにして俺は浴室へと向かった。

 

 

 

「……あいつ遅いな」

 

時刻は午後六時。まだ瑞樹は学校から帰って来ていないようだ。今日は早上がりで先に帰って来てしまったため、待つのが億劫だったので適当に時間を潰すべく風呂を沸かして入ったのはいいが、無性に気になる。

瑞樹は年頃の女の子の上に容姿は可愛いし綺麗だ。故に恋人もいないはずがないだろうし、部活という可能性もあり、あまり過保護なのもどうだろうと待ってみたのだが、どうも堪え性のないようで気になってしまう。

しつこい男は嫌われるという話があり、俺も例外なく瑞樹に嫌われるのは嫌な人間なようでおとなしく待っていたのだが、それも限界に近く今にも電話したい気持ちに駆られる。

 

–––と、風呂から上がってそろそろ連絡しようと考えた時だった。

 

玄関の開閉音が浴室に届いた。

 

「ん、帰って来たな」

 

ほっとしたのも束の間、洗面台のある脱衣所に入ってくる。磨りガラスの向こうで何をしているのかはわからないが洗濯でもするつもりなのだろう。雨が続いていて洗濯できない日もあるが、瑞樹に言われて乾燥機も買ったのだ。楽観的に考えながら様子を窺っているとぴたりと止まって、それから数秒後には衣擦れの音が響いた。

 

ぼーっと浴室の天井を見上げていたのも束の間、扉が音を立ててゆっくりと開かれる。

 

「瑞樹、どうし–––」

 

音に反応して振り返った先、俺はそこにいる彼女の姿を見て言葉を失ってしまった。瑞樹は胸元だけを腕で隠して裸体を晒していたのだ。瑞々しい肌の小柄で華奢な体躯に形の良い胸、すらりと伸びた手足、その先の嫋やかな指、裸体だというのに少女の魅力は可憐で美しいという点に尽きる。

 

一瞬、俺が風呂にいたのがわからなかったのかと考えた。だが、瑞樹と視線は合っているし取り乱した様子もない。すっと視線を逸らしたのは瑞樹の方で頰は薄く赤みを帯びているので今の状況を理解していないというわけでもない。思わず見惚れてしまっていると彼女が先に口を開いた。

 

「その…突然、雨が降って…傘持ってなくて…濡れてしまったし…風邪引くと病院に行くのもお金がかかるし…」

「そ、そうか、悪い!今すぐ上がるから–––」

「…あ、待って!」

 

浴槽から上がり、浴室の外に出ようとすれば瑞樹に抱き止められた。柔らかな胸の感触が伝い、全体的に女性らしい柔らかさが触れる中、俺の脳髄はとある欲に支配されていく。

 

「わ、私…青葉さんと一緒でも…いいから」

 

その熱が冷めたのは、彼女の身体が雨に濡れて冷たかったからだろうか。声が震えていたからか。

俺は瑞樹の誘惑に抗えず、もう少し浴室に居座ることにした。

 

 

 

動物は視界の端で動くものを目で捉え、わかってはいても目で追ってしまう生き物である。逸らさなければと思いつつも、瑞樹の裸体に目が釘付けでチラチラと見てしまい、情けない自分に自己嫌悪しながら彼女が身支度を終えるのを待っていた。

ようやく体を洗い終えて瑞樹は浴槽に入ってくる。背中を向けようとすれば、回り込んで足の間に座られ俺も動揺を隠せない。

 

「み、瑞樹……?」

「こ、こうした方が広く感じる、でしょ?」

 

俺だけではなく、瑞樹も緊張しているように見える。下半身が密着していないのが唯一の救いだろうか。壊したくない今の関係があるからか俺の理性は未だ健在。耐える。

 

「「……」」

 

互いに無言でいるせいで浴室に静寂が満ちた。

何か話さなければ……とは、思うものの話題が見つからない。

見つからないというよりは思考が働かない。

そんな状況を崩したのは、湯の中で重ねられた手の感触と、

 

「…その、あまり見られるのは恥ずかしいのだけど…」

 

俺の視線を咎める瑞樹の一言だった。

 

「み、見てない」

「嘘。絶対見てた。女の子は視線に敏感なの。何処とは言わないけれど……」

 

チラリ、と視線が合う。方や目の前の少女を見下げるように……だが悲しいかな視線は胸元に奪われがちで、瑞樹が見上げた目と合ったところ言い逃れなどできはしない。

 

「……ごめん」

「別に怒ってないわ。少し、恥ずかしいけれど」

 

恥ずかしげに俯き、上擦った声で瑞樹は言う。

だが、まだ終わりでは無い。

 

「……私の下着、たまに見てるわよね?」

「いや、あれは視界にたまたま入っただけで……」

「でも、じっくり見たんでしょう?」

「数秒だ、数秒。つい……目が奪われただけで」

「そ、そんなに欲しいの……?」

 

洗濯物の話である。一言話す度に真実が露わになっていく。だが待て、欲しいとは言ってない。

 

「……あ、青葉さんが欲しいなら、あげるわ」

「…あのなぁ瑞樹さんや男性をからかうのはやめなさい」

 

ちょっと欲しいと思ってしまった自分が恨めしい。思わせぶりな態度でからかってくる瑞樹を窘め、平静を装うが彼女の瞳は真っ直ぐに見つめてきていて、透き通ったその目に見透かされているような気さえしてくる。頰が薄く色付いているのは体温が上がっているせいか、それすら瑞樹の魅力を引き立てる要因となっていて愛おしさが込み上げてくる。

 

「…別に冗談のつもりはないわ」

 

ぼそりと呟いた言葉は、浴室に良く響く。

継いだ瑞樹の一言は、何よりも理性を擽るものだった。

 

「…青葉さんなら、好きに触っていいのよ」

 

重ねられた手を瑞樹は自らの胸元に持っていく。そして、僅か数秒後には俺の掌が彼女の左乳房に押し付けられていて、湯以外に与えられた情報に脳内はパニックを起こしかけていた。柔らかく温かな感触と微細に伝わってくる胸の鼓動、現状に吃驚すればそれは指の先まで神経を伝達し、不可抗力にもまるで胸を揉むような動きをしてしまう。

 

「…んっ…」

 

小さく吐息が漏れ、瑞樹の瞳が揺れた。

 

「あの、瑞樹さん……?」

 

今日の瑞樹は様子がおかしい。正確には、小鳥遊先輩と会った日ぐらいから何処か落ち着かない様子だ。慌てて手を離せば彼女は背中を預けて凭れかかってくる。

 

「ねぇ、青葉さん、昔一緒にお風呂に入った時のこと覚えてる?」

「そ、そりゃあまぁ……」

 

あれは彼女が小学五年生の頃だろうか。何故か瑞樹の家に妹共々俺まで泊まることになり一緒に入ることになったのだ。最終防衛ラインである瑞樹の両親はその役目を果たさず、むしろ推奨してきた結果であるのだが。思えば、瑞樹の両親とまともに会話したのはこの日で彼女と暮らす切っ掛けの一つに成り得たのもそのおかげかもしれない。

 

「のぼせる直前まではしゃいでたなぁ」

 

髪洗って、背中流して、と要求してくる女王様のような振る舞い。小学生の頃の瑞樹はわがままな部分が強く、そんな要求に応じていたのを覚えている。

 

「それは忘れて」

「俺が次回を約束するまで梃子でも動かなかった」

「だってしょうがないじゃない。その頃から好きだったんだもの」

「……え?」

 

さらっと聞き捨てならない台詞が訊こえ、その言葉を確かめるよりも前に瑞樹は独白する。

 

「私の初恋はまだ終わってないの」

 

その言葉の意味を俺は理解できる。

初恋の相手も、そしてそれがどうなったのかも。

いつかきっと思い出話になると思っていたが、どうやら瑞樹の中では終わっていないらしい。

泡沫の夢をまだ彼女は見てる。

 

きっと世界の何人かは経験したことがあるだろう。幼い好きという感情の延長線上にある結婚の約束、それが果たされるのは僅か少数で実現されることも少ない。

 

俺もまたそう思っていたのだ。

だから、優しく諭した。

それがその場凌ぎの口約束だなんて大人になればわかること。

それでも夢は終わらない。

 

「それだけは覚えておいて」

 

一人残された浴室で、その言葉の意味を反芻した。

 

 


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